第36話 ~ホムンクルスの育て方~
「――あん? ヒカリは?」
「ヒカリは別のダンジョンに潜ってるよ。
今は俺一人」
翌朝を迎えて、エクリプスの迷宮の第2界層。
日付が変わってからの恒例行事となりつつある、アキトとヒカリがパーティ登録を解除し、お互いソロで第2界層から第4界層を回る時間だ。
目的は勿論、本棚を巡ってのグリモア集めである。後で纏めて焼く。
「けっ、捨てられたのか。
頼んない顔してるもんな、わかるわかる」
「っ……そうじゃねーよ。
後で合流することになってるんだよっ」
腹の立つツボ、顔つきをからかわれるという一番の怒りツボを押され、いらいらっときているアキトだが我慢する。
今日はなるべく怒らないと決めている。ヒカリに免じてだ。
そうじゃなかったらとっくに喧嘩が始まっていそうなところ。
「ヒカリに見捨てられたから、俺と一緒に迷宮巡りするんだろ~?
一人ぼっちの迷宮挑戦は寂しいもんな。怖がりな顔してるし」
「違うって。
あんまり言うと使役常在化解除して消しちゃうぞ」
「おう、やってくれ。
なんで望まないご主人の下で働かなきゃいけねーんだ」
「…………」
あぁむかむかする。低い場所で後ろ姿をアキトに晒し、アーノはふりふりと身を揺らす。
手があるなら、やれやれという仕草でもしていそうな挙動だ。
視界に入れていると頭に血が上りそうなので、アキトも目線を上に向け、アーノを見ないようにしながら深呼吸して我慢心を整える。
「……あーもうっ、行くぞ。
望んで俺の仲間になったんじゃないかもしれないけど、お前はもう俺達の仲間になったんだから。
これからも一緒に戦っていくかも……戦っていくんだし、今日はお前にも頑張って貰うからな」
「けっ、しょうがないか。
もう決まったことだしな。あー嫌だ嫌だ」
憎まれ口ばかり叩く奴で、アキトも自分の我慢がどこまで続くか不安になる。
こんな奴と仲良くしていくことなんて出来るのかな、と本気で思う。
しかし、ヒカリに頼まれたことである。とりあえず今日だけは頑張ってみようと、ストレスを噛み潰してアキトは歩きだすのだった。
「え~……ヒカリ、それマジで言ってんの?」
「マジだよマジだよ。
アキト君、絶対使役の常在化解除して一人で本棚巡りするつもりだったでしょ。
頑張ってみてよ、アーノと一緒に本棚巡りしてみてよ」
これは出発前、宿で朝食を取っている時の二人の会話だ。
昨日までと同じように、まずはお互いソロで本棚巡りをしようという話をした時に、早々にヒカリがこんな釘を刺してきた。
実際、使役の常在化を解除してエクリプスの迷宮に入ったら、アーノが現れずアキトは一人で本棚巡りが出来る。
そうすることも視野に入れていたアキトにとって、この注文はアキトの気分が曇る内容だ。
「俺ぜえったいあいつと仲良くするの無理だって。
二人きりであいつと一緒なんて、胃に穴開いて死んじゃうよ。
あいつヒカリには懐いてるみたいだし、合流してから呼べばいいじゃんか」
「でもでもさ、せっかく仲間になった新しい仲間なんだよ?
最初はこう、合わないところもあるかもしれないけど、ちょっとぐらいはわかり合おうとしてみようよ。
最初っから気が合う関係なんて、そうとも限らないじゃん」
「そんな他人事みたいに……
見ただろ、あいつの俺に対するツンケン具合。しんどいよ、一緒に旅するの」
「そう言われちゃうと私も強く言いづらいけど……
いや、その、アキト君の気持ちを全部無視するつもりはないんだよ?
お、怒らないでね? ほんとにそんなつもりはないから……」
めちゃくちゃ嫌な顔をするアキトを前にすると、ヒカリも主張が弱くなる。
ヒカリはアーノに憎まれ口を叩かれる立場にないようだし、そういう自分が今求めていることは、対岸からの物言いに近いとヒカリだって自覚している。
だから元々、強くは出られないのだ。アキト一人にストレスを背負わせ得る提案である以上、無理を言うのは難しい。
「でもさ、その……昨夜考えてたんだけど、仮にだよ?
アーノと一緒に旅をするのはやめにしよう、っていう結論になるとするじゃん?」
「うん」
「んで、私達はいつか、別のホムンクルスを仲間にすることもあるかもしれないじゃん?
また別の使役のグリモアが手に入ったら、きっとそうするよね?」
「うん」
「その時の新しい仲間がまた気が合わなそうだったら、また捨……あ、いや、また新しい仲間を探すの?
