転生導入が三話って遅くない?
一度書いたものがなかなか納得行かなくて三話に転生導入ねじ込みました。
「終わんなぁい、どうしよう…由美ィ今日大事な日なのにぃ…!」
「どうしたの?由美ちゃん大丈夫?」
「今日はぁ、お婆ちゃんのお見舞いに行かなきゃないんですぅ…心臓が悪くて入院してるから…面会時間終わる前に顔見に行きたくってぇ」
柔らかいセミロングな髪をキャラメル色に染めて、緩やかなパーマをかけた女子社員の中山由美は今年入ったばかりの新卒だ。既に女性社員の中では一番可愛いと社内の男たちに評判で、彼女より二回り年上の課長と何やら話し込んでいる。
「それは心配だね……よし分かった、やれることはやっておくので君は早く帰りなさい」
「えー、でもでも…これ今日終わらないと提出明日ですよねぇ?」
「まぁ、なんとかするさ!早く行ってあげなさい」
「ありがとうございますぅ~~須田課長♡お礼は絶〜っ対します~!」
「ハハハ、こんな時は助け合うのが当たり前さ!……お礼は楽しみにしてるよ!」
若く可愛い女子社員に甘えられて鼻の下を伸ばしたデブでスケベでおそらく登頂部の肌色をズラで隠している須田は、ボリュームのある由美の胸をチラ見してからそう告げて帰りを促す。
会話が始まってから、大層イヤな予感がしていたので既に身支度を整えていた私は荷物を持って静かに席を立ち上がった。
「あ、ところで中…「お疲れ様でした」」
課長に被せるように告げて目線が合わないように即座に後ろを向きロッカールームに歩き始めると、後ろの方で由美も「ではぁ私もお疲れ様です♪」と甘ったるい声で軽く挨拶し、慌てたようにこちらに向かってくる。
なぜか、彼女は自分の隣を並んで歩き始めた
「中山さん、お疲れ様です♪途中までぇ一緒に行きましょう~」
笑いながら話しかけてくるのに分かりやすく眉をしかめてやったが、向こうは気づかないような顔をしてニコニコしている。
この女、正直苦手だ。
けれど最低限の返事がわりに、コクりと頷いて一緒に歩き始めると、由美が矢継ぎ早に話しかけてきた。
「中山さん今日は早いんですねぇ、いつも残業してるから中々帰り合わないし~何か用事あったんですかぁ?」
「別に」
「中山さんってぇいつも素っぴんですよね~メイクしないんですかぁ?多分可愛くなれるのにぃ~」
「面倒なので」
「せめてスキンケアはどうですか~?面倒がってると肌も衰えちゃいますよぉ?いつまでも若くないんですから~クスクス」
先ほど適当に頷いてしまったのを後悔したが、今更だとも思い、あまり考えないことにした。
由美の自由な雑談に当たり障りなく(?)返しながら歩くと、賑やかな声が聞こえるロッカールームに着いた。
中に入り、それぞれ着替えの為に離れることで由美は漸く沈黙する。
既に着替えていた他の女性社員たちは、二人が部屋に入った瞬間、そそくさと退散するように出ていき、扉が閉まると今度は廊下から賑やかな声が聴こえ始めた。
『エセ由美のやつ、また嘘ついてたよ』
『また~?今度はなになに?』
『おじいちゃんが手術する前に見舞いに行きたい~とかナントカ』
『自分の身内使うとかヒクわ~』
『ほんとほんと、代わりにズラの子分が残業するってさ』
『アハハ、子分じゃなくて犬でしょあれ、忠犬田中!てかおばあちゃんじゃなかった?』
『どっちでもよくなーい?本物さんじゃないんだ今日は』
『あの人早く帰るの珍し~もしかして男?』
『う~わ、そんなわけないじゃん絶対処女だよあいつ』
『捨てるだけなら捨ててるかもしれないわよ?その辺のホームレスとかに…なんちゃってアハハ!ホームレスだって拾うゴミは選ぶわよね~』
『沢主任ヒド~(棒)アハハハハ』
聞かせるようになのか、わざわざ大きな声で好き勝手喋る彼女たちは嘲笑いながら廊下を遠ざかって行った。
すでに帰り支度を終えていたが、色々とバッチリ聴こえていた手前、エレベーター前でアレに合流するのも何だかな……と思った故に無駄にスマホをチェックしたりと多少の時間を潰していると、由美がぽつりと独り言のように話しかけてきた。
