30話
渋々ソルベリア公爵邸へ出向くと、メルヴィンはまだ到着していないようだった。
王太子に遅れてやって来るわけにはいかないので、レベッカはほっと安堵の溜め息をついた。
(だったら、トーマス様と適当にお喋りでもして待っていようかしら)
そう思い、出迎えたメイドに声をかける。
「ねえ、トーマス様は今どこにいるの?」
「え……ええと、執務室で王太子殿下に提出する書類の整理をなさっています」
「そんなの執事にやらせておけばいいじゃない! トーマス様を連れて来てよ!」
「申し訳ございません。レベッカ様がお越しになったら、応接間でお待ちいただくようにと、公爵様から言いつかっておりまして……」
困り顔で説明するメイドに、レベッカは顔を歪める。
わざわざ馬車で数時間もかけて来てあげたのに、随分と素っ気ない態度だ。
労いの言葉の一つも、欲しいところなのに。
「だったら、私が自分からトーマス様に会いに行くわ」
「お、お待ちください、レベッカ様……!」
「あんたは引っ込んでてよ、ブス!」
メイドの制止を振り切って、執務室へ向かう。
ところが、
「……トーマス様?」
室内は無人だった。膨大な量の書類が机に積み上げられているだけで、部屋主の姿はない。
あのメイドに嘘をつかれた?
首を傾げながら、今度はトーマスの寝室へ向かってみる。
「トーマス様って、意外と逞しいお体をされているのねぇ。もうあなたでしか満足できなくなっちゃったわ……」
室内に足を踏み入れた途端、甘ったるい女の声がした。
はっと息を呑み、慌ててベッドへ駆け寄るレベッカ。
するとそこでは、トーマスと見知らぬ女性が一糸纏わぬ姿で身を寄せ合っていた。
「……!?」
レベッカが言葉を失っていると、その視線に気づいたトーマスは「げっ」と嫌そうな表情を見せた。
「な、何で君がここにいるんだよ! 応接間で待ってろって、メイドに伝えたはずなのに!」
「そんなことより、その人誰なの……?」
わざと手を震わせながら女を指差すと、トーマスはぎこちなく笑いながら答えた。
「えーと……この子は、僕の新しい愛人なんだ」




