13.【Sideマーク男爵】浮気をさせたシャルニカが悪い。復讐する権利が僕にはある!
【Sideマーク男爵】
「どうしてこんな目に、この高貴な僕が遭わねばならない!!」
僕ことマーク・デルクンドは、辺境ラスピトスへ罪人のような形で、【不当】に移送された。これは許されざることだ!
「間違いなくこれは弟のリックとシャルニカが共謀した陰謀に違いない!」
僕はすぐにそのことに気づいた。
そもそも僕は一切の悪事に手を染めてはいなかった。
僕が他の女性と【浮気】をしたのは事実だとしても、それはシャルニカという、つまらない、派手さのかけらもない地味な恰好をしているあいつに原因があることは明らかだった。
そのせいで、僕はミルキア子爵令嬢やメロイ侯爵令嬢と【浮気】をするはめになったのである。
つまり、すべての責任はシャルニカにあるのだ。
そして、そうした原因を作った当事者たるシャルニカへ【婚約破棄】を申し渡した僕に責任がないことも明白だろう。
だからこそ、シャルニカはあの衆人環視の場で【婚約破棄】という恥辱にまみれる義務があるし、それを受け入れる責任があった。
その当然の道理さえ奴が守ってさえいれば、僕は今頃ミルキアやメロイと王都で幸せに暮らしていたはずだったのだ。
もちろん、父上や母上は少しばかり驚くかもしれない。特に父上は、よく北部貴族と南部貴族の政治的バランスを欠いたら内乱が起こり、ひいては隣国ヘイムド王国の侵略を招く恐れがあると言っていた。
僕はいちおう相手は国王陛下だということで反論もせず表面上は納得するふりをしていた。だが内心は、全く下らない妄想だと、父上を鼻で嗤っていた。
まず第一に、王室が最も高貴なる血筋であり、他の貴族の顔色など窺う必要などない。その意味で将来の国王たる僕の幸せこそが無条件で認められるべきであり、この国の最重要事項なのだ。
次に、仮に北部貴族と南部貴族のバランスが崩れたとしても王室の持つ国軍や傭兵の登用によって鎮圧すれば良いだけの話だ。王家に逆らった者たちの末路がどんなものか見せしめに一族郎党を処刑してやれば震えあがって二度と僕に盾突こうなどとは思うまい。
そして最後に、僕はしっかりとメロイ侯爵令嬢とも関係を持っていた。つまり、北部貴族とのつながりをちゃんと維持していたのだ。だから、もし南部貴族が反乱を起こしたとしても、北部貴族とともに気風の荒い野蛮な南部貴族どもを鎮圧すれば済むだけの話なのだ。
南部貴族など王国にとって魚介類を流通させたり、他国と交易をするための窓口でしかなく、大した価値はない。鉱山資源などを有する北部貴族に比べて劣等貴族どもであることは明らかである。父上はエーメイリオス侯爵領がもたらす他国の情報がどうこうと言っていたが、他国の情報などが何の役に立つというのか理解不能だ。また、特に気に入らないのは、南部貴族どもの、あの海に近いせいか、性格の根底にあるどこか気風の荒々しいところだ。貴族らしい煌びやかさが足りず、素朴で、貴族らしくなくて嫌いだった。反乱が起こって北部貴族と共に鎮圧すれば南部貴族どもを根絶やしにでき、目障りな奴らが一掃されてちょうど良いではないか!
こうした完璧な論理の上で、僕はミルキアやメロイとお付き合いをし、卒業式と言う公式の場でもって【婚約破棄】を宣言したのである。
だから、シャルニカは当然、僕からの【婚約破棄】を受け入れるべきであったし、自分の女性としての至らなさを僕に【謝罪】した上で、自領も含めた南部貴族たちの不満を抑えるよう奔走するべき義務を負うべき責任が生じるはずなのだ。そして、もし南部貴族の反乱が起こればそれはシャルニカの責任であり、僕には一切の責任がないのは明白であった。
「ところがだ! 奴はあの場で自分の至らなさを反省するどころか、僕の【浮気】を断罪した上に、一方的に有責だと決めつけやがった!!」
憤懣やるかたない!!
