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エクリプスの迷宮(クソゲー)  作者: 日月月明日日月
第一章
8/250

第7話    ~装備品と猫~



「さ、着いたよ着いたよ。

 ここが冒険者向きの装備品を売ってくれる場所だよ」

「わぁでっかい。

 何これ、デパートなの?」


 まずはとヒカリがアキトを連れてきたのは、武器と防具を売るお店。

 これが、アキトの想像したものとはちょっと違う。

 異世界、あるいはゲームの世界、最初の武器屋というのはカウンター越しに店主と話す、小さな一軒家を想像していたというのがアキトの本音である。


 とにかく大きい。石造りなので、周囲との景観にはミスマッチしていないが。

 "ライオスじるしの武具屋"と書かれた看板を脇に、解放された大きな門をくぐっていく前から、その建物は見上げられるほど大きかった。

 外観どおりに店内も広く、武器と防具が末広がりに、これでもかというほど並べられている。

 入店して間もなく、きょろきょろっと魂の頭部分を動かして見回すアキトは、ヒカリにもわかるぐらいテンションが上がっていた。

 

「ね、ね、なんかワクワクしちゃうでしょ。

 ファンタジー感満点、品揃えもずらーり、それも実物」

「いやー、凄いなぁ、すんげぇワクワクする。

 通販サイトレベルで揃えられた色んな武器防具、しかも画像じゃなくって実物展示。

 テンション上がる~」


「いろいろ見て回りたいと思うけど、先に案内したい所があるんだ。

 ついて来て、ついて来て」


 アキトのはしゃぎっぷりにはヒカリも共感しつつ、ヒカリは店の奥へとアキトをリードしていく歩きを見せる。

 ついていく中でもアキトはきょろきょろし、展示された武器防具を眺めずにはいられない。立体感ある実物の武器防具は、見ているだけで楽しいのだ。

 ちょっと田舎者臭い挙動ではあるが、どうやらアキトはそうだと思われようが開き直っている様子。

 どうせ誰にも顔も覚えられない、魂もちもちボディである。今は楽しまないと。


「いらっしゃいませニャ。

 えーと、ヒカリさんでしたかニャ」

「わ、覚えてくれてる。なんか嬉しい」

「一度買い物されたお客さんの顔は、私み~んな覚えてますニャ」


 間もなくヒカリとアキトが辿り着いたのは、店奥のサービスカウンターめいた場所である。

 そこでヒカリを迎えたのは、ちんちくりんの人型ネコさんだ。

 猫人種(ワーキャット)とでも言えば恰好のつく種族名を冠せそうだが、生憎この店員さん、そう言えるほど人型でもない。


 肉球つきの手足があるのは確かだが、とにかく短足、短い腕。

 顔はネコだが、大きな頭は猫のぬいぐるみのようで丸っこく、目も生々しい猫のそれじゃなく絵で描いたような可愛らしく大きなもの。

 四頭身の全容にして、背丈もヒカリの腰元辺りまでしかない。

 そんなネコ店員が、お客様に合わせた高さのカウンターで接客出来るはずもなく、踏み台に乗ってカウンター向こうから胸と顔を出しているのだ。

 有り体に言って、デフォルメして作られたネコ人間のぬいぐるみが、そのまま動き出したような風体である。


「そちらの方は、この世界に来られたばかりの人ですニャ?

 ニケさんどうしましたニャ?」

「ほんとはニケさんが案内するつもりだったみたいだけど、私が案内役を代わりにやってるんです。

 召喚されてきた世界が同じみたいだったみたいで」

「なるほど、同郷の出会いあってってことですニャ。

 ニケさんが好みそうな趣向ですニャ」


 前掛けをした白毛のネコ店員は、接客慣れした口でヒカリと談笑する。

 本来ならば、この世界へと召喚されてきた者をこの店へ案内するのも、ニケが果たしてきた役目というのが通例だ。

 今回ヒカリが魂状態のアキトを連れ、案内役をしているのは特殊である。それを話題にしたやりとりだ。


「当店へようこそ、はじめましてニャ。

 "ライオスじるしの武具屋"の店主、"ブグネコ"と申しますニャ」

「あ、えーと……はじめまして。

 日下明人、っていいます」


「クサカ様ですニャ?

