8.【Sideシャルニカ】王太子は身分を剥奪され、ミルキア子爵令嬢と辺境に追放される
【Sideシャルニカ】
私は思わず「ご、ご説明しましょうか?」と口を挟んでしまった。
これは王家のことで、私は王太子リック殿下の婚約者なので口を出す権利はあるのかもしれないが、それでもまだ王族ではない。その意味で少し差し出がましかったかもしれない。
実際、リック殿下は私がそう言った時、少し驚いた表情をされた。
ただ、現在リック殿下は、廃嫡された第一王子マーク殿下を、その圧倒的な武力で押さえつけられているところで、説明どころではないだろうし、またマーク殿下は自ら自賛されていた甘いマスクを屈辱に歪め、鼻水などが出るのもおかまいなしに聞き取れない何事かをまくしたてられていて、哀れを誘う様子だ。
その意味で、今事情をマーク殿下にご説明して差し上げることが出来るのは、状況的にも、心情的にも私だけだと思う。
女神様の『お人好しねえ』という、全てを見透かしたお言葉をお聞きしながら、私は続きを話そうとする。
ただ、先にマーク殿下の罵倒が飛んできた。
「これはお前がたくらんだ陰謀ということか! シャルニカ・エーメイリオス侯爵令嬢! 貴様! 絶対に許さんぞ! 王都に帰ったら貴様のしでかした罪を暴き、この領土を没収し、一族郎党斬首してくれるわ!!」
え、えーっと。
「あ、あの。大丈夫ですか? 後半部分は王太子の婚約者への殺害予告でしたが……。もう王太子ではないのですから、ご発言には気を付けられた方がいいかと思いますが」
「なぁ!?」
その言葉に、マーク殿下は目を剥き、一方でリック殿下がなぜか嘆息した。いや、苦笑したようにも見えるがなぜ?
「シャルニカ嬢は気にすることはない。王家の恥部は王家で処理する。むしろ、王家のことを気にかけてもらい申し訳ない」
「あ、い、いえ。妃候補ですので当然のことです」
リック殿下は一見つっけんどんな無骨なイメージだが、筋が通っており義理堅い人柄だ。こうして謝罪する時もしっかり言葉にして謝ってくれるのだ。
「それより説明してやってくれ、この愚兄に」
は、はい、と頷いて、事情を説明することにした。
「先ほどマーク殿下は陰謀と申されましたが、確かに今回の王太子交代はエーメイリオス侯爵家が王家に働きかけて実現したものです」
「そらみろ! やはり陰謀ではないか!!」
「そうよ!! この女を極刑にして!!」
マーク殿下とミルキア様が叫ぶように言う。
でも私は淡々とその言葉に反論を述べる。
「あの、殿下にミルキア様、陰謀ではなく、これはまっとうな政治です。誰を将来の国王にし、その妃を誰にするかというのは国家の要諦です。そして、使えなくなった駒は捨てられます」
「僕が使えない駒だっていうのか!? そんな訳がっ……!!」
「あ、はい。そうです」
「……ある、か? って、は、はぁ!?」
私が構わずに言葉を続ける。
「ま、まず殿下は大前提をお間違いなのです。私たちは駒なので替えがそれなりに利きます。もちろん、王太子は嫡男が良いですし、王妃は爵位の高い令嬢が良いでしょう。出来るだけ国内の貴族たちに顔が利き、かつとりまとめられる王や王妃の方が良いですので、継承権第一位はもちろんマーク殿下でした。そして、現王妃が北方貴族の代表格であり、二大貴族の一つ、ハストロイ侯爵家から出ているので、次は南方貴族の代表格である当家から妃候補を出すことは国内の勢力均衡の観点から王国の規定路線でした。もちろん、現王妃殿下におかれましてはハストロイ侯爵家からメロイ様をと思っておいでだったでしょうが、国王陛下が政治的決断を下されています。