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エクリプスの迷宮(クソゲー)  作者: 日月月明日日月
第一章
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第2話    ~ニケ~



(おぉ~! ファンタジーだ~!)

「現金だねぇ、君は」


 イレットがアキトを導いたのは、アキトのいた世界で言うところの、中世ファンタジーをそのまま落とし込んだような街並みの真ん中だ。

 石畳の地面、煉瓦造りの建物、ちょっと離れた場所でゆったり進む馬車。

 真っ白な雲をぽこぽこと擁する綺麗な青空の下、三角屋根や高い塔のてっぺんが、高所を見上げる景色を彩っている。


「ここが私達の世界に召喚されてきた人達の、始まりの街と言える場所。

 "ヴィルソール"っていう街だよ。素敵な名前でしょ?」

(エルフもいるよ! ドワーフもいるよ! 犬の頭した獣人さんもいるよ!

 コッテコテの中世ファンタジー風の異世界だよ!)


「どこ向けに実況してんの。

 君はもしかして、学生ユーテューバーだったりしたのかな?」

(いや~、これなかなか興奮する景色ですよ。ウキウキしますもん。

 ラノベの挿絵やアニメの絵でしか見られなかったような光景が、目の前にあるんですもん)


 楽しそうで何より。

 お餅ボディな魂だけの姿ながら、きょろきょろ街の風景を見回すように頭を左右させるアキトの姿は、イレットにとっても微笑ましい。

 非日常な光景にはしゃいでくれるこの姿は、唐突にこの世界に召喚されて戸惑っていた心情も知るだけに、なんだかイレットもほっとする。


「とりあえずさ、あなたに会って欲しい人がいるんだ。

 私なんかよりずっと丁寧で、親切に、この世界のことをあなたに教えてくれる人だよ」

(え~、たらい回し?

 イレットさんが今よりずっと丁寧で親切に、この世界のこと教えてくれてもいいと思うんですが)

「こんな恰好した私に、懇切丁寧な優しいお姉さんキャラをお求め?」

(エロサキュバス)

「残念ながらエロ展開はあげません。体の安売りしないぞ?」

(何の価値もない露出乙)

「それでいいも~ん。

 私はこのナイスバディを自慢したいだけなのだ。ほれほれ見ろ見ろ」


 くるっと回ってポーズ決めるイレット。

 まあまあサイズのある胸にくびれた腹回りながら、言動のせいで色気はゼロ。


(それより俺、いつまでこのカンジなんですか?

 このフワフワ感、正直なんか落ち着かないし、出来れば早く普通に歩きたいなーって思うんですけど)

「やりづらい?

 一日だけそれで我慢してよ、今日か明日にはちゃんと人としての肉体を与えられるから」

(あ、よかった。

 ちゃんとヒトの肉体を貰えるんですね)


 歩き始めたイレットに、アキトもふよふよ魂ボディで浮遊してついていく。

 魂だけの存在にされても、差し支えなく動きやすくはあるようだ。

 ちゃんとついて来ている横のアキトを、ちらちらイレットも確かめている。


「そりゃあなた人間なんだから、人間としての身体が与えられるよ。

 むしろ何にされると思ってたの?」

(わかんないから怖かったんですよ。

 ゴブリンとかオークとかにされるのはなんかヤだ、討伐されそうだし。

 超強いドラゴンになれるとかなら大歓迎)

「あはは、良くも悪くもあなたに与えられるのは普通の人間としての肉体だよ~。

 召喚されてくる人の身体、そのまま再現するだけだから」


(少しぐらいイケメンに改変して貰えたりしません?)

「しません」

(身長ちょっとぐらい盛ってもらえたりは)

「しませ……あっこら、どこへ逃げようというのかねっ!」

(や~だ~! 夢もへったくれもない~!

 せっかく新しい体を与えられるんだったら、ちょっとぐらいモテそうな外見にもなってみたい~!)


 ワガママ仰るアキトである。でも、その程度期待するのは別に図々しくない。

 誰だって、なれるんだったら今より魅力的な、理想に近い姿にはなってみたいものだ。そんなの男でも女でもそうである。

 駄々をこねる表れの如く、イレットから離れる方向へ行こうとしたアキトを、イレットは尻尾めいた部分を捕まえて逃がさない。

 離せコンチクショウ、びちびちびち。わかりやすいアキトの挙動である。


「自分に自信を持ちなさいっつーの!

