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エクリプスの迷宮(クソゲー)  作者: 日月月明日日月
第一章
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第6話    ~ヒカリ~



(このお店、居酒屋ですよね?

 夕方ぐらいに開店する感じですか?)

「そうじゃな。

 昼は掃除でもしながらのんびり過ごしとるよ。

 こうして知り合いを呼んで、お喋りすることもしばしば」

(ニケさん()みたいなものなんですね)

「実際、店の奥はわしの私生活空間じゃしな」


 開店時間には程遠い日中、二人だけの居酒屋でニケとアキトがカウンターを挟んでお喋りしている。

 ニケの居酒屋は、奥の私室や寝室と一体の造りであるため、開店前の居酒屋空間は、ニケにとって応接間のようなものでもある。

 接客時の立ち位置の癖が抜けないのか、雑談調子の今でもニケはカウンター側、女将ポジションに立っているが。


「西洋風を思わせる街の造りの中にあって、和風造りのこの店は目立つじゃろ。

 これも一応意図的に、浮いてわかりやすいものにしておるつもりじゃ。

 一応ここは、召喚されてきた方々にとっての、重要施設と銘打っておるでな」

(案内役のニケさんがいるからですか?)

「うむ。

 新しい世界に来たばかりの皆々様、いかにイレットやわしが多くを説明しても、一度でこの世界のすべてを語りきることは難しい。

 後日になれば新しく疑問が出てくることもあるじゃろうし、今日聞いたことの一部を忘れることもあるじゃろう。そなたも例外ではないと思う。

 そうした時は、またわしのもとへ来てくれればよい。いつでも対応する。

 露骨に浮いて目立つ造りなのは、街の造りに明るくなくても、見つけやすく来やすくするための配慮だと思ってくれてよい」


 明確に掟で決まっているわけではないが、ニケの居酒屋のような和風の飲食店は、この街ヴィルソールに限って言えば他に無い。

 この街の外へ行けば無いこともないのだが、少なくともこの街の住人は、ニケという人物の立場と仕事を鑑みて、空気を読んでくれている。

 根本的な話、競合しても旨味が薄いという都合もあるのだが。


「そんなわけで、わしは大概ここにおるからの。

 この世界のことについて尋ねたい時は勿論、遊びにきてくれるのも自由。

 いつでも好きな時に来てくれてよいからの」

(どういう時間帯だったらニケさんとお喋りしやすいですか?

 ニケさんだって寝てる時間あるでしょうし、お客さんが多い時間帯だったらこんなふうにじっくり話せないかもしれないし)

「しっかりしとるな、そなたは。

 ゲームの世界じゃギルドの受付や酒場の店主など、何時に行っても店番が起きとるものなんじゃがの。

 いつ寝とんねん、っていう気分で来てくれて構わんのよ?」


 しばしばニケは、積極的にアキトが元いた世界の言葉を自分から使う。

 親しみやすさを出すための言葉の使い方というより、アキトの住んでいた世界の文化が、そもそも彼女は好きなのかもしれない。

 仮にこの世界に、アキトの世界にあったゲームなどが寄越されてきたら、暇な時間を余しやすいニケはけっこう嵌まりそうである。


「ん~……まあ、そうじゃな。

 先駆けて説明しておこうか。どうせいつかは言うことじゃし。

 とりあえず、わしの睡眠時間などは気にしてくれなくてよいぞ。

 適当に上手い具合に、そういう時間は作っとるから。

 それで何年もやってきとるし、そこはわしが上手にやるからの」

(そうなんですか?

 まあ、ニケさんがそう言うなら……)


「いっこだけ忠告しておくぞ。

 この店は、エクリプスの使者である"案内者"の構える拠点として、絶対に潰れない飲食店として成立しておる。

 売り上げがあろうが無かろうが、この世界の都合上、無くせんからの」

(あ、そっか。なんかズルい)

