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コメディ系短編小説

ニュースとカメラと珍客

作者: 有嶋俊成

  ーーとあるニュース番組の話…なのだが…



 ー月曜日


「それでは続いて今日のお天気です。」

 ニュースキャスターの徳澤(とくざわ)は、朝のニュース番組でいつも通り進行役を務めていた。

〈まずは関東です。今日の関東地方は東京都では一日中、曇りに…〉

 お天気キャスターの女性タレントが今日の天気を視聴者に知らせていく。視聴者が見ているテレビ画面には、ビルの高層階から撮影しているビルが乱立している東京の町並みを背景に、晴れ、雨、曇りなどのマークが付いた日本地図が映し出されている。町並みの映像はリアルタイムのものだ。

 また、同じ映像がニュース番組のスタジオセットに置かれたモニターにも映し出されており、それで徳澤らニュース番組の出演者も視聴者と同じお天気コーナーの映像を見ている。

〈埼玉県ではやや雨に見舞われるでしょう。北関東では…〉

 徳澤は異変に気付いた。モニター画面に映し出されているビルの映像が突如、暗闇に包まれたのだ。

「えっ? 何?」

 モニター画面を示し、スタッフに声を掛ける徳澤。スタッフたちもよくわからないようだ。

〈それでは今日のお天気でした。〉

 お天気コーナーが終わる。それと同時に暗闇が消え、再びビルの映像が映し出された。

「あ、なんだ~」

 暗闇が消えると同時に小さな赤い点が複雑な軌跡を描きながら映像から離れていった。

「テントウムシですね。」ホッとする徳澤。

「それでは全国のみなさん良い一日を。」

 定刻になり番組が終了する。

「いやぁ~びっくりしたね~」

 番組終了後、徳澤はディレクターの八部(やべ)と話していた。

「虫がカメラに付くのはよくありますけど、こんなに画面を覆われるのは初めてですよ。」

 八部も先程の映像には驚いていた。

「テントウムシだから微笑ましかったけど、ゴキブリとかだったら最悪だったね。」

 そう言うと徳澤と八部は笑い合った。


 ー火曜日


〈神奈川から千葉にかけては晴れ…〉

 女性タレントが今日の天気を伝えていく。

 昨日のテントウムシのことがネット上で少しだけ話題になり、今日も何かがカメラに飛びついてくるのではないかと期待をしている声がネット上で見られている。

 徳澤もそんな期待をほのかに胸に抱いていた。

〈埼玉県ではやや雨に見舞われるでしょう。北関東では…〉

 徳澤は目を疑った。東京の町並みが昨日と同じように突如、暗闇に包まれたのだ。

「え⁉ また?」

 二日連続で、しかも滅多に起きないことが起きている。徳澤の顔からはつい笑顔がこぼれた。視聴者もきっと二日連続のテントウムシの登場に驚きを隠せないはず……

「へ?」徳澤の顔が一瞬で凍り付いた。

 再び東京の町並みが映し出されたと思うと、カメラの目の前に現れたのは、誰もが嫌うあの黒い害虫…ゴキブリだった。

 徳澤はどうリアクションをしていいかわからない。テントウムシならまだ微笑ましいが、ゴキブリとなると、話が変わる。しかも、なかなか画面外にフレームアウトしない。

「どうする? 謝罪する?」

 小声で八部に声を掛ける。八部はあたふたして何も答えられない。

〈それでは今日のお天気でした。〉

 お天気キャスターがそう言い終えたところで、八部は首を横に振りながら腕で×印を作った。

「そ、それではみなさん、良い一日を。」

 徳澤は動揺を隠しながら締めの挨拶を終えた。

 番組終了後、徳澤と八部は冷や汗を垂らしていた。

「あれは…仕方ないですね。」八部が言う。

「まあ、自然には抗えないよ。」徳澤も同意する。

「でも、視聴者からのクレームは避けられませんね。」

「噂をすれば、ってこういうことなんだろうね。」

 今まさにテレビ局にかかってきているであろうクレーム電話とネットに溢れるであろう番組に対する非難コメントを想像し、二人は参ってしまうのであった。


 ー水曜日


〈それでは早速、お店の中に入っていきたいと思います!〉

 人気のお店を紹介するコーナーでは現地のお店とスタジオを中継で繋いて放送している。今日、紹介しているのはソフトクリーム屋だ。女性レポーターが早速、店の中へと入っていく。

