31話
「愛人ってどういうこと!?」
「わっ、ちょっと落ち着いてよ! ねっ?」
困惑と怒りで詰め寄るレベッカを宥めるように、トーマスは顔の前に両手を出しながら言う。
その様子を見て、愛人とやらが鼻で笑う。
「ちょっとトーマス様。こんなちんちくりんが、新しい奥さんになるの?」
「ち、ちんちくりん!?」
レベッカの頭に一気に血が上る。
「そんなことを言うなら、あんたなんて年増じゃない!」
女はどう見ても、二十代後半だった。豊満な胸部と大人特有の色香を持ち合わせているが、レベッカから見れば単なる行き遅れだ。
だが、女は口元に貼り付けた笑みを崩そうとしない。
「ええ。それが何か?」
「何かって……おばさんよ? 今に誰も相手にしなくなるんだから!」
「それはどうかしら? 私みたいな女は、結構需要があるのよ。……特に若い坊やたちにはね」
女はそう囁きながら、トーマスの鎖骨をつん、とつついた。
「えへへ。だってレベッカより上手だし、色々してくれるからね」
「……っ!!」
鼻の下を伸ばす婚約者の言葉に、強烈な悔しさが込み上げる。レベッカは鋭い眼光で女を睨みつけた。
そんななか、トーマスが思いもよらぬ発言をする。
「僕も公爵になって結構経ったし、レベッカが言ってたアレを皆に提案してみようと思うんだ」
「……アレって何?」
「ほら、愛人を公認で持てるようにするって話さ!」
「えっ……」
確かに言った記憶がある。
しかし、あの時と今では状況がまったく違う。
トーマスの寵愛を独占したいレベッカにとっては、都合の悪いものでしかない。
「ま、待ってよトーマス様。私、そんなの……」
「公爵様、メルヴィン王太子殿下がお越しになりますので、そろそろご準備ください」
タイミング悪く、執事がトーマスを呼びに来た。
「ちぇっ、もうそんな時間かぁ」
「それじゃあ、バイバイ。トーマス様」
女はトーマスに深い口づけを送った。まるでレベッカに見せつけるように。
そして素早く身支度を整えて、寝室から去っていった。
(私というものがありながら、浮気だなんて最低よ……!)
レベッカもまた、怒りに震えながら部屋を出る。
トーマスを叱責してやりたかったが、自分はまだ婚約者の身。あの馬鹿男の機嫌を損ねれば、婚約破棄を宣言されるかもしれない。
深呼吸をしながら広間で待機していると、身なりを整えたトーマスがやって来た。わざとらしく、眉を下げながら。
「さっきはごめんよ、レベッカ。僕のこと怒ってる……?」
「ううん。だって、トーマス様が一番愛しているのは私でしょ?」
「もちろんさっ!」
「私もよ、トーマス様……」
互いに視線を合わせて、触れるだけのキスを交わす。
たとえ愛人がいたとしても、トーマスにとっての一番は自分。
心の中で何度も、そう繰り返していると応接間の扉が開いた。
まず入ってきたのは、鎧を身につけた近衛兵。
そして、その後ろから杖をつきながら、濃紺の髪の青年が入室してくる。
(な、何よ、あのイケメン……!)
切れ長の目に、まっすぐに通った鼻梁。
レベッカが思わず見惚れているなか、トーマスはにこやかに青年へ手を差し出した。
「今日はわざわざお越しくださり、ありがとうございます。メルヴィン殿下」
その名前を聞いて、レベッカはぎょっと目を大きくした。




