9.【Side第二王子リック・デルクンド①】愚かに過ぎる兄と、素晴らしい女性のシャルニカ嬢
第二王子リック・デルクンド視点の、第一王子マークへの【ざまぁ】シーンです。
少し長くなっています。
ストーリーを先に進めたい方は【第12話】まで飛ばして頂いても問題ありません。
【Side第二王子リック・デルクンド①】
俺こと第二王子リック・デルクンドは、幼い頃から不愛想な人間と評されて来た。同時に、父上。つまり現国王からも、俺が将来、王になることはないから、変な気は起こさぬように躾けられて来た。ただ、それは特段おかしな申しつけではないと、幼い俺でも理解することが出来た。だから不満に思ったことはない。
デルクンド王国は北部に鉱物資源などが集中し、一方で南部は海に面した大規模な漁業と交易で栄えている。北部と南部、それぞれの貴族の代表格が北部ハストロイ侯爵家であり、南部エーメイリオス侯爵家である。数十年前に公爵家の謀反が起こり取り潰しがあってから、公爵家はずっと空席となっている。従って、この両家を二大侯爵家と呼び、実質的な貴族のトップである。
現王妃、母上はハストロイ侯爵家の出身であり、北部貴族の利益を代表している。ゆえに、次も王妃をハストロイ侯爵家から出すのは南部貴族に大きな不満を抱かせることは火を見るより明らかだ。そのため、次の王妃は国王が先手を打ち、南部貴族の代表であるエーメイリオス侯爵家より出すことを宣言してきた。これは北部貴族は不満でもあろうが、バランスを考えれば当然だと納得感もあり、しっかりと根回しもされた優れた政策だったと思う。
この根回しがどれほど国王の神経をすり減らすほど慎重に慎重を重ねながら行われ、ハストロイ家出身の王妃を説得しつつ、北部貴族たちをなだめながら進めたかは想像するに余りある。お疲れ様でした、と我が父のことながら慰労したいほどだ。そして、このことにまつわり関係したすべての人間たちは国家100年の安寧のためにどれほど寿命をすり減らしたかと思うとこれも想像を絶するところだ。せめて彼らの給金が少しでも増えれば良いと思う。
そして、俺としてはそうした国家の大方針に余計な疑念や、よこしまな貴族が寄ってこない様、出来るだけ剣の道に励むことにした。優雅さのかけらもない、無骨で不愛想な男。邪魔にならないこと。それが俺の取りうる最大の貢献であり、それで俺は満足であった。貴族なのだから役割を果たすことは当然だ。その中には何もしないという選択も当然ある。
だが。
驚くべきというべきか、呆れかえるべきか、理解不能なのだ。こうした大局観を一切持ち合わせていない唯一の王室関係者がいた。
それこそが、我が兄、マーク・デルクンド第一王子である。
当然ながら父上は、マーク兄さんに口すっぱく、貴族としての振る舞いや、今後の国家運営に関する説明を行い教育をしてきた。今言ったような北部貴族と南部貴族のバランスを取ることの重要性は耳にタコが出来るくらいしていたのだ。
女癖は悪く、俺としては眉を顰めるものがあった。だが、自分の役割は理解しているはず。そう思っていた。
それが油断だと判明した時には、すでに事は起こった後であった。
マーク兄さんが、まさか王立学園の卒業式という公的な場でもって【婚約破棄】を宣言するなどとは! しかもその相手は、どことも知れぬ子爵令嬢であった!
