森へ
チラリと家を出る前に見た時計は3:40だった。
この時間ならまだ大丈夫。
すぐに暗くはならないだろう。
ポケットの中に一つだけ入っている飴玉を握りしめて
森へ向かう。
比較的ゆっくりだ。
急いではいけない。
何故だか、そんな気がした。
街の外れから森までは何も無い。
俺がいないことに気がつく奴はいないと思うが
一応足跡は消しながら歩く。
消すと言っても
少し足跡を乱して歩くだけでいい。
歩いた事、自体を消す事はできないからな。
まぁ それもあと1時間もすればすっかり見えなくなるだろう。
足跡を消して進むのは
もしかしたら俺の未練なのかも知れないな。
もしかしたら 誰かが足跡に気がつくかも知れないという、微かな。
それすら、きっと起こり得ないというのに。
さて。
これから死にに行くというのにやはり冬の精霊と雪の結晶虫だけは憂鬱だ。
昔から誰に言っても信じてもらえない、ヤツらの存在。
それもあって人間嫌いなのもあるかもしれない。
俺には昔からおかしなものが見える。
しかしおかしなものとの出会いは屡々世間にとっては厄介扱いされる原因となる。
子供の頃、あれだけ「本を読め」とか言って
童話を褒めそやしておいて
「見える」と言ったら手のひら返し
あいつらは童話に出て来る鬼か。
いやまぁそれはいい。
とりあえずこれから死ぬし。
ホラ、冬の精霊が待ち構えている。
もうここまで来る為に、大分体温を奪われた俺から無慈悲にも更に奪う気満々だよ。
いつも入り口で待ち構えているから、あいつは森の通行料を取り立てているのだと思う。
俺の足取りがゆっくりなもんだから
暴れてやがる。
もう少しお淑やかにしんなりと待っていてくれたら多目に払ってやるんだが。
(これから死ぬし。)
さあ
行くか
ほら。
ああ、冷たい。あまり奥まで取り立ててくれるな。
さて。
どちらへ行こうか。
どちらでもいいのだが。
然らば真っ直ぐ進もうか。
当ても無く
彷徨うのがいいだろう
とりあえず結晶虫がウザい。
今日はやたらと多いな。
そのまま、粉雪を踏み締めて進む。
出来るだけ、奥へ、奥へと。
少しずつ迫る夜の気配、支配者の変更が知れる。
しかし俺の知ったことでは無い。
夜の王に見つかろうとも今日は余裕。
だってこれから死ぬのだから。
実はこれ、最強なのではないか。
黒い影が過ぎる。
あれか?
しかし俺には用は無い。
無視だ、無視。
そのまま進む。
何度目かの影で漸く きちんと姿を見せた影。
恐れもしなく、立ち止まりもしない俺が気に入らなかったのか行手を塞ぎ、立ち止まっている。
面倒くさい。
本能的にそう思った俺は踵を返す。
俺は誰にも会いたく無いのだ。
勿論、人以外にも。
あの甘い…………いや。忘れろ。
「どこへ いく」
いつの間にか並んで隣を歩く影。
長くて、大きく、遠い。
何処に口があるのか、上の方ならよくもここまでよく声が聞こえるものだと感心して
見上げるが影は影だ。
決して 上には見えない。
しかし長く延びるその影を傍らに、そのまま進む。
返事はしない。
だって
何処へ向かっている訳でも無いんだ。
答えない俺がつまらないのか、影は少し彷徨き始めた。
影が度々重なる事が、感覚はないが視認できる。
何だか気持ち悪くてツイと避けるが
奴は遊んでいると勘違いしたのか余計に絡む。
影と絡まったり
解けたりしながら
俺達の道中は進んで行った。