だからこそ私が幼い頃から妃教育を受けて参りました。そして、あらかじめこの大方針を国中に広く喧伝しているからこそ国内はそれほど大きな派閥争いはない状態だったのです。いわば統制の取れた派閥争いとでも言うべき状態でした。派閥争い自体は無くなりませんから、これはベストな状態です。しかし、そこに、あの卒業式での婚約破棄騒ぎがありました。あれは子爵家からでも王妃が出る可能性があることを広く知らしめる出来事であり、次の王妃候補は空白の状態だと理解されています。そのため、今、国内は水面下で大きな混乱が起ころうとしていて、有象無象の中小貴族たちが今、王家との婚姻を狙って押し寄せています。その処理に国王陛下や側近は忙殺されているでしょうね」
「な、ならやはりお前が俺の婚約者に戻ればいいだけの話じゃないか! それで全て元通りだ! 結局お前の我儘だろうが!!」
『うわぁ、自分が浮気して勝手に婚約破棄したくせに、どの口が言うのかしら、この元凶の屑男』
女神様が思う存分の罵倒をおっしゃっているので、私は反対に落ち着いて話を続けることが出来る。
「その、私も最初はそうしようかと思いました。ですが、少し考えてみるとそれは難しいことがすぐ分かりました。もうすでに婚約破棄をあのような卒業式とはいえ、一種の公的な場で行われています。ああした多くの貴族の集まるパーティーでのご発言や決定は、王国の慣例法に則り有効的です。人前式のようなもので、婚約破棄は成立しています。そして、もう一度、婚約者となるためにはハストロイ侯爵家との政治的調整を王家とやり直さないといけません」
「そうすればいいだろうが!」
「えっと、それは無理です。なぜなら、王家からエーメイリオス侯爵家へ一方的に婚約破棄をされましたので、私たちの立場はかなり弱くなったのです。王妃殿下も口を挟まれるでしょう。仮に改めて私がマーク殿下の将来の妃候補に復活したとしても、当初国王陛下が期待されていた平穏な政略結婚ではなくなり、エーメイリオス侯爵家とハストロイ侯爵家との壮絶な権力闘争という構図になってしまうだけです。それは中小貴族たちの激烈な派閥争いを引き起こします。最悪、内乱が起こります。これは国王陛下が最も恐れていた事態で、とても採用できる政策ではありません」
「そ、それが僕のせいだって言うのかよ! お前のせいだろうが! あの場で婚約破棄を受け入れて、メロイの名前さえ出さなけりゃ、俺とミルキアは婚約出来ていたんだ! それをお前がぶち壊したせいで、こんな事態になっちまったんだろうが!」
「あ、あの。私もエーメイリオス侯爵領を守る必要がありますので、一方的な婚約破棄を当家が有責のようにおっしゃるのを受け入れることは絶対に出来ませんでした。これはご理解頂けますよね? そ、それとそもそものお話を聞いて頂いてましたか? 王国にとって妃候補にするのはまずエーメイリオス侯爵家からですし、その次があるとしてもハストロイ侯爵家です。ハストロイ侯爵家から今回も妃候補を出すとなると南部貴族が納得せず国が割れかねませんが……。ただ、何にしても子爵令嬢と婚約などすればこの国はバラバラになると思います。どの貴族も納得しないからで、王室から離反する可能性が高いです。すると、王家は維持できないでしょう。なので、子爵令嬢と婚約されるなら、どちらにしても王位継承権は破棄することになると思います」
『ミルキアの名前って【本編】で全然出てこないのはそういう訳よね』
本編って何でしょうか?
また天界の用語なのでしょうね。
「う、嘘よ! 私は王妃になるんだから!!」
ミルキア様が絶叫しています。でも、そんなに王妃になりたいものでしょうか?
