14.【Sideヘイムド王国使節団リーダー:デモン侯爵】軽蔑すべき者たちは我ら隣国の手下に成り下がる
【Sideヘイムド王国使節団リーダー:デモン・サルイン侯爵】
「お会いできて光栄でございます、マーク・デルクンド王太子殿下」
「ああ、いや、僕はもう男爵で」
「大丈夫です。事情は承知しております。マーク王太子殿下が第二王子やシャルニカ侯爵令嬢の陰謀によって辺境に追いやられたことは。私どもはそんな殿下の苦境を知り、正義の名の元に馳せ参じたものでございます! ですのでここは王太子殿下と畏敬の念を込めて呼ばせて頂きたい」
その言葉に目の前のマーク男爵は分かりやすく機嫌を良くした。思った通り扱いやすい男のようだ。
「なんと! そうだったのか! だが、どうして僕の元へわざわざ?」
「第二王子のような者がデルクンド王国を統べるとなれば国は荒れ放題となり、友好国である我がヘイムド王国にも悪影響が出ましょう。デルクンド王国を統治する正当な後継者は第一王子たるあなたと、美しき令嬢ミルキア夫人しかいらっしゃいません」
「なるほど、そういうことか! ミルキア、聞いたか!?」
「ええ! あの愚か者どものにとうとう正義の鉄槌が下されるのね! いい気味だわ!!」
私の前には、マーク・デルクンド男爵がふんぞりかえって座っている。そして、その隣にはその妻である醜く太り、ギラギラとした宝石とけばけばしい化粧を施した女がいた。
私は心からこの二人に軽蔑のまなざしを向けた。もちろん、表面上はビジネススマイルを浮かべることを怠ったりはしない。
私は名をデモン・サルイン侯爵と言う。
デルクンド王国の北東に位置する、同程度の面積を持つ王政国家ヘイムド王国に所属している。
同程度の面積と言ったが、豊かさから言えば、我が国、ヘイムド王国はデルクンド王国の後塵を拝していると言わざるを得ない。
デルクンド王国北部に大量に埋蔵される鉄や銅は、我が国にはない資源であり、南部には漁港と貿易の拠点があり、海に面していない我が国にはない海路という最高の資源を持っている。
これらが喉から手が出る程欲しい! というのが、嘘偽らざる我が国ヘイムド王国の本音であった。
それこそ戦争をして奪い取ってでも、だ。
だが、いきなり戦争をしかけても裕福なデルクンド王国に勝利することは難しい。
だからこそ、そのためにはデルクンド王国国内が乱れ、内乱が起こることが必要であった。
だが、さすがデルクンド王国であった。賢王と名高き現デルクンド王国国王、ジークス・デルクンド国王陛下は一切他国がつけ入る隙を与えなかったのである。
デルクンド王国では北部と南部で貴族の気風や文化が違う。北部は貴族的な優雅さや伝統、格式などを重んじる。一方で南部の貴族たちは格式よりも実を取り、気風も荒々しい。こうした違いは、資源の採掘によって富を得ている貴族と、漁業や交易という思い通りいかない相手に富を得ている貴族という立場の違いから生じている。そして当然ながら仲が悪い。
『北の奴らは下ばかり向いて何を考えているのか分からない』
これは炭鉱を掘って利益を得ている北部貴族を揶揄する南部貴族の言葉であり、
『南の奴らは何代にも渡って成金貴族のような者ばかりだ』
これは南部貴族が伝統も格式も重視しない貴族らしからぬ気風を揶揄する北部貴族の言葉だ。
こんな感じであるから、普通に考えて、こうした国を二つに割ることはたやすいはずだ。実際、そうするために数々の各国の諜報員がこの国に潜入している。
だが、残念なことに、ジークス・デルクンド国王陛下は賢王の名を冠するだけあり、戴冠早々にこの内乱の芽を摘み取ってしまった。
彼は妻を北部貴族のハストロイ侯爵家より娶り王妃とした。しかし、同時に王太子の婚約者は南部貴族のエーメイリオス侯爵家から出すことも早々に決定し内外へ宣言したのである。
そして、実際に、エーメイリオス侯爵家の長女シャルニカ・エーメイリオス侯爵令嬢は生まれた時から王太子の婚約者として、妃教育を施す徹底ぶりであった。
これによって、北部貴族と南部貴族の勢力図は均衡し、統制ある権力闘争が繰り広げられるだけになったのだ。もはや、他国がつけ入る隙がないほどの徹底ぶりであり、今後100年はデルクンド王国の領土を窺うのは無理そうだ。というのがヘイムド王国の判断であった。
しかし!
