21.【Sideシャルニカ】断罪 ~公開処刑される元王太子と元子爵令嬢~
【Sideシャルニカ】
「い、いやだあ! 助けてくれ! お、おい! 貴様ら、俺を助け出せば褒賞を出すぞ! お前らのような一般庶民が一生贅沢が出来るだけの金だぞ!!」
「私は悪くない! いやよ! 死にたくなぃ! 呪ってやる! 私をこんな目に遭わせた世界を呪い殺してやるう!!」
広場には人だかりが出来ていた。
それはギロチンによる公開処刑が執り行われるからである。
刑に処されるのは、マーク・デルクンド元王太子殿下、そしてミルキア・アッパハト元子爵令嬢で、既に二人とも王族または貴族の地位を剥奪されている。マーク元殿下は毒の刃を受けたことで体は豚のように膨れ上がり、肌の色も赤くなってしまっている。自慢されていた容姿も今は見る影もない。同時にミルキアさんも辺境での暴飲暴食や、その後の牢屋での生活のストレスからか、髪の毛は艶を失い、皺は増え、一方で食事だけは大量に摂っていたためか体はぶよぶよとして全体として不潔な状態に見えた。服は二人とも粗末な囚人服である。
この刑の執行方法については、国王陛下や王妃殿下、並びに重臣たちの間でも深夜に及ぶ議論が行われた。
とりわけ、重罪を犯したとはいえ、自分の息子の処刑方法を議論した陛下たちの苦悩は拝察するに余りある。
だが、賢王と名高い陛下だけあり、気丈にも議論ではご発言され、そして最後には自ら決断をされた。王妃殿下もやはり気丈に同意されていた。
自分の息子を処刑するのに抵抗がないわけがないのに、王族としての責任をやり遂げられたのだ。
ご立派としか言いようがない。
その方法は長らく行われていなかった、ギロチンによる公開処刑であった。罪を広く国民に知らしめるとともに、記憶にとどめ、今後の同様の犯罪を未然に防ぐための措置として、この処刑方法が選択された。なお次点では毒杯を仰ぐというものであった。
しかし、今回の隣国ヘイムド王国と共謀して、廃嫡されたといえ元王太子とその夫人が、国家転覆罪、内乱陰謀罪、その他余罪の数々を犯した事実は、どう控えめに言っても、デルクンド王国史に残る前代未聞の事件である。
ゆえに、今後もこうした事件の再発を可能な限り将来に渡って排除することが第一義とされた。そのためには歴史書や判例に残る方法で処刑し、出来るだけ重罪の末路という象徴的な出来事として歴史に残す必要があった。
その意味でギロチンは派手ではあるが毒杯などよりもよほど苦痛が少なく、一方で象徴的であり、歴史書にも国民の記憶にも残りやすい方法である。
残酷に過ぎるという意見も一部の官吏からは出たが、将来の禍根を断つためにはやむを得ないというのが最終的な結論になったのであった。
私の感情としては、そうした形で命が喪われることは悲しいし、助命をしてあげたいとも思う。一方で、貴族としては、今後こういった国家の安寧を脅かし、他国と結んで内乱を起こして国民の命を危険に晒そうとする者を二度と出さないためにも、今回の措置は必要悪であると理解するのだった。
出来るならば、マーク元王太子殿下、並びにミルキア・アッパハト元子爵令嬢が、その自分たちの元王族・元貴族としての最後の役割を理解し、粛々と刑に臨んで欲しいと願っていた。
だが、現実はやはりそう簡単ではない。
貴族の責任より、恐怖に負けたのだろう。
マーク元王太子殿下は衛兵に連行される際も、金で命を助けろと民衆に喚き散らす始末であり、同様にミルキアさんも元貴族令嬢としての振る舞いを忘れたように呪いの言葉を口にしていた。
私は思わず駆け出していた。そして、壇上の死刑囚である二人を見上げれば会話が出来るほどに近づいた。
「シャルニカ!? 余り近づいては危険だ!!」
その行動に、同行していたリック王太子殿下も驚き、心配をしてくれる。最近の殿下はなぜか私にとても甘いのだ。他の女性には冷たいくらいなのに不思議である。
ただ、今の私はそんな彼の優しさに幸せに浸っている暇はなかった。
なぜなら、今回の公開処刑は、事細かく記録に残り、なおかつ民衆の記憶にも残るだろう。だとすれば、彼らの言動の最後がこのような罵詈雑言の類で、元王族・貴族としてあるまじきもので良いはずがなかった。
別段、窘めようとしたわけではない。何が出来るとも思ってはいなかった。ただ、彼らの今の言動の根本理由は恐怖だ。なら、私と会話をすることで、彼らの恐怖を幾分でも和らげることが出来ればと思い、体が自然に動いたのである。
「僕は王族だぞ! お前らのような一般庶民が一生贅沢が出来るだけの金をやるって言ってるんだ! いいから早く助けろ、この愚鈍ども!!」
「あ、あの。マーク元殿下。それくらいでおやめください」
「なんだと!? あ、お前はシャルニカ!!」