これが友人たちの集まりの場に過ぎないであるとか、プライベートな集まりで言ったことならば、まだ冗談で済ませられる。だが、卒業式という、貴族の爵位を既に持つ者、あるいは将来爵位を正式に継ぐ予定の子弟・子女たちが多く集合するあの場は、いわゆる人前式のような公的なものであり、王国の慣例法としても、その発言に有効性がある。
マーク兄さんはあの【婚約破棄】が何を引き起こしたのかまるで分かっておらず、その上、あの場でミルキア子爵令嬢との婚約宣言が出来なかったことを悔しがっていたが、そもそも王家がそんなことを認める訳がないことすら理解していなかった。恐らく、穏便に別れさせるか、あるいは躊躇なくアッパハト子爵家を取り潰すだけの話である。なぜならば子爵家から王妃が出るならば、もはや国内のどの令嬢であっても、王室に取り入ることが出来ることを示すからだ。そんなことになれば、侯爵家は納得せず内乱の芽となるし、他の貴族はどちらかにつく。また弱小な子爵家、男爵家からほど次の婚約者を出そうと躍起になって王室にすり寄るだろう。もはや統制は不可能となる。
そして、一番ありうる未来は、二大侯爵家が王室より離反し、それに他の貴族が追随し、現王室は廃止され、新たな王室が、恐らく二大貴族を筆頭とした戦争の末、どちらか勝利した側の家から興るといったところだろう。ただ、それを周辺国が傍観しているかと言えば、そうではない。例えば、北部の鉱脈を虎視眈々と狙っている隣国ヘイムドは内乱に乗じて攻め入る可能性が高いし、良質な漁港を持つ南部領地も他国垂涎の的であり、攻め入られる可能性は高い。
つまり国家としての存続を揺るがす、大事件を、口さがなく言えば、あの馬鹿兄は行ったということだ。
卒業式で【婚約破棄】の知らせを聞いてからの、国王陛下の10歳は老け込んだ様子は忘れられないし、それまで尽力してきた宰相や大臣たちなどは一部卒倒していた。気持ちは分かる。なぜなら国が無くなるかもしれないからだ。
一方の母上はハストロイ侯爵家のメロイ侯爵令嬢を次の王妃にしようと画策を始めた。母上は北部貴族の利益を代弁する必要があるから当然の政治的な動きである。子爵令嬢を王妃にするよりかは何倍もマシであることからも割と王家や側近でも受け入れられやすい案でもあった。
だが、その場合は南部貴族が大きな不満を持つだろう。何より、エーメイリオス侯爵家のメンツが丸つぶれだ。ハッキリ言って、婚約破棄直後に王室から離反されてもおかしくなかった。兄は誤解していたようだが、エーメイリオス侯爵家はハストロイ侯爵家よりもある種、重要な家柄なのである。というのは交易による富の他にも、貿易を通じて他国と親交が深いため、外交的な役割を果たすことが多いのだ。彼らのおかげで戦争よりも経済的利益を優先するという相互互恵関係が他国との間には存在するし、様々な情報を王室にもたらしてくれる。この辺りの他国の情勢や機微は、王家の諜報機関よりも、むしろエーメイリオス侯爵家が掴んでいるのである。
そんな一人娘であるシャルニカ嬢を、兄はあろうことか卒業式という大舞台の、公衆の面前で最大の恥辱を与える形で婚約破棄し、新しい彼女を紹介しようとしたのだという。しかもそれはただの浮気であり、弁護のしようもない。シャルニカ嬢には一切の過失がないのだ。
王室の完全なる有責であり、あの気丈な国王陛下と側近が失神しかけた(一部側近は本当に失神した)のも無理からぬことだ。
そのようなわけで、国王陛下は、オズワルド・エーメイリオス侯爵へ謝罪の親書をすぐにしたためると共に、自ら赴いて、その尻拭いをしようとまでしていた。
愚兄のしでかしたことは、それほど愚かで、国を傾ける、王太子として失格の行為だったのである。
本当に、実に、まったくもって愚かなことをしてくれたものだ。
その兄の弟であることが恥ずかしいと思わずにはいられないほどに、俺は我が事のように恥じ入るほどであった。
だが。
ここでもまだ希望は潰えてはいなかった。
一通の手紙が届いたのである。
ついに王室からの離反かと、憔悴しきった父上が見た内容は、想像の全く逆だったのである。