 それとも、アキト様?」

「アキトでいいですよ。そっちが名前なので」

「かしこまりましたニャ。

 それでは、アキト様と呼ばせて頂きますニャ」


 店員さんの名は"武具猫(ブグネコ)"。わかりやすい。

 ぺこりと頭を下げたブグネコに、アキトもぺこりと魂頭を下げて御挨拶。お二方とも人外姿ながら、挨拶に種族の壁は無し。対話ある世界に礼儀は不滅である。


「当店では、この世界へ召喚されてきたお客様に提供する、多種多様な武器や防具を取り揃えておりますニャ。

 この世界に来られたばかりの方は、ここで装備品をご購入頂き、そのあと某所に行って頂いて、皆様本来の肉体を再現させて頂く運びになりますニャ。

 つまり、お客様がここでご購入頂く最初の装備品が、この世界で最初にお客様が身に纏うお召し物になりますニャ。

 さっそくアキト様を武具売り場に案内しますので、ついてきて下さいニャ」


 ブグネコはぴょいんとカウンターを跳び越えて、アキト達の方へと着地した。

 こっちですニャ、と、てちてち小走りで店内を進み始めたブグネコは、歩幅が小さいせいもあり、ヒカリが普通に歩く速さでついていって丁度いい進行速度。


「アキト君アキト君、武器と防具選びだよ。

 最初の装備品、愛着も沸きやすいと思うからしっかり決めようね!」

「なんでヒカリがそんな気合入ってんの」

「えー、着るもの選ぶのってそれだけでわくわくしない?」


 この辺りは、男の子と女の子で、高揚感の所以の真が割れるところである。

 ヒカリのような女の子は、着るものを選ぶだけでも存分に楽しめる。最悪何も買わない仮定でも、おしゃれな服が並ぶ店では、眺めているだけでも楽しめる、

 それほど着るものに拘ってこなかった男の子であるアキトには、そこまでヒカリの言葉に共感することは難しいのだけれど。


「いや、わくわくしてるよ。

 最初の装備品選び」

「だよね♪」


 今のアキトにとって、この世界で最初に身に纏う装備品を選ぶというのは、いわば自分自身そのものによるアバタークリエイトのようなもの。

 理想の装備品を見つけて、幸先よくこの世界で地に足を着けたいとは思う。

 やはりゲームやファンタジー好きな現代っ子の一人、それらしい装備との出会いは待ち遠しく、わくわくするという想いはある。


 女の子としてのヒカリの感性と、男の子としてのアキトの感性、これから出会う装備品に対するわくわく感というのは、本質的な意味では少し異なる。

 それが似たような高揚感を共感し合えるのも、非日常世界へと招かれた者同士、自然と似通い楽しみ合える醍醐味というやつである。






「ここで装備品をご購入頂いた後、アキト様には"猫神(ねこがみ)神社"という所に向かっていく運びとなりますニャ。

 そこでアキト様は、今の魂だけの姿ではなく、本来の姿をこの世界で顕現して頂くことになりますニャ」

「ああ、そうなんだ。

 いつまでこの魂ボディなんだろって思ってました」

「霊魂というものは、その人の健全なる肉体の全容を、常に記憶しているものとされていますニャ。

 猫神神社の神秘的な力にかかれば、その人の本来の姿を、魂が記憶する本来の全容に基づいて、この世界に顕現することも容易ということですニャ」


 案内先への道すがら、会話繋ぎついでにブグネコがアキトに今後の流れを説明してくれる。

 魂が肉体の全容を記憶しているだとか、神社の神秘的な力だとか、ファンタジックな響きに新鮮さを覚えつつ、あまりアキトは突っ込まない。