新しい仲間が必ず言うこと聞いて、仲良くしやすい子ばかりとは限らないと思うんだ。
実際、アーノがそういう感じなんだからさ」
「んっ…………う~~~~~ん…………」
捨てると言っては人聞きが悪過ぎるのでヒカリもその言い方を引っ込めたが、確かにヒカリの言いたいこともアキトにはわかる気がした。
新しい仲間を加えようとする。それが必ず、自分に従順であってくれたり、初対面から気が合ってくれるとは限らない。
心あるもの同士、初対面同士ではじめから気が合うとは限らないのは、相手がホムンクルスの場合に限らず人間同士でも当たり前のことだ。
仲間にしたホムンクルスがどうも自分達に合わなそうだと思ったら、一方的に繋がりを断てるのも、確かに使役の利点でがある。
どこかで見切りをつけるのが必要なことだってあるだろう。どうしても合わない仲間と、ずっと行動を共にするのは継続的なストレスが重い。
とはいえ、昨日仲間にしたばかりのあれに、早々に見切りをつけていいかどうかは、確かにアキトも直観的に悩ましく感じる。
気に入らない、ポイ、気に入らない、ポイ、の繰り返しで、いつか都合のいい仲間に会えるまで、なんて、世の中そんな上手く出来ているだろうかと。
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ、ね?
どうしてもダメだって思ったら、私も無理してなんて言わないから。
昨日だけで見切らず、もうちょっと様子を見てあげられないかな」
「……まあ、確かに。
初対面同士の出会いって、最初っから都合よく仲良し親密になれるもんだって決まってるわけじゃないか。
ここが一番最初っから、俺にとって嬉しい出会いからの気持ちいい関係だったから、忘れちゃってたのかもしんないな」
ここ、というのを、アキトは自分とヒカリを交互に指差す仕草で言う。
記憶にも新しい出会った頃のことを思い出して、しみじみ言うのは結構なのだが、こういうことを急に言われると、言われた側が。
「っ……ふ、不意打ちでそういうの、ちょっとカンベンしてくれない?
いや、嬉しいけどさ……」
「っぷ……!
げほっ、げほっ……! たっ、他意は、ないけどっ、なっ……!
ヒカリはそのっ、最初から優しくしてくれるいい友達だったってだけでっ……」
ヒカリとの関係が自分にとってすごく心地いいものであると、さほど意識せずに明言したアキトは、気付いて思わず口にしていたドリンクを吹きかけた。
相手は異性だと。男友達同士だったら、まあ相手がてれてれしてくれるぐらいで済むかもしれないが、女の子相手にそんなタラシ臭い発言を堂々と。
突然言われてどきっとさせられた顔で照れ臭く笑うヒカリを前に、アキトもこっ恥ずかしくなって大慌てである。
「わっ、わかったから、わかったから……
アーノと一緒に、本棚巡りしてみるよ。
仲良くなれるかは、わかんないけどさ」
「うんうん、頑張ってみて。
どうしてもダメだって思ったら、私もそれ以上ムリは言わないから」
おかしな空気が嫌だったので、なし崩し的にヒカリの要求を呑む形にして、アキトは今の話を終わらせた。
一理あるとは思えた話だったので、納得自体は充分にしている。
かくしてアキトは、第2界層から第4界層までの本棚巡りを、好き嫌いせずアーノと一緒に歩くことになったのであった。
「へっ、どうだ。
こんなナリでも、この辺の連中なんか俺一人で充分だっつーの」
「んーまあ、それは別に疑ってなかったんだけど」
「そういうところで素直に褒めてくれねーとことか、器がちっちぇえぞ」
「むぅ……まあ、それは悪かったかもしんないけど。
アーノはよくやってくれてるよ、俺はホントにラク出来てるもん」
「へへへ、わかればいーのよ、わかれば」
現在二人は第4界層。
ここまでに遭遇してきたホムンクルスは、すべてアーノが体当たり一撃で仕留めてくれている。
流石は第8界層に生息する強さのホムンクルスであり、これ自体にはアキトもさほど驚いていない。
第6界層のリザードマンを一撃で倒せるぐらいなのだから、この辺りのホムンクルス相手なら楽勝だろうとは予想できたこと。
「おっ、本棚だぜ。
グリモア取ってこいよ、俺が周りを見ておいてやるからよ」
「はいはい、ありがと」
楽勝続きの意気揚々、ぴょんぴょん跳ねて進むのもどこか機嫌よさげなアーノは、本棚を見つけたらアキトにもそれを教えてくれる。
そこにあるのはアキトもわかっているのだが。地図もあるし、そもそも前に来た所だし。
しかし、どうだ上手く導いてやれてるだろと得意げなアーノを見ると、あんまりそれを言うのも無粋なような。
お調子者の弟が出来たような気分である。
「アーノはなんか、強くなれたなって手応えはある?
