3.【Sideシャルニカ】王子と新しい婚約者との仲はギスギスしだす
【Sideシャルニカ】
女神ヘカテ様の託宣通り「侯爵令嬢メロイ様がお相手ではないのですか?」と言ったところ、パーティー会場にいたメロイ様がご発言された。
「ち、違うんだ。こ、これは違ってっ……」
と、第一王子はいつもの優雅なそぶりは鳴りを潜めて、新しい婚約者だと言ったミルキア子爵令嬢と、もう一人の浮気相手であるメロイ侯爵令嬢へとひきつった作り笑いを浮かべて言い訳をされる。
ただ、それは余りにも見苦しくて、私自身が、こんな方と結婚せずに、婚約破棄をしてもらえた幸運をかみしめるほどだった。
「そ、そこの元婚約者のシャルニカが悪いんだ! そう、話せば分かる! 今はこんな場所でこのようなデリケートな話をする時ではない!」
なんと情けないことに、まずこの場から逃げ出そうとする。ただ、これにはメロイ侯爵令嬢が毅然と反論した。
「このような場で、シャルニカ様へ恥をかかすのを厭わず、婚約破棄を宣言したのは殿下、貴方です。にも関わらず、自分が形勢不利だと思ったら即逃げようというのですか? そのような殿下に他の貴族たちがついて来るでしょうか?」
「べ、べ、別に逃げる訳じゃない! こ、これ以上恥をシャルニカにかかせてはいけないと思っただけだ! こ、婚約破棄を周知することが目的だったのだからな!」
なんと私のためだと言いだした。あまりの身勝手さに私は言葉を失いそうになるが。
(OK。こう言いなさい。あなたのお父様はちゃんとあなたを守ってくれるタイプだから……)
わぁ。女神ヘカテ様が助言してくれた。自分だけだったら、黙り込んでしまっただろう。
「も、問題ありません、殿下。その婚約破棄はお受けしますので。だからもうこれ以上の恥をかくこともありません。ですから私のことはすぐにお忘れ頂いて、新しい婚約者様と古くからの恋人とお話し合いを続けてください」
私のため、という言葉の根本を否定した。さすが女神様、完璧なご反論だ。
「な、なんだとお!? 貴様! 捨てられたとはいえ、こんな状況にした責任も取らずに無関係を決め込むつもりか!」
私に責任を問うてきた。男の人に怒鳴られるのはとても怖い。だが、ここでも冷静に女神様が助言をくれる。
(どの口が言うのだろうと思うわね。まぁ、なんでシャルニカに責任があるのか全く疑問だけど、いちおう、こう反論はしておきなさい)
その言葉は私が普段思いもつかないものだったけど、女神様の託宣にしたがって、精一杯言葉をつむぐ。
「い、いえ! そもそも殿下を愛してなどおりませんでしたので! そこは誤解なきようにしてください! あくまで婚約は国益のために家同士が決めたことです。それを一方的に婚約破棄をして反故にされたのは殿下、あなたです。責任がどちらにあるかは明白ですよね? ああああ、あと、それに付随して、王家と我が侯爵家で色々と話し合いが必要かと思いますが、そちらが完全に有責であることもここの皆さんが証言してくれると思います! このような場で婚約破棄などされて、我が侯爵家の面目は丸つぶれなのですからね。さ、さて、ところでこんな状況で殿下は私に何をどう責任を取れとおっしゃるのですか?」
女神様の理路整然とした説明に、殿下は憎悪のような表情すらも浮かべる。怖いです!
「しょ、正体を現したな! そんな非道な女だから、僕は浮気したんだ!」
(その発言こそ墓穴よね。それにしても、見てみなさい? こいつの発言に物凄く呆れた表情や嫌悪感をあらわす将来の貴族の子弟たち、とくに女子生徒たちの顔が見えるわよね? この浮気王子そのものへの信頼が揺らいでるわ。これは次の国王はダメかもしれないと思ってるってこと。少なくとも、彼を支えようという貴族は減るでしょうね。それは後継者争いにも悪影響が出るということよ。そんなことすら理解できないのかしらね。まあ関係ないわ。それはもう、あなたの手を離れたんだから)
女神様のおっしゃる通りだ。私はもう妃候補ではない。自由なんだ。なんだか嬉しくなってきた。
「わ、私は普通の極めて常識的なことを言っているだけですよね? なら言いますが、ただ浮気するにしても、なぜ三股をかけられていたのですか?」
「うっ!? そ、それは、だな……」
(オッケイよ。二股なら、殿下の理屈は、うーん、完全に成り立たないとまでは言えないのよ。ま、もちろん浮気はダメでマジで屑なんだけど、いちおう非情な女から他の女性に逃げたという理屈は論理としては成立してしまうかも。まぁ倫理的には全くアウトだけどね。でも、こいつ三股をしている時点で、ただの女遊びに過ぎないことを証明しちゃってるのよね)
女神様の助言に従って、言葉を続けます。
「よ、要するに、殿下のしていたことは、婚約者がいるのに、他の女性たちと浮気をしていたというだけの話です!」
「!!!!」
私にこれほど明確に反論されると思っていなかったのか、殿下は驚愕とともに、憎悪に顔を真っ赤にする。
でもそんな暇はなかった。
私が完全に反論をし終えると、待っていたとばかりに、ミルキア子爵令嬢とメロイ侯爵令嬢が殿下に迫ったからだ。
「殿下! 昨晩だってあれほど私を愛すると言っていたではないですか! 私を一番愛していると! 王妃にすると!」
「あ、ああ。もちろんだ、ミルキア。君が一番で……」
だが、その言葉に氷の美貌を持つメロイ侯爵令嬢が、真冬の早朝よりもなお凍てつくような声で、