ああ、これほど幸運なことがあるだろうか。
賢人の子がまた賢人であるわけではないということは、シャドア戦記を紐解くまでもなく既に歴史が証明しているではないか。
そう、賢王ジークスの嫡子マーク・デルクンド第一王子は父の賢さを一つも引き継がぬとんでもない愚か者として生まれ育ってくれたのである。
次期、国王が愚物。これほど素晴らしき朗報が他にあろうか?
私はこの情報に欣喜雀躍としていた。
もちろん、この情報はデルクンド王国の一級秘密情報として秘匿されていて、ほぼ知られていない情報である。女遊びが酷い、であるとか、けんかっ早い、プライドが高い、といった情報にすり替えられて他国の諜報員に出回っているが、隣国である利点を生かした執念深い諜報活動によって、私は目の前のマーク・デルクンドこそがこの完璧に見える王国唯一の【欠陥】であることを確信した。
そして、実際にそれを裏付ける事件を起こしてくれたのである。おお、神よ、目の前の愚者を生んでくれたことに感謝します。
なんと、こいつはあろうことか、せっかく賢王ジークスやその側近たちが何年にも渡って根回しを行い進めてきた国家100年の安寧の礎たる、シャルニカ・エーメイリオス侯爵令嬢への一方的な【婚約破棄】を王立学園の卒業式という場で公然と行ったのである。そして堂々と、隣に座っている、以前はどうだったか知らないが、今や心の醜さが露呈したとしか言えないミルキア男爵夫人との【浮気】を正当化し、王太子妃にすると言い出したのだ。
公衆の面前で婚約破棄をしてうら若き女性に恥辱を与えるなど、はっきり言って吐き気を催すほどの外道であり、もし私が自分の可愛い娘にそんな真似をされたら、誰であれ即刻首を刎ねてやるところだが、個人的な感想はともかく、この馬鹿王子マークはこうして一瞬にして王国全体の平和を揺るがすという大罪を犯したのである。
この婚約破棄事件によって、南部貴族の不満は爆発し、北部貴族は自分たちの権益を拡大するためにメロイ侯爵令嬢を王太子妃にしようと画策することは明白だった。また、現王妃であるモニカ・デルクンド王妃殿下も立場上それに加担せざるを得ないから、北部貴族の勢力は優勢となる。一方で南部貴族は王室から一旦婚約破棄が行われたので、立場は非常に弱いものにならざるを得ない。もし今後婚約者に戻れたとしても、当初ジークス国王陛下が企図していたような、バランスの取れた発言力を北部と南部貴族にもたらすような婚姻にはなりえなくなったのだ。
つまり、北部貴族の発言権が非常に強くなるはずである。
一方、南部貴族の不満は高まり続けるはずだ。
そうなれば、南部貴族を王国から離反させることはたやすい。そして、内乱の隙をついて、デルクンド王国へ侵攻し、一部領土を占領出来る。我が国にもようやく資源地帯や港が手に入るのかと思うと、改めてマーク男爵、ミルキア男爵夫人という、稀代の大馬鹿者たちに深い感謝を捧げたくなるのだった。
しかし!
これほどの愚者がいるのならば、賢者もいるのだ。それもまたシャドア戦記を紐解くまでもない。
その賢者とはシャルニカ・エーメイリオス侯爵令嬢に他ならない。
彼女はなんと公衆の面前で婚約破棄などという恥辱を与えられたにも関わらず、王国全体のために、まずオズワルド・エーメイリオス侯爵、つまり実父を説得して国王陛下に和解の手紙を書かせるという驚きの行動に出たのだ。そして次に具体的な献策として第二王子リック殿下との婚約を提案したのだと言う。
なんという政治的センスと器の大きさであろう。そして、まるで全てを見通すような視野の広さ。後ろに運命の女神ヘカテでもついているようではないか!
