第46話 ~素材を用いた装備品の強化~
「お~、裏迷宮から素材を持ってきたのか。
まずは第10界層の試練のクリア、おめっとうさんニャ」
あの第5界層から逃げるように街に帰ったアキトとヒカリは、カジネコの構える鍛冶屋を訪れていた。
持って帰ってきたこの素材をどのように使えばいいのか、その話から入ろうとしていた二人だが、まずブグネコが向けてくれた言葉は祝福である。
昨日もたくさんニケから向けられた言葉には違いないが、やはり改めてこう祝って貰えると嬉しいものだ。
「ニャふふ、そんなことよりさっそく持って帰って来た素材を使いたいかニャ?
よし、まずは二人ともダークグリモワールを寄越すニャ」
思わぬ祝福に驚いて、ありがとうございますの言葉がすぐには出てこなかった二人だが、先んじてカジネコは本題に入ってくれる。
あと一秒カジネコの言葉が遅ければ、礼の言葉も出ていたのだが。
同時に、"今"二人の胸を躍らせているであろう方の話題に素早く移るのも、カジネコなりの話の流れの作り方と言えよう。
「……えへへっ、ありがとうございますっ」
「ニャはは、やめろやめろ。
礼を言われるほどのこっちゃねえよ」
「いや、なんかホント嬉しいですよ。
こんなところで急にそう言って貰えるとは思えなかったから、余計に。
ありがとうございます、カジネコさん」
ダークグリモワールを差し出す中、祝福してくれたことに改めて嬉しそうにお礼を言うヒカリに、カジネコはちょっと照れ臭そう。
あんまりお礼を言わせるのもどうかと思って、次の話題に早く移った側面もあるのかもしれない。
ヒカリがちゃんとしている姿を見て、アキトもカジネコに礼を言いたくなってしまう。反応から見て無粋かもとは思ったけど、言わずにはいられない。
「ふむふむ。
一応言っておくけど、俺はダークグリモワールに触れれば、その持ち主が持ってる素材は全部把握できる能力があるニャ。
ダークグリモワールは、触れても誰もが中身を除けるわけじゃないけどニャ。
プライバシーの侵害だとは思わんでくれニャ? お前らが何持ってたとか、他の奴らには絶対に漏らさないようにするからよ」
「あははは、そんなことでカジネコさんを疑ったりしませんよ~」
「そんなことする人だなんて思ってませんから」
「ニャはは、そうか。
まあ、お前らはもう少し人を疑ってもいいようにも見えるけどニャ」
渡されたダークグリモワールに触れれば、細かい話は抜きにして話を進められることを自己紹介したカジネコ。
それを告げると共に、顧客の守秘義務は絶対に果たすという言質も添えたカジネコなのだが、二人の反応を見るとどこまで伝わっているのやら。
こいつらが人を信じ過ぎるタイプだとしたら騙される日が来て悲しむかも、と思って、敢えて少し酸っぱいことを言う辺りはカジネコのお節介。
「そうだニャ~……まずは、素材を使った装備品強化について説明するか。
上手く説明できるかわかんねぇけど、とりあえず聞いてくれニャ」
仕事の腕は確かでも、お口上手でない自分を想うカジネコは、説明に対する入りに少し自信なさげの言葉を使う。
はい、と応じたアキトもヒカリも、まずはカジネコの言葉に耳を傾けるのだった。
鍛冶屋で出来ることの一つは、お金を払って装備品を強化して貰うこと。
もう一つは、裏迷宮で狩ってきたホムンクルスを素材にした、"付与強化"と呼ばれるものである。
この鍛冶屋での"付与強化"は、武器ではなく防具にのみ可能なこととされる。
たとえば、まめスライムというホムンクルス。
まめスライムを最下位種とする、スライム属のホムンクルスは、ある程度は魔法攻撃に強い耐性を持っている。
裏迷宮で、まめスライムをはじめとした、スライム属を倒し、それを素材としてこの鍛冶屋に持ち込む。
それを材料に、防具に"付与強化"を施すと、その防具には"全属性攻撃耐性微増"という性能が付与される。
別の例として、スパイダーというホムンクルス。