「殿下。私にも同じ言葉を一昨日の夜、情熱的にささやかれていましたね? あれは嘘だったのですか?」
と口を挟む。
『サイテー』『シャルニカ様を捨てた上にどれだけ浮気してるの?』『しかもこんな場所で婚約破棄だなんて女の敵じゃない』
周囲の学生たちもガヤガヤとしだす。その声は全て殿下への嫌悪感で溢れている。
「殿下! どうしてミルキアが一番だとおっしゃって下さらないんですか!? シャルニカ様と婚約破棄したら私と婚約してくれるのでしょう!?」
「あ、ああ……」
「待ちなさい。婚約が破棄されたのなら、今の殿下は誰とも婚約状態にはない。ならば我がハストロイ侯爵家が婚約を申し込みます。殿下、王家まで正式にお願いに上がりますので日取りの調整をお願いします」
「ちょっと、しゃしゃり出てこないでよ! 侯爵家の令嬢だからって!」
「あなたこそ引っ込んでいなさい。私はシャルニカ様が正当なる婚約者であり、同等の侯爵令嬢だからこそ、二番で良いと思っていたのです。あなたのような子爵令嬢にそのような無礼な口を許すつもりはありません」
「お、おい、メロイ。その辺で……」
「だいたい殿下? 私にも愛を囁いて下さったのは嘘だったのですか?」
「嘘ですよ! ね、ねえ? 殿下?」
不安そうにミルキア様が言うが、
「あー、そ、それは……。嘘……ではないというか……」
「え……」
完全に否定しない殿下に、ミルキアは深い失望を覚えた表情になる。最初に意気揚々と殿下の腕に絡まり婚約破棄をしてきた勢いはもうない。
「私を愛してないのですか?」
「そ、そんなことはない!」
「へえ、殿下。では私は愛してはいなかったのですか?」
「い、いや。そんなことは……」
「どっちなんですか、殿下!! うっ、うっ」
とうとうミルキア子爵令嬢が泣き出してしまった。
私は可哀そうだな、と思ったが、
(同じことされて泣かれてもね)
女神様の声で我に返った。そう言えばそうだ。
少し状況は違うにしろ、殿下と婚約出来ると思ったら、別の女性が現れて婚約は反故になりそうというのは、私とほとんど同じだった。
(あとシャルニカ。優しい貴女にはつらいかもしれないけど、こう言いなさい)
えっ!?
私は驚いた。可哀そうという気持ちが先に立つ。でも、そんな気持ちを斟酌した上で、女神様はおっしゃった。
(このままだとこの問題は、侯爵家と王家だけの問題にされて、うやむやにされる恐れがあるわ。だから、子爵家にもちゃんと自分のしでかしたことを突き付けないといけないのよ)
要は保身ということですよね。嫌ですが私も貴族令嬢として、何より妃教育を受けて来た身なので、その重要性は知っています。
ありがとうございます、女神様。
「ミ、ミルキア様、泣いているところ申し訳ありませんが」
何よ! という恨みがましい目で見てくるが、次の私の言葉を聞いて、彼女は真っ青になった。
「こ、このたびの騒動について、侯爵家は子爵家に相応の賠償金を要求します。私が妃となった場合にもたらされるはずだった利益や、慰謝料などについて後日正式に通達します」
(100億ロエーヌぐらいかしらね)
どうだろう。ただ、屋敷の一個や二個程度の金額では収まらないだろうなとは、妃教育を受けているおかげで私でも分かった。
「そ、そんな! で、殿下! お助けを! 我が子爵家にそんな賠償金を払う余裕はありません!!」
「ぼ、僕にだってない!」
「そんな! 国庫に幾らでもお金があるじゃないですか!」
「馬鹿! あれは国王にしか執行権限はない!」
「なら、王子の御手元金を融通してくださいませ!!」
「い、嫌だ! 僕のお金だぞ!! それに何で僕が賠償金の肩代わりなんてしないといけないんだ!!」
『いや殿下の浮気が原因だからだろ』『愛した女の人を見捨てようとしてるわ』『最低な人ね』
衆人環視の元で修羅場を演じる殿下は、これから自領を引き継ぐ高位貴族たちの前で醜態を演じていく。
それと同時に、
「殿下、お願いします! お金を子爵家へお恵み下さい!」
「し、知らない! 嫌だ!」
「そうです。あなたは自領に帰って震えていればいいのです。殿下もあなたのような女は嫌だと言っているわ」
「う、うわああああああああああああああああああああああ!!」
ついに号泣してミルキア令嬢が走り去ってしまった。
「お、おいミルキア! ち、違うんだ!」
(何が違うんだかね)
「それでは殿下、後日使者を送ります。もうあんな子爵令嬢のことなど忘れて下さい。あと、私はあのようなタイプの子は嫌いですので、側妃や妾としても認めませんので、肝に銘じておいてくださいませ」
そう捨て台詞を吐いて、メロイ侯爵令嬢も優雅な足取りで去って行った。
去り際、私の方をちらりと見たが、特に何も言わずに歩み去る。
(あの子結構筋を通すタイプなのよね)
どうやら女神様はメロイ様についてもよくご存じのようです。さすがです。
それにしても、
『最低の屑王子』『浮気を堂々と公言するなんて頭がおかしいんじゃないか?』『次期国王に相応しくない』
そんな声が周囲を取り巻いていた学生たちから漏れるとともに、軽蔑した視線を残して、彼らも散り散りに去って行きました。
「なんでだ! なんでこんなことになったあ! うわああああ!!」
王子の悲痛な絶叫が響きました。
(自業自得でしょ)
一方の私はと言えば、冷静な女神様の声が聞こえてきて、何だか可笑しく思うのでした。