 お天気コーナーまではあと二十分。徳澤は笑顔で中継映像を眺めながら刻一刻と迫るお天気コーナーが無事終了することを祈っている。

 昨日のお天気カメラにゴキブリがフレームインした件で、案の定テレビ共にはクレームの電話が相次いだ。ネット上でも、《朝から不快になった》、《おはようゴキブリカメラ》、《世紀のハプニング・ニュースゴキブリ》といった具合に書きたい放題書かれていた。あろうことかネットニュースにまでなり、このことはしばらくの間、ネット上でネタにされ続けるだろう。

〈それでは今回はチョコレートのソフトクリームを頂こうと思います。〉

 そう言うと、中継先の女性レポーターはチョコレート味のソフトクリームを店員から受け取った。

「うわーおいしそうだな~」徳澤もそれに合わせてコメントする。

〈それではいただきます。あっ、ほんのり苦いですね。大人の味です。〉

 焦げ茶色のソフトクリームはビターチョコレートの味だったようだ。

「僕も食べに行っちゃおうかな~」

〈それでは、他のお客さんにも感想をお聞きしたいと思います!〉

 レポーターはすぐ近くにいた親子連れに近づいた。

〈このお店のソフトクリームはどうですか?〉

 レポーターは親子連れの子の方の幼い女の子に質問する。

〈おいしいです。〉女の子が答える。

〈そうだよね~お姉さんもおいしかった~〉

 微笑ましいやり取りが続く。

〈でもねお母さんが食べてるあのソフトクリーム…〉女の子が母親が手にしていたチョコレートのソフトクリームを指差す。〈なんかウンチみたいなの。〉

 レポーターもスタジオで見ていた徳澤も一瞬固まる。しかし、レポーターの素早い回しが入る。

〈いやぁ~そんなこと言わないで~〉

「あらあらダメだよ~」徳澤もフォローに入る。

〈だって見てよ、茶色だよ。〉

 しかし、女の子は止まらない。

〈なんかここウンチのお店みたい。〉

 ここで母親が女の子の口を塞ぐ。

〈いやーでも本当においしいお店ですから。〉レポーターは視聴者に向けて語り掛ける。〈あ、あちらのお客さんにも聞いていこうと思います。〉

 ソフトクリームを買いに来た別の親子連れに話しかける。

〈今日は何を注文するんですか?〉

 親子連れの子の男の子に話しかける。

〈あー、あのウンコみたいなソフトクリーム。〉

 レポーターも徳澤も戦慄した。無理矢理に笑顔を作るが言葉が出てこない。

〈なんかここ、ウンコのお店みたいだなー〉

「あ~、ちょっと…他の人にも聞いてみよう。次はカップルとか…」

 徳澤が次のインタビューを促す。しかし、スタッフ側にいた八部は、次のコーナーに進めるよう身振り手振りで徳澤に訴えている。

「え? 次? そ、それでは次のコーナーです!」

 人気ソフトクリーム店の紹介は二人の子供のおぞましい発言によって波乱の幕引きとなった。

 放送終了後、徳澤と八部が話している。

「あれは…ヤバいよ…」徳澤がMC台に両肘を置き、頭を抱える。

「どう弁解すればいいんだろ…」八部も頭を抱える。

「もう、子供に取材できないよ…」

 因みにこの日のお天気コーナーはトラブルなく終わった。


 ー木曜日


 今日こそは平穏で終わってほしい。徳澤はただそう願っている。昨日の一件で、またテレビ局にクレームが殺到した。「食欲が失せる。」、「ソフトクリーム屋に失礼」、「朝の情報番組で低レベルの下ネタを流すな」といった具合だ。件のソフトクリーム店ではしばらく「チョコレートソフトクリーム=大便」という、ソフトクリーム屋以前に飲食店としてとてつもなく不名誉なイメージがこびりつくだろう。

