17.【Sideミルキア男爵夫人】醜悪な姿になり果てた✖✖✖
【Sideミルキア男爵夫人】
「ふん、ふん、ふん♪」
私は領民から徴収した税金や賄賂で仕立てたドレスを着て、それに合った高価な宝石を選ぶことにご満悦であった。
その姿を隣国ヘイムド王国使節団のリーダーであるデモン・サルイン侯爵様が見ていた。きっと私の美しさに見ほれているのだろう。
最近は嫌なことが続いていたが、それも今日で終わり。そう思うと久しぶりに心が華やいでいた。
「ふふふふ。今日でこんなみじめな辺境での生活もおさらばよ。マーク様があの憎いシャルニカを殺して、明日には王太子簒奪者リックも亡き者にする! それで全ては元通りよ。あはははは!!」
王太子でなくなったマーク殿下には何の魅力もないと一時は思ったが、再び王太子の身分に復帰されるとなれば話は別だ。そして、その時正妃として相応しいのは可憐で美しい私しかいないだろう。
私が哄笑を上げていると、デモン侯爵がなんとなしに口を開いた。
「そうですな。あなたほどの方が一代男爵の夫人におさまるのは相応しくありませんな」
よく分かっているじゃない。
いいえ、見る者が見れば明らかなのよ。
やはり私が辺境ラスピトスへ追放されたのは、ひとえに、シャルニカとリック第二王子という王位を狙う簒奪者たちの陰謀の結果であり、不当としか言いようがないことなのだ。
「愛する二人を嫉妬で引き裂いた上に、損害賠償を請求して私のアッパハト子爵家を実質取り潰しにしようとしたのよ! なんていう陰湿さなのかしら!! しかも、それに対して謝罪一つなく、それどころかよく分からない政治的な理屈をこねくり回して、マーク殿下の王太子の身分を剥奪した上に、辺境に飛ばすなんて、王が許しても神が許さないわ!!」
「神ですか?」
「そうよ。運命の女神ヘカテ様が見ていたら、きっと、彼らに天罰を与えるでしょう。そして、やはり女神は見ていらっしゃった。あなたという使徒を遣わせたのですから!!」
その言葉に、デモンは口を抑えて何か小刻みに震えていた。
「どうかしたの?」
「ああ、いえ。失礼。何でもありません。ミルキア男爵夫人」
「?」
「それにしても何度聞いても興味深いお話です。さすが社交界の華と謳われた御方だ。何度聞いても飽きることがない。そうですな。愛があるからこそ卒業式という大舞台で勇気を出されて、マーク殿下とシャルニカ侯爵令嬢様との【婚約破棄】を衆人環視のもとご立派にも公言し、更に【婚約宣言】をされようとしたのですからな。そうした愛ゆえの行為だと言うのに、それを咎められ、あまつさえ、あなたのお家に、これまでの諸費用や迷惑料を請求されるなどとは、ミルキア様には思いもよらないことでしたでしょうなぁ。それに、北部貴族、南部貴族の対立などというよく分からない理屈、ですな。ええ、そうですな、難しい政治的なお話です。そんなものに振り回されたミルキア様を、きっと女神ヘカテ様も哀れに思われているに違いありません」
「まったくだわ。私が世界で一番可憐で美しいんだから、王妃になって贅沢して、他の貴族や下賤な民は私に傅く。その当たり前の権利を侵害されたんですから!」
デモン侯爵は理解しているとばかりに微笑んで頷く。
「そうですな。ただ、一部の他の王族や貴族たちは、やや迷惑に思ったのでしょう」
「ふん! まったく私利私欲にまみれた権力の権化どもは唾棄すべき存在ね!! 私が王妃になるのがそんなに妬ましいのかしら!!!」
私は叫ぶように言った。
と、その時である。
コンコン。コンコン。コン。
私のいる部屋の扉が独自のリズムでノックされた。
「失礼します、ミルキア様、伝令のようです」
「シャルニカの暗殺に成功したのね!」
私は喜んで机に並べていた宝石も蹴り飛ばす勢いで飛び上がる。
「ははは。きっとそうでしょう。よし、入れ」
「失礼します。閣下。暗殺は成功です。炭鉱のカナリアが鳴きました」
「ふむ、そうか」
デモン侯爵は冷静だ。
でも私はその暗殺成功の吉報に喜びを抑えきれない。
「やったわ! これで王都に凱旋出来る! ああ、いいえ! 次はリック第二王子ね!! シャルニカを人質にしていると言って脅迫して手も足も出ないところを殺すのよ!! ああ、考えただけで待ち遠しいわ!! これで王妃の座も、富も権力も全て私のものよ!!!」
やっと、本来の私の地位を取り戻すことが出来るのだ。
ただ、デモン侯爵は妙に冷静な様子で何かを考えている。
どうしたのかしら?