一方の目の前の馬鹿王子のマークとミルキアらと言えば、この提案に激怒したと聞く。シャルニカ侯爵令嬢の爪の垢を煎じて飲むべきほどの政治的センスの欠乏と視野の狭さだ。何かの呪いにでもかかっているのか?
確かに彼女の献策によって、貴様は廃嫡され、王太子の身分を剥奪されたように見えるかもしれないが、彼女がお前を許し、父親を説得して国王と和解していなければ、国は真っ二つに割れて内乱が起こっていたのだぞ? そうすれば、北部貴族と戦争になり、我が国が参戦する。その後に待っているのはデルクンド王国の領土の縮小、北部貴族と南部貴族が独立して王国を作り、現王室は廃止され、後顧の憂いを断つために現王族たちは処刑されるだろう。
その時真っ先に処刑されるのはお前とミルキア男爵夫人なのだ。
なぜなら、戦争の原因を作ったのは、お前のくだらない【浮気】であり、しかも卒業式という公の場で、衆人環視のもとレディに対して【婚約破棄】を行った愚行に違いないのだからな。
そして、正当な婚約者がいる王太子と浮気をしたミルキア男爵夫人も同じく処刑を免れ得ないだろう。
言わば、お前らが恨んでいるシャルニカ侯爵令嬢やリック王太子殿下は、お前らの尻ぬぐいをしてくれた上に、命の恩人でもあるのだぞ。
そんなことも分からないのか、と私の上辺だけのおべんちゃらにご満悦に浸っている馬鹿王子と、隣に座る醜悪な豚へ、思わず罵倒したくなるほどの強烈な軽蔑の念を抱くが、表情には出さない。
ただ、心の底から軽蔑するだけである。
だが、こうした馬鹿であるからこそ、操りやすいのは確かだ。
私はまんまと気をよくしている二人に言った。
「私どもの私兵をお貸ししましょう。それによってリック殿下を暗殺するのです。あるいは、シャルニカ侯爵令嬢を誘拐し、リック殿下に自害するよう脅迫するのも良いでしょうな」
「おお! それは名案だな!!」
「本当ね! たっぷり復讐してあげないと!! 私たちをこんな目に遭わせておいてただで済ますことはできないわ! 生意気なシャルニカは外国に売り飛ばしてやりましょう!! 処刑よりも辛い目に遭わせて上げないと! あははははははは!!」
「ああ、その通りだ! この僕を陥れた罪、たっぷりと償ってもらうぞ!! シャルニカ! リック!! 覚悟しろよ! わーっはっはっは!!」
私は追従の笑みを浮かべて頷きながらも、内心では目の前の馬鹿どもを冷ややかに罵倒するのだった。
何が名案だ、馬鹿が。血を分けた兄弟を殺す提案に何の躊躇も持たないとは。
それにミルキア夫人ももはや直視できない醜さだな。不健全な生活と派手な衣装もあるが、何より性根が腐っているとしか言えない。
本来処刑されるべき【罪人】どもはお前らだという事実にどうして気づけないのか。
こいつらの余りに自分勝手な思考は、もはや常人には理解不能である。
だが、交渉はうまくいった。
細かい作戦はこちらで立てて、マークには実行リーダーだけを務めさせれば良い。
緻密な計画など、この馬鹿どもに立てられる訳がない。だから、もし失敗した時のためのトカゲの尻尾になってくれれば役割としては十分というわけだ。
成功すれば、歴史上最低の愚王の誕生で、それはそれで良し。
失敗しても、我が国として失うものは何もない。
ただの傀儡が二体失われるだけのことだ。
それはこの世界にとっても良いことに違いあるまい?
そんなことを思いながら、私は目の前で輝かしい未来について語り合う道化たちを、心からの軽蔑の目線で見つめていたのであった。
 





