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エクリプスの迷宮(クソゲー)  作者: 日月月明日日月
第二章
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第38話   ~負けて覚えるゲーマー理屈~



「召喚っ、ギガースなのです!」


 第10界層、エアリーフが管轄する闘技場の世界。

 さほど前よりも目覚ましい成長があったわけでもなく、アキトとヒカリは再びこの試練に挑みに来た。

 さっき第7界層までで集めて来たグリモアの焚書すらまだやってない。

 エアリーフもだいたい二人の真意を読み取りつつも、試練に挑みたいと言えば快諾してくれる。


「ぎゃーーーーー!!

 ギガースってマジで言ってんのかよー!?」


 でっかい籠の中に閉じ込められて逃げ場無し、同空間にバケモノ同棲。

 こんな奴に勝てるかボケとばかりに二人を振り返るアーノだが、大丈夫、アキトもヒカリも想いは同じである。勝つ気で来ていない。


「ってなわけで、作戦通りにいくぞ。

 相手の攻撃はかわすだけ、逃げ回るだけ。

 たまに魔法で抗戦するのはアリ」

「前は瞬殺でやられちゃったから、今度はちゃんと相手の動きをちゃんと見て、どんな速さかとか見て帰らなきゃね。

 まあ、すんごい痛い目に遭って負けるのわかってるから気が重いけど……」

「マゾか、マゾなのかお前らっ!?

 わざわざ死にに来たのかよっ、俺も道連れで!?」


「本気で勝ちに来る時は、アーノにも頑張って貰いたいしさ。

 こういう試練だって覚えといて。強くて頼もしいアーノ様だろ?」

「私達も一緒に死ぬから頑張って。

 アーノだけ痛い目に遭わせるようなことはしないから、ね?」

「や~だ~! 割られる~!」


 そんなわけで、無謀かつ前向きなアキトとヒカリの挑戦が、アーノを巻き込む形で敢行された。

 何回失敗しても死ぬわけじゃない試練なので、痛みにさえ我慢できるなら何度挑んでもいいという理屈。

 せっかくなので前よりも長生きしよう、敵の動きをちゃんと見よう、という課題は後付けだ。

 新しい仲間のアーノとに試練の大きさを共有するのを一番の目的として、二人はここに来たのである。

 負ける時は本当に本当に痛い試練なのに、目的を重んじてそれに耐える覚悟を固めて来れる辺り、アキトもヒカリも若いのに案外タフである。


 なお、結果は言わずもがなである。

 前と違って30秒はもった。それだけ。






「ヒカリ大丈夫?」

「あははははは……本気で死んだかと思った……

 ほんとアキト君、よくもう一回受ける覚悟で挑めたよね……」


 負けて、ハコビネコに鍛冶屋の地下まで運ばれて、装備品をカジネコに修理して貰って、座る所が欲しいので一旦グリモワール図書館に来た二人。

 読書スペースで椅子に座り、二人揃って未だ残る痛みに耐えながらの反省会だ。


 今回はヒカリも手心を加えて貰えず、思いっきりギガースに殴り飛ばされていた。

 当然一撃でアーマーブレイク、貫通した痛みは女の子には卒倒レベルのもので、実際保護されたもののヒカリは完全に失神しきっていた。

 今回で二度目の痛打死であったアキトは、なんとか根性で気絶だけは耐えきったが、意識を残したままであの痛みが残ったままなのはそれでそれで地獄。

 先に這い出るようにして上の階に上がり、カジネコに防具を修理して貰ってヒカリを待っていたのだが。

 目覚めてなんとか歩けるようになるまで立ち直れたヒカリが地下から出てくるまで、三十分ぐらいは待ったものである。

 経験者としてよくわかるので、待たされたことに関してアキトは何とも思っていない。


「とりあえずヒカリが、アーマーブレイクしても、見ても大丈夫な恰好になってくれてたのはよかった」

「気絶してる間にスカートめくったりしてないよね?

