3話
「実は、レベッカとは以前から付き合っていたんだ」
トーマスは特に悪びれる様子もなく、レベッカを抱き寄せながら明かした。
レベッカもうっとりと目を細めて、彼の胸板にしなだれかかっている。
「ど、どうして、そんな……」
目の前の光景に、上手く言葉が紡げない。
ライラは脚にぐっと力を込めていた。そうしなければ、その場に座り込んでしまいそうだったから。
「誤解しないでよ、ライラ。僕は君のことが嫌いになったわけじゃない。今も、深く愛している」
「……でしたら、何故」
「レベッカのことも、同じくらい愛してるんだよ」
婚約者の動揺など気にすることもなく、トーマスは普段通りの口調で言う。
同じくらい愛してる。
なんて軽薄な言葉なのだろう。ライラは、初めてトーマスの言動に嫌悪感を、怒りを感じた。
「……お二人の関係を認めるわけにはいきません」
「何でだよ! 君のことも愛してるって言ったじゃないか!」
トーマスが目を吊り上げて、声を荒らげる。
彼に怒鳴られたのは初めてだった。それでも、ライラは引き下がるわけにはいかなかった。
「ですが、もしレベッカ様のことが、周囲に知られたら……」
「ソルベリア家の名前に傷がつくね。じゃあレベッカのことは黙ってるんだよ?」
満面の笑みで言い放ったトーマスに、ライラは全身の血が沸騰するような感覚に陥った。
「本気でそのようなことを仰っているのですか……?」
「愛人を持っちゃダメとか、うちの国は厳しすぎるんだよ」
トーマスが拗ねたように唇を尖らせると、レベッカは無邪気な笑みを浮かべながら口を開いた。
「そうよ! 公爵様になったら、愛人を公認で持てるように法律を作っちゃえばいいの!」
「名案だね。それに、賛成してくれる人は多いはずだ。恋愛は自由にすべきなんだからさ!」
両手を広げて語るトーマスは、幼い頃と何も変わらない。
なのにライラが彼に抱いていた、温かな恋情には大きな亀裂が入っている。
だけど諦めたくはなかった。
レベッカの存在を公にしようと、ライラは決意した。
そうして周囲に糾弾されれば、トーマスも自らの過ちを自覚して、心を入れ替えるはずだと思ったから。
「……不要なことはおやめください」
ライラの考えを察知したように、執事が口を開く。
「当主様がお亡くなりになった今、ソルベリア家にはトーマス様しかおりません。そんな最中に醜聞が広まることはあってはならないのです」
「…………っ」
子供に言い聞かせるような物言いだった。
そんなことは分かっている。けれど、トーマスのこの自分勝手な考えを今矯正しなければ、手遅れになる気がした。
「……失礼いたします」
「ああ、婚約を解消するなんて考えないでね。僕は君を手放すつもりはないんだから」
「…………」
その言葉に応じることはできそうにない。
ライラは一礼すると、無言で広間を後にする。
「もう、頭でっかちな女! 何が不満なの~?」
後ろから、レベッカの呆れたような声が聞こえた。