ここまで結構いっぱいホムンクルスを倒してきたけど」
「ここんとこのホムンクルスじゃジェムが少なすぎて成長できそうなカンジしねえな。
もうちょっと先の界層なら、それっぽい手応えもあるかもしんないけど」
「ん~、そっか。
まあ、足しにはなりそうだからまだ頼むけど」
「おう、頼れ頼れ。
心配しなくてもお前の出る幕なんて全然ないからな」
使役の魔法について書かれた本を読んでわかったことだが、仲間にしたホムンクルスは、ホムンクルスを倒すことで成長する。
冒険者がホムンクルスを倒せば、倒したホムンクルスからジェムが手に入る。
アーノを一例とする、仲間になったホムンクルスが敵のホムンクルスを倒した時も、アーノにジェムが入るようになっている。
仲間にしたホムンクルスが取得したジェムは、お金としてではなくさながら"経験値"めいたものとなり、そのホムンクルスの成長に充てられる。
つまりアーノは、ホムンクルスを倒せば倒すだけ強くなっていくのだ。この辺りはわかりやすい。
反面、アーノが倒したホムンクルスからは、お金が得られないと言い換えることも出来る。
アーノが獲得したジェムはその場で成長の糧とされ、主人にあたるアキトに譲渡する手段が無いからだ。
つまり、アーノにホムンクルスを倒して貰うことと、ホムンクルスを狩ってお金を得ることは両立できない。
考え方によっては、得られるはずのジェムを犠牲にするという意味で、ホムンクルスの育成には間接的にお金がかかると言えるかもしれない。
「うーっし、また一匹」
「絶好調だな」
「へへへへ、こんな奴らなら別に調子悪くても勝ち放題よ。
もっと褒めてくれてもいいんだぜ」
スラグに上から飛びかかり、ぷちっと潰して撃破したアーノは、ここまで通してのとおり機嫌よさげである。
たかだか3界層ぶん進んできた中、早々にアキトもわかってきたことだが、アーノはどうやらおだてると喜ぶ。
褒めてあげるとまあまあ機嫌を良くする。黙って一緒に歩いていたら、ホムンクルスを撃破するたび、どうした褒めないのかとちらちら見てくる。
短時間の付き合いでわかるほど、褒めて欲しがりさんのよう。
こういう彼――一人称が"俺"なので恐らく心は男の子――の一面が見えてくると、アキトも何だかアーノに対する悪感情が和らいでくる。
機嫌の良い今は、お調子のいいことは口にするも、悪い口で罵ったりもしてこないし、そんな会話が続く限りでは憎しみも沸きはしない。
どこか幼いのだ。声が少年めいて少し高いから、いっそうそう思う。
口が悪い所も確かにあるが、子供の言うことだと考えることが出来るようになると、なんだか許せるような気もしてくる。
「おっ、あれが最後の敵だな。
よしよし、俺がいっちょ軽くぶっ倒してやる」
「気をつけろよ、あんまり油断してると殴られるぞ」
「へーきへーき、見てろよっ!」
第4界層のゴール地点、第5界層へ続く魔法陣のある丘頂上に、ワードッグが一体待ち構えていた。
アキトも初めてこの界層に来た時を思い出す光景である。
今となっては怖くもない相手だが、浮かれまくっているアーノを見ていると、万一の怪我が無いかとちょっと心配になったりも。
そしてアキトは気付いていないが、昨日だったら絶対あり得なかったことに、アーノを気遣う言葉を向けていたりもする。
「てえいっ!」
自分よりも強者にあたるパンプキンが跳ねて接近してくることに気付いたワードッグは、襲いかかってくることをせず身構えていた。
その鼻っ面めがけて体当たりするアーノに対し、ワードッグは両手を構えて守りの姿勢。
重く早いアーノの体当たりを、手首を痛めた顔こそしつつ、顔面直撃を避けその手前でアーノをキャッチし食い止める結果に。
手も足も出ない、というか無いアーノの姿に、これはまずくないかとアキトも腰の剣に手をかける。
「舐めんなよ~!」
するとアーノの頭の上、カボチャの蔕にあたる部分から、ちょろんと太めの短い蔦が伸びた。
蔦は鞭のように振るわれ、ワードッグの頬をべっしんと強く引っぱたく。
それによってワードッグは、よろめきながらアーノを落とし、着地したアーノがすぐさま横からワードッグに体当たりだ。
吹っ飛ばされたワードッグは倒れて消えていき、何事もなく撃破完了である。
「へぇ、そんなのあるんだ」
「俺達は手も足も無いし、捕まっちゃうとどうしようもないからな。