 ここは彼にとって異世界である。ファンタジーな理屈もあるんだろうな、と割り切って聞いている風である。


 その道すがら、ちょくちょくアキトの目につくのは、三毛猫模様の二頭身ぬいぐるみネコが、店員らしい足運びで店内をうろついていること。

 陳列されている商品の埃を払ったり、お客様のご案内をしていたり、そんなちんちくりんの猫が山ほどいる。

 この世界では、ブグネコのような頭身の小さな二足歩行ネコが、あんな風にありふれてるんだろうか? なんてアキトも考えてしまう。


「そうしてこの世界に肉体を顕現される皆様ですが、霊魂が記憶しているのはあくまで肉体だけですニャ。

 要するに、衣服なんかは再現されませんし、素っ裸でこの世界に身を顕すことになりますニャ。

 ですから猫神神社に向かわれる前に、皆様には装備品、もとい衣服を、ここで選んで頂く運びと決まっているのですニャ」

「あー、なるほど。

 装備品ゼロっていうのは、やっぱり要は全裸なんだ」


「ちんちん丸出しでこの世界をウロウロされても、やっぱりそんなのこちらの世界でも迷惑行為ですニャ。

 わいせつ物陳列行為は、きっちりこの街でも重罪ですニャ。

 素っ裸でこの世界に顕現させられて、それが理由でお縄となっては、召喚されてきた方々も理不尽な仕打ちにプンスカだと思いますニャ」

「キレる、取調室で全力でキレる」

「そんなわけですから、この世界へ召喚されてきた皆様へ最初に提供する武器防具、兼お召し物に限っては、無料で提供させて頂いておりますニャ。

 タダという響きは少し勘繰りたくなるかもしれませんが、それはこちらの世界の都合にも合致したことですニャ。

 どうぞお気兼ねなく、自分好みの装備品を探して下さいニャ」


 そうしてブグネコがアキト達を案内するのは、デパートめいた店内の四階だ。

 この建物は五階建て。一階はその日替わりの装備品を並べる、毎日来ても楽しめるフロア。

 二階と三階が女性向け装備品売り場で、四階と五階が男性向け装備品売り場である。

 やはり女性の来客率が高いのが、衣服を扱う店の常。階段を多く使わず至れる低階層に女性を優遇しているのは、別に男女差別ではない。商売人かくあるべし。


「この四階が武器売り場ですニャ。

 魂の状態で、展示されている武器に触れて頂ければ、その武器を持ったお客様の姿がイメージされるようになっていますニャ。

 ついてご案内しますので、触れて"試着"しながらお好みの武器を見つけて下さいニャ」

「試着……?

 じゃあ、例えばこれに触れたら……わっ?」


 ブグネコの言うとおり、近場にあったロングソードに、アキトは魂のみの体で触れに行く。

 触れると間もなく、彼の脳裏には、本来の人の姿でそのロングソードを両手で持つ姿が思い浮かぶ。

 想像できた、というよりも妙に鮮明な、脳裏に映像が自然と浮かび、それを俯瞰的に眺めたイメージが自ずと生じているのだ。

 武器や防具を装備して鏡を見るイメージに勝り、装備した自らを客観的に見た姿が見られるのは、この店特有の特殊な魔力と演出によるものである。


「そんな感じで、自分に合うものを探して頂きたいですニャ。

 せっかくタダで手に入る装備品、自分好みのものをバチッと決めて、悔いないようにして貰いたいですニャ。

 何時間かかっても付き合いますので、どうぞごゆっくり選別して下さいニャ」

「頑張ってね、アキト君!