スパイダーを最下位種とする、蜘蛛属のホムンクルスは、状態異常の毒を冒険者に付与することを得意とする。
裏迷宮で、スパイダーをはじめとした、蜘蛛属を倒し、それを素材としてこの鍛冶屋に持ち込む。
それを材料に、防具に"付与強化"を施すと、その防具には"耐性:状態異常・毒"という性能が付与される。
どんなホムンクルスの素材を使えば、どんな付与強化の効果が生じるのかは、素材となったホムンクルスの種族ごとに決まっている。
概ね、そのホムンクルスの性質を鑑みれば、ある程度は想像できるものらしい。一部、ややこしいものもあったりするのだが。
どのホムンクルスの素材でどんな付与効果が出るのかは、ホムンクルス図鑑を見れば書いてあるそうなので、そちらを参照すれば間違いないそうな。
さすが値の張る分厚いあの図鑑、本当に情報に詰まった有能書籍である。
さて、その付与強化は無限に出来るものなのか。いや、有限。
防具には、5つ、"スロット"というものがある。
これが、付与強化を施せる上限数を物語る概念である。
カジネコは説明の際、紙にまず"〇〇〇〇〇"と書いてみせた。
これが、5つのスロットを表している。
例えばアキトの防具に、まめスライムを素材とした付与強化を施すとする。
その後の状態を、カジネコは"●〇〇〇〇"と表記した。
スロット一つが、付与強化を一回施したことで埋まったということである。
ここにさらに、スパイダーを素材とした付与強化を施すとする。
その後の状態を、カジネコは"●●〇〇〇"と表記した。
こうして新しい付与強化をするたびに、スロットが埋まっていく。
つまり付与強化は、5種が最大ということだ。
一度施した付与強化を、より強力に施すことも出来る。
先の、まめスライムの素材で付与強化した防具に、もう一度まめスライムの素材で付与強化を施すとする。
カジネコは、"●●〇〇〇"の左端の黒丸をとんとんと指で叩き、ここにもう一度強化が入ると説明した。
つまり、同じホムンクルスの素材でも、沢山集めてきて全て強化に使うのであれば、一つのスロットに強力な付与強化を凝縮できるというわけだ。
一つのスロットに百匹素材ぶんまで、多重強化が出来るらしい。それ以上は、別のスロットを使おうとしても出来ない。これが限界だ。
5つのスロットを埋めてしまうと、それ以上の新しい付与強化が出来ない。
新しい付与強化を施したい時は、カジネコに頼んで付与強化を解除してもらい、空白のスロットを作らなくてはならない。
嬉しいことに、一度付与強化した防具からそれを抜いて貰う時は、その付与強化がいつでもやり直せるよう"強化結晶"に変えて返還して貰える。
例えばスパイダーを百匹ぶん狩ってきて、すべて付与強化に使った新品の防具があるとする。
スロットの状態は"●〇〇〇〇"。この黒丸のスロットには、たくさん素材を使って多重強化した、状態異常の毒に対する強い耐性力が入っている。
これを解除してしまったら、百匹狩ってきた苦労は水の泡? そうではない。
解除に伴いカジネコが、スパイダー百匹素材ぶんの強化性能を持つ"強化結晶"を生成し、それをくれるのだ。
これがあれば、またいつでも、その付与強化をやり直すことは出来るし、新たにスパイダーを狩ってくる必要はないということである。
貰った強化結晶は、ダークグリモワールに収納することが出来る。これもダークグリモワールの用途の一つ。
人によっては、自分があまり必要としない強化結晶をわざわざ作り、売ったりすることでお金に変える人もいる。
実際スパイダーを三百匹狩ったら、百匹ぶんの強化結晶は三つ出来るわけで、一つあれば当人にとっては充分だ。
狩り過ぎたホムンクルスの素材を、強化結晶にとりあえず変換して貰い、機会があれば誰かにあげたり売ったりしよう、という人は少なくない。
ダークグリモワールは、素材つまりホムンクルスのお肉を収納できるが、品質保存機能はからっきし。要するに、ずっと入れっぱなしにした素材は普通に腐る。
