32話
メルヴィン王太子殿下。この美青年が。
(噂と全然違うじゃないの!)
地位も高くて、顔も一級品。世間にこのことが大きく広まったら、多くの貴族が釣り書を王宮に送りつけるに違いない。
何せメルヴィンには、まだ婚約者がいないのだから。
「……どうしたんだい、レベッカ?」
トーマスに声をかけられて、レベッカははっと我に返った。
そしてソファーから立ち上がると、ドレスの裾を持ち上げてカーテシーをした。
「レオーヌ侯爵家のレベッカと申します。本日は殿下とお会いできて、とても嬉しいですわ」
「……そう言ってもらえて光栄だ」
「やだ、殿下ったら……」
軽く会釈をするメルヴィンに、レベッカは頬に手を当てて照れる仕草を見せた。
と、トーマスの背後に控えていた執事が、緊張の面持ちで口を開く。
「王太子殿下は、既にソルベリア領を見て回られたのですよね? 何か問題はございましたか……?」
「いや、先代の頃と変わらず上手くやっているようだな。領民からも不満の声は特に上がってない。だが……」
メルヴィンはそこで一旦言葉を止めると、執事ではなくトーマスを睨んだ。
「レオーヌ領の防衛師団の一部が、ソルベリア領に駐在しているのはどういうことだ」
「そ、それは……」
「僕がレオーヌ侯爵に頼んだのです! 見るからに強そうな兵士ばかりですよね!?」
言い淀む執事とは反対に、トーマスは子供のように目を輝かせている。
その幼稚な言動に、メルヴィンの目つきに鋭さが増した。
「彼らの役割は、他国からの侵略を受けた際に国境を守ることだ。強くなければ困る。……私が聞きたいのは、何故そのような者たちをレオーヌ領から連れ出したかについてだ」
「ですが侵略される心配がなければ、別にいいではありませんか。ロシャーニア王国は建国してから、一度も攻め込まれたことがありませんし」
「……万が一ということもある。如何なる時も、不測の事態に備えておくべきだとは思わないのか?」
「うーん……」
メルヴィンの問いかけに、トーマスは少し考えてから答えた。
「そのための国交ですよね? 僕は、王族の皆様方を信頼しております!」
その発言に、広間の空気が凍りつく。そのことに気づかないのはトーマスと、メルヴィンに骨抜きにされたレベッカだけだった。