悪いのは【浮気をさせた】シャルニカであり、僕ではないというのに、奴は僕を一方的な加害者であり有責だと決めつけた!
秘密にしていたはずのメロイ侯爵令嬢との【浮気】を、あろうことか【衆人環視】の卒業式と言う公の場で暴露し、僕に恥を掻かせたのだ! その上、メロイ侯爵令嬢からは、ミルキアとの仲は認めないと言われたため、当初の目論見であるミルキアとの婚約宣言をすることも不可能になった。シャルニカのせいで!
その上、卒業式の会場で【浮気者】などという蔑称をつけられ最大級の恥辱を味わわされた僕は、一方的に非難された上に、浮気相手のミルキアの生家アッパハト子爵家への損害賠償請求まで肩代わりするよう、ミルキアに連日しつこく要求されるようになったのだ。
悪いのは全て僕に【浮気】をさせたシャルニカだというのに! こんな仕打ちはあんまりだった! なんという無法だろう!
僕はただ【婚約破棄】を卒業式という公の場でシャルニカに告げ、新しい婚約者と素晴らしき新しい門出を祝福してもらいたかっただけなのに!
それなのに、僕とミルキアは婚約宣言を出来ないどころか、【浮気者】の汚名を被り、その上【損害賠償請求の肩代わり】をミルキアからしつこく要求され、彼女との仲は【破局寸前】にまで悪化していったのである。
事態は思っていたのとは全く違う方向に走り出してしまったのだ。シャルニカのせいで!
それに、この事件以後、国王陛下はなぜか僕と謁見することをかたくなに拒否した。はぁ、まったく、たかだか南部貴族の娘と婚約破棄したくらいでへそを曲げるとは大人げない。視野の狭いことだ、とまた鼻で嗤った。
一方の母上はと言えば、
「おかげでメロイとの婚姻の道筋がつきました」
と一言だけ感謝の言葉を口にしたが、その目はどこか軽蔑した冷ややかなものだった。
少なくとも母上は北部貴族の利益を代表するハストロイ侯爵家の出身だ。なら、シャルニカとの婚約破棄のことをもっと僕に感謝しても良いはずだ。そして、実際そう言った。
すると母上は口元には貼り付けたような微笑を浮かべながら、しかし、一層なぜか冷えた口調で、
「感謝、ですか? ふ、ふふふ。私にこのような行動を取らせたことをあなたに感謝ですか? ふふふ、そうですね、少なくとも一生忘れはしないでしょうね。ええ【許しません】よ。……はぁ、もしシャルニカさんが許してくれて、オズワルド侯爵をご説得してくだされば……。いえ、ありえませんね……。私なら絶対に許したりしない……公衆の面前で婚約破棄なんてされたりすれば、その場でその恥辱を雪ぐ行動に出るかもしれませんね……」
そう何か意味の分からない独り言をブツブツ言ったかと思うと、後は一切口もきかず、北部貴族らとの会合があると言い残して去って行った。そして、やはり母上も以降、俺がいくら謁見を求めても返事すら寄越さないようになったのである。
どういうことなんだ。僕は将来の国王なんだぞ!