「だから意図的に、この店で出す料理や酒の価格は、かなり高めに設定してある。その上で、別段高級なものを出すことも出来ん。

 絶対に潰れない店が、周りの店と価格競争するわけにはいかんからな。

 人も雇わん、店員はわし一人、接客はそれで出来る限りが限界、出す酒や料理も平凡、その上でやたら高値という、古びれた理不尽高級居酒屋じゃ。

 開店時間に来てくれるなら接客するが、釣り合わん財布へのダメージは覚悟して貰うことになるじゃろうな」


 要は店が開いてる時間に雑談しに来たとしても、余計なお金がかかるからお勧めしないということ。

 しかし、そういう体系を取らないと、周囲の飲食店の客を奪い得て摩擦が生じる可能性があるから、そうせざるを得ないという話である。


「だから案内者としてのわしと話をしに来るのは、営業時間外がお勧めじゃ。

 ただしその場合、料理や飲み物は出してやれんと思ってくれ。

 これも、タダ飯を振る舞うような潰れん店があれば、周りの飲食店に迷惑がかかるという事情に由来する。

 お金に困った方々が、タダ飯目当てで来ることが恒常化したら、潰れん飲食店が他の店の客まで取ってしまっとることになるからのう。

 けち臭いことを言うようじゃが、それも習わしじゃ。ご了承頂きたい」

(わかりました、覚えておきます)


 この世界でわからないことがあれば、ニケにいつでも聞きに来ていい。

 それは開店前の時間、朝から夕前にかけてがお勧め。

 ただし居酒屋的環境に期待した飲食は望めないという断りつき。

 これが、ニケの店のルールである。アキトも理解してくれたようだ。


「とまあ、この店に関して説明すべきなのはそれぐらいかな。

 そろそろ、次の案内に戻ろうか?

 まだエクリプスの迷宮についてしか説明しておらぬし、今度は街の案内を……」


「こんにちは~?

 ニケさん、いらっしゃるんですか~?」


「おっ?

 子猫が来た」


 話半ばのニケを遮る、玄関先から聞こえた声。

 控えめの呼びかけたような声にアキトが振り向くと、からからっと風情良い程度の音と共に、居酒屋の玄関戸が開けられた。

 そこからひょこっと、ちょうど十八歳のアキトと同い年ぐらいの女の子が、上半身だけを店内に覗き入れている。


「おう、"ヒカリ"。

 こんな時間にどうした」

「へへ~、今日やっと第5界層まで……

 あれ、もしかして新しくこの世界に来た人ですか?」

「おぉ、そうとも。

 こちらがエクリプスに新しく招かれた客人じゃ。

 恐らくそなたと同郷ではないかな」

「へぇ、そうなんだ」


 ニケに"ヒカリ"と呼ばれたホットパンツの彼女は、黒いブーツで膝下まで包まれた細い脚で、少し早足になってカウンターに近付いてくる。

 控えめな胸の形にフィットした藍の胸当てを纏い、肘のそばまでの蒼い長手袋が、パンツやブーツと合わせて彼女の肌を隠す衣服の全て。

 鎖骨や肩、へそ周りや膝下までの肌を露出した格好は、ちょっと外を歩くにははしたないのでは……なんて第一印象をアキトが抱いているかもしれない。


 腰に下げたナイフ収めの鞘と、長い茶髪を纏めたポニーテールを揺らしてニケの前まで来たヒカリは、アキトの隣の席に座った。

 ニケに同郷かもしれないと言われたアキトを、魂だけの姿の彼を見るヒカリだが、ちょっとアキトはそわそわするように尻尾を震わせている。

 少し露出が多いこと以上に、垢抜けなさの残るヒカリの顔立ちが可愛らしいこともあり、アキトもいきなり間近で見ると緊張してしまっているのだろうか。


「アキトどの。ちょっとすまん」

(え……んががっ?)


 不意にニケがカウンターの向こうから手を伸ばし、魂状態のアキトの頭を持って引き寄せる。

 続いて爪先で、アキトの魂に切れ目を作るかのようになぞったら、そこに両手を突っ込んでぐいっと上下に開く。

 のっぺらぼう状態だったアキトのもちもちボディに、ぐぱぁと口みたいなものを作った作業である。見た目はかなりの力技。


「わしやイレットは霊魂状態の方々の思念も聞き取れるが、ヒカリはそうはいかんからな。

 これでアキトどのも、ヒカリに聞こえるよう声を発せるぞ。試しに声を出してみ?」

「あー、あー、喋れる喋れる……あっ、ホントだ声出てる」


「この人、アキトさんって言うんだ。男の人ですか?」

「18歳と言うておったぞ。

 そなたと同い年だったのではないかな」

「そっか。

 じゃ、普通に話してもいいかな」


(あ、あれ……? 男だってわかってもらえてない?

