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【書籍化】旦那も家族も捨てることにしました  作者: 火野村志紀


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30/72

30話

 渋々ソルベリア公爵邸へ出向くと、メルヴィンはまだ到着していないようだった。

 王太子に遅れてやって来るわけにはいかないので、レベッカはほっと安堵の溜め息をついた。


(だったら、トーマス様と適当にお喋りでもして待っていようかしら)

 

 そう思い、出迎えたメイドに声をかける。


「ねえ、トーマス様は今どこにいるの?」

「え……ええと、執務室で王太子殿下に提出する書類の整理をなさっています」

「そんなの執事にやらせておけばいいじゃない! トーマス様を連れて来てよ!」

「申し訳ございません。レベッカ様がお越しになったら、応接間でお待ちいただくようにと、公爵様から言いつかっておりまして……」


 困り顔で説明するメイドに、レベッカは顔を歪める。

 わざわざ馬車で数時間もかけて来てあげたのに、随分と素っ気ない態度だ。

 労いの言葉の一つも、欲しいところなのに。


「だったら、私が自分からトーマス様に会いに行くわ」

「お、お待ちください、レベッカ様……!」

「あんたは引っ込んでてよ、ブス!」


 メイドの制止を振り切って、執務室へ向かう。

 ところが、


「……トーマス様?」


 室内は無人だった。膨大な量の書類が机に積み上げられているだけで、部屋主の姿はない。

 あのメイドに嘘をつかれた?

 首を傾げながら、今度はトーマスの寝室へ向かってみる。


「トーマス様って、意外と逞しいお体をされているのねぇ。もうあなたでしか満足できなくなっちゃったわ……」


 室内に足を踏み入れた途端、甘ったるい女の声がした。

 はっと息を呑み、慌ててベッドへ駆け寄るレベッカ。


 するとそこでは、トーマスと見知らぬ女性が一糸纏わぬ姿で身を寄せ合っていた。


「……!?」


 レベッカが言葉を失っていると、その視線に気づいたトーマスは「げっ」と嫌そうな表情を見せた。


「な、何で君がここにいるんだよ! 応接間で待ってろって、メイドに伝えたはずなのに!」

「そんなことより、その人誰なの……?」


 わざと手を震わせながら女を指差すと、トーマスはぎこちなく笑いながら答えた。


「えーと……この子は、僕の新しい愛人なんだ」




 

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