15.【Sideマーク男爵】シャルニカを暗殺し王太子へ返り咲く
【注意】当エピソードにおいて、中盤に一部、マークからシャルニカに対する残酷なセリフがあります。ただし、これは実現せず逆に【ざまぁ・断罪】されるためのフラグですので、安心してお読みください。ただ、どうしてもそうした表現を読むのが苦手な方は、改行を多くして当該箇所を分かるようにしていますので、読み飛ばして下さい。その場合でもストーリーを理解する上で問題はありません。
【Sideマーク男爵】
「くくく、僕を一代男爵などに貶めた罪人どもめ。その悪事も今日までだ。王太子の身分は返してもらうぞ」
僕は覆面で顔を隠したヘイムド王国の暗殺者たち5名を見ながら嗤った。
しかし、月の隠れた夜の闇に溶け込み、彼らの姿や、ましてや細かな表情などは至近距離でも確認は出来ない。
それは、今回の『シャルニカ暗殺計画』が誰にも見つからず遂行出来る可能性を高める吉兆であった。
そして、同時に運命を操るという女神ヘカテが僕に、王太子へ返り咲くよう導いてくれているのだ。
それもそのはずだ。
「正義は僕にあるのだからな」
僕に【浮気】をさせたシャルニカにこそ、責任があるのに、奴はなんと僕に【婚約破棄】をされるや逆恨みし、まず僕の大切な女性だったミルキアの生家への嫌がらせを行った。
そして、僕への執着ゆえに、嫉妬に狂ったのだろう。
第二王子、愚弟のリックと言う無骨なだけで貴族の何たるかを一つも知らぬ無能な男を、恐らくその身体を使って篭絡し、操ることで、国王陛下につけ入ったのだ。
こうして父上から僕を廃嫡する勅命を不当にも出させ、王太子の座から引きずり下ろすと、尊いこの身をラスピトスなどと言う辺境へ飛ばしたのである。
リックを次期国王とし、そして自分が未来の王妃としての地位を盤石にするためだけに!!
僕への嫉妬の次は権力欲にも狂っていたというわけだ。
恐ろしい魔女だ。
やはり、僕が彼女を【婚約破棄】したことは間違っていなかった。むしろ、彼女の中に眠る魔女としての本質を見抜く慧眼であったことが今なら誰の目にも明らかだろう。
だが、そうした陰謀の幕は今日、僕の正義の鉄槌によって降ろされる。
まず主犯であるシャルニカを殺す。そして生かしているフリをしてリックを呼び出し同様に殺すのだ。
僕の口元が自然に三日月のような形に変わるのが分かった。
無辜の罪で辺境へ送られた至高の次期国王たる僕が、罪人シャルニカを処断し、王太子へ返り咲く。
その方法は残酷であれば残酷なほど良いだろう。
この尊き僕の尊厳を一時的にでも損なったからには天罰が下るのは当然であるし、僕に逆らえばどうなるのか見せしめにもなる。
本来ならば牢屋に幽閉し、何年にも渡る拷問の末、最後はギロチンにて公衆の面前にて斬首するべきところだ。その時、あの厳然とした表情がどう崩れるのかをぜひ見たかった。泣き叫び、僕に許しを請い、靴を舐めると言い出すに違いない。
「きひひひひ。だが、残念だ。まぁ致死性の毒を塗ってある。これで深く切られた者は相当の時間苦しみ、もだえ、顔や体が変形した末に死ぬという。その哀れな最期を鑑賞出来るだけでも良しとしよう。きひ、きひひひひひ」
僕はその毒を塗ったナイフを取り出して、ますます笑みを深める。
暗殺者たちもこのナイフは持っているが、僕も同じものを携行していた。本来、このような所業はこの薄汚い暗殺者どもに任せるべきだ。しかし、シャルニカの体に刃を突き立てる感触、それによって苦しみ、のたうち回る姿、変貌を遂げて醜く変わり果てる瞬間を思い浮かべると、どうしても自らの手によって成しえなければならないと決意したのだった。
ただ、元々今回の計画の発案者であるデモン侯爵は、僕が現場に同行することやナイフを所持することに反対していた。
僕も直前までそのつもりだったのである。
しかし、到着して待機していた際に、デモン侯爵から別の指示があったと一人の暗殺者が伝えて来た。
それは、暗殺集団に僕も同行し、そして毒のナイフでシャルニカを僕の手で殺すことに賛同するとのことであった。
どうして急に意見変更したのかと一瞬思ったが、当然のことだと思い直した。
なぜなら、これは運命の女神ヘカテに導かれた正義の鉄槌なのだから。
「夜も更け、部屋の明かりも消えて1時間が経ちました。中に侵入した諜報員によれば、シャルニカ侯爵令嬢は既にぐっすりと就寝したようです。参りましょう、殿下」
「うむ、案内しろ。ところで奴がこっそりと近づいた際に起きるようなことはないか?」
「大丈夫です。諜報員からの情報によれば、彼女は多少の物音程度では起きないようです」
「ははは。そうか、そうか。ならば起きた時はさぞ面白いものが見れるな」
暗殺者の言葉に納得し、僕は鼻で嗤った。
もうすぐだ。
もうすぐ僕から王太子という身分を奪ったシャルニカに最大の苦しみを与え、その顔や体を醜い姿にして、哀れみながら殺すことが出来る!
