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エクリプスの迷宮(クソゲー)  作者: 日月月明日日月
第二章
33/250

第30話   ~Going darkness~



「Beeeee……」


「来た来た……!

 ヒカリ、頼むぞ……!」

「う、う、う、うん……!

 こ、こわ、怖……」


 暗い洞窟内を行く第9界層は、視界が悪いぶん耳が神経質になりがちだ。

 おかげで遠くから接近してくる、バケモノの羽音と奇声もよく聞こえる。いいことである。


 ヒカリが前、アキトが後ろ。特殊な陣形だ。

 とはいえアキトも、ヒカリがしくじった場合に備え、準備はしている。


「Beeeeeeeeeerrrrr……!」


「……火球魔法(ファイアボール)っ!」


 闇の奥から姿を見せた、火薬ホタルの殺意含みの灯り目がけて、ヒカリは突き出した掌から火球を発射した。

 直撃した。しかし、その直後。

 火をつけられた火薬ホタルが爆発し、アキトとヒカリは初めて客観的に、その凄まじい爆発光景を目の当たりにすることとなる。


 洞窟内に反響する爆発音は、二人揃ってびくぅと肩を跳ね、亀のように背を丸めて目を閉じてしまうほどの爆音。恐ろしさのあまりだ。

 十メートル以上離れているのに、熱い風が二人を襲い、ヒカリの髪をばたばたと震わせて。

 熱風がやんでから、ようやく二人が顔を上げると、目の前は壮絶な大爆発の残滓、幽霊のように漂う黒煙でいっぱいだ。

 アキトもヒカリも唖然である。仮に、もしもだが、防具無しであの爆心地にいたら、間違いなく死ぬとしか思えない。


「ひえええぇぇ……」

「よく生きてたな、俺達……あんなモン至近距離で受けて……」


 火薬ホタルへの有効な対策は一つだけ。

 "近付かれる前にやれ"。それのみ。

 魔法か、あるいは弓などの投擲武器があるならそれでもいい。離れた場所にいるうちに攻撃を当てるしかない。

 何でもいいから一発でも攻撃を当てれば爆発してしまうので、自分達に近くない場所で爆発させるしかないのである。

 逆に言えば、接近を許してしまったら"詰み"とも。ヒカリが火球をはずした時に備え、アキトも準備はしていたが、二人ともはずしたら仲良くお陀仏であった。


「絶対はずせないんだから、雷撃魔法(ライトニング)でいきたくなるよな……」

「でも、火薬ホタルは雷撃魔法(ライトニング)を振り切るって図鑑に書いてあったし……

 っていうかそれ読んでなかったら、私達も絶対雷撃魔法(ライトニング)使ってるよね」

「いかにもな必中を期待させるような魔法はきっちり凌ぐようになってんだよなぁ。

 いちいち嫌らしいよ、エクリプスの迷宮のホムンクルス」


 アキトがかつて空のレイヴンを撃ち落とした"雷撃魔法(ライトニング)"の魔法は、対象のそばに雷の発射点を作り、雷撃を当てる魔法。

 絶対に狙撃失敗したくない火薬ホタルへの対策には、うってつけのように思える基本魔法である。初心者だって使えるのだ。

 しかし、凄まじい勢いで接近してくる火薬ホタルは、雷撃魔法(ライトニング)の魔法で発射点を作った瞬間、振り切る位置まで進んでしまう。

 よって雷撃魔法(ライトニング)は当てられないのである。冒険者をまだ見つけておらず、ふわふわ飛んでいるだけの時なら当てられるが。

 こんな時こそこれを使えば簡単なんじゃ? という閃きをあざ笑うような、そんな性質を持つホムンクルスは多く、それがエクリプスの迷宮のタチの悪いところ。


「……行こっか、ヒカリ。

 正直すっげえ怖いけど、じっとしてても始まらないし」

「す、スリルあるよねぇ……!