 俺いま喋ったのに……)

「そなた、ちょっと声高いから」


 ヒカリはニケの方に体を向けていた状態から、椅子と体ごとアキトの方に向き直る。

 改めてヒカリを見れるアキトも、確かに同郷の日本人かつ、高校生上がりの年頃の女の子だと思った。

 ニケような、年上らしい大人びた美人顔じゃなく、なんだか子供っぽさを残した可愛らしさの方が目立つ顔立ちである。


「はじめまして。

 私、"月城(つきしろ) 陽里(ひかり)"。

 生まれも育ちも日本の地球人だよ、って自己紹介したらいいのかな?」


「あー、えーと……俺もそうだよ。

 名前は、その、日下 明人」


「アキト君か、よろしくね。

 私も一週間前、この世界に召喚されてきたんだ。

 ヒカリ、って気軽に呼んでね? 昔からみんなにそう呼ばれてきたから、それ以外の呼び方だと反応できないかも」


 自分も同郷と含んで名乗ったアキトの返答に、ヒカリは嬉しそうに笑っていた。

 自己紹介をする表情は、異世界で同じ生まれの誰かに出会えた喜びを滲み出しているかのよう。

 見知らぬ世界に来て間もない彼女にとって、こんなに早く同じ世界で生まれ育った誰かに出会えたのは、少しうきうきするぐらい嬉しいことだったのだろう。


 無邪気な笑顔を浮かべて喜ぶヒカリとは対照的に、魂だけの姿ながら、アキトはなんだかそわそわするように、口をもにょもにょさせていた。

 やはり緊張している。傍目のニケに限らずとも、誰でも見ればわかるはず。

 席を隣にした近い距離、真正面から向き合う形、まして可愛らしいお顔のヒカリが肌を多く見せた姿が、初対面にして目の前なのだ。

 健全な18歳の男子にとって、目に良すぎて落ち着かぬであろう眺めなのは確かである。











「なんだかゲームみたいな世界だよね。

 私も最初はエクリプスの迷宮とかホムンクルスとか怖かったけど、今は慣れてきて楽しく挑めてるよ」

「ヒカリもゲームするんだ?」

「ゲーム好きな友達がいたし、けっこう紹介して貰ったりしてたよ。

 アプリで落とせばいくらでも無料で出来たしね」


 ニケが見守る前、しばらくアキトはヒカリとお喋りしていた。

 はじめは緊張がちだったアキトだが、気さくに話しかけてくれるヒカリの語り口には、やがてアキトも緊張がほぐれて、よく話せるようになっている。

 元より同い年の二人だ。敬語も要らず、()()の言葉遣いで気楽に話し合える間柄である。

 一度話しやすい流れに乗ってしまえば、お互い同郷の誰かに異世界で会えた楽しさが前提にあって、何でもないような話でも弾んでしまう。


「ダンジョン挑戦、楽しい?

 ホムンクルスと戦ったらケガもしそうだし、楽しいばかりじゃなさそうだけど」

「あはは、そういうとこはあるね。私も痛いのは嫌だよ?

 でもゲームじゃなくて現実なんだから、それぐらいはあるよね、って割り切ったら、そこ以外は結構楽しめることも多いしさ。

 "防具"のおかげで、体に残るような傷を負うこともないし」


 ニケは何も言わず、黙って二人を微笑ましく見守っている。

 邪魔せず若者同士の談笑を眺めているだけで楽しい、という彼女のスタンスを、たまにそちらを見るアキトも感じ取っているだろう。


「ヒカリが装備してるその防具は、やっぱりこっちの世界で貰ったもの?」

「うん、なんかファンタジー感あっていいでしょ」

「ま、まあ、そうだなぁとは思うけど、ちょっと肌が出すぎなんじゃないの」

「えー、非日常感あって楽しいよ?

 元の世界でこんなの着て歩くとか、自分も周りもなかったことだしさ。

 それともなに、私の体をえっちな目で見てる?」


「……いや、別に」

「あんまりじろじろ~っと見るのはやめてね?

