47.【Sideリリアン】死刑囚と王太子妃という格差に愕然とする元公爵家の者たち
【Sideリリアン】
彼ら大逆罪を犯した犯罪者たち。かつての家族たちと、アンリ・マリウス元教皇猊下は1か月ほど地下牢で過ごした後、予定通り【重犯罪者】として死刑になることになった。
いちおう王太子妃候補だった私に、禁忌である悪魔を憑りつかせたうえで王族たちを皆殺しにしようとする計画は、悍ましいと言う言葉以外に形容しがたく、極刑をもって臨む他なかったのである。
今、既に私は辺境伯令嬢であり、彼らとは既に義絶している。しかし、元家族を救いたいという気持ちは大きかった。
だが、やはり彼らの行った非人道的な行為を踏まえれば、死刑囚としての地位を変えることは国王をもってしても難しく、私に出来ることは彼らが自身の罪と真摯に向き合い、せめて天に召される際心穏やかでいたもらうことを祈るくらいであった。
『そろそろ、やって来る頃ね』
そんなことを考えていると、女神様のお声で我に返った。
処刑法は縛り首であり、処刑方法としてはオーソドックスな方法となる。
「元家族とはいえ、死ぬところを見るのはつらいだろう? 部屋に戻っていてもいいんだよ?」
今回のアンリ元猊下の計画を調べた殿下は、本件の最高責任者として最後のこの場に立ち会っていた。一方で、私は被害者でしかないので、この場に必ずしもいる必要はない。だが。
「いえ、元とはいえ、家族の最期に立会いたいんです。せめて安らかに逝けるように祈りたいと思います」
「あんなことをされたのに、元家族のことをそこまで思えるなんて、まるで聖女だね、リリアンは。将来の国母として君ほど相応しい人はいないよ」
「それは買いかぶりですよ」
私は辛うじて苦笑することが出来た。
さて、そうこうしている間に、猿轡を嵌められ、後ろ手に縛られた囚人服姿の死刑囚たちがやって来る。
既に奪爵され、またお家も取り潰しになった元公爵家の彼らには、既に家名はない。また、アンリ猊下は貴族ではないので奪爵やお家取り潰しはないが、王族の殺害を図った罪で身分を剥奪されている。
「死刑囚アーロン、死刑囚バーバラ、死刑囚ユフィー。そして死刑囚アンリ。最後に何か言いたいことはあるかい?」
責任者のジェラルド王太子殿下が口火を切る。
末期の言葉を聞くために、彼らから猿轡が外される。また、死後の世界に一つだけ現世の物を持って行くことが許されることになっており、武器等の凶器などは無理だが、他の物であれば何か一品身に着けたまま刑に服することが可能となっている。
まず、両親であるアーロン元公爵とバーバラ元公爵夫人が口を開いた。
「た、助けてくれ! 私は騙されたんだ! 私は悪くないんだ! 我が尊き血をこんなところで散らすのはこの国の損失に他ならないいいい‼ リリアン! 何を黙って見ているんだ! お前の父の危機なのだぞ、早く何とかして助けろ、この愚図が‼」
「そうよ! 私だって本気じゃなかった! ねえ、リリアン! 助けて頂戴‼ 私たち家族じゃない‼ ほら、親子なんだから話し合えば誤解だって分かるわ‼ だから命だけは助けてええええ‼」
二人は泣き叫びながら、助命の嘆願をここに至ってしてきた。
『呆れたわね。今までの自分たちのしてきたことを何も反省してないじゃない』
本当にそうだ。それに私は今、ただのリリアンとしている訳じゃない。
未来の王太子妃として、殿下の隣にいるのである。だから、私の言葉もまた、この国を背負ったものでなければならないはずだ。
私は口を開く。
「アーロン死刑囚。それにバーバラ死刑囚。私は未来の王太子妃であり、この国を背負って立つ者です。まずは目上の者に敬意を払いなさい」