機械系統ホムンクルスの素材なら錆びる。ゾンビ系統ホムンクルスの素材なら溶ける。これら全部をひっくるめて便宜上"腐る"と表現されやすい。
腐った素材は人に売ったり卸したりもしづらいし、腐りが過ぎると強化素材にも使えなくなってしまう。
裏迷宮から持って帰った素材の中でも余してしまったものは、腐る前にさっさと強化結晶にでも変えてしまうというのも有力な選択肢の一つである。
これがしやすいように、付与強化も、強化結晶を出す"スロットの解除"も、カジネコは無料でやってくれるのである。まあ良心的。
付与強化、スロットは5つまで。
この制限下で、裏迷宮のホムンクルスから採取した素材を用い、自分の防具に新たな耐性や効果を付与していく。
これはこの鍛冶屋でしか出来ないことなので、スロットの付け替えは迷宮内では出来ない。
その日に挑む界層の予定や計画に合わせ、遭遇するであろうホムンクルスに対応し、適切なスロット5つの使い方を考えるのも冒険者の仕事。
裏迷宮のホムンクルスは強いが、こうして防具を強化していくことは、表迷宮のより深層への攻略のためにも、大きな力となるだろう。
迷宮攻略のための、有力な備えとなる可能性を秘めたのが付与強化である。
「武器の付与強化は鍛冶屋では出来ないみたいだけど」
「武器の付与強化にはそのための魔法があって、それは迷宮内の本棚から拾えるグリモアでも習得できるんだよね。
そっちは私達が、自分でやればいいってことなんだ」
「どっちかっていうと、こっちの方が柔軟でいいな。
迷宮内でも、自分達で好きな時に出来るわけだから。
MPは使うんだろうけどな」
ひとまずカジネコの説明を理解できた二人は、一度グリモワール図書館に来ていた。読書スペースで一休み。
どのようにスロットを使っていくかは考えていなかったので、付与強化はあまり施して貰っていない。
素材が腐ると嫌なので、とりあえず全部強化結晶に変えて貰うことはしたが。
これをたくさん溜めてから、思い立った時に強化して貰う形にしても遅くはない。
「しっかし、状態異常耐性をつけられるのか~。
これは重要だなぁ」
「今後ずっと、毒に侵されないようになるってなったらすっごい大きいよね。
治すための魔法もグリモアも、一切いらないってことだしさ」
とりわけ、スパイダーを狩ってきた素材で、状態異常の毒に対する耐性を防具に付与できると知った時、二人はちょっとテンションが上がりかけた。
特にアキトの方がだ。ゲーム脳著しければ著しいほど、状態異常耐性という響きは聞き捨てならない。
ヒカリの言うとおり、もしも今後一切毒を受けないということになれば、どれほど冒険が楽になるか考えただけで面白い。
「でも、そんなに世の中甘くないんだよな~。
ほら見てここ」
「いや~、凄いね、エクリプスの迷宮。
期待させちゃってくれる割には、そこまでサービス旺盛じゃないカンジ」
二人は今、ホムンクルス図鑑のスパイダーのページを二人で眺めている。
ここには、スパイダーを素材にした時の付与強化で、どういった効果が出るかも書かれている。それが、どの程度なのかも。
良いには良いのだが、良過ぎもしない。これがエクリプスの迷宮ってやつ。
実のところ、スパイダー一匹分の付与強化で得られる毒耐性とは、1%の確率で毒に侵されないというもの。しょっぱい。
百匹ぶんの素材で多重強化して、ようやく100%の確率で毒を回避できる耐性を得られるのだ。
それはまあいい。労力はかかりそうだが、やり遂げてしまえば済んだ話である。
ただしこの"100%"というのは、Lv.1のホムンクルスによる毒状態の付与に対する耐性の強さでしかない。
つまり、Lv.1ホムンクルスのスパイダーやパピヨン、例のムカデやらサソリやらの毒は、100%防いでくれる。
しかし今後遭遇する、Lv.2のホムンクルス、例えば蜘蛛属スパイダーの上位種"タランテラ"の毒は、100%は防いでくれない。
