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第五話 うちの完璧な生徒会長の様子がおかしい話


 生徒会書記、ショーン=ペリドットは焦っていた。


 うちの完璧な生徒会長の様子が、どう見てもおかしい。

 いつもは超速で書類仕事をこなし、会議を始めれば30分で全てをまとめ、校舎をひと回りして爽やかに帰っていくのに、今日は机から動かずぼーっとしている。


 五分前には、書類に紅茶をこぼすという、彼女にしてはあり得ないミスをしていた。

 それだけならまだしも「あらあら……」と言いながら『洗浄〈クリーン〉』で、書類の文字まで消してしまうというお茶目っぷり。


 生徒会役員達はこの非常事態に、部屋の隅に固まって震えるばかりで、誰も声をかけられない。

 ──やはり昨日の社交界で、ヤツにされた仕打ちが心の傷になっているのだろうか……。許せん!

 

「サフラン……大丈夫ですか?」


「え?……ああ、いたって元気ですよ」


 役員の一人であるカーディナルが意を決して話しかけると、会長は花が咲くような華やかな笑顔を向けた。

 

 頬は僅かに赤く染まり、三日月型に細まる美しい瞳がまぶしい……。いつもの八割増しの輝きで、背後に百合の花まで見えてくる。


 この乙女チックな表情と良い……会長に、一体何が……!?


・・・・・


 サフランは、初めての感情に困惑していた。


 領地の予算の事を考えても、食事をしても、授業を受けても、現金を見ても……マシューの姿ばかり思い出してしまう。


 10歳で領地運営に目覚めてから6年間、領地の発展のことだけを考えて生きてきた。

 

 高い学費を払って王立魔法学園に入ったのも、全て領地のため。費用対効果が高いと判断したからだ。

 経営学を学び、魔法の鍛錬をし、王都の社交界でパイプを作る。

 

 貴族ばかりが集まる学園は、将来有望な人脈の宝庫だ。全校生徒の名前を全て覚えて話しかけ、遂には生徒会長にまで上り詰めた。


 その一方で……貴族のやり取りに、疲れ果てている自分もいる。


 口を開けば裏の探り合い、皮肉の言い合い、文字通りに取れない言葉ばかり。


 慕ってくれる者もそれなりにいるが、近寄ってくるのは自分の権力を利用しようとするものがほとんどだ。

 親友と呼べるのも、カーディナルくらいしか居ない。


 それに比べて……昨日のマシューの姿。


 貴族の裏のある物言いを全く意に関さず、人を信じて疑わない、あの笑顔。

 大型犬のような純粋な瞳に、全てを受け入れてくれる……大らかな、あの大胸筋。


 サフランはため息を吐いてから、手元の紙に目を落とす。何度も計算したが……庶民で後ろ盾もないマシューと結婚しても、領地にとっては一銭の得にもならない計算だった。


 ──それなのに、どうしてこんなにあの人のことが気になってしまうのでしょうか……。


 すると突然、生徒会室のドアが突き破られたかと思うような、ドンドンドンドン!という大きな音が響き渡った。


「たのもー!!」


 威勢の良い掛け声と共に、巨大な赤い薔薇の花束が勢い良く入室してくる。


「ま……マシュー様!?」


「おう、サフラン様!昨日振りだな!」


 薔薇の影からヒョコリと顔を出したのは、白い歯を見せて笑うマシューだった。


「あ、貴方は……!庶民で魔力も少ない、頭も悪いという絶望的な状況から、膨大な体力と剣術だけで王立騎士団副団長にまで上り詰めた、あのマシュー!?」


「ハハッ!褒めても何も出ないぞう」


 褒めているか貶しているか分からないショーンの言葉に、マシューは頭を掻きながら照れている。

 ショーンは一瞬たじろぎつつも、マシューを指差しながら詰め寄った。


「それはそうと……マシュー様、生徒会室に何のご用ですか!?貴方、ここの生徒でもないのに、会長にアポ無しで訪問なんて無礼ですよ!」


「おお、すまんすまん!……これをサフラン様に渡したくてな」


 そう言うと、マシューはサフランに巨大な赤い薔薇の花束を差し出した。


「団長に恋をしたと相談したらな、『惚れた女には花束だ!』と言うから、急いで持ってきたんだ。……ほら、『善は急げ』って言うだろう?」


「こ、恋をしたって……冗談ではないのですね?」


 サフランは花束に埋もれそうになりながら、赤くなった顔を隠して呟く。


「冗談なものか!俺は正直と筋肉だけを売りにして生きているんだ」


 マシューはフン!とご自慢の筋肉を盛り上げる。

 サフランはその姿にクスクスと笑いながら、こう続けた。


「ありがとうございます、とても嬉しいです。本来ならば昨日のお礼に、私が伺うべきですのに……」


「貴方も忙しいと聞いた、気にしなくて良いぞ!」


「そういうわけには……あの、もし宜しければなのですが……。私の領地に遊びに来ていただけませんか?諸々のお礼を込めて、おもてなしさせていただきたいです」


「おお、もちろんだとも!それは楽しみだ!」


 サフランの乙女な姿を見て、役員達は顔を見合わせた。内心、マシューに嫉妬の炎をメラメラと燃やしている。彼らは皆、サフランの熱烈なファンなのだった。

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