「シャルニカさえ死ねば、次は、くくく。リック。お前の番だ」
同じような殺し方が良いだろうか?
それとももっと屈辱的な方法が良いだろうか?
「例えば、そうだな。奴のせいでエーメイリオス領民が死ぬというのはどうだろう? 本当はシャルニカ相手にしてやれば楽しそうだが、リック相手でも見ものだろう。領民の女、子供を一人ずつ目の前で殺していくか。そして最も絶望した瞬間に奴の命を断つ」
きひひひ。
僕の正義は止まらない。罪を贖うのは当然のことだ。
「こちらです」
「うむ。それにしても巡回の者一人としていないな」
「はい。ちょうど交代の時間を狙っていますので」
なるほどな。
さすが僕の尊さを理解するデモン侯爵だ。
完璧な計画に満足する。
こうして僕はあっさりとシャルニカの寝室までたどり着く。
鍵はかかっておらず、簡単に扉は開いた。
暗闇に慣れた目には、暗黒の中ベッドがぼうっと見える。シャルニカの顔までは見えないが、布団を深くかぶり眠っている様子だ。
僕は物音を立てぬよう静かに近づく。
やはり布団を頭からかぶっているせいで、顔は見えない。
だが、胴体の膨らみはハッキリと見えた。
「くくく。死ね! 死ね! この罪人が! 苦しみ抜いて死ねええええええええええええええええええ!!!!」
僕は嗤いながら、毒の塗られたナイフを布団の上からザクザクと何十回とメッタ刺しにする。
刺すたびにドス! ドス! という心地良い音が、快感を伴い耳朶を打った!
「はぁ、はぁ、はぁ! よし、もう十分だろう。あとは苦しむ姿を……えっ?」
僕は呆気にとられた。
なぜなら、そこにいたのはシャルニカではなく、単なる丸められた敷布団だったからである。
僕は完全に混乱する……暇もなかった。
グルン!!!
天と地が逆転したかと思うと、
「ぎゃっ!?」
ガンと脳天にこれまで感じたことのないほどの激痛が走ったからだ。
目玉が飛び出るかと思うくらいの衝撃だった。
だが、その肉体的な衝撃とともに、もう一つの衝撃が僕の脳裏をかけめぐる。
「ど、どうしてだ……。どうしてそこに貴様がいる!!」
僕は思わず地面を這いずりながらも叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
なぜなら、同行していたはずの5人の暗殺者のうち、4人が地に転がされ失神しており、そして残りの一人が覆面を外し、こちらを見下ろしていたからである。
その時、雲に隠れていた月が顔を覗かせ、窓からうっすらと月光が差した。
それはまだ半信半疑であった目の前の者の正体を明白にする。
「リック! どうしてお前がそこに! いるんだ!? そんな訳がない!! シャルニカはどこだ。今、僕に殺されたはずだぞ!!」
その言葉に、しかしリックはいつも通りの平静な声で応じた。
「ここまで間抜けとはな。暗殺者の一人が俺だったと、まだ気づかないのか?」
「……は?」
僕が呆気に取られ混乱する中、
「それにシャルニカはここにはいない。絶対安全な場所に最初から匿ってある」
そ、そんな。どうして?
だが、そんな僕の混乱を無視してリックは言った。
「マーク・デルクンド男爵。貴様を王太子の婚約者シャルニカ・エーメイリオス侯爵令嬢暗殺未遂の現行犯! 並びに隣国ヘイムドと共謀した国家転覆罪! そして、男爵領内での横領や領民への暴行といった重罪や余罪の数々をもって現行犯逮捕する! 衛兵たちよ、この罪人に縄を打て!!」
すると、待ち受けていたかのように、扉の外から大勢の衛兵が駆け込んできて、僕を縄で拘束しはじめたのであった。
「やめろ! 触るな! ふ、不敬な! ぐぎ! は、離せええええ!!」
何を叫んだかは覚えていない。
だが、こうして僕はいつの間にか、リックと衛兵たちに捕縛されてしまったのである。
なんでだ!
どうして、こんなことになった!?