5話
トーマスが十八歳の誕生日を迎え、彼とライラは正式に婚姻を結んだ。
そしてそれから一ヶ月後。
二人の結婚式は、築五百年の大聖堂で執り行われることになった。
天井が薔薇窓になっており、円形のステンドグラスが鮮やかな光の世界を作り出す。
本来、王室の結婚式以外での利用は禁じられているが、トーマスは無理を通して実現させた。
「とっても綺麗よ、ライラ」
「……ありがとうございます」
母の言葉に、ライラはぎこちなく笑いながら、姿見に映る自分の姿を見つめていた。
純白のウェディングドレスに、色とりどりの花で作られたブーケ。
長い銀髪は、ダイヤモンドのバレッタで結い上げられていた。
この日が来るのを、ずっと待ち侘びていた。……子供の頃は。
「きっと公爵様も喜んでくださるわ」
「……ええ」
この日に合わせて、家督の相続が行われた。
これでトーマスは、正式にソルベリア公爵となった。
若き公爵の結婚式とあって、多くの招待客が参列している。
そのなかには、王室や他国の貴族も含まれていた。
「あらやだ。まだレベッカ様のことを気にしているの?」
浮かない表情のライラを見て、侯爵夫人は頬に手を当てながら溜め息をつく。
「公爵様の前で、そんな顔を見せないようにするのよ」
「……分かっております。ただ別のことを考えていただけですから」
「もう……こんな素晴らしい日に、旦那様のこと以外で何を考えることがあるの?」
そう、素晴らしい日のはずだった。
なのにライラの心には、いまだに靄がかかっている。
両親に説得されて、全てを受け入れたのに。
「……すみません。何だか落ち着かないので、散歩をして来ます」
「ダメよ。ドレスを汚したらどうするの?」
「外には出ません。廊下を少し歩いてくるだけです」
「仕方がないわね……すぐに戻って来なさいよ」
渋々了承した侯爵夫人に「ありがとうございます」と告げて、控え室を出る。
もうすぐ式が始まるからか、廊下にはスタッフや使用人たちが慌ただしく行き交っていた。
「お美しいですよ、ライラ様」
「そのドレス、とてもお似合いです」
「清楚なデザインですね。あなたにぴったりだ」
顔を合わせるたびに、賞賛の言葉が与えられる。
単なる世辞も含まれているだろう。それでも、ライラは素直に受け取った。
けれど少し一人になる時間が欲しくて、人気のない場所まで歩いていく。
ここまで来れば、誰にも見つからない。
そう思っていたのも束の間、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
「……トーマス様?」
その声に引き寄せられるように、足を進める。
すると曲がり角の奥で、抱擁し合う男女がいた。
トーマスとレベッカだった。
「そのタキシード、とっても素敵ね!」
「そう言ってくれて嬉しいよ。あーあ、君のウェディングドレス姿も見たかったな」
「うん。私も結婚式したかったなぁ。でもライラが絶対に嫌がりそう!」
「だね。ライラはこれからうちで暮らすことになっているんだけど、色々と分からせてやるために、最初は物置小屋に住まわせようって思うんだ」
「えー? それは可哀想すぎ……ぷくくっ」
「自分の立場を弁えていないライラが悪いんだよ。自業自得さっ」
ライラは二人に気づかれないように、ゆっくりとその場から立ち去った。
トーマスへの愛情は、粉々に打ち砕かれていた。
残されたのは、その残骸だけ。
拾い上げる気にもなれない。
トーマスがライラを愛しているのは、本当だろう。
けれどライラが望む愛の形ではない。
無理矢理押しつけられて、一層苦しむくらいなら。
「……ごめんなさい」
全てを捨てて、消えてしまいたい。