 してたら軽蔑する」

「そこまで見下げ果てられ過ぎてたら泣ける」


 馬鹿話で痛みをごまかす二人。

 アキトもヒカリも笑顔が硬いのだが。だって全身痛いんだもん。


 初めてアーマーブレイクした時、さらしと下着だけの恥ずかしい恰好になっていたヒカリだが、あの後アンダーウェアを購入することで改善済みだ。

 胸当ての下には萌黄色のチューブトップを、ホットパンツの下にはやや丈の短いものだが空色のスカートを。

 チューブトップはさらしと隠す面積がさほど変わりないが、そんなこと言い出したら胸当ても隠す面積はそう変わらないので気持ちの問題である。


 スカートをアンダーウェアとして設定しても、ホットパンツの下にスカートを丸めて入れたかように膨らんだりはしない。魔法の衣服だ。

 その上で、防具が無くなった時現れるように出来ているのが、"装備品としての"アンダーウェアというやつである。

 一方で、元が包む面積の少ないヒカリの装備品なので、アーマーブレイク時に現れるアンダーウェアが隠す面積はこれが限界であったそうだとも。

 物理的に仕込まれるでもない割に、限度はあるというのだからちょっと不可解な原理だが、それは不思議不思議で片付けておけばよろしい。

 少なくとも、本当に物理的にホットパンツの中にスカートを丸めて突っ込んだりするような見栄えの悪さが無いぶん、良いことでしかないはずなので。


「アーノ怒ってるかなぁ。

 流石にいきなり連れてくのはやり過ぎだったかな?」

「あいつも一緒に第10界層に行った時は、何が来るか知らねーがかかってこーい的なテンションだったじゃん。

 相手がギガースだって知ってからブーブー言ってただけで」

「ま、まあそれは、あんまり言ってあげない方がいいかもね。

 こっちも一番肝心っぽい部分を言わずに連れてく形になってたからさ」

「そういや『きつい試練があるから一緒に経験しておいて欲しい』としか言ってなかったもんなぁ。

 ん~まぁ……それは後で謝っとこ。明日になるけど」


 第10界層までの限りなら、冒険者達は防具を破壊されても、ハコビネコ達に保護されてヴィルソールの街まで運んで貰える。

 それと似たような形の話だが、第10界層までなら仲間にしたホムンクルスも、死んでもホムンクルスファームに魂を転送されて復活させて貰えるのだ。

 ハコビネコがやられたホムンクルスの魂をそこまで持っていくらしい。彼らはその肉球で、仮死したホムンクルスの魂も運んでいけるそうな。すごい。

 これは仮にまめスライムのような、仲間にした時点で弱すぎるホムンクルスを育てる際、これぐらいの措置がなければ育成すら難し過ぎるからである。


 ただし、復活までには丸一日かかる。

 例えばさっき、ギガースに蹴り飛ばされて死に値するダメージを受けて消えたアーノは、明日の今頃まで使役(テイム)で召喚することが出来なくなるのだ。

 流石にあれを見たら、アキトも可哀想なことさせたかなと胸を痛めたのだが、達観して傍目から言うならば決して悪い経験ではなかったはず。

 第11界層以降、救済措置の無い界層で、アーノをあんな目に遭わせることは絶対にしたくないと、実感を込めて強く思えたからである。

 思わぬ形で精神的に傷を負うような経験をしても、本当に大事なものを失うことの怖さを真に理解するきっかけになるなら、前向きに捉えてもいいはずだ。


「それにしてもアキト君、アーノとだいぶ話せるようになってなかった?

 二人で本棚巡りしている間に何があったの?」

「ん~……どうなんだろ。

 多分、別に特別なことはなかったと思うんだけど。

 童顔なこと、あんまり言わないでって伝えたりはしたけどさ」

「そこから?」

「そうかも……?