そう厳然と伝える。本来はこんなことを血のつながった両親に言いたくはないが、言動が余りにも酷いので、諫めざるを得ないし、死刑囚に半分王族である私が軽侮な言葉を吐きかけられているとなれば、王室の汚点にもなりうる。まずはその点について釘を刺した。これは当然のことだ。
「「なっ⁉」」
『何を驚いてるんだか。まだ自分の立場が分かってないのよねえ』
女神様も呆れた声を上げられる。
「死刑囚として弁えなさい。あなたたちは王族を暗殺しようとした大逆罪を犯した大犯罪者です。反省の弁こそ許されど、助命嘆願などもってのほかです。また法の元、義絶していることを抜きにしても、血のつながりでそれを覆せばこの国の汚点となる。民を導くはずの貴族であった、元公爵とその夫人ならばなぜそれくらいのことが分からないのですか? そのようなことだから、その身を犯罪者にまで堕としたのではないのですか?」
それに、
「そもそも騙されたと言うなら、自身の不明を恥じなさい。あなたはこの国の公爵だったのですよ。それ相応の責任と義務が生じる立場です。仮に騙されたとしても、それは身分に相応しい理知を兼ね備えず、死刑囚にまで身をやつしてしまったことこそ恥ずべきであり、大逆罪を犯した言い訳になるわけがないでしょう。騙されたと弁明する自分を元貴族として恥じるべきです!」
『よく言ったわ! リリアン! もう全くその通りよ‼』
女神様の賞賛の声が響く一方で、
「ぐ、ぐがががが‼ おのれえええ! おのれえええ!」
「う、うああああ‼ 呪ってやるわ‼ 呪ってやるうう!」
両親からは悔しいのか怨嗟の声を上げる。
こちらを睨みつけるようにしつつも、何の反論も思いつかないのか、ただただ耳障りな金切り声を上げるばかりであるが。
「尊き血と言うのならば、法にのっとり裁きを受けなさい! 死刑囚、元公爵アーロン、並びに元公爵夫人バーバラ!」
「むぐあ!」
「ぐむが!」
将来の王太子妃の私の言葉を最後に、やりとりを終えたと見た死刑執行官たちが、改めて猿轡を死刑囚の二人に噛ませた。
「大丈夫かい? リリアン、あんまり無理をしないでくれよ? 心配でさっさと刑を執行したくなる」
『あまり無理をしてはだめよ? あなたが幾らさっぱりした性格でも、実の家族を裁くのに悲しくない訳ないんだからね』
「ありがとうございます」
でも、大丈夫です。殿下に女神様。お二人が私を温かく守ってくれる。
それが私の心を強くしてくれるのだ。もしお二人がいなかったら、ややもすれば私の心は悲しみで折れていたかもしれない。
しかし、まだ終わっていない。
「ねえ、お姉様は騙されてるのよ! 王室はお姉様をいいように使って公爵家を操ろうとしていたの! それに王太子妃ごときにこだわっていては駄目だわ! この国を、いいえ、世界から注目される女王の地位を目指すべきよ! 私がそれを手伝って上げてもいいわ!」
「ユフィーは素晴らしい女性ですよ。私は彼女こそ王族になるべきだと確信した。今の腐敗した王家に代わってこの世界を変えられるのは彼女しかいないとね」
そう。妹のユフィーとアンリ元猊下という、今回の犯罪の主犯二人が口を開いたのだ。
ユフィーとアンリ元猊下の言葉に、私は思わず首を傾げる。
「騙されている? 腐敗? なんのことを言っているの、二人とも」
本当に分からなかったので、単純に聞き返してしまう。
「そんなことも分からないからダメなのよ! いい!」
私が疑問を呈したことで、優位に立ったと思ったのか、ユフィーが居丈高に言った。
「王家は公爵家の前妻の子であるお姉様を王太子妃として王族に取り込むことで、その権力を拡大しようとしていたのよ! 公爵家の利権を操り人形になったお姉い様を通じて奪うつもりだったんだわ!」
「そうなの?」
「そうよ! アンリの言った腐敗とはそのことだわ! そんな誤った道を歩ませないために私たち公爵家とアンリは行動を起こしたの! つまり私たちの理念には正義があるのよ! 間違っているのは王家であり、それにまんまと騙された哀れなお姉様の方なのよ!」