 私はあなたのちょっと垢抜けなさが残る顔は好きだぞ!?

 背だって小さくはないでしょ! 大きくもないけど!」

(うるせー顔のこと言うなー!

 気にしてるんだクソッタレー!)

「こらこら頭突きしてくるなっ!

 柔らかくて気持ちいいぞっ!」


 つんつるボディのアキトには顔なんてものは無いはずながら、どうやらイレットは彼の本来の姿を知っているうような口ぶりだ。

 やけくそ気味に暴れるアキトと、楽しそうにそれを捕まえて付き合うイレット、二人の心模様は対照的。

 なんだかんだでこの二人、初対面間もなくにして、遠慮のないコミュニケーションの出来つつあるようである。











 悶着を経てながら、イレットがアキトを引き連れて辿り着いたのは、西洋風の街並みの中では極めて浮く、一軒の居酒屋だった。

 赤い暖簾に"居酒屋 凪"と達筆な字で書かれた、瓦屋根の和風建築物である。


「はいよー! イレット推参ー!

 イキのいい魂もってきやしたぜー!」


 アキト(の魂)を頭の上に両手で抱えたイレットは、その店の扉を足で横に滑らせ、がらがらぴっしゃあんとデカい音を立てて店内へ。行儀の悪い。

 店内も、土間の床の如く土の足元かつ、風情溢れる手彫り感満点のテーブルと椅子が並んだ、たいそう古臭い内装だ。

 アキトの価値観に言わせれば、小っちゃい頃に見た時代劇のお食事処かと思うほど、元の世界じゃ前時代の文化建造物のようだ見える。


「どんなキャラじゃ。

 着こなしの真意も全く見えて来んわ」

「今回はこんなカンジでキメてみたよー!

 きっと新人のこの子にも大ウケだぜー!」


 客もいないその日中の居酒屋へ、ずかずか入っていくイレットを迎えるのは、カウンターの向こう側の女将さん。

 さらりとした黒髪で、三十路いかないぐらいの黒髪女性である。

 紋付羽織を一枚重ね着した和服姿で、煙管(キセル)を片手にした様は、これまたアキトからすれば前時代の和装美人と感じる風体だ。

 荒っぽく現れたイレットを前にしても動じることなく、訛りじみた口調ながら落ち着いたその態度は、人生経験豊富な大人の女性を思わせるものがある。


(イレットさん、早く俺を解放して。

 この人の方があなたよりよっぽど優しそう)

「うるせぇ、座れぃ」

(ぎゅむっ)


 慎み深さを匂わせる風格を持つ和装美女がアキトのつぼを突いたのか、それとも言動のはしたないイレットに対するアキトの評価が低すぎるのか。

 イレットよりこの人がいい、と遠慮なく思念を発しちゃうアキトに、イレットもやや乱暴に椅子の一つにアキトを押し潰す。柔らかい。

 そうしてアキトを座らせたイレットは、アキトの後ろに立って胸を張り、これが新しく召喚されてきた子だと和装美人にアピールする。


「自己紹介しておこうか。わしの名は"ニケ"。

 この居酒屋で女将を務める身分であり、イレットと同じく"エクリプスの使者"。

 特にこの世界へと召喚されてきた方々への、案内役を担う身じゃ。

 そなたの名は?」


(えーと……日下 明人です)

「うむ、アキトどのじゃな。

 それとも、クサカどのと呼んだ方がよいか?」

(アキトでいいです)

