静かに死ねない森
俺はこんな処で影と組んずほぐれつする為に来た訳じゃないんだが。
そう、思い始めた頃にはもう、影は大分俺に懐いていた。
その性質から見てもこいつは夜の王では無く
その、何かだろう。
それを示す様に小さな奴らは遠巻きに見ているだけだし
俺らは、静かに進むことが出来ていた。
夜の森なんて 何もしなければ結構五月蝿いものだ。
面倒な奴等がウジャウジャ湧いて来るのを想像してゲンナリする。
それを思えばこの影も。
そう、思った時にはもう影は見えなく急に明るい場所に出た。
ん?影は?
居なくなるとそれはそれで寂しい。
しかしどうせ俺は死ぬ。
きっと向こうで逢えるだろうよ。
しかし何だここは。
この、明るさは。
月明かりだけで 白い舞台が照らされている。
ふんわりとした粉雪がまだ誰にも侵されていない
まるい 広場を覆う。
びっしりと粉雪が包む大きな木。
小さな広場を囲むその白い木々。
急にポッカリと現れたその場所に
「ああ ここだ」
と思う。
その、用意された舞台は俺の死場所に至極相応しいものに思えた。
暫くその舞台を侵す事を躊躇ったが
暫し眺めて堪能した後、一歩を踏み出した。
しかし、急に滅茶苦茶にしてやりたい衝動に駆られ
舞台を走り回り 転げ回り あらゆる粉雪を巻き上げ
急に電池の切れた俺はその場に寝転んだ。
月が デカい。
今日は満月か。
道理で。
ぐるりと舞台を取り囲む白い大きな木々の隙間。
そこから覗く 無数の眼。
動物 精霊 それ以外
何故か舞台には入れないらしい。
ここは満月の部屋か。
このまますっぽり、落ちてきて嵌まりそうだもんな?
ああ
このまま転がっていたら死ねそう
寒いが
美しく
気持ちのいい空間
誰も邪魔しない
獣達の視線は五月蝿いが
それ以外のものは静か
静観している。
俺が死んだら、喰う気か?
待っているのかも知れない。
そうだ。
飴を食べて焦らしてやろう。
少しばかりは 時間も稼げよう
冷たく 寒い
しかし美しい
この何も無い夜
黄金の満月 深いビロードの星空
ピンと張る空気 風の無い夜
綿のような粉雪に包まれた木々
粉雪のベッドが俺の体温で溶け 硬くなる
口の中は 甘い
このままオレも 硬くなる
口の中は 甘い
口の中が 甘い。
死んだか?
死んだのか?
死んでも口の中は甘いのか?
しかし流れ込む甘さを「もっと」と欲して
喉が動くのが判る。
「生きてる」のか?
しかし 甘くて柔らかいな。
うん。
…………………………………
また 甘い。
何だか腹の辺りが動く。腹が減っているのだろうか。という事はやはり?
「生きてる」のか?
そして甘く、柔らかい。
それは いい事だ。
……………………………………………
美味い。甘い。
何だこの甘美な味は。
止められないな………。
俺は甘いものは好きでは無いのだが。
これは
甘い。
一滴残らず 啜らねばならぬ。
……………………………
光が分かる。目は、開かない。
しかし 甘い。
次第に物足りなくなって来るのが、解る。
甘い 香り 甘い 匂い
腹が減った。
噛んではいけないのだろうか。
眠い。目は 開かない。
………………
おっ?
影が分かるぞ。
影がいる。森か。
しかし 寒くはない。
目は開かないが 目蓋をチラチラと過ぎる影が
俺を心配しているのが解る。
早く 甘いのをくれ。
まさか 影が甘いのか?!
それは止めてくれ。
もっと、なにか、こう、柔らかかったろう?
そう、ふんわり、いい匂い、甘い あの
あ、きたきた。
良かった きっと影じゃない。
いい匂い 甘く 俺の 甘い
もう終わりか?!足りないぞ!
うん?仕方ないのか
俺が回復してきたから そう沢山は 出来ないらしい
そうか なら 仕方ないのか
そうか
………………
「あ」
声が出た。
目は 開かない。このままずっと開かなかったら
嫌だな。
でも死ぬよりマシか。
いや、死にに来たよな?
ん?
どうなってんだ?
ここは、何処だ?
早く目を開けないと。
「大丈夫」
お前、影のくせに何が大丈夫だ。
ん?
影に助けられたのか??
しかしあの 俺の 甘い は?
来た来た。
いい匂い 甘い この
ちょ、待て少な過ぎんだろ!!
は?もうすぐ目が開くから?こんなもんだと?
じゃあ仕方ないのか………いや、でも
あの 甘い と 目とどちらが………
いや、目だろ。
とりあえず。
きっと 見えたらもっと 甘い