 まあでも、途中からはアーノもなんか普通に話してくれるようになった」


「そっか。じゃあよかった。

 ほらほら、アーノだって話せばわかってくれる子だったんだよ。

 毛嫌いせずにお話してみてよかったでしょ?」

「うん、ほんとにそう思う。

 ありがとう、ヒカリ。きっかけ作ってくれたのってヒカリだったもんな」


「あぁ~、でもよかったぁ……

 行かせておいてアレだけど、アキト君とアーノがもっと(こじ)れてたらどうしようってずっと思ってたんだよ。

 上手くいったからよかったけど、もしも失敗したらどうしようって後からすっごく不安でさ」

「そんなにヒカリが気にすること?」

「だってそうするように言ったの私じゃん。

 もしもそれで、もっとおかしな話になってたら私のせいだよ。

 そういう意味で、今ほんとに心の底からほっとしてる」


「んん……そっか。

 じゃ、俺がさ。ヒカリに『他人事みたいに言わないでくれよ』みたいなこと言ったのはちょっと申し訳なかったかな。

 それだけ真剣に考えててくれたのにさ」

「いいよいいよ、それはほんとに。

 私だって、もし上手くいかなかったらどうしようって不安になったのは、アキト君達と別れてからだもん。

 後からそんなに気にするぐらいだったら、最初からもっと考えて、覚悟してから言うべきだったかなって思ってる」

「まあでも、ありがとう。

 あれのおかげで、アーノとも話しやすくなったからさ」

「えへへ、よかったよかった。

 でも私もこれからは、もうちょっと考えてから言うようにするね」


 アキトから見れば、いつでも前向きなことを言ってくれるヒカリでしかなかったが、こうして聞くとその裏では色々考えてくれていたのだと初めて知る。

 当たり前と言えば当たり前だ。アキトだって、良かれと思ってやったことを、後からどうだったんだろうと悩んでしまうことはある。

 誰にだってそういう経験があり得るのだ。自分だけじゃない。

 底無しに明るくいてくれるヒカリに助けられたことも多かったとはいえ、そんな彼女の一面しか見ていなかったことを、アキトは痛感するような想いだった。


 それを知るきっかけとなったこの会話は、特別腹を割った話でもなければ、神妙な心持ちで始めた会議でもない。

 ただの世間話と思い出話だ。少なくとも、ヒカリにとってはそう。

 要は互いのことを思いの外知っていくきっかけに必要なのは、気構えして腰を据えた対話に限らないということである。

 何気ない普段の会話にこそ、というのは誇張が過ぎるが、決して特別ではない会話にさえ、思わぬ形で人を知れるきっかけというのは眠っている。

 それを感知するのに最も大切なのは、人の話を()ける能力である。相手の言葉を大事に受け止め、邪推無く、そこにあった気持ちを汲み取る想像力。

 そういう意味では、聞き手の想像力を必要とさせない、胸の内を全部吐くヒカリの性分はわかりやすくて良いはずだ。素直とは只々強み、それに尽きる。


「さ、どうしよっか。

 第8界層の本棚巡りもやっちゃう?」

「やる。

 ゾンビ嫌だけどやるしかないし」

「あはは、思ったよりノリノリになってくれちゃってる。

 なんかいつもよりかっこいいぞ?」

「いや正味、毎日サボらずその辺もやっていかなきゃ、いつあの試練超えられるかわかんないし。

 それにあの試練にいつまでも時間かけ過ぎてたら、ヒカリがタダで宿に泊まれる三十日間も終わっちゃうかもしれないじゃん。

 その辺ラク出来るうちに、出来るだけ好きなこと出来るようにしとかなきゃ」


「え、そんなことまで考えてくれてたの?」

「あ、いや、まあ……一週間遅れだけど、俺にも無関係なことじゃないから。

 その、まあ……あんまり気にしないで。自分のためでもあるからさ」

「えへへ、そっかそっか。

 じゃあまあ、そういうことにしとく」


 照れ隠しに可愛げのないことを言ってしまう自分に後悔するアキトだが、ヒカリはとりあえず機嫌を良くした模様。

 これじゃあヒカリがさっき言っていた心訓も他人事じゃない。考えてからモノを言いましょうというやつ。

 ヒカリが喜んでくれていると見えるのは別にいいのだが、そんなの恩着せがましく言っちゃダメだろと、変なこだわりでもアキトは悔いている。

 男の子には男の子なりの色んな矜持いうものもあるのだ。人それぞれ。


「よし、行こっか。

 ちょっとまだ体じゅう痛いけど、これも試練だと思うしかないね」

「そうだな~。

 よっこらしょ、っと」

「お爺ちゃんになってるよ」

「ヒカリだって腰押さえて立ってんじゃん。お婆ちゃん」

「痛いもん~。

 寝て明日には治ってたらいいんだけどなぁ」


 アキトとヒカリは、ちょっと苦しい体を引っ張って、第6界層とそれ以降に続く道へと進んでいった。

 アキトは先ほど、アーノに戦闘を任せっきりで、自分でホムンクルスを殆ど倒していないからお金の稼ぎが乏しかった。

