6話
「それじゃあ、そろそろ式場に行かないとね」
「えー。かっこいいトーマス様と、もっと一緒にいたいなぁ……」
レベッカは、自分から離れようとするトーマスの手を掴んで引き留めた。
自分の恋人が他の女と結婚指輪を交換して、誓いの口付けをする。
想像するだけで、胸の辺りがざわつく。
「ごめんよ。今夜、この格好で相手をしてあげるからさ」
「ほんと? ……じゃあ、許してあげる」
タキシード姿の彼が、妻以外の女を抱く。
ライラがそのことを知ったら、どう思うのか。想像するだけで、気持ちが高揚する。
だからほんの少しだけ、あの女に譲ってあげよう。
レベッカは優越感に浸りながら、トーマスの手を放した。
「じゃあ、後で君も式場においで」
そそくさとその場から去っていくトーマス。
レベッカはライラの友人として、式に参列することになっている。
二人の関係は、決して周囲には悟られてはならないからだ。
面倒臭い。そう思っていても、トーマスとこれからも一緒にいるためのルールだった。
レベッカは暫く経ってから、式場へ向かった。
設置された長椅子には、すでに多くの招待客が着席している。
レベッカの席は、最前列。そこに座ると、ちょうどスタッフと会話をしているトーマスが見える。
「……?」
トーマスの表情が険しい。
何かあったのかと首を傾げていると、後ろから招待客同士の会話が聞こえてきた。
「ライラ夫人が行方不明って本当か?」
「少し散歩に行くと、控え室から出て行ったきり、戻ってこないらしい」
「まさか誰かに攫われたのか……!?」
その話に耳を傾けていたレベッカは、口角を吊り上げた。
つまり、このままライラが見つからなければ、結婚式は中止となる。
「早くライラを探し出すんだ! この式にどれだけお金をかけたと思っているんだい!? 招待客だってたくさん来ているのに!」
「か、かしこまりました!」
「見つけ出さないと、君たちを全員クビにして、この国にいられなくするよ!」
トーマスは、年上のスタッフを怒鳴りつけていた。
妻が失踪して取り乱しているとはいえ、その尊大な口ぶりに、眉を顰める者もいた。
「私は、これで失礼する」
その一人が席から立ち上がる。国王陛下だった。
「お、お待ちください、陛下!」
トーマスは顔を引き攣らせながら、慌てて国王の前に立ちふさがった。
「すぐにライラを見つけて、式を執り行います! ですから、もう少しお待ちください!」
「道を空け。不敬であるぞ」
「陛下……! 僕を信じてください……!」
この行為がますます国王の顰蹙を買っていると気づいていないのか、トーマスは引こうとしない。
見兼ねた執事が、二人の間に割って入る。
「公爵様! どうかお下がりください!」
「何をするんだよ! このままだと国王陛下が帰ってしまうだろ!」
「それでもです! ……陛下、まことに申し訳ありませんでした」
執事は深く頭を下げると、トーマスを式場の隅まで引き摺って行った。
その間も、トーマスは子供のように喚いていた。
レベッカはその光景を見て、拗ねたように鼻を鳴らしていた。
こんな状況になってもまだ、ライラとの式を行おうとしていることに嫉妬したのだ。
だが、他の招待客はトーマスへ冷めた眼差しを向けていた。
あんな青年が、家督を継ぐ。
皆、先代ソルベリア公爵に心底同情していた。だが、呆れてもいた。
幼少期から、どのような教育を施していたのかと。