19.【Sideシャルニカ】二人を断罪し、極刑とする
【Sideシャルニカ】
私が慌てて部屋に駆けつけた時には、目の前には驚きの光景が広がっていた。
一見、オークという神話の中にしかいない豚の怪物が、ミルキアさんを殺そうとしているように見えた。
だが、よく見れば怪物はマーク男爵の面影を残していた。無論、以前の美貌は見る影もない。
また、ミルキアさんも少し見ない間に肥え太り、どこか不潔さを感じざるを得ない見た目に変わり果てていた。不摂生な生活のせいだろう。
私は新しい婚約者のリック王太子殿下に安全な場所に匿われていたが、マーク男爵がミルキアさんの隠れ家へ向かったという情報を聞いて駆けつけたのだ。
その目的は彼らが自害するのを止めようとしてだった。せめて貴族らしい最期を迎えてもらいたいと思ってやってきたのである。ただ、目の前の光景はその想像を裏切るものだったが。
もちろん一人で来るような無謀な真似はしておらず、彼らからの影になって見えないかもしれないが、後ろにはリック王太子殿下がいてくださる。
私はまずミルキアさんの首を締め上げているマーク男爵へ呼びかける。
「マ、マーク男爵、その手を離してください。ミ、ミルキアさんはあなたの愛した女性ではありませんか。それなのにどうして殺そうなどとしているのですか?」
すると、マーク男爵は血走った目をこちらに向けて、怒鳴るように答えた。と、同時にいちおう首にかかっていた手が離される。
「ミルキアが俺をこんな目に遭わせたんだ! 本当だったら今頃王太子として、この国で思うがままに振る舞い、好き放題出来るはずだった。それなのに、こいつが誘惑してきたせいで、こんなザマだ! 全部こいつの責任だ! だから殺されるのは自業自得だ!!」
私はその言葉に訝し気に首をかしげる。
「あ、あの。いちおう王国調査部では事の経緯は調べています。本件は王国にとって大事なので事の経緯を詳らかにしておく必要があるからです。そ、それで、最初に声をかけたのは確かにミルキアさんでした。でも、その後に彼女の元に通う【浮気】を積極的にしていたのはマーク男爵だったと報告にはあります。なので、一方的にミルキアさんが誘惑して来た、という主張は自己弁護のために捏造した、身勝手な論理かもしれないです。あ、その、すみません」
「ち、違う! そ、それに、火遊びは男なら誰だってするだろう! 少しばかり浮気しただけで俺は本気じゃなかった。【婚約破棄】を公衆の面前でしようと言い出したのもミルキアだ。俺は悪くないんだ」
そうなんですか?
男なら誰もが浮気するのでしょうか?
私が困惑していると、
「俺は浮気などしない。シャルニカだけだ」
彼らに聞こえない声でリック殿下がおっしゃいます。低いのにはっきりと聞こえる声にとてもドキドキしてしまいます。
『第二王子の愛情はこのゲーム内唯一ガチだから安心しなさい』
女神様の声も降ってきました。
でも、ガチ? って何でしょうか?
ゲーム?
と、とりあえず安心しなさいとのことなので安心しておいて、マーク男爵の言葉に返事をします。
「【浮気】は双方の合意がないと出来ないものなので、どちらが悪いとも決めつけることは出来ないと思います。あの、それから卒業式での【婚約破棄】計画はお二人が喜々として企画していたという調査部からの報告があります。学園内で【婚約破棄】計画の話し合いをされている様子を見ていた生徒がいたようで証言が取れているんです。メモも押収していますから物証もあります。また婚約破棄した後にミルキアさんと【婚約】を宣言する予定も書かれていたので、これもマーク男爵が無関係だと主張するのには無理がある完全な証拠だと王室では見ています」
「そ、それは、その」
「あの、男爵。もういいんです」
「あ”?」
私の言葉にマーク男爵はぽかんとした表情を浮かべる。
「証言も物証も確保されていて、王国を大混乱に陥れたことは明白ですし、王太子の婚約者である私や、リック王太子殿下を暗殺しようとしたことも、リック殿下自らがお調べになっています。罪状は国家転覆罪。並びに横領などの余罪も見つかっているので極刑は免れ得ません。なら、なぜここに私がわざわざ来たのかと言えば、廃嫡されたとはいえ、マーク男爵は義絶まではされておらず未だ王室に連なるお方。ならば自身の恥を忍び、自害されるかと思いました。ですが、デルクンド王国は法治国家です。貴族としてその罪をしっかりと償い、極刑になることこそ、最期にあなたが出来るこの国への貢献だと思いました。だから自害を止めに来たんです。ただ、なぜかミルキアさんを殺そうとしていたのですが……」
「い、嫌だ、嫌だ! 死にたくない! 死にたくない! 助けてくれ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だああああ!」
「そ、そのすみません。さすがに国家転覆罪や王族暗殺を企てるような者を生かしておける法はありませんでした。せめて貴族として潔く自ら定めた法に則り、贖罪の機会を受け入れてください」
「ああ……。ああ…。ああああああ……」
オークの姿の男爵の目や口からだらだらと液体がこぼれる。
だが、もはや私にはどうしようもない。