「私ってそんなに嘘つきに見えるかなぁ?嘘なんてついたことないんだけど~」
「沢さん最近加齢臭大変ですねって優しく言ってあげたのになぁ」
「おばさんになると皆通る道ですもんねってフォローはしたんだけどなぁ」
「まぁ………おばあちゃんのお見舞いは嘘だけど」
「嘘かよ」
思わずノリツッコミをしたら由美がこちらを見てニマニマしていた。やらかした事を隠すように顔をしかめて無言の抗議するが、やはり気にした風もないように隣をすり抜けて出口へ向かっていった。
「フフフ、今日は早く帰りたい気分だったんですぅ♪そろそろ行きましょっか!マユミさん♡」
「………名前で呼ばないでくれる?」
扉を開けて此方を待ち構えてる由美をあえて無視するように歩きだしたけど内心はバクバクだった。
中山真由美は―――――中山由美と何の因果か名前の大部分が似ているせいで、ここ最近は名前を呼ばれるのが少し苦痛だったのだ。
❪真なんてついてるけどブスは偽物だよ、美人の由美が本物❫
ガキが考えたようなこじつけの理論で、男性社員は由美を持ち上げる為に真由美を扱き下ろす。
一方で由美は女性社員側から真由美の偽物扱いされて嫌われていた。
陰口はともかく、由美の今日の仕事量も実は一人でこなすには多く配分されていたのだ。
由美はお局様達《沢主任と愉快な仲間たち》とコミュニケーションを取らずに男性社員とばかり話すため、鼻持ちならない女として妬み嫉み僻みの三重恨を買って遠回しの嫌がらせを受けることが多かった。
❪前から思ってたけど真由美さんと、由美さんって顔立ちも何処と無く似てるわよね!もしかしてご親戚なの?あれ、でも真由美さんは一重だけど由美さんは二重…もしかして整形…?今は割りとお手軽にやれる時代ですものね!私、手術は怖いけど興味あるの、教えてくれる?❫とは、沢主任の長い詠唱のひとつだ。
―――どうでもいいけど念のため言うと、
由美は親戚ではないし、会社で出会うまでホントになんの縁も無い他人だ。それなのに鏡のようにお互い張り合わせられて、お互い偽物だの本物だの好き勝手言われてとばっちりもいいところだった。
とにかく、色々と嫌なことを思い出しそうになる頭を軽く振って思考を流し、いつの間にか辿り着いたエレベーターホールには他の社員が居ない為、ボタンを押して呼び戻した。少しして戻ってきたそれに当然、追い付いた由美も乗り込んでくるが――――
更にその後ろに居た須田課長に気づくのが遅れ、閉めるボタンを押し損ねてしまった。
(クソ……須田臭いんだよな……一緒に乗り合わせたくなかった)
「やぁ一緒に帰ろう由美♪」
「あ、あれ~お仕事大丈夫ですかぁ?」
「田中くんが代わってくれたからね、由美は今日予定は?新宿方面とかどう?」
「え、え~?由美今日用事が…」
「ハハハ!由美は両祖父母とも既に居ないだろ?分かってるんだから!金曜日だし早く遊びに行きたかったんだろ?奢ってやるから、任せな♪」
「……え、えぇ~?」
仕事が終わったら次はプライベートタイムだと言わんばかりに突然呼び捨ての上、おっさんの癖に若ぶった気持ち悪い喋りで由美を強引に誘っていた。
何故か自分の家族構成を知ってることに若干青ざめた由美はチラリとこちらを見てくる……が助けるギリは無い。
無いんだがエレベーターがまだ下に着かないせいで内部の酸素が薄くなった気がするし、臭いし状況は最悪である。
とにかく知らん顔してやり過ごそうと顔を明後日に叛けた瞬間―――
ガギイィンッッ
重い金属が擦れたような音がしてエレベーター内から一瞬で明かりが消え失せる。強い揺れが突然おこり体勢を崩した中山は床にへたり込んだ。
「いった…っ」
「えぇ…なにぃ?」
「な、なんだ?」
三者共に辛うじて声を吐き出したが、事態は返答を待つことなく加速し、内臓が、いや、身体そのものごと急速に浮き上がるような感覚に肌が粟立った。
―――――――落ちてる!!?
