7.王太子の身分剥奪されるってどんな気持ち?
【Side鈴木まほよ】
リック・デルクンド第二王子。第一王子のマークとは違い、質実剛健を絵に描いたような人物だ。髪の色も黒で短めにしており、身長もスラリと高いながらも筋肉質である。【武人】あるいは【騎士】という表現がしっくり来る。兄が甘めのマスクをしたプレイボーイだとすれば、弟はその逆で剣の腕が立つ寡黙で堅実な人物だ。
さて、このリック・デルクンド第二王子の乙女ゲー『ティンクル★ストロベリー 真実の愛の行方』における立ち位置であるが、彼のルートに入らない場合は、リックはメロイ侯爵令嬢と結ばれることになる。
ただ、これをもってただちに彼が浮気者かと言えば、それは少し違う。このゲームはなぜか浮気者が多いのだが、彼の場合は第二王子という肩書きを持つため、政略結婚させられる定めなのである。そのため、有力なハストロイ侯爵家とつながりを持つことになるのだ。
一方、第二王子ルートになった場合、シャルニカと結ばれた後どうなるのかというと、実は彼が王太子になるのである。
第一王子は第二王子ルートの際に色々な政治的失敗を繰り広げる。それによって国王から廃嫡されてしまい、第二王子が繰り上がって王位継承権一位になるのである。これは反対に言うとシャルニカと結ばれる第一王子ルートだと、これら失敗がシャルニカの助言や機転で事なきを得て王位継承権を維持するとともに、それによって王子とだんだん仲を深めていく、というストーリーになるのだ。
つまり、ゲームの強制力を考えた場合、第二王子リック・ルートが最適解なのだ。
まず、第一王子マークの影響力を、廃嫡によって王位継承権を消失させることが出来る。第一王子周辺で発生しつつある内乱の芽を摘み取ることが可能だ。婚約破棄をしたのはマークであり、リックではない。要はガラガラポンが出来るのである。また、今日のようにマークがエーメイリオス侯爵家へ権威を笠に着て何か要求や嫌がらせしようとしても、その権力がそもそもないという状態にもできるのだ。
またシャルニカはゲームの強制力がうまく働けば王妃となることが出来るかもしれない。自領や国民を愛するシャルニカは王妃として相応しい。また、これは単なる私の感傷だが、彼女の受けた妃教育は本当に十数年に及ぶ厳しいもので、これまでの生涯を賭して取り組んで来たものなのだ。おいそれと、それこそ馬鹿王子の浮気ごときで、その長年にわたる努力を水泡に帰すべきことでないのは確実である。女の一生をなんと心得る。それに、彼女自身も努力や勤勉であることを好ましく思う、と発言しているのだから、彼女自身の努力も報われてしかるべきだと思うのだ。
あと、もう一つ。大切なことがある。
第二王子リックだが、結構可愛いところがあるのだ。人気投票でも一位だったはずである。
他にも他国の王子や公爵令息、大商人の一人息子、辺境伯などもいたりするのだが、好感度が下がると浮気をする。
しかし、リックはそういうところもなく、あくまで政略結婚として他の女性と結ばれるだけだ。その様子も実に淡々としたものとして描かれる。
だが、シャルニカと結ばれるルートのリックは、普段の怜悧な雰囲気は保ちつつも、シャルニカの優しさに徐々にほだされていき、彼女を徐々に溺愛していくようになるのだ。同時に、シャルニカも努力や勤勉を愛するタイプなのでリックのことをこの後とても好きになるのである。推しカプが一番多いのが、このシャルニカ×リックでもある。
というわけで、こうしたギャップが乙女心を捉えて離さないのが、この第二王子リック・デルクンドという人物である。
さて、そんなリックは応接室へ入ると、シャルニカの隣に座った。
『リック、どうしてお前がここにいるんだ!?』
マークの声がゲーム画面から轟くが、それに対してリックは淡々と反応した。
『俺の婚約者に会いに来ただけだ。兄さん。何もおかしくはないだろう?』
『……は? お前の婚約者? い、いやいやいや! おかしいだろう! そいつは俺の婚約者だ!』
『い、いえ、婚約破棄されましたが』
シャルニカが少し呆れたような困ったような様子で言った。
その言葉に同意するように、リックも口をそろえる。
『エーメイリオス侯爵家ご当主オズワルド・エーメイリオス侯爵から正式に王家に打診を頂いた。第一王子マーク・デルクンドに代わり、この俺リック・デルクンドがシャルニカ侯爵令嬢の新しい婚約者になるように、と』
『そ、そんなことを父上が許すはずがっ……!』
『はぁ? 何を言っているんだ?』
『な、なんだその口のききかたは。弟の分際で!?』
突然、心底呆れられたマークは、激高するように顔を真っ赤にした。
だが、【武人】のリックに対して幾ら優男のマークがすごんでもむなしいだけだ。ますますマークの哀れさを引き立たせるだけであった。
『俺とシャルニカ嬢との婚約は、当然、父上も了解してのことだ』
『そ、そんな! そのようなこと僕は一言も聞いてないぞ!!』
『それはそうだろうな』
『は?』
マークはリックのその言葉の真意が理解できずにポカンとする。
しかし、次の言葉を聞いて、これまでで最高の混乱をきたす。
『マーク・デルクンド第一王子。あなたを王位継承権第一から除外し王太子の身分を剥奪する。この俺、リック・デルクンド第二王子があなたの王位継承権一位、並びに王太子の身分を引き継ぐ。これは王からの勅命である』
そう言って、玉璽の押された書面をはっきりと机の上に広げた。
『な、なんだとおおおおおおおおおお!?』
マークの取り乱しようは筆舌に尽くしがたいものだった。
『ぼ、僕が何をしたって言うんだ!? 廃太子だなんて、こんなのあんまりだ!? そ、そうかお前の陰謀だな!? シャルニカ!! お前が裏でコソコソと陰謀を操り、王家をのっとるつもりなんだ!! そうに違いない!! うおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
彼は絶叫して、シャルニカへと襲い掛かろうとするが、
『無礼者が!!』
『ぎ、ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!』
『え? え? え? え? え?』
目にも止まらない速さで、リックはマークの頬を打つ。唖然としたところを瞬時に押さえ込むと、手を後ろに回して拘束してしまった。凄まじい速さだ。ちなみに、ミルキアは何が起こっているのか分からず茫然とすることしか出来ない。
『俺の婚約者であり、かつ将来王妃となられる方に狼藉を働いた罪、国王に報告させてもらうぞ。兄さん、覚えておくべきだ。あなたはもう王家にとって不要な存在。廃嫡され、王位継承権からも漏れた以上、面倒で厄介な存在なんだ。おとなしく……そうだな。辺境の小さな領地を与えるから、そこで静かに余生を過ごしてくれないか?』
『う、嘘だ! 僕は将来の王なのに! 王太子のはずだ! 冤罪だ! これは何かの陰謀だ!!』
納得いかないと喚き散らすマークに、「はぁ」とリックがため息を吐いた。
『あ、あの。ご、ご説明しましょうか?』
その時、シャルニカが口を開いた。多分、訳が本当に分かっていないマークのことが可哀そうになったのだろう。
「お人好しねえ」
私の声は恐らく彼女に届いただろうが、彼女は気にせず話し始めた。
廃太子マークに対して。