廃嫡された時、極刑と言う案もあった中、一代男爵という貴族の身分を残したまま生きながらえることが出来たのに、その立場を自ら放棄してしまったのは、マーク男爵自身なのだから。
「次にミルキア男爵夫人さん」
先ほど夫に首を絞められていたミルキアさんは、やっと喋れる程度に回復したようだ。
「わ、私は殺されかけたわ! 私は【浮気】はしたかもしれないけど、殿下に迫られて無理やり関係を持たされたのよ! つまり私は被害者よ!」
『初めて聞く話ねえ、はぁ。もう面倒だから捕まえちゃえば?』
女神様の呆れた声が聞こえて来た。
(い、いえ。いちおうちゃんと罪を償ってもらうために来たので)
『真面目ねえ。さすがヒロイン』
ヒロイン? 前に聞いた天界の言葉だ。そう思いながら、ミルキアさんの言葉に対応する。
「あ、あの、無理やりとのことでしたね。その真偽は内心に係ることなので、確認のしようもありません。でも、先ほどの王国調査部の確かな情報によれば、少なくとも【婚約破棄】計画は二人で立てられていますし、その後の【婚約宣言】もお二人で立案されています。そこには正妃となった場合の、その、贅沢したい内容のメモなんかも残されていまして、無理やりだった、という主張に信憑性は皆無だと思います」
「酷いわ! 私がそんなに悪いって言うの!?」
『酷い、逆ギレね……』
「あの、と言いますか。実はミルキア男爵夫人、あなたの方が罪状としては重いのですが、その自覚はありますか?」
「……え?」
ミルキアさんが呆気にとられた表情をする。
『やっぱり分かってなかったか。自分のしでかしてることを』
「あ、あの、ご自身の行動をもう少し客観的にご覧になられた方がいいかも、です。マーク男爵の犯した【浮気】や【婚約破棄】と言った過ちは王国を窮地に追いやりました。ですが、そのどれもが相手がいないと出来ないことで、その共犯は間違いなくミルキア男爵夫人、あなたです。あ、あと、もしかしたらお忘れかもしれないですが、アッパハト子爵家の損害賠償請求の撤回請求や、アッパハト子爵家への謝罪請求も当侯爵家へ直接されていますが、あれも正当性がないばかりか、率直に言って、借金の踏み倒しと浮気の正当化という不法行為なんです。そ、それから、男爵夫人となられてからも、領地の税収を私利私欲のために散財していることも調査済みです。これはむしろ、マーク男爵よりも酷い状況だと伺っていますし。そして、今回の暗殺計画では、自分は安全な場所に匿われて黒幕として振る舞っていると言っても過言ではない状況なんです。むしろ、状況証拠だけ見れば、ミルキア男爵夫人、あなたが今回の一件をそそのかしているようにすら見えるんですよ? その自覚はありますか?」
『ていうか、単なる事実でしょ?』
「ち、違うわ! 私はやってない! 自分の手は汚してない! こ、ここにいたのだって。そ、そうよ! 監禁されていたのよ! 私は被害者なんだから!!」
「そ、それはさすがに無理があるかな、と。どこにもカギはかかっていませんし、そこに散らばっているのは、持ってきたお気に入りの宝石ですし、着ているドレスはお気に入りの品ですよね? テーブルには飲みかけのワインもあるようですし……。どちらかと言うと、私の暗殺計画を楽しみに待っていたとしか思えない物証しか残されていないような気がするのですが。あと自分の手は汚していなくても、暗殺計画に加担した時点で同罪なことくらいはご存じかと思います」
「ち、違う! 違う違う違う! 私は悪くない! 嫌よ! 死にたくない! 極刑なんて! どうして私がそんな目に遭わないといけないのよ! 理不尽じゃない!!」
ミルキアさんの絶叫が響き渡るが、私はこう言わざるを得ない。
「理不尽なのは。可哀そうなのは、あなたのような貴族を持ったアッパハト子爵領の領民であり、今回の浮気と婚約破棄で少なからず混乱した王国とその国民です。あなたではありません、ミルキアさん」
私はミルキアさんに罪状を言い渡す。
「ミルキア男爵夫人。あなたを国家転覆罪の首謀者の一人として極刑を命じます。またヘイムド王国との共謀や、横領など余罪は数え切れません。その罪はある意味、マーク男爵以上です。ゆえに厳しい尋問の末、貴族としての身分を剥奪の上、極刑となることで、最後に貴族としてその範を示しなさい。それが国王陛下の代理の名の元に、シャルニカ・エーメイリオスが命ずる処罰です」
これはもちろん、ジークス・デルクンド国王陛下から、いざという時はミルキア男爵夫人の罪状を決定してよいと言う代理権を与えてもらった上での決定である。
「う、うわああああああああああああああああ!!! いやあああああああああああああああ!!! 私があああああああああああああ!!!! どうしてえ平民なんかの卑しい身分にいいいい!!!!!!!!!!!!」
ミルキアさんは最後まで貴族らしからぬ、獣のような声を上げて捕縛されることを拒んだが、さすがに最後はリック殿下をはじめとする衛兵たちに取り押さえられた。
そして、オークと化したマーク男爵と共に、二人して獣のように暴れ、泣き叫びながら、獣のごとき咆哮を上げながら連行されて行ったのである。
『似たもの同士だったわねえ』
どちらも獣めいているということだろうか?
女神様の言葉にそんな感想を抱きながら、私は連れてゆかれる二人を見送ったのだった。