彼女はそこまで言うと、唇を歪めて嗤った。
「ショックでしょう! 自分が騙されていると知って! さぁ、今ならまだ間に合うわ! 公爵家のお取り潰しを撤回して! そして、今度こそ我が公爵家が王家としてこの世界を私を中心に正しく導くのよ‼」
ユフィーは興奮して唾を飛ばしながら言った。
そんな彼女に対して、私は頷きながら言う。
「それは政治的判断よ。良い悪いの話ではないわ。ユフィー死刑囚」
「……は?」
彼女は私が言っている意味が分からないようで、ポカンとした顔になる。だが、次の瞬間には熱した鉄のように顔を赤くして激高した。
「どんなけ理解力ねえんだよ! お前は騙されてたんだぞ! 利用されてたって言ってんのだが分かんねーのかよ‼」
でも私はその罵倒か反論か分からない言葉に淡々と返答する。
「ユフィー死刑囚。あなたは短慮すぎるわ。だからその身を公爵令嬢から死刑囚なんていう犯罪者に堕としてしまったのよ。それをまず自覚しないといけないわ」
「なぁ⁉」
まさか反論されるとは思っていなかったのか、彼女はギョッと目を剥く。
『仮にも元公爵令嬢だったのにね。それに、お姉さんが王太子妃になる人だったんだから、もっと大きな視点で見れるようになりそうなものなんだけど、自称サバサバ女…‥‥実際は、自分大好きネチネチ女には難しいか』
女神様のお言葉が聞こえる。
本当にそうです、と思いながら、彼女に説明する。
「ユフィー死刑囚。国を運営するには政治の安定が不可欠よ。貴族の領地が強くなり過ぎたら内乱が起こるし、逆に領地が疲弊しすぎれば民の反乱が起こる。そして、このカスケス王国においてスフォルツェン公爵家は重税を民に科しすぎていた。領地として疲弊の一途をたどっていたわ。それを王家は非常に心配していたのは事実よ」
「だ、だから公爵家をのっとろうとしてたってわけね! どんな理由を並べようが、王家の陰謀でしかないわ! ほら、私の方が正しいんだよ‼」
ますます鼻の穴を大きくして主張するユフィーだったが、逆に私は困りながら言う。
「だから、善悪ではないのよ、ユフィー死刑囚。そんな単純な話ではないの。街を歩いたら分かったでしょう? 民の重税に苦しむ姿が。あれは民の感情が爆発する一歩手前よ。王家としては当然そのことを知っていたし、何度も改善するよう通達している。王国全体として安定的に領地が運営されることを望んでいたわ。結果として将来、私を通じて公爵家に税の低減を依頼していたかもしれない。でも、同時に公爵家の意向は王家に伝えやすくもなるのよ。だから、これは持ちつ持たれつの関係になるってことなの。だから王家に一方的に利益があるような言い分は間違っているわ」
「というか、僕がリリアンを操り人形にするわけないよ。骨抜きにされているのは僕の方だからね!」
『殿下のお口をチャックしてくれるかしら……』
チャックって何だろうと思うが、天界用語だと察する。
「それでもやっぱり陰謀なのよ! 操ろうとしてんだから、陰謀って言ったら陰謀なんだよ!」
『言い負かされそうになったから議論を破棄しはじめたわね……』
私は嘆息しつつ、彼女の言葉の破綻を説明した。
「王家が公爵家を操ろうとしていたかどうかは知らないわ。でも、少なくともそれが行われたとしても、それは民のためだわ。私を利用して公爵家に干渉するなら、それは私の意思でもある民への重税の緩和なのだから。むしろ、そうした状況を招くなら、それは王家の信頼を先に損なってしまった元公爵家のせいよ。いたずらに民を苦しめたという失策という事実があったからなのでしょう? そして何より、こうして現実として、公爵家だった者たちは大逆罪まで犯している。あなたの言葉には何の証拠もない。その一方であなたや両親が、権力の限りを尽くして民を苦しめ、甘い汁を吸って来たこと、そして大犯罪を犯した死刑囚として縛り首になろうとしていること。どちらが陰謀を巡らしたかを問うならば、こららこそが動かぬ証拠でなくて何だと言うの?」