 立ち向かうぞ、私は負けないからなっ……!」


 あんな死滅兵器が飛び交う洞窟への恐怖を正直に吐くアキトと、強がり言って気持ちを奮い立たせるヒカリ。胸中は一緒である。

 果たして踏破できるかという不安。だけど乗り越えたいという反骨精神。

 鍛冶屋の地下送りにしてくれた怨敵を、ひとまず一度切り抜けられた二人は、長き試練の闇へと踏み込んでいくのだった。






 火薬ホタルは間違いなく、第9界層最大の脅威である。

 かと言って、この界層の他のホムンクルスはそれに大きく劣るのかと言えば、そこまで舐めてかかっていいものではない。全然、全く。

 対処の可能な一種のホムンクルス頼りに、界層そのものの攻略難易度を依存させるほど、エクリプスの迷宮は性格のいい造りをしていない。


「んがっ、眩しっ……!

 あぁもう、わかっても鬱陶しいっ……!」

「ひゃー! よく見たらヒトデンいっぱいいるじゃん!

 アキト君っ、それ以上前行ったら危ないよ!」


 黒いキャタピラに大きな裸電球を乗せたような、機械仕掛けのホムンクルス"ピカリン"は、突発的に強い光を放って目潰ししてくる。

 やってくることは体当たりとそれしかないので、いれば発光寸前に目を閉じるのも難しくないのだが、元が暗い洞窟内に目が慣れていると瞼越しでも痛い。

 そうした目くらましに意識を取られていると、壁や天井に案外わんさかいるヒトデンに不用意に近付き、飛びつかれて毒を貰ってしまうのである。


「痛ってぇ……! ハンドマン多過ぎだろ、ここ……!

 どんだけワラワラ出てくるんだよっ!」

「アキト君、こっち下がって!

 "ストーンマン"が来てるよっ!」


 悪魔の手だけで這うような姿のハンドマンは、動きが機敏でサイズも小さいため攻撃が当てにくい。

 これに複数匹がかりで群がられると、個々の撃破に手間取って討ち漏らした個体に攻撃を受けることも多くなる。

 アキトもヒカリもハンドマンに何度か捕まれ、引っかかれ、消耗とダメージを繰り返して進む中、そこに加勢してくる他の敵が現れるといっそううんざり。


「っ、とぉ……片付いた!

 あとはストーンマンだけ! 迎え撃つよー!」

「目玉が弱点なんだよな……!」


 ずしんずしんと足音を立てながら、鈍い動きで近付いてくる石人形のホムンクルス、"ストーンマン"。

 その接近から離れるようにしながら、ひとまずハンドマンの群れの掃伐を済ませる。

 一撃で仕留められるのが簡単でない相手は、敵の数を減らしてから迎え撃つべきというセオリーを二人は作れている。


「んっ、ぐっ……!

 くそっ、こいつっ……!」


 しかしこのストーンマン、とにかく硬い。

 頭部でなく胸元に単眼があり、見るにわかりやすくそれが弱点なのだが、こいつもそれをよくわかっているからガードもする。

 剣では石の体が少々欠ける程度のダメージしか与えられず、繰り出される拳の攻撃をかわしながら、ガードを掻い潜ってあの眼を攻撃しなくては撃破できない。


「Beeeee――」


「げえっ!?!?」

「あっあっ……ふぁ、火球魔法(ファイアボール)っ!!」


 ストーンマンと鍔迫り合いをしていたら、前の方からやばい奴の声が聞こえて来た。

 ヒカリの判断は素早かった。アキトの剣を両腕で受け止めたストーンマンの胸部に、隙間を縫うように投げつけた火球。

 それはストーンマンの弱点に直撃し、炸裂音とともにストーンマンが後ろにぐらついて倒れる。

 この緊急事態、ストーンマンなんかと戦ってる場合じゃないと、的確に二の矢で仕留めた判断は見事である。


「ヒカリっ、ありが……」

「だめだめだめ、来てる来てる来てるー!

 アキト君アキト君、控えお願い今すぐ!」


 お礼なんか今いらないからと叫ぶヒカリに応え、アキトは素早くヒカリの後ろに回った。

 威力はヒカリに劣るものの、アキトだって火球魔法(ファイアボール)の魔法は使える。

 万が一ヒカリが狙撃に失敗したら、アキトが撃ち落とさなくてはならない。


「Beeeeeeeeee……」


「――見えた! ヒカリ!」

「うんうんうん……!