「ふむ、さすがミルキア様です。おっしゃる通り、次はリック殿下相手となります。そのための準備が必要となります。少々外しても宜しいでしょうか?」
なるほど。確かにそうだ。
シャルニカ暗殺には成功したとは言え、簒奪者はもう一人いるのだから、次の脅迫して暗殺するための準備が必要だ。
「ええ、お願いするわ。私はどうしておけば?」
「ミルキア様はここで彼をお待ち頂くのが良いかと。それでは失礼します」
そう言うと妙にそそくさとした仕草でデモン侯爵とその部下は退室していった。
『彼をお待ち頂くのが宜しいかと』と言ったから、脅迫されたリック第二王子がここへ来させるということだろう。確かに、暗殺するならば邪魔が入らず、隠蔽工作が容易な私室が最も適切だ。
私は心を躍らせながら待つことにした。
「そう言えば」
私は今頃になって一つ思い出す。
あの伝令兵が報告をする際に、暗殺が成功した、という言葉の後に、何かもう一言付け加えたような気がする。
何だっただろう?
確か。
「炭鉱のカナリアが鳴いた」
……え?
私はなぜか猛烈な嫌な予感が背中を走るのを感じた。
どうしてそんな言葉を使う必要があるのだ?
それは北部貴族では有名な言葉だ。
いわゆる、炭鉱を掘ると毒ガスが吹き出すことがある。
その際にカナリアが最も早く異常を察知して騒ぐのだ。
つまり、危険が迫っていることのサイン。
それは、シャルニカ暗殺に成功し、次のリック第二王子暗殺の成功の目途がついている今の状況に、あまりにそぐわない符丁ではないか?
「デモン侯爵! デモン侯爵!?」
私は嫌な予感がして、思わず叫ぶ。
だが、いるはずの彼の部下も、そして彼自身からも何の返事ももたらされることはなかった。
しかし。
ズル……。
ズル……。
ズル……。
何かを引きずるような粘着質な音が、静寂に包まれた屋敷の廊下に響いて来た。
そして、それはなぜか私の部屋に徐々に徐々に近づいてくるのだ。
「ひっ!? な、なに!?」
私は恐怖に足がもつれて倒れ込む。
と、同時に、扉の前でピタリとその何かを引きずるような不気味な音は止まった。
「い、いや……。いやいやいや」
どこかに行って!
誰か助けて!!
そんな私の願いもむなしく、カチャリとドアノブが回り、ゆっくりと扉が開かれていく。
そして、その先に居たのは。
「ミルキアァアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
「い、いやあああああああああああああああ!!!!!!!!」
「だ、だずげてぐれ!! ぼぐだ!! マ""ーク""だ!!」
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいい、近づかないで! 化け物! 化け物! 化け物ぉおおお!!」
扉を開けて入ってきたのは化け物。
顔はパンパンに腫れ、身体はぶよぶよとした風船のようになっていた。肌の色は赤黒く、目は血走っている。
空想に聞くオークという豚の化け物そのものだった。
だが。
何より恐ろしいことは。
その化け物が自分のことを。
私は聞いた。聞こえてしまった!
信じられない。
何なのよ、これは!?
自分のことをあの見目麗しかったマーク殿下と名乗ったのだ!!
こんな化け物が! オークが! 豚が!?
私は醜悪な姿になり果てたマーク殿下が近づいて来るのを、吐き気を我慢しながら見ていたのである。





