23話
リーネの離宮を訪れた日の夜。レオーヌ侯爵邸の執務室には、夫妻が口論する声が響き渡っていた。
「あんなことを言ってどうするのよ! ライラを連れ帰ることができなくなっちゃったじゃない!」
「お前も赤の他人などと、吐き捨てていただろうが! 私だけのせいにするな!」
「先に言い出したのは、あなたじゃない! 私はそれに賛同しただけよ!」
「目で合図してきたのはお前だ!」
ソルベリア公爵に話を合わせるために、咄嗟にあの少女がライラではないと否定した。
しかし屋敷に戻って来てから我に返り、責任を押し付け合っているのである。
二人が何よりも恐れているのは、実子を失うことではない。そんなものは、どこからか養子をもらってくれば済む。
だがライラによって繋がれていた、ソルベリア公爵家とのパイプはどうにもならない。
「くそ……あの小僧も小僧だ! あれほどライラに執着しておきながら、女としての価値がなくなった途端、簡単に見捨てるとは……」
「仕方がないわよ。男ってそういう生き物なんだから……」
「私とアレを一緒にするなっ!」
レオーヌ侯爵はそう叫び、深い溜め息をついた。
何とかライラ以外で、トーマスに取り入る方法を考えなければ。
近頃薄くなりつつある頭頂部を、乱暴に掻き毟っている時だった。
ドアをノックする音が、執務室に響く。
「今は取り込み中だ! 後にしろ!」
「も、申し訳ございません、旦那様。ですが、ソルベリア公爵がお見えになっておりまして……」
「何……?」
メイドの報告に、レオーヌ侯爵は言いようのない不安に駆られる。
それは妻も同じだったらしく、青ざめた顔で狼狽えていた。
「こ、こんな夜遅くに来るなんて……うちとの付き合いは、もうやめるって言いに来たんじゃないの!?」
「くっ……」
否定できなかった。
沈痛の面持ちで、メイドに付き添われながら応接間へと向かう。
すると夜間の来訪者は、のんきに焼き菓子を頬張っていた。
「やあ、こんばんは侯爵!」
「……ええ。このようなお時間に如何されましたか?」
何とか笑顔を取り繕いながら尋ねると、トーマスはティーカップを手にしながら、にんまりと笑った。
「実はさぁ、君に一つお願いがあるんだよ」
「お願い……は、はい! 私にできることがございましたら、何でもいたします!」
このチャンスを逃してはならないと、レオーヌ侯爵は大きく頷いた。
「本当? 助かるよ! こんなこと頼めるのはレオーヌ家くらいしかいないって、うちの執事から言われてたんだ。だけど君たちにとっても、悪くない話だと思うよ」
「…………?」
眉を顰めるレオーヌ侯爵に、トーマスは得意げな表情で言葉を続ける。
「ライラがなかなか見つからなくて、辛いし悲しいでしょ? だからさぁ……新しい娘を作って、彼女のことはもう忘れちゃいなよ」