 火球魔(ファイアボ)(ール)っ……!?」


 詠唱の最後を裏返したヒカリの放った火球は、真正面から飛来する火薬ホタルに当たらなかった。

 狙いが逸れたのだ。あの脅威に注視し過ぎた二人が見逃した、天井から飛びついてきたヒトデンが、ヒカリの利き腕の肩に張り付いたせい。

 アキトもすぐにわかったが、今はヒカリを救うよりも。


「Beeeeerrrrr……!」

火球魔法(ファイアボール)!!」


 こいつを仕留めなきゃどうせ二人纏めて真っ黒焦げ。

 火球を投げ付けたアキトは火薬ホタルにそれを直撃させ、見事に役目を果たしてみせた。

 しかし、七メートル辺りまで近付いて爆発した火薬ホタルの大爆発は、踏ん張っても耐えられない爆風で二人を押し出してくる。

 自分の前にいたヒカリを胸で受け止めたアキトは、そのままそれ以上吹っ飛ばされないよう、ヒカリを両腕で抱き込みながら後ろに倒れた。


「い、ったあ……!

 あ、アキト君、ごめ……いだだだっ!?」

「ごめんヒカリ、ちょっと乱暴だけど、っ……げほっ……!」


 ヒカリが自分の体に乗ったままでも、アキトはヒカリの肩に張り付いていたヒトデンを引き剥がして投げ捨てた。

 強引に引き剥がしたのでヒカリも痛かったが、何をしてくれたのかわかったヒカリは、すぐにアキトからどいて向き直る。

 頭を打ったのか、後頭部を押さえながら上体を起こすアキトは、乗られたダメージもあって咳き込んでいる。


「ひっ、ヒカリ゛……治癒(ヒール)しておこう……

 このまま行ったら、多分やばいと思う」

「……うんっ、そうだね。

 アキト君にも、治癒(ヒール)かけとくよ」

「ありがと、助かる」


 ヒカリは惜しみなく、自分とアキトに一冊ずつ治癒(ヒール)の本を消費する治癒魔法をかけた。

 自分のダメージは自分の本で、なんてけち臭い理屈は二人とも抱えていない。どうせ運命共同体、所有物ははなから共有財産も同然なのだから。

 アキトもヒカリの顔色を見て、治療(キュア)の本を使用してヒカリの毒を治した。ヒトデンに張り付かれた時点で、毒に侵された想定で正しい。


「ふぅ、ラクになった……!