彼は目を剥くと、私に悪口を向けて来た。
「よくも僕にこんな恥辱を与えたな! ギロチンによる公開処刑だと!? 地獄におちろ!! この魔女が!!」
ありったけの憎悪をぶつけてくる。
追いかけて来たリック殿下が私を守ろうと、後ろに隠そうとしてくださるが、彼の身体はマーク元殿下とは殊更違って鍛え抜かれたほっそりとした長身だ。そのため小さな私は本当に後ろに隠れてしまって会話が出来なくなる。なので、ご好意だけ頂くことにして、前に進み出て会話をすることにした。すると今度はリック殿下はいつでも剣を抜けるような態勢で私を背後から守ろうとしていた。そ、そこまでご心配頂かなくても大丈夫ですから。
私は気を取り直してマーク元殿下との会話を続ける。
「あ、あのマーク元殿下。今回の事態を起こしたのは、間違いなくマーク元殿下とミルキアさんです。恥辱と言われましたが、恥辱とはマーク元殿下の犯された犯罪そのものです。このギロチンによる処刑は、今後貴族の中にそうした恥辱を犯す者が無くなることを目的に行います。つまり、元殿下が犯した恥辱を雪ぐために行うのですよ?」
「僕が恥辱だと!?」
「あの、その。はい、そうです。その点に関しましては、国王陛下も王妃殿下も、重臣たちも私たちも、特に議論の余地を認めていませんでした。国家転覆罪に、内乱陰謀罪。しかもヘイムド王国と共謀しての売国行為ですので。これを王族の、しかも元王太子が犯したのです。国政を預かる王家として恥辱を感じなければ、他の何に恥辱を感じるというのですか?」
「ち、違う! 僕は国を良くしようと思って、ヘイムド王国と協力しただけだ! 断じて売国行為に加担なんてしていない!!」
「だとすると、マーク元殿下は単独でリック王太子殿下やその婚約者である私を暗殺しようとしたということになります。他国に唆されたのではなく、独断での暗殺計画の立案と実行ということでしょうか?」
「え、えっと。違う! そ、そうだ! ヘイムド王国のデモン侯爵に騙された! そう、操られていたんだ! だから僕は無実だ! なぁ、助けてくれ、シャルニカ! 助けてくれたら幾らでも金をやるぞ!!」
「あ、いえ。金品は結構です」
というか、最近リック殿下が毎週一度は何かプレゼントをくれるのだ。リック殿下にもらうとなぜかとても嬉しいが、マーク元殿下からもらっても嬉しくないだろう。なのでいらない。
会話を本筋の部分だけに絞って返答する。
「デ、デモン侯爵に操られていたとおっしゃいましたが、尋問の際は、侯爵のことについても簡単に口を割られてお話しされたと聞いています。実は操られている可能性は考慮されていたんです。しかし、普通操られている場合、その操っている者の名は明かせない暗示をかけるのが普通です。ですがマーク元殿下はあっさりと口を割りました。これは自分の意思でヘイムド王国デモン侯爵と共謀して暗殺計画を実行した証拠となります」
「え、えと。そ、その。う、うああああああああああああ!!!」
マーク元殿下の絶望した絶叫が響き渡る。
本当は粛然とした形で刑を受け入れて欲しかったが、民衆をお金で抱き込もうとするような元王族としてあるまじき行為がなくなっただけで良しとするしかない。
すると次は、
「シャルニカ! あんたのことは絶対に許さないわ! 呪ってやる! 呪い殺してやるから!!」
呪詛の言葉を吐くミルキアさんが、恨みのこもった瞳で私の方を見ていた。
「くだらんな。お前がシャルニカを呪う前に、俺の手で処断してやろうか?」
リック殿下が私を守ろうとしてくださる。
リック殿下は真面目な性格なので、婚約者の私以外の女性にはとことん冷徹なのだ。
ただ、少し彼女とも会話をしたい。呪詛の念を吐きながら処刑されるのも、やはり元貴族としての立ち居振る舞いとして相応しいとは言えないからだ。
彼女もまた恐怖によって混乱しているのだろう。
だから、私と会話をすることで少しでも恐怖が和らげば、その言動も元の貴族令嬢としてのものに戻ると期待する。
「あの、ミルキアさん。別に私を呪ってもらって構いませんよ?」
「なんですって!? 馬鹿にして!? 私は誇り高き子爵令嬢なのよ!!」
別に馬鹿にしている訳ではない。また奪爵されてはいるが、元貴族令嬢なのは間違いなので、子爵令嬢を自称することもあえて否定しない。
ただ。
さっきああ言った理由を、ちゃんと説明することにする。
「あの、ミルキアさん。牢屋にいらっしゃったので知らないと思うので、ショックかもしれません。言わないでおこうかと思いましたが、大事なことなので伝えます。アッパハト子爵家はお家取り潰しになりました」
「は? な、なんですって!? く、くそ! あ、あなたが損害賠償請求なんてするから!! どうしてくれっ……!!!」