〈現在、ここでは町おこしのイベントが開催されています!〉

 中継先の女性レポーターの声が流れてくる。この日は地域の様子を紹介するコーナーで、とある町のイベントに番組がお邪魔している。

〈ライブ会場には町中からたくさんの人々が駆け付けています。〉

 広場の中心に華やかなステージが組まれ、その周りに町の人々が集まり、人だかりが出来ている。

〈そしてなんと! このイベントには俳優の風村流矢(かぜむらりゅうや)さんが駆け付けています!〉

 風村流矢、さわやかな印象で知られ、多くのドラマに出演している四十代の有名俳優だ。

〈風村です。みなさんおはようございます。〉

 ステージに登壇した風村が観客に呼びかけると、一気に歓声が上がった。

〈風村さんが今回、この町に来られたのは理由があるんですよね?〉女性レポーターがマイクを向ける。

〈はい。実はこの町は妻の実家があるんです。その縁があって今回、お邪魔致しました。〉

 観客から拍手が上がる。誰もが知っている俳優が来て、気分が盛り上がっているのだろう。

「風村さん、そちらの町の印象をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 徳澤がスタジオから呼びかける。

〈そうですね。みなさん、本当に暖かくて、本当におだやかな町です。テレビを見ているみなさんも一度訪れて欲しいですね。〉

 観客から暖かい笑いが起きる。

〈さわやかな風村さんのような町ですね。〉レポーターもコメントする。〈それではスタジオの方にお返ししまーす!〉

 ここでCMに入る。

 今日の中継は無事に終わった。ゴキブリ、大便の次は何かと思ったが、今回はさわやかな風村流矢のおかげでなんとか無事に終わった。

 徳澤は胸を撫で下ろしていると、八部が駆け足でやってきた。

「徳澤さん、ヤバい…」顔面蒼白の八部。

「え…なに、なに?」嫌な予感が走る。

「今出た情報なんだけど…」

 八部は持っていたタブレット端末の画面を徳澤に見せる。それを見た徳澤は全身に冷たいものが走るのを感じた。

 目に入ってきたのはネットニュースの記事。今さっき公開されたものらしい。記事のタイトルは《俳優・風村流矢 二十歳年下美女とホテル不倫か!》

 固まる徳澤と八部。今さっき、画面越しで話をした妻帯者が不貞をはたらいていた。さわやかな顔を大衆に振りまいていたあの男が妻より年下の女とホテルへ。四十代のイケおじぶってた奴が愛すべき妻を差し置いて別の若い女と情を通じていやがった。

「CM明けまーす。」

 ADの声が響く。八部がトボトボと戻る。真顔でカメラを見る徳澤。

「続いてはお天気でーす。」

 風村がいるイベント会場が今、どうなっているのかは想像したくない。


 ー金曜日


「なんで呼んだの⁉」

 徳澤は驚いた顔で八部に聞いた。

「プロデューサーが数字が取れるってうるさいんですよ。」頭を掻きむしる八部。

「だからって…まだ早いでしょ。」

「僕も思いましたよ。でも、プロデューサーが勝手に決めちゃって…」

 徳澤と八部が同じ方向を向く。視線の先にはスタジオセットの椅子に座って小さくなっている風村流矢がいた。昨日、明らかになった自身の不倫によって相当ダメージを受けたのか、一晩にしてゲッソリしてしまっている。

 一流俳優の不倫騒動は世間の誰もが食いつくだろう。このニュース番組でもそれを取り上げる予定だった。そこに視聴率に固執するプロデューサーが本人登場を番組的においしいと思い、真っ先に風村流矢にアポをとったのである。

「風村さん、なんで断らなかったんだよ…」

 風村流矢といえば昨日の中継コーナーで中継先の人々や番組出演者にさわやかさをアピールしていたばかりだ。その直後の悲劇。中継先のイベント会場がどのようになったのかは容易に想像がつく。風村流矢は今、相当な地獄を感じているだろうが、こちらも同じくらいにこれから地獄を味わうことになる。

