表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/56

6.【Sideシャルニカ】婚約破棄の撤回を拒否するだけじゃありません

【Sideシャルニカ】


来訪されたマーク殿下は、エーメイリオス侯爵家の応接室に案内されるとドカリと座られる。


一方同伴している女性は初めて見たように思ったが、なんとそれはあのミルキア子爵令嬢だった。


やつれはてた姿に以前の派手な姿は想像できないほど精彩を欠いている。


部屋には私だけだ。


ただ、女神様の声がどこか冷えた声で、


『うわぁ、酷い有様になったわねえ。まぁ、まだ命があるだけマシだと思うけど。何せ国難を招くような真似をしたわけだしね』


可哀そうだとは思うけど、その通りだった。


率直に言って、王や王妃というのは数々の貴族たちが納得しうまく担いでもらう為の存在である。派閥はもちろんあるが、表面的な火種はないようにしたい。でなければいたずらに政情不安をかきたて、内乱が起こりやくなったり、税金をあからさまに滞納したりする。そのため王や王妃には他の貴族からの信頼や、納得するだけの身分が必要となる。だからこそ、王家は早くから婚約者を二大侯爵家のうちエーメイリオス侯爵家からと決め、私に妃教育を幼い頃から施し、他の貴族から不満が出ないよう盤石の体制を作ろうとしてきたのだ。


その多数の人々の努力は、あの卒業式の日に水泡に帰したわけだが。ハストロイ侯爵家が婚約破棄につけ入り、正式に王家に婚約を打診しはじめており、中小貴族も自分たちにチャンスがあると思って水面下で行動したり、2大侯爵家のどちらの陣営につくか目を凝らしている家も多い。


覆水は盆に返らない。


もちろん元鞘にすることは出来るが、あの卒業式での婚約破棄が一度起こっている以上は、ハストロイ侯爵家の影響力が今後は強まるため、内紛の芽は生き残るだろう。


だが、あの場で婚約破棄を一方的にこちらに非があるような形で受けることは難しかった。そんなことをすれば、エーメイリオス侯爵領のメンツは丸つぶれであり、南部貴族の代表としての威厳も保てないからだ。自領を守るためにも、王家側が有責であることを突き付ける対応は必須であったと言える。


「さて、僕がここに来たのはシャルニカ。君にもう一度チャンスを与えようと思ってだ」


王子が口火を切った。


「チャンス、ですか?」


だが何のチャンスだろう? と普通に首をひねる。


そんな私の仕草に、殿下は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「全く察しが悪い女だ。聞いたぞ、僕にフラれた腹いせにミルキアの生家であるアッパハト子爵家に途方もない賠償金を要求しているようじゃないか?」


「は、はぁ」


私は生返事しかできない。腹いせに賠償金など請求できる法などないので、殿下は何をおっしゃっているのかと純粋に疑問に思ったのだ。


しかし、殿下は意気揚々と話す。自分の言葉に疑問がないのだろう。


「そこでだ。お前をもう一度僕の正妃として迎えてやる。あの場では婚約破棄を宣言したが、撤回してやろうと言うんだ。だが、その代わり、ミルキアへの損害賠償については謝罪しろ。見ろ、お前のせいで彼女は随分傷ついてしまったんだぞ?」


殿下がそう言うと、ミルキアは恨みがましそうな瞳で私をにらみつける。


「そうよ! あんたのせいで私はお父様やお母様からの信頼を失った! 損害賠償のお金を作るためにお気に入りのドレスや宝石、それによく分からないけど鉱山や河川の権利なんかも売らなくちゃならなくなったって! それも全部私のせいだって怒られたのよ!!」


『いや、それ実際あんたのせいじゃん……』


女神様のいつもの冷静な声に心が落ち付きます。


殿下が言葉を続けます。


「というわけだ。お前のせいで彼女は傷ついた。謝罪して、賠償請求を撤回してくれ。その代わり、お前のような女だが仕方ない、俺の妃にしてやろう。だが、条件がある。メロイ侯爵令嬢やミルキア子爵令嬢は第一側妃、第二側妃とする。やれやれ、これで一件落着。貴様らエーメイリオス侯爵家としても王家とのつながりを持てる。悪くない取引だろう?」


殿下はそう言うと、黙り込みました。


そして、そのまま私が何か言うのを待つ態度になります。


……え? 


もしかして、今のが交渉のおつもりなんですか?