そうこうしている間にも、ミルキアからはエーメイリオス侯爵家から届いた損害賠償請求額を代わって支払う様に毎日のように督促される。父上や母上に謁見を求めても、手紙を書いても、全くなしのつぶてである。
そこで僕は名案を思いついた。
今回の損害賠償請求や、僕が浮気者だと言う風評被害は全てシャルニカに【責任】がある。
その責任をシャルニカに取らせることを思いついたのだ。やはり僕の政治的センスはずば抜けているなと感じた。
シャルニカがあの場で僕の婚約破棄を受け入れつつも、僕の浮気を暴露するような形で僕に恥辱を与えたのは、間違いなく、ミルキアやメロイへの嫉妬だろう。また、損害賠償請求は嫉妬のアピールに違いあるまい。
やれやれ、仕方あるまい。
あんなつまらない女を再び婚約者にし、将来の王妃にするのは気乗りしないが、僕の甘いマスクや将来の王たる僕が完璧なのが彼女をああした行動に及ばせたのならば、僕の魅力こそが罪だとも言える。
シャルニカを婚約者に復帰させてやるとしよう。その代わり、まずミルキアへ【嫉妬】して損害賠償請求などまでして嫌がらせをしたことを謝罪させる。そして、僕の婚約者に戻してやる見返りの条件として、第一側妃、第二側妃としてメロイやミルキアを娶ることを認めさせるとしよう。
本当は煌びやかなミルキアを正妃とする方が見栄えが良いのだがまぁ、表向きはあの田舎者のシャルニカをお飾りの正妃としておこう。その代わり、日々愛するのはメロイやミルキアとするのだ。
そうすれば僕の【浮気者】などという悪評も拭えるし、【損害賠償】も撤回される。愚かな父も僕の見識を高く評価し早々に僕に国王の位を譲位することを検討するだろう。
そうミルキアに説明すると、彼女はやっと損害賠償が撤回されると喜んだのか、早く行きましょうと目の色を変えていった。そして、シャルニカのせいで生家より責められた恨みを謝罪させて晴らしたいと言った。最近の何十歳も老け込んだような美しさを損なったミルキアは正直鬱陶しいだけだったので、損害賠償の撤回とシャルニカからの謝罪によって、昔の美貌を回復してくれることを心から期待したのだった。
しかし、何と言うことだろう。
意味が分からないことが起こった。
まずシャルニカは、僕のことなど好きではないと、ありえないことを言ったのである。ゆえに、僕の婚約者に戻るつもりはサラサラないと。
これはきっとまだ【嫉妬】の怒りがおさまっておらず、無理をしているのだと思って、何度も復縁のチャンスを申し出てやった。この僕からだ。断られるはずのない申し出だ。
だが、なんと彼女はそんな僕の譲歩すらも無下に断った!
しかも、僕へ恋慕しているという認識を誤解だと侮辱したのである!
ありえない! そんな馬鹿な! シャルニカは僕に惚れているはずだ! すべての女が僕に骨抜きにされないはずがない!!
だが、奴はそう告げた後、損害賠償は撤回しないし、しかもその上、僕には今後エーメイリオス侯爵領へ立ち入りを禁止するとまで宣言してきた!
こんな侮辱には耐えられない。僕はこの世界で一番偉いし、シャルニカごとき女が僕に惚れていない事実も認める訳にはいかない。
もはや殺すしかない。ミルキアも『この女を殺してください』と叫んだ。
だが、忌々しいことに、それこそがシャルニカと”奴”の【陰謀】だったのだ。
そう、第二王子。僕の弟で、貴族の煌びやかさもなく、剣の腕しか取り柄のない、シャルニカと同等につまらない愚弟、リック・デルクンドである!
奴はあろうことか王太子たる僕を拘束するという大不敬罪を働いた!
王都に戻ったら絶対に死刑にしてやろうと決意する。将来の国王に大不敬を働いたのだから当然の報いだ。無論、その時はミルキアに嫉妬して僕に迷惑をかけ、そして会談の場では僕に惚れていないと嘘までついて王太子たる僕を侮辱した罪で、シャルニカもあわせて処刑することを決意したのである。
だが、奴らは既に国王陛下までをも巻き込んだ【陰謀】を巡らせ共謀していたのである!
なんと、高貴で完璧な僕を【廃嫡】し、【王太子の身分を剥奪】するという勅命を国王陛下から賜って来ていたのだ!
