15話
「メルヴィン殿下、リーネ殿下の離宮に到着いたしました」
「ああ」
近衛兵に短く返事をすると、メルヴィンは扉を開けて馬車から降りた。銀色の杖で、自らの体を支えながら。
「殿下! 降りる際は、わたくしたちがお手伝いすると申したではありませんか!」
「そうです! もし、殿下に何かありましたら……」
慌てて後に続く近衛兵たちに、呆れを込めた溜め息をつく。
「あのな……この程度、一人でも降りられる」
「し、失礼しました!」
主を怒らせたと思ったのか、直立して敬礼をしている。
そんな様子を無視して、玄関の扉を叩くとすぐに開いた。
「先生、何か忘れ物をしたの……って、お兄様だっ!」
メルヴィンを出迎えたのは、歳の離れた妹だった。
先生という言葉に、先ほど馬車とすれ違った白衣の男を思い返す。
「こんにちは、お兄様! 今からマフィンを作るから、ご馳走してあげるね!」
「……俺は、そのために来たわけじゃないぞ」
「んもう、遠慮しないの!」
「いや、遠慮じゃなくて」
「ほら、兵士の皆さんも早く中に入って!」
リーネに手招きされて、近衛兵たちも「し、失礼いたします」と恐縮しながら屋敷へと入る。
メルヴィンが向かったのは、廊下の突き当たりにある部屋だった。
ベッドで眠り続ける銀髪の少女。彼女の右腕には医療用の針が刺さっていて、そこから栄養剤が投与されていた。
「……まだ目を覚まさないのか」
メルヴィンがぽつりと言葉を吐き出す。
それを聞き逃さなかったリーネは、コクンと頷いた。
「先生はしんてきがいしょーのせいだって、言ってたよ」
「まあ、ろくでもない目に遭ったんだろ。そうじゃなかったら、あんな格好で……いや、何でもない」
途中で言葉を止めると、ベッドの傍らに置いた椅子に腰を下ろす。杖は壁に立てかけようとしたが、「私が持ってあげる!」と、妹に奪われてしまった。
その際、リーネに仕えている執事がじっとこちらを見ていることに気づく。
メルヴィンはその視線に応えるように、小さく頷いた。
「……リーネ、やはり気が変わった。マフィンを作ってくれないか?」
「うん! じゃあ、あなたがお兄様の杖を持ってて!」
リーネは杖を執事に押しつけると、鼻歌を歌いながら部屋から出て行った。
パタパタと小さな足音が遠ざかったのを見計らって、執事が話を切り出す。
「……この少女は、ソルベリア公爵夫人である可能性が高いです」
「そうか……まあ、大方予想はついていたが」
メルヴィンはさして驚く様子もなく、安らかな寝顔を眺めていた。
今から一ヶ月前、メルヴィンはこの少女と出会った。