「それでは本番いきまーす。」ADの声が響く。「4、3、2…」

「全国のみなさんおはようございます。」いつになく重々しい声で挨拶する。「えー昨日の報道にありました通り、俳優の風村流矢さんが不倫をしていたという事実が発覚致しました。そのことで風村流矢さんご本人からこの場で謝罪と説明をしたいとのお望みを受け、今回、風村さんにお越し頂きました。」

 本人の意思で弁解の場を望んだように台本に書いてあるが、実際はプロデューサーが説得したのだろう。

「風村さんよろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」幽霊のような声色だ。「えぇ…昨日、私が二十歳年下の女性とホテルで不倫を…していたとの報道がなされましたが…事実でございます…」

 風村は今にも死にそうな患者のようにも見える。

「お認めになるんですね。」

「はい。」

「では、その女性とはどのように知り合ったのですか?」

 風村は少しの沈黙の後、口を開く。

「パパ活です…。」

 徳澤は、背中に雷が落ちたような衝撃を受けた。こいつ、金で女を繋いでいやがった。徳澤、八部らはさらに地獄の雰囲気に包まれる。

「えーと…パパ活ですか。」

「はい。SNSで知り合いました。」

「えーお相手は…」

「女子大生です。」

 徳澤は思った。 ープロデューサーよ、なんてことをしてくれたんだ…

「それでは、世間のみなさん、ファンのみなさんへ謝罪の言葉を風村さんお願い致します。」

 カメラが風村を正面から映す。

「えー、今回のわたくしの不貞につきまして、ファンの皆さま、関係者の皆さま、そして家族に…」

 風村がカメラに向かって話していると、スタジオの入口からものすごい怒声が響いてきた。

「おぉぉぉ~~~い‼ ここかぁぁぁ~~‼」

 徳澤は思わず怒声の主へと目線を向ける。

「一昨日はよくもやってくれたなあぁぁぁぁぁ!」

「え⁉なになに⁉ ちょっと止めて!」八部はスタッフに指示する。

 数人のスタッフが突然の訪問者に立ちはだかるが、勢いよく跳ね飛ばされてしまった。

「この番組のせいでいろいろと面倒なことになってんだよぉ!」

 乱入してきた男はコメンテーターが座る席に近づく。コメンテーターたちは思わず逃げていく。興奮状態の男はスタジオセットの机を勢いよく蹴り倒した。

「あれ⁉ あなたって…」乱入してきた男の顔を確認した徳澤は気づいた。「一昨日、紹介したソフトクリーム屋の店主⁉」

「そうだよ! なんだよウンコソフトって!」

 一昨日の中継コーナーで、店主のソフトクリーム店を紹介した時、取材した子供たちが店のチョコレートソフトクリームを大便に例えてしまった。その様子が全国に中継され、そのことで店の商品が大便、大便といじられるようになったという。

「俺にはソフトクリーム屋のプライドってもんを持ってんだぞ!」

「そ、そのことについては我々一同本当に申し訳なく…」

 ふと風村が目に入る。この状況にも関わらず謝罪を続けている。顔を俯かせ、ボソボソと何かを言っており、まるでお経を読んでいるようだ。

「どうしてくれんだよ! 飲食店だぞ! 衛生第一の店だぞ!」

「ほ、本当に申し訳なく思っております!」

「それと、お前!」店主は風村に目を向ける。「よくも俺の娘に手ぇ出してくれたなぁ!」

 徳澤は全身に高圧電流が流れたような感覚がした。風村の不倫相手は店主の娘だった。今までにない驚愕。スタジオにいる出演者、スタッフ一同、あまりの衝撃に固まっている。

「……………………」風村は何かを言っているようにも見えるが小声すぎて聞こえない。

「なんか言えよーー‼」店主が風村に襲い掛かる。

「ちょっと落ち着いてー!」八部が止めに入る。

「離せ―!」

 店主は八部を突き飛ばす。そして抜け殻のような風村の胸ぐらを掴む。

「もう止めてくださーい!」「出演者移動させて!」「ちょっ、CM! CM入れ!」大混乱のスタッフ。

「あ…あーもう、終わった~~~~~~~‼」

 徳澤の叫びと共にこのニュース番組の終焉のカウントダウンが始まった。



  ーー終わり

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[良い点] 小さなハプニングなら、可愛いですけどね。
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