「あの、私は貴族の義務だからこそ、領民を愛するからこそ王妃になろうと決意しましたが、他の方が適任ならば、本当はお譲りすべきと思っているのです。例えば、メロイ侯爵令嬢などは本当は私より適任だと思うのです。ただ、政治的状況が許さない、という話をしているのですが、お分かりになられませんでしょうか?」
『馬鹿は放っておきなさい』
女神様は口さがないお方です。
「そ、そんな! ならお前を婚約者に戻しても意味がないじゃないか! この役立たずが!!」
「役立たずはあなただ、兄さん。まったく」
「な、なにい!? ああ、い、いだい! いだい! いだい!」
暴れようとしたマーク殿下の腕をギリギリと押さえつけながら、リック殿下は言った。
「シャルニカ嬢は貴族として完璧な振る舞いをされている。素直に言って、あのような公的な場所で婚約破棄を女性に告げるなど唾棄すべき所業だ。あなたが兄でなければ斬り捨てていただろう」
「ひっ」
本当の武人である第二王子の迫力に、今まで陸に打ち上げられた魚のようにのたうちまわっていたマーク殿下が息を呑んでおとなしくなる。
「普通の女性ならばあの場で王太子から突然の婚約破棄を告げられれば絶望して自殺するかもしれない。それをシャルニカ嬢は毅然と兄さんの浮気を指摘し、自領たるエーメイリオス領を守った。素晴らしい女性だと思う」
「あ、あのそんなに褒めないで下さい。恥ずかしい……」
『おやおや』
女神様がなぜかニヤニヤしているような気がした。
「何より兄さん。王太子だったあなたよりも王国のことを考えている。婚約破棄事件のせいで、ハストロイ侯爵家からは正式な婚約の依頼が舞い込み、父上は苦悩し、母上はハストロイ侯爵令嬢との婚姻を進めようと躍起になっていた。中小貴族からも毎日矢のような婚約依頼が舞い込んでいて、どう転んでも王国はただではすまないだろう状況だった。何より恐れたのは、あのような無礼な仕打ちをしてしまったエーメイリオス侯爵家が王家から離反してしまうことだ。父上はお忍びで本気でオズワルド・エーメイリオス侯爵まで謝罪に伺おうとまで悩んでいた。そこに、このシャルニカ嬢が実父オズワルド様へ取りなしてくださったのだ」
「そ、それはどういう?」
「分からないのか?」
リック殿下は呆れた様子で説明を続ける。
「自分はあのような公衆の面前で婚約破棄をされたことは気にしていない。だからまずは王国の安寧を考えて欲しい、ということをだ。兄さんは想像出来ていないかもしれないが、その時点においてオズワルド侯爵は本気で激怒していた。大切な一人娘にあのような仕打ちをされてはな」
『そりゃそうよね~』
「だが、貴族としてまず国と領民の安寧を願うシャルニカ嬢の言葉を受けてその怒りをおさめられた。そして、ありがたいことに、シャルニカ嬢からオズワルド侯爵へ万事収まる方策をご相談された。それが第一王子の廃嫡と、俺の王位継承権の繰り上げだった。マーク殿下の元に婚約者として復帰するのとは違い、さかのぼってマーク殿下を廃嫡するならば王家としての強い反省の意思を打ち出せるし、馬鹿なことをしでかした貴様を処断したというケジメも見せられる。新しく王太子となった俺には侯爵令嬢へ婚約破棄をし、子爵令嬢を妻にしようとし、メロイ・ハストロイ侯爵令嬢とも浮気をするような政治的失敗という前科もない。それで王室のすべての汚点をすすげる訳ではないが、マーク兄さんが王太子であるという政治的失敗と言って良い状況は、劇的に改善する」
「俺が邪魔だというのか!」
「そうだ。というか、生きてるだけで本当は有害なんだ。廃嫡で済ますだけでも感謝して欲しいくらいだ。恨むなら己の不明を恨むといい。あと、ミルキア・アッパハト子爵令嬢」
「ひ!? な、なによ!?」
実は裏では大変な事態になっていたことを知り、将来の王妃だと輝かしいお花畑のような未来を夢見ていた少女は、現実の前に顔面を蒼白にし、何十も歳をとったような、げっそりとした表情になっていた。
「本来ならばアッパハト子爵家は取り潰しだ。婚約者のいる王太子を奪おうとする子爵家など王国には不要だからな」
「なんでよ! メロイ侯爵令嬢だって同じことをしてたじゃない!?」
はぁ、とリック殿下はため息を吐いて呆れる。
「本当に何も分かっていないんだな。メロイ侯爵令嬢は側妃を狙っていたんだ。一度話したことがあるが、あれは食えない女だ。自分が側妃になることによる王国のリスクもよく分かっている。だが、自領のことを思えば影響力は残したい。そのためにマーク兄さんに近づいたのだろう。お前と違って王妃の座を狙ったわけじゃないし、ちゃんと王国全体のことと自領のことを天秤にかけている。これはお前とは決定的に違う点で、彼女の行動基盤には政治がある。だが、王国のことを一切考えず自らの欲しかないお前は子爵令嬢として失格だ」
「で、でも! あの女だって婚約破棄の後、正妃として名乗りを上げたわ! ほら! 私と一緒じゃない!!」
『本当に話を聞いてないわよね。全然違うじゃない』
「卒業式の会場で、あろうことか王太子が子爵令嬢と婚約するなどと言う話が出てしまったから、自分も婚約者になると名乗り出なければならなかっただけの話だ。あの場で名乗り出なくても、後々のところで手を打っただろう。子爵令嬢が王妃になどなれば国がとんでもないことになる。再三、先ほどシャルニカ嬢が説明してくれた通りな。そして、もしも廃嫡しないとなれば、彼女は正妃を狙うだろう。これも先ほどシャルニカ嬢が言った通り、婚約破棄によってエーメイリオス侯爵家の力が相対的に弱まり、ハストロイ侯爵家の力が相対的に高まるために、各貴族たちの統制がとれなくなるから、ハストロイ侯爵家を筆頭とする北部貴族たちの意向を無視できなくなりメロイ侯爵令嬢としても正妃になるようにという政治的圧力がかかるからだ。つまり、遅かれ早かれ、お前は排除されていたと思うがな?」
「そ、そんな。そんなの酷いわ! あんまりよ! 恋愛さえ自由にさせてもらえないなんて!!」
あ、あのミルキアさん。議論がすり替わってますよ?