なんと、激怒していると聞いていたオズワルド侯爵が怒りの矛先を収めてくれたのである。一人娘を、しかも将来の妃候補として王室から依頼し、立派に育て上げてくれた娘をあのような形で恥辱を与えた王室をオズワルド侯爵は寛容にも許してくれたのだ。そして、何よりも驚かされたのは、その説得をしてくれたのが、王家が一方的に婚約破棄をしたシャルニカ侯爵令嬢なのだと言う。
その時父上が初めて泣いた顔を見た。
シャルニカ侯爵令嬢は自分の身よりも、国家全体の安寧、領民の暮らしをまず考えてくれたのである。愚兄にあのような目に遭わされたのにそれを水に流し、どうにかこの事態を収めようとしてくれていたのだ。これには母上すらも押し黙った。そして一言、
「私は北部貴族の代表としてメロイを推薦します。ただし、シャルニカさんを王妃にすることに反対はしません」
なお母上もハンカチを目に当てていた。鉄の女性と言われた母上の心をここまで動かすのは凄いことだ。
王室全員がシャルニカ侯爵令嬢の寛容さと行動力、視野の広さに尊敬の念を抱いていた。
そう言えば、大事件のせいで余り気に留められていないが、婚約破棄をいきなりされた時も、彼女は自領の利益と尊厳を守るために毅然と反論し、愚兄が一方的に有責であることをしっかり主張していた。普通、やれと言って、いきなり婚約破棄をされた直後の混乱している時に出来るものではない。そして、もし反論していなければ、南部貴族たちの不満は頂点に達していただろう。そう思うと恐ろしい。その意味で彼女はあの卒業式の時も、この国を救ってくれていたと言える。
彼女のことは将来の王妃ということで何度か見たことがある。
のんびりとした優しそうな人に見えた。ふんわりとした金髪の髪は艶やかで、服装は、将来の妃候補だが派手さはない。ただ、見る者が見れば分かる質の良い服装をしていた。何より瞳が人を惹きつけると思った。天真爛漫で、アンバー色の瞳がくりくりとした可愛らしい人だと思った。だが、それだけではなく、その心根は芯の強い、南部貴族の気風を持った女性なのだろう。
俺はそんな彼女を尊敬している。
そして、オズワルド侯爵からの提案には、愚兄第一王子マークの廃嫡と、この俺の王位継承権の繰り上げ。つまり王太子の身分とすることが書かれていた。
これしかない、と誰もが思ったことだろう。
もはや、南部貴族の代表たるシャルニカ・エーメイリオス侯爵令嬢を衆人環視の下、婚約破棄した愚兄がシャルニカ嬢を再び婚約者とするようなことをしても事態は収まらない。もはや愚兄に残された王族として出来る仕事は、恥辱の限りを与えたことの罪を償うために廃嫡を受け入れケジメを付けることで、その身をもってその愚行を南部貴族、とりわけシャルニカ嬢に詫びることしかない。
そして、俺には幸い誰も婚約者がいない。無骨で不愛想な武人ということで社交界で評判が良くない。ありていに言えば恐れられていたからだ。だが、今回はそれが良かった。南部貴族たちとしては不満は多少残るかもしれないが、ケジメを付けたうえで王室にシャルニカ嬢を迎え入れられるのだから。北部貴族にもやはり多少の不満は残るかもしれないが、馬鹿なことをしでかした愚兄が廃嫡された事実が、王家のケジメだと受け取ってくれるだろう。
ところで愚兄の処遇だが、本来は極刑にすることも真剣に検討された。そして浮気相手でシャルニカ嬢に成り代わり王妃になろうとしたミルキア子爵令嬢もだ。
だが、王家の者を極刑にするのは逆に不穏の種をまくことになるかもしれないという慎重意見も出た。何よりシャルニカ嬢が反対した。
そういうこともあり、愚兄ならびにミルキア子爵令嬢は辺境送りとなったのである。
最後まで納得していなかったようだが、愚兄よ、文句を言っているのはあなただけだ。
俺はあなたのような兄を持ったことを心底恥じる。
ただ、一つだけ良いことがあったとも思う。
シャルニカ・エーメイリオス侯爵令嬢と婚約出来たことだ。
俺は彼女を尊敬している。
だが、今はそれ以上に女性として魅力を感じていた。こんな気持ちは初めてで戸惑っているというのが正直なところだが。
それは、愚兄が愚かにもエーメイリオス侯爵家へ、厚顔無恥にも乗り込んで来た時に、目前で彼女が毅然とした姿を見たからだった。