その上、なんとこの貴族のキの字も理解していないであろう、無骨で汗くさい、剣にしか興味のない変人の愚弟リックが、王位継承権第一位に繰り上がり、王太子の身分に就くという。
明らかに【陰謀】だった。
父上が僕との謁見をかたくなに拒んでいたのは、この二人に篭絡させられ【傀儡】として操られていたに違いなかった。薬物か? 何か他の【脅迫】か何かか? でなければ、僕を廃嫡するなどという馬鹿げた勅命を出す訳がなかった。
そして、もう一つ明らかになったのは、シャルニカの【権力欲】への悍ましいほどの執着心だ。
奴は僕に捨てられるや否や、王妃になれないことに危機感を覚えたのだ。だから、第二王子と共謀し、僕の廃嫡を画策したのだろう。そして、どういう手段かは不明だが国王を操り、僕を廃嫡し、やはり権力欲に取りつかれていた第二王子リックが王太子の身分を僕から奪い去り、権力をその手中に収めようとしたのである!
なんという屑どもだ!
権力に目のくらんだ塵どもめが!
口では王妃になることに執着していないなどと言っていたが、嘘に決まっている。
その後も、シャルニカは勝利を確信したのだろう、丁寧な、しかし勝ち誇ったような、忌々しくも冷静な口調で、それらしい僕の廃嫡とリックの王太子の地位に就くべき屁理屈を説明して来たが、結局は自分が僕に捨てられた腹いせであり、再び妃候補になるための方便にしか過ぎないものであり、聞くに堪えないものだった。
僕の婚約者に戻っても北部貴族と南部貴族のバランスは戻らないであるとか、ミルキアとの婚姻を認めれば貴族たちの納得が得られないから内乱になると言った説明だ。リックからも、南部貴族の離反の恐れがあり、隣国に攻め込まれる可能性もある。そうしたことに父上が苦悩しているといった話があった。
やはりどうでも良いことばかりだった。
貴族が反乱を起こすならば国軍で鎮圧し、一族郎党斬首だ!
南部貴族が離反するなら北部貴族と共に根こそぎにしてやればいい!
あの南部貴族どもの荒々しい気風が奇麗さっぱりなくなるしちょうど良いではないか!
内乱に乗じた隣国からの侵攻の可能性や、南部貴族の諸外国との窓口や情報入手経路としての重要性なども説明されたが、逆にうち滅ぼしてやればいいのだ! 国民や貴族どもが王室を守るための盾になるのは当然のことではないか! 僕が最も高貴であり貴ばれる存在なのだから!
だというのに、そうした理屈にもなっていない理屈で、本当に僕は無実の罪で廃嫡され、一代男爵などという屑爵位を封ぜられた上にこの辺境ラスピトス送りとされた。しかも、最近は辺境送りにされ生家からも見放されたストレスからか、ミルキアは暴食を繰り返して太って一層醜くなり、その上僕が王太子の身分を剥奪されたからと、僕をあれほど愛していたはずの彼女は一切口をきいてくれず、なけなしの金を商人を呼び寄せ宝石やドレスに使い込む始末だった。
「くそ! どうしてこんなことになった!」
ガシャン!!
僕は部屋のテーブルを蹴り倒す。
いや、問うまでもない。
最初から答えは決まっている。
そもそも僕に【浮気をさせた】のはシャルニカであるのだから、奴に責任がある。
奴には必ず復讐しなければ気が済まない。
それが当然の報いだ。
そう僕が確信を深めていた時である。
「マーク男爵様。お客様がお見えです」
執事の声が扉の外から響いてきたのだった。
「誰だ! 僕は今、いそがしい!!」
そう怒鳴りつけると、執事は怯みつつも、
「隣国ヘイムド王国の方々と名乗っておられます」
そう言って、再び面会の可否を僕に問うたのだった。
僕はなぜヘイムド人がこんな辺境に用があるのかと訝しむとともに、何か僕にとって大きなチャンスが転がり込んで来たような、何か淡い予感のようなものが胸に去来したのだった。