 そういう目線をまじまじ向けられたら、私も恥ずかしくなってきちゃうから」

「自分でそんな恰好しておきながら」

「自分で選んだ服装だし、そこまで文句は言わないけど、なんかあるじゃんそういうの。

 じ~ろじ~ろやらしい見られると、流石にそれはちょっと的な。無い?」


 ある。理不尽ではない。

 何事にも程度というのはあるもので、あんまりジロジロ眺め過ぎてたら、客観的にはスケベというやつ。

 異性の肌に美と芸術を感じるのは、人類共通の本能だ。それはそうだし罪ではない。あとは適度な自制心を。


「まだ身体貰ってないみたいだし、もしかしてこの世界に来てほんとに間もない感じ?」

「うん。

 一応ニケさんに、エクリプスの迷宮の案内はして貰ったけど」

「そっかそっか、じゃあ次は武具を扱ってるお店に案内して貰う感じじゃないかな。

 私の時もそうだったし。ね、ニケさん」


「ふむ、まあそうなんじゃが……

 のう、ヒカリ。せっかくじゃから、そなたがアキトどのを案内してやらぬか?

 同郷の間柄にして、こちらの世界に来た日も近いそなた達じゃ。

 良い友人同士になれる縁があるのかもしれぬ」


 ヒカリに話しかけられたニケが、二人には予想外の方向に話の舵を切る。

 ちょっと驚いてニケの方を向くアキトだが、ヒカリも同じ動きである。


「あ、いいかもいいかも。

 アキト君がそれでいいって言ってくれるなら、私が案内してあげたいな」

「いいの?

 ヒカリも他に予定あったりしない?」

「私も今日は特に予定なかったし、後で迷宮に行こうかなって思ってただけだしね。

 アキト君が、案内役はどうしてもニケさんがいいとか言い出さないなら、私が案内してあげたいな~」

「そんなこと言わないけど……」

「言ってもいいよ、私だってニケさんのこと好きだもん。

 ニケさんにナビして貰ってた時、ほんと頼もしかったしさ」


「わしもむす……妹が出来たようで、ヒカリのことは可愛いと思っておるぞ」

「ニケさん今、娘って言いそうにならなかった?」

()うとらん。

 そなたの母親だったらわし何歳じゃ、そんなに年食うておらんわ」

「でもニケさん、お婆ちゃんみたいな話し方だし。

 若作りだけど実は何歳なのかな~、とかは考えてる」

「あん?

 年上にトシ訊く無礼、若いからって許されると思うなよ」

「ひゃん冷たいっ!

 やめてやめてっ、私が悪かったですっ!」


 軽口利いてきたヒカリに対し、ニケは手洗い場で手を濡らし、指先をぴしぱし弾いてヒカリに水をかける。

 肌の露出が多いヒカリに、冷たい水の粒をぴすぴすひっかけるのは、まあまあ冷たくて効くようだ。


 それにしてもヒカリの、やめてと言いつつ楽しそうなこと楽しそうなこと。

 要は出会って一週間しか経っていないニケに、こんなことされても楽しいぐらい、すっかりべったり懐いている。

 ニケは優しいから、相手の性格次第では懐かれやすいタイプには違いないが、それにしたってヒカリの人懐っこさが出ていると見ていい姿である。


「では、ヒカリに案内役を任せることにしよう。

 ヒカリ、念のために手順を伝えておくぞ。

 まずは武具屋、その次は猫神神社じゃ。

 日が暮れておらんかったら、わしの所に帰ってきてもよいが、夕方に差し掛かっておったら宿に向かえ。

 だいたいそうなると思う。そなたの時もそうだったじゃろ?」

「はいはいっ、わかりました!」


「ではアキトどの、ヒカリのナビゲートのもと、この世界の街を歩いてきてくれ。

 流れ次第ではあるが、今日か明日には必ずわしの所に戻ってきて欲しい。

 その後のことは、またそこで説明したいからの」

「わかりました」

「行こ行こ、アキト君!

 ガイド役、任せられたからね! 私、張り切ってるよ!」


 元気いっぱいに立ち上がり、快活な笑顔で語りかけてくれるヒカリを前に、アキトも席から立つ、もとい浮く。

 気をつけてな、と手を振ってくれるニケに二人で振り返り、行ってきますと笑顔で応じた二人が店から出発する。


 きっと、仲良くなっていける二人だとニケには思えた。

 どんな世界で過ごしていくにせよ、親しみ合える誰かがそばにいることは、必ずその人が気付ける以上にその人を幸せにしてくれる。

 そんな二人が出会い、旅立つ姿を見送るニケは、かつて自分が出会えた誰かとの幸福に重ね合わせるかのように、二人を微笑ましく見送っていた。

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