そんなに長くは伸ばせないけど、捕まった時のための抵抗手段として使えるんだ」
この辺り、図鑑にはっきり"抱きかかえられると何も出来なくなる"と書かれていたまめスライムとは違い、流石は第8界層のホムンクルスといったところか。
手足のように使える便利な武器とは決して呼べないが、有事の際の最終手段とはなりそう。
体当たりしか出来ないアーノを、今後一緒に戦っていくならどう立ち回らせたものかと思っていたアキトも、これはいいことを知れたと思う。
「助けようとはしてくれてたみたいだな。まぁ、それはサンキュー。
でも俺はお前に助けられるほど弱くもないから心配すんなって」
「な~んか一言も二言も多いぞ。
必要なかったって思ってても、ちゃんとお礼を言ってくれるのはいいのに」
「頼んないツラ構えのご主人に縋るほど俺だって落ちぶれてねーもん。
お前は俺にガンガン行かせて、指くわえて見ててくれればいーんだよ」
やっぱり落ち着いて話してみれば、ナマイキで、口の悪い、子供っぽいで許すにはちょっと行き過ぎかなと思っちゃうようなヤツである。
ある程度アーノの幼いところもわかってきたアキト、まあまあ我慢すればいいかとは思えてもきているのだが。
しかし、どうしても気になるところが一つだけある。踏み込んでみよう。
「なあ、アーノ。
ちょっといいか?」
「あに? どした?」
アキトはしゃがんでアーノを両手で持ち上げ、立ち上がってこちらを向かせる。
大事な話がしたいので、見下ろす形ではなく同じ目線の高さを作った。
「俺さ、子供っぽい顔してるのはわかってるんだけどさ。
色々あって、この顔けっこうコンプレックスなんだよ。
ホントに気にしてるんだ。自分じゃどうしようもないしさ」
「むむ……」
「顔のことさえ言わないようにしてくれたら、なんとかお前とも仲良くしていけそうな気も、今はしてる。
だからもう、顔のことバカにするのだけはやめて欲しいんだ。
それ言われちゃうと、俺は泣くか怒るかしか出来ないからさ」
「泣くのかよ」
「や、別にホントに泣いたりはしないけど……悲しくはなっちゃうかな」
流石に十八歳にもなろうと言うのに、泣くなんて言っちゃった自分が恥ずかしくなって、アキトは苦笑いしてアーノから目を逸らす。
真面目な顔して話そうとしたのに、最後がこれだもの。どうにも締まったことが出来ない自分が、こういう時に歯がゆく感じる。
つくづく、ここまで童顔じゃなかったらなと、今なおコンプレックスを強めてしまうことに。
周りはそこまでのことかと思うようなことでも、当人にとっては重大な何かがあるというのは、誰しもあり得ることであり軽視してはいけない。
「……わかったよ、降ろしてくれ。
そこまで言うなら、お前の顔のことはもう言わねえよ」
「約束してくれる?」
「女々しいこと言うなぁ、お前。
そんなにイヤなんだな」
「ま、まあ確かに女々しかったかな……いや、ホント気にしてるんだ」
「わかった、わかったってばよ。
とりあえず降ろせって」
言質がとれたら何だかほっとしたような顔して、乱暴にせずアーノを地面に降ろすアキトである。
確かにこれは、あまりいじめていい奴じゃないなと、精神年齢の幼そうなアーノでも感じてしまうような顔だ。
「まあ、悪かったよ、そこまで気にしてたんなら。
でも顔のことだけだからな、言わないようにするのは。
やっぱお前、ご主人って言うにはちょっとこう……あれだから」
「頼りないってか。
なんだよ、今んとこ俺の方がお前より強いはずだぞ」
「いや、だって……あー、もういい。なんも言わね」
わかってくれたと思う。
顔のことは言わないようにすると言い、さらには顔がそうだから感じた感想、"頼りない"も言葉にしないようにしてくれた気配がある。
つっけんどんの態度は変わりないが、言わないようにして欲しいとした言葉と、それに連なる他の言葉も封じるぐらいには気を回してくれているのだ。
悪かった、と素直に謝ってくれている時点で、根の悪い彼ではなさそうだ。
「ほらほら、行くぞ。
ヒカリが待ってんだろ?」
「はいはい」
小さな体で大きな態度、なかなか曲者の仲間が出来たものである。
それでも初対面の時よりは話しやすくなったような、そんな実感とともにアキトは、共に第5界層へと至る魔法陣に足を踏み入れていた。