 可能な限り、積極的にアキトがホムンクルスを撃破する、ジェム稼ぎを兼ねた本棚周回のスタートである。

 もっとも、アキトの嫌いなゾンビだらけの第8界層では、前と同じで前衛と後衛が基本逆転する陣形を取ったりもしたが。


 当初の予定と少し違ったのが、二人は第8界層の本棚を全部巡った後、第9界層の本棚巡りまで始めたことである。

 どうやらここ三日間連続で、火薬ホタルやらギガースやらにこっぴどくやられた記憶が鮮烈なせいで、死に対して感覚が麻痺しているらしい。

 普通はいっそうアーマーブレイクを怖がりそうなものだが、痛い体を引きずって来れる根性がある二人なので、案外そうでもないようだ。

 どうせやられても生きて帰れるんでしょ、と開き直っている。それはそれで、第11界層以降にその精神に挑んだら危ないのだが。

 とりあえず今の、死なずを保証された環境を最大限活用し、少しでも向上しようというこの姿勢自体は前向きか。

 火薬ホタルへの恐怖自体は忘れていないし、実際あの奇声が聞こえたらやかましく大慌てしているのに、そのくせ挑んでいけるのは大した肝っ玉である。


 集めたグリモアは焚書場に持っていって、自分達の魔法の向上に繋げて。

 今日はまだ終わるにはまだ早いと思ったら、楽に歩ける中での最深層にあたる第6界層と第7界層を歩き回り、自然発生するホムンクルスを狩る。

 装備品の強化にも使えるジェムを稼ぐ意味でも、いっそう実戦慣れしていくという目的意識でも、二人は積極的に時間を使う。


 地道な努力が出来る二人だ。しかし、アキトとヒカリがそれを出来るのも、二人があまり意識しないもう一つの一因があってこそ。

 一人じゃ流石にアキトもヒカリも、ここまで頑張ることは出来ないだろう。

 手を繋いで一緒に同じ目標に向かう誰かが、そばにいてくれるかそうでないかでは大違いだ。強い言葉だが、間違いなく真理である。

 アキトとてヒカリとて、出会えてよかった友達だとはお互い思っているだろうが、それは二人が思っているであろう以上にそう。

 つくづく常にそうなのだが、本当の意味での良縁とは、どれだけ当人達の想像力が豊かでもその真に気付き至れないほど、貴く掛け替えないのである。

 それを如何に気付けるかに、己の人生を豊かにしていけるかが懸かっていると言っても過言でないほど、それこそが人間社会に生きる者達に課された永遠の課題(テーマ)に相違ない。


 オーカーの反撃に強い痛みを与えられることもある。

 どれだけ気を付けようとしていても、気付けなかったハンドマンやヒトデンの急襲をかわしきれないこともある。

 火薬ホタルの声が聞こえてきただけでぞっとする。

 倒し慣れつつあったスケルトンに、撃破した瞬間吐かれる毒のブレスで毒を負い、驕りかけていた自分に悔いることもある。


 二人はより強化された装備品で強くなっただけではなく、精神的にも逞しくなりつつある。

 短い期間でありながら、二人がそうなっていけているのは、ただ二人が苦境に立ち向かえる気骨のある性分だったからと片付けられる話だろうか。

 一人では不可能なことだ。それが全てである。






 ちなみに。


 翌日になって、復活したアーノと再会した二人だが、たいそう手厳しく批難された。

 やられたことはさておいて、よくもハナから負ける前提で俺まで道連れにしてくれたな、と。なるほどごもっとも。

 流石に苦情の対象もヒカリを含めてのものであり、これにはアキトもヒカリも返す言葉なし。

 子供っぽいというか、アーノも自分の思ったことをはっきり言うタイプである。これもこれで、過剰な憎まれ口さえ無ければ素直で良いものだが。


 二人とも、そこからしばらくはアーノに対してちょっと下手(したて)めに接し続けることに。

 結局アーノの機嫌が直って、普通に話せるようになるまでは、三日かかったものである。

 その期間中も、ぶーぶー言いつつもストレス発散と理由付けして、ホムンクルス退治でアキトの本棚巡りを助けてはくれたので、見損なわれてはいなさそう。

 本気で許せないほど怒っていたら、お前らのために働いてたまるかと普通に言いそうなアーノなので、そういう解釈で間違いないはず。

 なんだかんだで、怒ってもある程度はアキト達のそばにいることを嫌がらないアーノでいてくれる程度には、関係は良化したと言えるだろう。


 きっかけこそヘソ曲がりな出会いであったアーノとアキト達だが、ともすればこれもまた良縁の一種と語れる日がいつか訪れるかもしれない。

 喧嘩と衝突から始まった当初からすれば意外なほど、アーノはアキト達と行動することに、日を追うごとに馴染みつつある。

 二人+一匹ではなく、三人のパーティに。

 そんな言い表し方が似合う日々の開始点を、アキトとヒカリとアーノはゆっくりと歩み始めていた。

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