『勝手に浮気して、公衆の面前で婚約破棄したかと思えば、今度は謝罪もなく一方的な復縁を要求して、あまつさえ、浮気は継続する宣言をかました上に、浮気相手への謝罪要求とはね』


女神様のあきれ果てた声が響く。


いえ、本当に、そうです。


女神様からはもちろん、事前に、復縁を迫られる可能性を示唆頂いてました。でも、まさかこのような傍若無人な態度で、しかも浮気相手に謝罪を要求されるだなんて。


余りにも相手が理解出来ない存在過ぎて……。言い方は悪いですがお馬鹿さん過ぎて言葉を失いかけます。


でも、


『さ、シャルニカ。あなたの返事を殿下が心待ちよ。余り待たせても悪いわ。何より時間の無駄ね』


女神様の声に私は気を取り直します。


私はシャルニカ・エーメイリオス侯爵家の長女。今日の交渉もお父様から一任されている。あまり無様なところは見せられない。


まず、事実を告げよう。事実ほど強い論理はないのだ。


私は妃教育でやっと身に付けた微笑みを浮かべながら申し上げた。


「えっと、まず殿下、色々申し上げたいことはありますが、最初にはっきりと訂正しておきたいことがございます。卒業式でも申し上げたのに、ご記憶でないようですので」


殿下が訝し気な顔をするが、私は微笑みを浮かべたまま言った。


「私は殿下を全くお慕いしておりません。で、ですので、可能であれば殿下とは未来永劫、赤の他人同士としての関係を続けたいと思っております」


「は、はぁ!? な、なんだとお!?」


私のはっきりとした拒絶に殿下はあからさまに狼狽した。


「強がりはよせ。僕の甘いマスクに財力、そして将来の国王としての地位。そんな最高の僕のことを好きじゃない女がいるものか。お前だってそんな僕に惹かれて婚約者になったのだろう!」


『酷い勘違い男ねえ』


本当です。


「あの、私が婚約者になったのは王国と愛すべきエーメイリオス侯爵領の領民たちのためです。相手は誰であろうと構いませんでした」


「なあっ!?」


『どうして事実を言われて驚くかなぁ。そもそも自分の魅力が財力とか将来の国王の地位って言ってんだから。それってあんたが自分で勝ち得たものじゃないんだから、他の人でも構わないって意味そのものなのにね』


その通りです。


「その、殿下。私は、そんな上辺や肩書きよりも、日々努力をしている方や、この国を愛する方のことを好ましく思います。私のエーメイリオス侯爵領は海運の土地です。一方で農業には向かないやせた土地でした。なので、決して思い通りにならない海を相手に日々領民の方々が命がけで漁を行うしかありませんし、他国との貿易が生命線です。肌の焼けるような日照りの日も、真冬の鼻水が凍るような日も関係なくです。そうした血のにじむような領民の皆さんの努力の結果として、今のエーメイリオス侯爵領の発展はあります。そして、そんな私にとって、殿下のおっしゃったこと全ては何の魅力も持っていません。その、む、無価値なんです」


『あはははははは! シャルニカ、いいわね! 最高!!』


女神様は爆笑されていた。


「き、貴様ぁああああ。なんて不敬な。僕に価値がないだとおお」


殿下は激怒している。今にも躍りかかってきそうな雰囲気だけど、


「か、顔色が優れないようですね。扉の外の兵士に薬でも持たせましょうか?」


その言葉に殿下はギリギリと歯ぎしりをする。兵士がいることを思い出したようだ。


『ね? 備えあれば憂いなしでしょ?』


兵士をちゃんと扉の前に立たせておくように助言してくれたのも女神様だ。まるで相手の性格を全て把握しているみたい。


歯噛みしている殿下に代わって、ミルキア様が口を開いた。


「殿下のことを愛してないって言うんだったら、あなただって殿下のことを弄んだようなものじゃない! なら、私が横取りしたことにはならないわ! だから婚約破棄も無効よ! さあ、アッパハト子爵家への損害賠償を撤回なさい!!」


『呆れたわね。なぜに上から目線? 何より、自分の言ってることが分かってるのかしら?』


私も若干頭痛がしてきましたが、頑張って言葉を紡ぎます。


「わ、私と殿下の結婚は政略結婚です。貴族ならば当然のことですよね? そのおかげで食べ物や着るものに不自由のない暮らしをしているのですから。それが嫌なら爵位を捨てるべきです。しかし、そうでないなら貴族の責任を果たすべきです。貴族の責務に政略結婚は最重要事項として含まれています」


「それなら、僕との婚約を復活させることが、お前の義務だろうが! ははは! 墓穴を掘ったな、シャルニカ!!」


「そうよ! ほら、私の領地への損害賠償もこれで無効だわ!!」


(なぜか勝ち誇ったようにお二人が叫ばれますが、お酒でもお召し上がりになってきたのでしょうか?)