それでもある程度の耐性としてははたらいてくれるが、100%ではない。これが大変なミソ。
つまり一生懸命Lv.1のスパイダーを百匹狩っても、それで初めてLv.2以上のホムンクルスの毒に対しては、"ある程度の耐性"止まりということである。
エクリプスの迷宮は、初めて遭遇するホムンクルスに、最初から完全な耐性を持って挑むなんてことは許してくれないらしい。
「この感じだと、まめスライムを素材にして"全属性攻撃耐性"をつけても、そんなに期待できなさそうだよな。
耐性"微増"って、マジでちょっぴりな予感がしてならない」
「百匹狩ってきても、ようやくダメージ10%カットとかそんな気がするよね。
普通にお金払って防具強化した方がよっぽど早い予感がするよね」
「まあ、空いてるスロットに入れるぶんには良さそうだけどな~」
スライム属の素材で付与強化した時の"全属性攻撃耐性微増"という響きも、ちゃんとよくその字を見た方がよさそう。
"微"である。本当に"微"だから。
アキトの言うとおり、使わないスロットがあれば入れておいて、忘れておいていいぐらいのやつとしか思えない。
「まあ、いっか。
今後なにか付与強化したいと思ったら、裏迷宮に行って素材を狩ってこよう。
第11界層以降は出てくるホムンクルスもだいぶ増えるみたいだし、付与が欲しくなってくる予感は結構するしな」
「ほんといきなりめちゃんこ増えるよねぇ……
これ覚えきれる? 私一日じゃ自信ないよ」
「迷宮内でも図鑑見ながら歩くぐらいでいいんじゃないの。
そればっかり見て周り見えてないとかにならないよう気を付けなきゃだけど」
さて、この後二人は第11界層にチャレンジする心積もりである。
そのための予備知識として、第11界層に生息するホムンクルスの一覧を見ているが、まぁこれが多い。
第11界層だけで全十八種のホムンクルスがいる。
そしてついでに次の界層の生息ホムンクルスに目を向けてみたら、第11界層に出現するホムンクルスを据え置きにして、九種増える。計二十七種。
これは、巡り合わせ次第で全然遭遇しないホムンクルスすら出てきそうな数である。
第9界層までは、界層ごとに生息するホムンクルスがごそっと入れ替わっていたが、第11界層以降はそうでもないらしい。
前の界層にいたホムンクルスが、しばらく後の界層まで継続して登場するのが当たり前。
進めば進むだけ、浅い界層のホムンクルスが出なくなって、どの界層にも必ず新出ホムンクルスが一種はいて。
第11界層以降、各界層に登場するホムンクルスの個体数は、第9界層までとは到底比較にならない界層ばかりである。
あの試練を乗り越えてほっとしたのも束の間、入る前からエクリプスの迷宮第11界層以降の、牙が見え隠れしている気がしてならない。
「まぁ~、行ってみるしかないか。
びびってばかりでもしょうがないもんな」
「そうだね。
ハコビネコのいない界層だから、HPの管理には気を付けなきゃだけど」
「うん、それはマジで。
ヒカリ、さっき治癒の本は買ったけど、ちゃんと満タン十五冊まで買った?」
「うん、もちろん。
治療の本も十五冊あるから、状態異常にも対応できるはず」
「よしっ、行くか」
「うんっ!」
可能な限りの備えをして、いよいよ二人は未知の界層へ向かう魔法陣へと歩きだす。
HPが無くなっても救済が無い命懸けの界層。すぐには覚えられないほど多種のホムンクルスがひしめく世界。バインダという新要素あり。
何もかもが、いざ挑んでみなければわからないことだらけ。そんな世界へ向かう二人の足取りは、やはり緊張したものだ。
とりわけ"命懸け"という部分こそ、楽観的な想いを二人に決して抱かせない。
あのギガースを撃破した自分達の力を信じよう。
そう自らに言い聞かせるようにして、二人は魔法陣へと踏み込んで、新世界に足を降ろさんとしていた。




