20.【Sideシャルニカ】恩赦はありません
【Sideシャルニカ】
私は今王城の私室にいて、テーブルの前に座っていた。
私が王城にいるのは、私はリック王太子殿下の婚約者として、現在王城で妃教育の最終段階に入ろうとしているからだ。
テーブルの上には一通の手紙が置いてあって、私はそれを見つめていた。
今回の暗殺事件はデルクンド王国の貴族たちに驚きをもって迎えられた。
マーク・デルクンド元殿下とミルキア元子爵令嬢が、隣国ヘイムド王国のデモン侯爵と手を組み、第二王子リック王太子殿下とその婚約者たる私、シャルニカを暗殺しようとしたのだから。
なお、これだけのことをしたので、当然ながら両名とも既に王族、貴族の身分は剥奪され、今やただの重犯罪者である。
ただ、これら事件によって政治的に大きな変化が生じたかと言えば、実はそんなことはなかった。
まずもって、今回の事件によって、マーク元殿下から王太子の身分を剥奪したことは正当であることが証明されたと言える。彼が王位に就かなくて本当に良かったと、北部貴族、南部貴族全員が口をそろえて言うくらいである。
その反動というべきか、リック殿下の人気は今やうなぎ上りだ。
マーク元殿下よりよほど常識人だ、という後ろ向きな評価もあるが、それよりも吟遊詩人が今回の彼の活躍を謳ったのである。
自らの婚約者であるシャルニカ(私の事なので面はゆいのだが……)を救うために自ら暗殺集団に潜入して、主犯のマーク元殿下を捕縛した物語は今や親が子に聞かせる英雄譚として大人気である。
また、この暗殺計画に加担していたヘイムド王国には相応の外交的圧力がかけられており、相当の賠償金を搾り取れそうだ。証拠はたんまりあるのだから。同時に、暗殺集団を指揮したデモン侯爵がまだ雲隠れしたままであるが捕まるのは時間の問題だろう。
さて、そんな大人気なリック殿下に嫁ぐことに、南部貴族は喜んでいるのは当然として、北部貴族も喜んでいた。
というのは、そもそも今回の婚約破棄事件がなければ、私が第一王子のマーク元殿下と結婚していたのであり、それが第二王子のリック殿下に代わっただけで、北部貴族に特段の損失はないのだ。それより彼らが喜んだのが、北部の資源を狙っていたヘイムド王国に対して外交的に強力な攻撃材料を今回リック殿下が提供したからである。
彼らは南部貴族のことを、少し気に食わない相手、くらいに思っているが、ヘイムド王国のことは、口にするのも嫌な相手なのである。
そんなお土産を北部貴族にもたらすことが出来たおかげで結婚は近くスムーズに進むと思われた。
そう。
ただ一点を除けば。
テーブルの上には官吏より厳重な取り扱いを経て、私に届いた嘆願書がある。
それは1通だが、もう何通も同じことが書かれた内容のものが届いていた。
筆跡はマーク元殿下のものだが、署名はミルキアさんとの連名である。
なぜ、そんなものが届くのかと言えば、私がどのような内容のものであれ届ける様に伝えたからだ。
極刑という罪状が既に確定した二人とは言え、誰であれ、そこには様々な思いや、犯罪に至った経緯がある。そして、それだけのことをしたとは言え、処刑されるまでの間、絶望に苛まれる日々はとてもつらいものだろう。
だから、せめて彼らが処刑されるまでの間、書面を通してのやり取りは許可するよう、特別に計らってもらうように、国王陛下にお願いをしたのである。
国王陛下は「大馬鹿息子を最後まで思ってくれてありがとう」と涙ながらに感謝されるという過分なお言葉を頂いてしまった。
なお、リック殿下にもそのことを言うと、ちょっと眉根を寄せられ「マーク兄さんに未練があるのか?」などと聞かれた。私が思いもしないことを言われたので、ハテナマークを浮かべていると、なぜか顔を赤くされて「す、すまない、忘れてくれ!」と焦った様子でおっしゃられた。いつも冷静な方なのに珍しいものが見れたと思ったものだ。その上で「そこまでする必要があるのか?」とおっしゃっていた。
ちなみにリック殿下は私にとても優しい方なので、つい同じ女性であるミルキア令嬢のことは気にならないのか、と聞いたが「自業自得だろう」と意外なほどバッサリだった。
さて。
それはともかく、その届いた手紙なのだが、中身は常に同じで、内容は嘆願書なのだった。
これは私が想定していたものではなかったので、少しびっくりした。
私が想定していたのは、例えば、学園生活での思い出話であるとか、ミルキアさんとのお話であるとか、あるいはマーク元殿下らがどうしてああいった暗殺計画に至る思いつめた心境に至ったのかとか、今の胸中の述懐などがしたためられて送られてくるのだと思っていた。
しかし、送られてくる内容はいつも同じで、その内容と言うのは、私とリック王太子殿下が近く結婚することによる【恩赦】による助命嘆願なのであった。
確かに、リック王太子殿下が結婚すれば恩赦は行われる。
それは基本的には広く刑罰を消滅ないし減じるものだ。
デルクンド王国を始め、多くの国において恩赦は一般的に行われている。
特に今回は王太子の婚姻という最大級の慶事であるため、特赦という、最も大きな恩赦の制度を執行する予定だ。
そのことを踏まえれば、マーク第一王子やミルキアさんの助命もありうるのだ。
しかし。
私は長い長い間、悩んだ末に筆を執った。そして、官吏へ、もう彼らの手紙は今後届けない様に言いつけたのである。
『マーク様、並びにミルキア様。今回のリック・デルクンド王太子殿下と私シャルニカ・エーメイリオスの婚姻について喜びの声を幾度となく届けて頂いたこと、とても嬉しく思います。その上で、お手紙に書かれていた恩赦について伝えます。今回は王太子殿下の婚姻と言う最高の慶事であるので特赦を執行するつもりです。本来重罪を犯した者にも減刑を適用しうる余地のある勅命となります。しかし』
私は迷いなく続きをしたためた。
『どのような理由であれ、隣国ヘイムド王国と共謀して王太子殿下とその婚約者を狙った暗殺計画に加担するという国家転覆罪、内乱陰謀罪、横領などは特赦をもってしても許されざる罪状であるとの観点から適用することは出来かねます。お二人におかれましては元王族、並びに貴族として法に則り、潔く処刑を受け入れることで最期に少しでも王族、貴族としてのあり方を思い出して頂きたく思います。それだけが私があなたたちにしてあげられることだと愚考します。以上です。今後は手紙の取次は禁止します。これが最後のやりとりとなるでしょう。女神ヘカテの加護のあらんことを』
その手紙を封蝋して、官吏へ渡した。
今日中には彼らの手元に渡ることだろう。
せめて、自分たちのしたことを悔い改めて、より良い来世を迎えて欲しいと思う。
その夜、王城の地下から私を呼んで泣き叫ぶような声が聞こえて来たような気がした。
ただ、その時私はいつもより強引なリック殿下に翻弄されていて、それどころではなく、その声を気にすることはついぞなかったのである。