 目移りするよっ、なかなか決められないよっ!」

「ニャふふ。

 ヒカリさんも、なかなか時間をかけて選んでおられましたニャ」


 ブグネコが案内役を果たしているので、何も口を挟む必要がなかったヒカリだが、ここぞとばかりにコメントを挟んできた。

 時間かけて悩んでいいよ、と。自分もそうだったから、と。

 確かにフロアに末広がりの装備品の数々、無料で自分の一番を選べと言われた時、悩む気持ちはアキトにも理解できた気がした。


「えーと、それじゃ……

 剣はどこで扱ってますか?」

「はいはい、それではご案内致しますニャ」


 さぞ時間がかかってしまいそうな予感を得つつ、アキトは自分が一番好みな武器種を挙げ、ブグネコに案内を求めていた。

 斧や刀、槍や弓など、色んな武器種を知っているはずのアキトである。

 まずは王道所を、という手始めにスタートし、ここから長いアキトの武器選びが始まる。


 何せ剣ばかりを扱ったコーナーにおいても、デザイン様々、いろんな剣が並べられているのである。

 刃の部分が波型のフランベルジュ、鎌型の刃を持つケペシュ、へぇこの海賊が持ってそうな形の剣はシミターっていうんだ、などなどなど。

 創作物好みなアキトでも、たまたま出会ってこなかった武器というのはあるもので、品揃えの多岐たるこの武器売り場は見ているだけで楽しい。

 当のシミターに触れてみて、あぁでもこんな海賊じみた武器が欲しいんじゃないと、わかっていながらも装備した自分の像を確かめてしまう姿はその表れだ。

 デザインも様々。ただの剣とて、剣身が赤でグラデーション気味に刃がオレンジに光る剣は、まさしく燃え立つ炎属性の剣を想像させる。

 人によっては、このデザインに惹かれるという人もいるだろう。いちいち品揃えのいい武具屋である。


「……よしっ。

 それじゃあ、この剣にします」

「無料の一品選択、悔いはありませんニャ?」

「大丈夫です。

 これが一番気に入ったので」

「ニャふふ、それでは防具選びに参りましょうニャ」


 剣に、槍に、斧に、刀に、様々な武器を触れて歩いて迷って時間をかけ、ようやくという形でアキトは一振りの剣を選んだ。

 さほど弓や銃といった飛び道具や、杖や拳に装備する武具といったものは、試着こそすれすぐ離れていたアキト。

 彼は白兵戦向けの武器を選ぶ、オーソドックスに近接戦闘をこなせる自分を目指していきたいタイプのようだ。


 その後、アキトはブグネコに導かれるまま、五階の男性向け防具売り場に向かうことになる。

 ここも幅広い品揃えで、武器選びと同じくアキトは目移りに苛まれることに。

 時間をかけて選びたくなってしまう自分がいて、付き合わせちゃってごめんと時々ヒカリを見る場面も生じ、しかしヒカリは気にしていない顔で笑うだけ。

 ヒカリだって、ニケに連れられてここに来た時、同じように時間をかけて装備品を選んだ女の子である。アキトの気持ちは十二分以上にわかる。


「――じゃあ、ブグネコさん。

 俺はこの防具にします」

「かしこまりましたニャ。

 アキト様の最初の武器と防具、このセットでいいですかニャ?」

「はい」


「それでは、一階に戻りますニャ。

 お手数かけますが、ついてきて下さいニャ」


 今はまだ魂状態のアキトながら、本来の姿に身に付ける装備品を、試着(プレビュー)込みでよく見定めた上で武器と防具を選んだ。

 ブグネコに案内されるまま、再び一階のサービスカウンターへ。

 辿り着いたらブグネコは、カウンターの上によちよちとよじ登り、くるっとアキトに向き合う。


「アキト様、"インデックス"を出して下さいますかニャ?」


「インデックス……えぇと……」

「アキト君、ステータス画面みたいなやつだよ。

 インデックス出てこい、って感じで念じたら出てくるよ」


 インデックスというものにまだ馴染みのないアキトだが、ニケが果たすべき助言を代わってヒカリが果たせている。

 おかげでアキトも、あぁそうかとばかりにインデックスを出現させられる。

 長時間、アキトが装備品を選ぶ時間の大半を静観していたヒカリだが、ちゃんとやるべきことはやれている。


 アキトが表示させたインデックス、ステータス画面めいた半透明のそれを、ブグネコは肉球つきの掌でぽんと押した。

 これで、ブグネコの本業は終了である。これで、終わっている。


「これでアキト様のインデックスには、今の装備品が登録されましたニャ。

 あとは猫神神社に行って頂ければ、装備品を身に纏った状態でお身体をこの世界に顕現させられますニャ」

「そうなんだ……?

 ありがとうございます、なんか色々お世話になりました」

「いえいえ、お力になれたようで何よりですニャ」


 単なる愛想でなく、明るい笑顔を向けてくれるブグネコの表情は、対するアキトも気持ちがよかった。

 自分が一仕事終えたことでまた一歩、新客アキトがこの世界を楽しむことに踏み出しつつあることを、心から喜んでくれているとわかる笑顔だ。

 デフォルメ気味に作られたぬいぐるみが動いているような、そんなブグネコの笑顔とて、ここまで良心に満ちたものだと見て感じられれば心地良い。


「行こ行こっ、アキト君!

 次は猫神神社だよ!」


 ずっと発言を控えていたヒカリは、我慢を堪えていたのをここで発散させたかのように、アキトに呼びかけ歩きだしていた。

 やっぱり今のような魂だけの姿のアキトじゃなく、元の姿でこの世界に顕現したアキトと、顔を合わせて話す時が待ち遠しく感じているのである。

 ヒカリも召喚されてこの世界に来た身。同郷かつ同い年の誰かと、間もなく等身大で会話できると思ったら、早く早くという想いは沸いてしまうのだ。


 なんだか楽しそうな足取りで、自分を振り返りながら前に進みゆくヒカリを追って、アキトも心躍る想いでヒカリについていくのみだった。

 次なる目的地は、アキトをこの地に踏みしめさせてくれる場所。

 ややこのふわふわした魂だけでの浮遊に慣れつつあるアキトとて、自分の足で異世界を歩み始められる出発点へ向かう動きは、揚々としたものに違いなかった。

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