「ち、ちがう! 私はあくまで公爵家と国のためを思って行動しただけ! 死刑はふさわしくない! だから助けろ! 私を助けろ! リリアン‼」
「だとすれば、あなたは、公爵家と国のためを思って、禁忌たる悪魔をアンリ元猊下と共謀して召喚し、王太子妃候補である私を実質的に殺害した上で、王族の方々をも皆殺しにして、女王になろうとしたということになるのよ? でも、本当にそんな血塗られた方法で女王になったところで、その王家に他の貴族たちが追随するわけがないことが分からないの? この国は破綻して、そしてきっと周辺国を巻き込んで大きな利権争いの戦争になる未来しか、私には見えないわ。そのきっかけを自分の顕示欲や承認欲で肯定して行動するあなたは、まさに悪魔そのものに私には見える!」
「あ、あああああああああああああああああああああ‼」
私に全ての言葉を否定されて、我慢の限界が訪れたのか、ユフィーが縛り首の台を揺らしながら身もだえ絶叫する。
「くそが! 殺してやるわ! ちくしょう、私が王太子妃になっていればこんなことにはならなかったのに! 私が世界の中心になるべき女なのに! 賞賛も栄光も私のものなのよぉ!」
『本性を現したわね』
女神様の冷静な声のおかげで、私も目の前の怪物を相手に、未来の王太子妃として冷静に言葉を紡ぐことが出来る。
「やはり王太子妃になりたいだけだったのね……。権力や身分に痛いほど固執しているのが、あなたの本性よ。でも、もう控えなさい。妹だからその暴言の数々は許して来た。でも、やはり許すべきではなかったのでしょうね。少しでも地下牢で自分の罪と向き合ってくれたかと期待したのだけど……。でも、やはりあなたは極刑がふさわしい死刑囚そのものだわ。もう暴言は許しません。私は王太子妃になり、国母になるもの。口を慎みなさい大逆罪を犯した稀代の大犯罪者ユフィーよ。せめて安らかに逝き、その罪を地獄にて償うことを命じます!」
「お、おのれええええええ! なんであんたが王太子妃で、私が死刑囚なんだ! あああああ! リリアン、お前だけはぜったフギイイイ‼」
私の言葉で、もうやりとりは済んだと判断した衛兵が、死刑囚ユフィーに猿轡を再度噛ませる。
『ふう。攻略本だと、第一王子ルートのこの辺りって、ぱっぱと終わるはずなんだけど、結構やりとりがあるのね。でも、これでハッピーエンドのはずよ!』
よく理解できない単語が多いが、天界用語だろう。
女神様がもう大丈夫だとおっしゃっていることだけは分かった。
ただ、少し気になることがある。
私はその【気になる者】へと視線を移す。
「アンリ・マリウス元教皇猊下。あなたは他に何か言うことはないのですか?」
「いえ、ありません。なぜなら……」
彼は微笑みを浮かべながら口を開いた。
だが、私は本能的にゾクリと背筋を震わせる。
そして、同時に、
『違う。これはもしかしてっ⁉』
女神様もやや焦った声を上げ、
「まずい! リリアンこっちだ‼ 衛兵取り押さえろ‼」
私は瞬時に殿下に抱きかかえられて後退する。
殿下の実はたくましい腕に抱かれながら、その耳にはアンリ元猊下の地獄から湧き上がるような声が聞こえた。
「行動で示せばいいだけですからねえ」
その瞬間、冥界へ持って行く物品としてユフィーが所持していた懐中時計から、黒い靄のようなものが急速にあふれ出したのである!
『第一王子ルートじゃない! こ、これは』
女神様の驚きの声を初めて聞いた。
『【グランド・ルート】だわ‼』
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