「それもシャルニカ嬢が言っただろう? 俺たちは貴族で何不自由なく暮らせている。それは貴族の責務をまっとうするからだ。そうでないなら、爵位を捨てるべきだ。自由に恋愛がしたいというのならば、お前は爵位を捨てるか?」
「嫌よ! 下賤な村娘になるなんて! 絶対に嫌!」
その言葉に私もリック殿下も初めて嫌悪感を表情に出すが、言っても無駄そうなのでもはや口には出さない。
「ふむ、なら取り潰しだけはやめておいてやろう。王家の過失でもあるしな。そこで王家としてはこのような処置をすることとした」
「え? 損害賠償の撤回かしら!?」
『なんでそうなるのかさっぱり分からないんだけど』
女神様も呆れを通り越していらっしゃるようだ。
「損害賠償は要求された額を払うことを改めて申し渡す。更に、恋愛がしたいというのなら、廃嫡したマーク廃太子と結婚するが良い。辺境ラスピトスに土地を用意するゆえ、そこで夫婦となり、仲良く暮らすといい」
「な!」
「ええ!?」
マーク元王太子とミルキアさんから悲鳴のような声が上がる。
「い、嫌だ! どうして僕があんな辺境に行かないといけないんだ!! あそこは土地も痩せて、しかも極寒の土地じゃないか!! 嫌だ! 嫌だ! 頼む! 助けてくれ! 僕は王太子だ! 将来の国王になる男なんだ!」
「わ、私も王太子でないマーク様との結婚などしたくありません! お願いです! 子爵家へ返して下さい! 王妃になれないうえに、そんな貧乏な生活をマーク様とするなんて耐えられません!!」
「あ、あの自由な恋愛をされたいんじゃなかったんですか?」
「そんなの、王妃になれるから近づいたに決まってるでしょうが!!」
「そ、そうなんですか。す、すみません」
『謝んなくていいのよ……』
一方のリック殿下は厳然とした態度で、
「これは勅命である。既に子爵家にも了解はとっている。取り潰しをまぬがれるなら、娘一人が嫁ぐくらい大したことないと言ったそうだ」
「う、うわあああああああああああああああ!! い、嫌よ! 嫌あああああああああああ!! くそ! こんな馬鹿王子のせいで私の人生台無しよおおおお!!」
「な、何だと貴様! 僕が誰か分かっているのか!!」
「ただの辺境の一小貴族じゃない! どうして私がそんな身分の低い男に嫁がないといけないのよ! 嫌よ! 最低!」
「き、貴様ああああああ」
『醜いわねえ』
女神様の声が頭に響く。
さすがの私もドン引きしてしまった。
あんなに大胆な婚約破棄をするくらいだから、とても愛し合っていると思っていたのに、王太子ではなくなったくらいで破局同然になってしまうなんて。
だが、とにかくこうして話し合いはいちおう終結した。
後日、元王太子マーク殿下は、その身分を正式に剥奪され、一代男爵を封爵されたうえで辺境の土地へと追放された。
同時に、最後まで抵抗していたミルキア子爵令嬢も、無理やりご両親に縄で縛られて罪人同様の様相で、辺境ラスピトスへと送られたという。
やれやれ、ともかく一件落着?
そう思っていたのだけど、
『油断してはだめよ、シャルニカ?』
そんな女神様の忠告がある日届いたのだった。
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「続きが気になる、読みたい!」
「シャルニカはこの後一体どうなるのっ……!?」
と思ったら
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