 よしっ、行くぞ、ヒカリ……!」

「うん……!」


 治癒魔法はあくまで装備品の耐久度を回復させるものだが、ある程度は体が抱える痛みをやわらげる効果を持っている。

 全然痛くなくなるほどには沈痛してくれない辺り、少し中途半端だが、それでも随分動きやすくはなる。

 気合を入れ直すように声をかけ合って、アキトとヒカリは再び洞窟を歩み出す。


 それにしても、立ち直りの早い二人である。

 短い日数ながらもエクリプスの迷宮に揉まれて耐性がついたのか、あるいは二人とも、元から根性で突っ走ろうと思えちゃうタイプなのか。

 恐らく、後者である。苦難に満ちた暗い洞窟が眼前に続く中、負けてたまるかって顔をしているのだから。











「ぐうぅ、行き止まり……!」

「えぇっと、残った道は……

 あと、こことここぐらいかな……」


 しばしば立ちはだかるストーンマンに苦戦しながら進み。

 そうした難敵を相手している時でも、容赦なく絡んでくるハンドマンやヒトデンに翻弄され。

 たまに力自慢の黄鬼オーカーとでも遭遇しようものなら、衝突前からの緊張感だけでもまあまあのストレス。

 加えていつどこで発生するやらわからない、火薬ホタルに対する恐怖が常にあり、早くこの界層を走破したい想いは二人の中で強い。


 そんな中で行き止まりにぶつかると本当に萎える。

 ムカつくわクソが、の感情に燃えない辺りは温厚な二人だが、短気な者なら武器を叩きつけて八つ当たりしたくなるほど嫌なものだ。行き止まりというのは。

 深々と溜め息を吐くアキトのそば、インデックスを開いて地図を確認するヒカリも、お疲れの声になってきたものである。


「けっこう広くないか、この界層。

 分かれ道も多いしさ」

「本格的なダンジョンって感じになってきたもんねぇ。

 まあ、通りがけに本棚もいくつか見つけられてるから、迷ったぶんの収穫はあったなって感じで考えたいけど」

「うん、ヒカリのそういうプラス思考なとこ見習いたい……」

「あはは……どうなんだろね」


 なかなかゴールに辿り着けずに、探索範囲が広くなれば、それだけ本棚との遭遇率も高くなる。

 迷わされている現状に、ポジティブな考えを添えて前向きでいようとするヒカリだが、やっぱりこれも主張は弱い。

 二人とも、本音を言ってしまったら、今欲しいのはスタートからゴールまでの道の解答に他ならないのだ。


 薄暗闇を進んでいく。

 進めば進むだけ、暗い遠方の光景は可視の世界に更新され、行き止まりに突き当たるまで前進し続ける、そんな旅。

 インデックスの地図が未踏のエリアと示す先を選び、遭遇したホムンクルスとの交戦を繰り返し。

 ハンドマンの爪に引っかかれ、ストーンマンと息を切らして戦い、火薬ホタルの声が聞こえたら身構え、撃ち落とし。

 無限発生するホムンクルス、長引く旅路に伴って増える交戦、持ち寄りの回復用グリモアの消費に伴う不安。

 精神的にも重くなる疲労を、これだけ歩いているんだからもうすぐだ、という想いで蓋して、二人は前に進んでいく。


「……ここも行き止まりか」

「あとは……行ってないのはここの道だけっ。

 アキト君、まだいけるよね?」

「勿論……!」

「へへ……頑張ろっ……!」


 結果、引きの悪い旅になっている。

 数ある分かれ道、すべて袋小路に繋がるものばかりを選び、結果的にこの界層の殆どすべてを回りきるような足運びになってしまった。

 余力はどうだ。正直なところ、限界が見えてきた気もしている。

 装備品や魔力といった数字はともかく、度重なる戦闘で溜まる疲労で、二人とも息遣いが落ち着いていない。

 汗ばんだ手に握る武器を手放さず、活気を意図的に浮かべた表情を見確かめ合い、アキトとヒカリは残された道へ。


 この先にも分かれ道がまたあったら?

 その選択肢を間違えて、また行き止まりに差し掛かったら?

 考えるだけで足が重くなる想定を意識的に振り払って進む"冒険"は、未踏の地を行く者達を押し潰そうとする試練を、二人にずっしりと感じさせていた。


「グルルル……」


「またか……!」

「………………あっ!?

 アキト君っ、あいつの後ろ!」


 真っ直ぐの一本道、立ちはだかっている巨体のオーカーに、アキトは気力を振り絞って剣を構えた。

 しかし、そのオーカーのさらに後方を指差したヒカリの声は、本棚を発見した時の元気に喜ぶ彼女の声を上回って大きい。

 アキトもヒカリの指し示した先を見てみれば、みるみるうちに目の色が変わった。


 さながらあのオーカーは、ゴールへの道を阻む最後の番人のように。

 その後方には、淡い光を放つ魔法陣があるではないか。

 最後に強敵に阻まれたものの、二人はついに第9界層のゴールに辿り着きかけている。


「でも、これは……!」

「大丈夫、後ろは任せて……! 私が抑えとくから!

 アキト君は、オーカーをお願いっ!」


 しかし、後ろからもホムンクルスは接近していた。

 白骨死体が剣を持って動きだしたようなホムンクルス、"スケルトン"がカタカタと関節部分を鳴らしながら、デビルハンド一体を引き連れて歩いてきている。

 そして前をよく見てみれば、オーカーのそばには一体のドールも。計四匹のホムンクルスに、挟み撃ちにされた形になっている。

 よくもまあ、最後の最後にこれだけ選りすぐり、この界層で最も嫌な奴らばかり固まってこられたものだ。


「わかった……!