『そうじゃないから性質たちが悪いんじゃない』


そうでした。


「その、全然話の趣旨をご理解されていないようなので、僭越ながら申し上げますが、今の一連の話は、私が殿下のことをお慕いしているという誤解をされていたのと、なぜか殿下がそれを根拠に復縁を正当化されていたので、まずはその誤解を解かせていただいただけです」


殿下はここまでの話は、まだ本題ですらないと聞かされて、唖然とした顔をする。


頑張って説明を続ける。


「あの、恋や愛は大切なことかと思いますが、まずは貴族の物差しで話をしませんか? 殿下は色々と私が殿下を慕っているという前提で婚約破棄の撤回と正妃として迎えること、そしてミルキア様への謝罪と損害賠償請求の撤回を依頼してこられましたが、それらは全て私が殿下をお慕いしていることが誤解なので意味のない理屈ということはお分かりいただけたと思います」


「ぐ、ぐぎぎぎ!」


『婚約破棄した女にフラれてそこまで悔しいのかしら?』


女神様のごもっともな呆れた声を聞きながら、


「ですが、はい、おっしゃる通り我が領地にとって政略結婚による王家とのつながりが必要かどうか。この一点については重要な点だと思いますのでお伝えいたします」


その言葉に、殿下は少し調子を取り戻した様子になり、薄ら笑いを浮かべられる。


「は、ははは。ほら、やっぱりな! 僕が必要なんだろう! だがな! まずは謝罪しろ! 今更、僕の妃になりたいと言っても無駄かもしれんぞう? 何せ、僕は今、完全に気分を害して……」


殿下がまた演説を始めようとされましたが、私はさっさと結論をお伝えします。


「け、結論としましては、我がエーメイリオス侯爵家は第一王子との婚約破棄の撤回に同意しません! これは現当主の意思も確認した上でのことです!」


「なにい!?」


目を剥いて殿下が叫ぶが、私は続きを話す。


「したがって、アッパハト子爵家への損害賠償請求も撤回しません。また、一方的かつ理不尽な形で婚約破棄をした第一王子マーク・デルクンド殿下は、以降、我がエーメイリオス侯爵領への立ち入りを禁止します!!」


「き、貴様ああああああああ!!」


「で、殿下!! この女を殺して下さい!! でないと子爵領が!!」


二人は混乱の極みのようになる。


ただ、


『こんなもので済むと思ってるなんて、甘ちゃんよねえ』


女神様の意地悪そうな声が聞こえた。


そう。


実はこれはまだ序の口。


殿下はまだ何も失っていない。


彼らが混乱して何か罵詈雑言を発していた、その時である。


兵士が一人断りもなく応接室へと入ってきたのだ。


「な、なんだお前は!? 今は大事な話をして……」


殿下は最初怒鳴ったものの、その兵士の顔を見て、徐々に驚愕に目を丸くする。


「随分にぎやかなんだな」


その兵士は冷静な態度で言った。


「久しぶりだな、マーク兄さん」


その言葉に我に返ったマーク殿下は、


「リック! どうしてお前がここにいるんだ!?」


叫ぶように言ったのである。


その男性はリック。


第二王子リック・デルクンドと言った。


『やれやれ。第二王子ルートかあ』


ルートって何だろう?


聞いてもまたぞろ天界の言葉と言われるのだろうけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう様で連載中の『ゲーム内の婚約者を寝取られそうな令嬢に声が届くので、自称サバサバ女の妹を毎日断罪することにした(「毎日断罪」シリーズ)』ですが
https://ncode.syosetu.com/n0557hz/
TOブックス様から【小説第2巻】が11/10に発売されます。ぜひお読みください!(コミカライズも準備中)
  Web版から大幅に加筆修正を行い、巻末小説も追加して、より魅力的な内容に仕上げました。岡谷先生の魅力的なイラストもお楽しみ頂けます!(*^-^*)
ぜひご予約のほどお願い致します! 特典の書下ろしSS付き‼
https://tobooks.shop-pro.jp/?pid=176653615

岡谷先生の素敵なカバーイラストを大公開!!
イラストの説明
― 新着の感想 ―
[良い点] シャルニカはちょっと弱気だし、即断即決は苦手なタイプのようですが(だからこそ『女神』の存在が重要なのですが)、 >「その、殿下。私は、そんな上辺や肩書きよりも、日々努力をしている方や、この…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