ゾッとするような浮遊感に、全員がそれを瞬時に察し、そして意外なことに須田課長が一番行動が早かった。
「しゃがめ!!!うちのビルは地下二階までしかないから、ここから落ちてもそれほど衝撃はないはず!しゃがむんだ!!」
「キャア~!課長どこ触ってるんですかぁ!」
「今はそれどころじゃないだろ!見えないしどこに触れてるかも分からんよ!!」
「しゃがみましたぁ!離れてください!」
「いや、衝撃くるかもしれないだろ!」
「それほど衝撃はないんですよねぇ??今そう言いましたよねぇ!!」
「何かあったら危ない!側に居なさい!」ギュッ
「イャア~~ッ中山さん!助けてぇ~~!!!」ゾワァ
「え、中山くん居たのかい?!」
「………いや、いつまで落ちてんのコレ?」
「「へ?」」
―――馬鹿二人が騒ぎ始めた為、逆に冷静になれたが、こんなに浮遊時間が長いのはおかしい。8階建てビルの6階からエレベーターに乗っている為、そこから地下ならものの数秒の筈である。
「確かに長い!い、胃液がせりあが…オェ」
「ど、どうなってるのぉ~」
「まるで空に投げ出されてるみたい」
「なんでそんなに冷静なんですかぁ~~」
「冷静じゃないけど、馬鹿が騒ぎ過ぎなのよ」
「中山くん!馬鹿とはなんだね、馬…オェ」
「息が臭いんでいちいち嗚咽しないでくれません?!」
一向に収まらない内臓の浮遊感と部長の胃液と加齢臭が混じって、古びた公衆便所よりたちの悪い臭いが狭い内部に広がり、混沌を生みだしている。皮肉なことに、自分の口臭を無効化できる課長が一番冷静であった。
「とりあえず暗くて敵わん!どうにかドアを抉じ開けよう!」
課長に言葉に、膝を付いたまま手探りで壁に触れて位置を確認した。乗ってすぐにボタンを押したのは私だから入り口に近いところには居るはず。想定どおり、ボタンのようなものに触れられたが反応はない。そのまま腕をずらしエレベーターの開閉部分の凹みに手を掛け抉じ開けようと試みる。
「課長、ドアはここです!」
壁をガンガンと叩いて誘導するとズリ…ズリ…と二人がにじり寄ってくる音がする。
「言ったのは私だが、抉じ開けても……ッ問題ないと……ッ思うかぁッ!?」
課長が参戦し、二人で力を込めて行くがドアは開かない。
「一分以上落ち続けてるのも問題ですよぉ~間に合うかなぁ合コン、アハハ?」
由美は正直戦力外だったが、呑気な笑い声に不思議と(?)手に篭る力が増した。
だがしかし、ギギギギと扉が軋む音だけで開く気配はない。指が痛くなった真由美は、怒りにまかせてドアを蹴り始める。
((ドガッ))
「……ッ!アンタもボーッとしてないで動きなよ!」
「は、はぁい!」
名指しでは無いが、自分に言われたと理解した由美も立ち上がってドア方向を蹴りあげる。
「痛ッ!ちょっと闇雲に蹴らないで!」
暗闇の為、課長に蹴りが当たったようだ。身をよじってなんとか避けた課長も、ドア蹴り隊に加わる。
(((ガンッ ガガンッ ドガッッ)))
((((ドガッ ドガガッ ガガガッ))))
三人はゼーゼー言いながら扉を全力で蹴っていた。一般人の体力の相場は分からないが三者ともほぼほぼ限界である。
しかしながら、猛攻を受けた扉がとうとう観念したのか、僅かに隙間が出来てそこから光りが差し込んでくる。
それを勝機と見た3人は、誰に合わせずとも息のあった動きで後ろへゆっくり下がり、ひと息分吸い込んだあとに思いっきり叫んだ。
「「「コレで終わりだァーーー!!!」」」
最後の力を振り絞った体当たりで漸く崩れたドアの向こうに三者の身体が投げ出される。
――――覚めるような青がどこまでも続く空間
そこが空だと理解したのは突風にさらされ、空気抵抗を全身に受けてからだった。
黄色い太陽のあまりの近さに目が眩み、急いで目を反らした眼下には
針のように尖った木々が密集した赤い大地が広がっていた――――――――
「「「うあぁああああああああっ!!!」」」
三話 終
[中山]真由美→アラフォー喪女
[ユミ]中山由美→短大新卒のゆるふわ系
[課長]須田正樹→某俳優と名前が似てるのを逆手にとり、キャバクラなどで会話の導入に使う策士。異世界では使えないネタなので、二度と名前は出てきません。