 ヒカリ、行くぞ!」

「うんうんっ!」


「グガアアッ!!」


 真っ直ぐオーカーに駆け迫ったアキトに、大きな棍棒が振り下ろされる。

 全力で剣を振り上げたアキトが、木の棍棒と頑丈な剣で火花を散らさんばかり、重い力のぶつけ合いとする。

 剛腕オーカーの攻撃を、手を痺れさせながらアキトが打ち払えたのも、武器がもたらしてくれるアキトの力への加護だろうか。


「うぐ、っ……!?

 んの、やろっ……!」


 体勢の上ずったアキトの脇腹を、ドールのナイフがすかぁと切り裂いてきた。

 鋭い痛みに顔を歪めながら、アキトはドールを蹴飛ばして追い払う。

 オーカーの棍棒がまた迫りつつあるのだ。まともに殴られてはもたない。剣を構えて横殴りのそれを受ける。


 重い一撃は踏ん張るだけで精一杯というほど重い。手首が痛くて表情が歪む。

 動けないままではまた追撃をくらう。アキトはオーカーの鼻先に、一歩踏み出して頭をぶつけにいった。

 がつんと強烈な一撃をくらったオーカーは後ろによろめき、アキトは近付いてくるドール目がけて剣を振り下ろす。

 ナイフを持つ腕を切り落とせた。だが、それでも倒れないドールがぎらりと目を光らせる。


「っ、ぐぅ……! やば、いっ……!」


 ドールの呪いの一つ、対象の動きを鈍らせる呪いだ。アキトの全身が、まるで関節すべてに重いものをつけられたようにずっしりと重くなる。

 それでも、ドールを胴真っ二つにする剣を振り抜いて、これにとどめを刺すことが出来た。

 しかし直後にアキトを狙う、オーカーの棍棒に気付いても体が追い付かない。

 剣を構える暇もなく、オーカーの棍棒の一撃がアキトの横っ腹を捉え、アキトを壁まで吹っ飛ばして叩きつけた。


 打たれた一撃、背中を岸壁に打ち付けた衝撃。膝から崩れ落ちそうだ。

 だが、耳に届いてくる、離れた場所でスケルトンとナイフで必死に交戦する、ヒカリが敵と武器を打ち鳴らす音。

 乱れた呼吸、何か攻撃を受けたのか短い悲鳴、それでも発する火球魔法(ファイアボール)の詠唱。

 倒れてなんていられるものか。ずしんずしんと足音を鳴らして迫るオーカーに、霞んだ視界で目を向けて、壁に手をかけてでも踏みとどまる。


「グルアアッ!」


 脳天割りの棍棒振り下ろしを、アキトは両手で握りしめた剣を構えて受け止めた。

 重い、手に響く、踏ん張れば腰がめきめきと砕けそうになる。声にならない悲鳴だって溢れた。

 ドールの呪いで縛られた体は重く、壁と地面に押し込まれてぎりぎり耐えているアキトは、一歩も動けない状況でいたぶられているかの状況だ。


「ら……っ、雷撃魔法(ライトニング)……!」


「グガッ!?」


 決死の想いで掠れた声の詠唱、オーカーを背後から雷撃で撃つ魔法。

 それによって怯んだオーカーが、腕の力を失った瞬間、アキトは全力でオーカーの棍棒を押し返した。

 後ろにふらつくオーカーを前に、アキトは剣を持たぬ手を前に出し、もう一度雷撃魔法(ライトニング)を発動させた。

 詠唱を省いて発動させたわけではない。声が出なかったのだ。


「っ、ぐ……!