「え? あ、いえ、それとは無関係です」
「……るの!! って、は?」
本当に見当もつかないのかな? と純粋に疑問を覚えながら説明する。
「その。今回のお家のお取り潰しは、ミルキアさんが暗殺計画に加担していたことが明らかになったことで、領民が愛想をつかして領内から逃げ出したことによります」
「わ、私のせいだって言うの!?」
「そ、そうですね。申し訳ないのですが、そうとしか言いようがありません」
「シャルニカ。こんな女に謝る必要はない」
本当にリック殿下は私以外の女性にはとことん冷徹です。それはともかく。
「しかし、領民が減ったことで収入が減ったため、元々重税だった税金を更に重くしました。結果、日々の生活にも苦しむ領民が続出したのです。仕方なく故郷を捨てた領民、飢えに苦しんだ領民がたくさんいます。私を呪い殺すのは結構です。ですが、その時には、ミルキアさん、あなたには領民たちの受けた塗炭の苦しみを受ける覚悟があるということでしょうね?」
「うう……」
「ともかく、そんな状況となり、領地運営がもはや破綻していたアッパハト子爵家はその責任を問われてお家お取り潰し。領地は相談の上、ハストロイ侯爵家の次男ケリー様が相続することになりました」
「そんなの乗っ取りじゃない! 返してよ! 私の領地を返せ!! この魔女が!!」
「えっと。はっきり申し上げてミルキアさんではあの領地の経営は難しいかと思います。辺境ラスピトスでの運営は酷い有様でしたよね? もちろん、マーク元殿下の責任もあります。しかし、あなたが行った横領や民に行った横暴な振る舞い、重税などは証拠もそろっています。アッパハト子爵領のみならず、ラスピトス領の民たち10万人からの呪いを受けるのなら私を恨んで頂いても結構です」
「お前は地獄に堕ちるのがお似合いだ。少しでもその罪を償え。シャルニカを暗殺しようとしただけでも万死に値する」
リック殿下が言った。私には向けられたことのない厳しいお声だ。
「だから、ミルキアさん。この処刑はせめてもの禊なのです。苦しんだ領民はあなたを呪うでしょう。ですが、今後そういった同じ苦しみを生み出さないためにも、ここで潔く元貴族としての振る舞いをして、法の裁きを受けて下さい」
「そ、そんな……。そんな。私はただ、王妃になりたかっただけなのに……」
「いたずらに民に苦役を敷く為政者に、王妃は向いていないと思いますが……」
私のその言葉に、ミルキアさんはガクリとうなだれたのだった。
そして、日が高く上った。
刑は晴れた日の、陽光が最も差し込む時刻が良いとされる。
女神ヘカテが太陽を好むという逸話からだ。
「せめて、次の人生では悔悟の山を上ることなき人生を」
牧師様の言祝ぎが終わると、速やかにギロチンの断頭台へ、拘束されていたマーク元王太子殿下とミルキア元子爵令嬢が連行され、その首を木枠へと嵌め込まれた。
「嫌だ! やっぱり嫌だ! 助けてくれええええええええ!!」
「嫌あああああああ! 私は悪くない!! 嫌だああああ!!」
二人が今際の際に泣き叫ぶ。
死の恐怖に抗うのは難しいのかもしれない。
「見て大丈夫か?」
「大丈夫です。それに処刑されるのは彼らですよ?」
「まあ、そうなんだが。斬首でショックを受けないか、君の方が心配だ」
おかしな人だ。処刑される二人よりも、私の方が心配らしい。
二人の阿鼻叫喚は続いている。
だけど、そんな二人の泣き叫ぶ声は長くは続かなかった。
ギロチンがつながれていたロープを処刑官が剣にて切断したのだ。
三日月型のほんの40キロ程度の刃はどのような人間の首であれ、苦痛なく斬首する。ゆえに貴族専用の処刑道具とされている。
ドン!
鈍い音はギロチンの刃がちゃんと下まで落ち切った音だ。
首は切断されて、下に用意されていた頭陀袋へ入る。
それを見ていた大衆からは拍手と喜びの声が上がった。
こうして、王国始まって以来初めてとなる、隣国と共謀した元王太子とその夫人による国家転覆、内乱計画は終幕を迎えたのだった。
二人の名は永遠に歴史に残り語り継がれることだろう。それがこの国の王族、貴族の行った悪しき例として、私たちの反面教師となり続けることだろう。
お読みいただきありがとうございます。心からお礼申し上げます。
今回でマーク第一王子とミルキア元子爵令嬢は処刑により断罪されましたが、ゲーム的な設定を利用して最終話まで断罪・ざまぁシーンをご用意しています。
もうあと少し、ラストまでこの物語にぜひお付き合いくださいm(_ _"m)
またもし宜しければ、
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
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