 でやあああああっ!」


 それでも、頭を二発目の雷撃で射抜かれたオーカーに迫る際、気合を全力で絞り出して。

 振り抜いた剣は、オーカーの胴をばっくりと切り裂いて、それが後ろに倒れる光景を作り上げた。

 そして、勝利を確信したアキトは、ほっとするよりもまずヒカリの方へと振り返って走りだす。


「う゛あぁっ!?」


 目を向け、近付いたその瞬間、ぞっとするような光景が目の前に。

 ヒカリがスケルトンの剣によって、斜めにばっさりと斬られて後ろに倒れるその姿。

 大事な友達が目の前で斬られた光景に、アキトの全身の血の気がさあっと引いたものだ。


「っ、か……火球(ファイア)っ、魔法(ボール゛)っ……!」


 我を忘れてスケルトンに飛びかかりかけたアキトを遮ったのは、倒れたままで首をあげ、スケルトンに火球を投げ付けたヒカリだ。

 火球はスケルトンの顔面に直撃し、どかんとその頭蓋骨を吹っ飛ばす。

 死に際して、自分を倒した相手を毒状態にするブレスを吐くスケルトンは、真上に紫のブレスを吐きこぼして後方に倒れた。


 スケルトンと共に現れていたはずのデビルハンドも、今はもうここにはいなかった。ヒカリがちゃんと仕留めたのだろう。

 敵がいなくなった中、我に返ったアキトは倒れたヒカリに駆け寄った。

 その際、天井に見えたヒトデンが、ヒカリに向けて飛び降りて来た姿を見て、それを一振りの剣で斬り落とす。

 何気にたいした技を見せたものだが、必死の余り集中力が研ぎ澄まされ過ぎているのか、アキトはその達成になんの感情も抱かない。


「Beeeeeeeeee……!」


「ヒカリっ……!」

「あっ……けはっ……!

 だ、だめっ、アキト君っ……来て、る……!」

「わかってる……!」


 ヒカリの防具は壊されていない。だが、痛みのあまりか立てずにいる。

 それでも一番危険な存在が近付いてきていることに、首を引いて目線で必死に訴える。

 今のヒカリに狙撃を任せてなるものか。自分がやるしかない。失敗の許されない、アキトの正念場だ。


「Beeeeerrrrr……!」


火球魔法(ファイアボール)!」


 呪いの残る重い体で、アキトは決死の火球を投げ付けた。

 命中、そして大爆発。近くて熱い爆風が二人を苦しめる。

 その熱風が、ヒカリにダメージを与えないよう、アキトは爆風に背を向けて丸めた。

 爆風に背を押され、ヒカリの上に覆いかぶさるような倒れ方をする寸前、両手で踏ん張りほぼ四つん這いの姿勢でヒカリを庇い切る。

 やがて熱風が通り過ぎた時、ひりひりする肌の痛みに歯を食いしばり、アキトはヒカリの横に一度ごろんと転がってから上体を起こした。


「はぁ~…………っ。

 ヒカリ……治癒(ヒール)かけとくよ……」


「はぁ……はぁ……

 あ、ありがと、アキト君……あははっ……」


 アキトがヒカリに治癒(ヒール)三冊分の回復魔法、ヒカリもアキトに同じだけのお返し。

 手持ちを殆ど使い切らんばかりの贅沢な使いっぷりである。結構、結構。

 ゴールが見えている中で、とびっきりの苦闘を乗り越えての祝杯のようなものだ。

 治癒魔法がもたらしてくれる沈痛と、疲れをささやかに癒してくれる効能が、首を引くので精いっぱいだったヒカリが体を起こせるほどまで回復させてくれる。


「……よしっ。

 行こっか、ヒカリ!」

「うん……!」


 先に立ったアキトがヒカリの手を握り、ぐっと力を込めて立つのを助ける。

 並んだ二人は達成感いっぱいの笑顔を交わし合い、見えていた第9界層のゴール、次の界層への魔法陣へと歩いていく。

 長い長い第9界層を歩き抜け、感慨深くすらある足をアキトが魔法陣に踏み込もうとした時、ふとヒカリがアキトの手を握って引き止める。


「アキト君、アキト君っ」

「ん……?」


 掌を高く挙げ、ハイタッチを求めるヒカリの笑顔がそこにあった。

 そうされて、応えたくなるぐらいの達成感は、アキトにだって同じくらい、言い換えればヒカリにも負けないぐらいあった。

 アキトもくしゃっと顔を綻ばせ、男同士の強いものじゃない程度に、ぱちんとヒカリと手を鳴らし合わせた。

 それでも、まあまあ強めだったけど。嬉しくて、嬉しくて、仕方なかったから。


「行こっ!」

「ああ……!」


 苦難を乗り越え、辿り着いた道の果て。なかなか感じられる満足感じゃない。

 胸いっぱいの喜びを共有し合って、アキトとヒカリは第9界層の走破を意味する魔法陣を踏みしめていた。

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