「よし、それでは今後はそう呼ぼう。

 しばしの付き合いとなるじゃろう、よろしくな」


 イレットの態度からアキトの境遇を再認識し、ニケと名乗った和装美人はアキトに微笑みかけて挨拶する。

 思うがままの子供のようにしか笑えないイレットに比べ、包容力のある女性の優しい笑みだ。


「のう、イレット。

 アキトどのにはどの程度まで説明しておる?」

「全然なんにも。

 あなたは召喚されたんだよ~、って程度のことしか伝えてない」

「相っ変わらずじゃのう。

 そなた最近そんなんばっかじゃな」

「意図あって、意図あって。

 ニケならわかってくれるでしょ?」

「わしにはわかるが……まあ、これ以上は何も言うまい。

 叱るべきところではないのじゃろうな」

「えへへ~、ニケ愛してる」


 腕組みして苦笑いを浮かべるニケと、へらへらしながら満面の笑顔のイレットは対照的だ。

 親密な間柄の二人ではあるが、傍から見る者達がこの二人を、気の合う者同士だと見るのは難しいだろう。

 褐色肌で半裸のイレット、殆ど肌を見せぬ慎み深い和装のニケ、初見で見比べて二人は仲良しと推察できるならたいしたものである。


「それじゃあアキト君、私はもう行くね。

 ニケの言うことよく聞いて、私達の世界のこと少しずつ知っていってね!」

(えっ、あっ)


 ぽんぽんとアキトの頭を二度優しく叩いたイレットは、そのまま全身から光を放つようにして、その光が消える頃には姿ごと消えていた。

 振り返るように丸い頭をイレットの方に向けかけても、光の中で手を振るイレットがかろうじて確認できた程度。

 あっという間にいなくなった。最後まで奔放な人だったなぁとアキトも溜め息心地。


「すまんな、アキトどの。

 あの感じじゃと、さぞかしイレットに振り回されたじゃろ」

(やー、まあ、否定はしないですけど……)

「あぁ見えて、根はわしよりもずっと真面目で、情にも厚い優しい奴じゃ。

 第一印象はあまり良くなかったかもしれんが、まあそう見損なってやらんでくれ」


 そんなニケのイレットに対する所感も、アキトはいまいち信じにくいという気配。

 あのはっちゃけた姿から、真面目な彼女なんて姿は想像しづらいのだろう。ごもっともな心象である。


「それではまず、そなたがイレットからどの程度まで説明を受けたか、わしに話してみてくれるかな。

 状況に関して自分がわかっておることを、復唱して貰えればよい。

 きっとそれにより、そなたも状況の再認識や整理が捗るじゃろうしな」


(わかりました。

 えーっと、何から言えばいいかな……

 まず俺はこんな姿だけど、異世界召喚された身らしくて――)


 ニケの穏やかで優しい笑みと声使いを前に、アキトは初対面の相手ながら、すんなり会話する流れに移っていくことが出来た。

 非日常的な経験の真っ只中、今も心のどこかでは混乱が残っているアキトも、イレットから聞いたことを整理しながら現状について見つめ直す機会を得る。

 新しく招かれた者がどの程度までイレットから話を聞いているのかを確かめつつ、招かれた者自身にも自分で状況整理させる、そんなニケの計らいだ。




(――って感じです)


「ふむ、なるほど。

 別段わしから付け加えて説明すべきことは無さそうじゃな」


 イレットに説明されたことを、アキトが自分の言葉で人に伝えられているということは、ちゃんと現状を把握している証拠。

 把握に怪しい気配があれば、ニケはイレットが説明したはずのことを、ここでまた話すことも厭わない。

 多くの者にとって初体験かつ非日常的すぎる、召喚されるという経験に戸惑う者への説明係は、イレットとニケの二段構えで行われる。


「偏にそなたは、この世界に好きなだけ滞在し、飽きたら元の世界に帰ることも選べる。

 肩に力を入れ過ぎず、気楽に望むだけこの世界と付き合ってくれればよい」


 ニケは片手の指に煙管を挟んだまま、器用に一度手を叩いて話を区切った。

 同じことを、イレットが言うのとニケが言うのでも、受け取る側のアキトが安心を得る度合いが違う。

 それはニケの優しい笑顔や、彼女の人格からくる嘘の無さを信じさせる風格に加え、アキトが状況の再認識を経て落ち着いてきていることが要因だろう。

 微笑むニケから向けられた言葉を、落ち着いて額面通りに受け取ることが出来、ひとまずほっとするアキトがそこにいた。


「さて。

 そうは言ってもそなたはまだ、この世界での過ごし方というものを全く知らぬじゃろう。

 召喚されて、初めて見るものばかりの世界では当然じゃ。

 いくらなんでも実際にその立場にされてしまっては、ゲーム脳とファンタジー脳をいくら駆使したって、限度があるというものじゃろう」

(うーん、そうですね)


「とりあえず、わしと一緒に外を出歩いてみんか?

 じっとしておっても始まらんしな。

 じっくりわしらの過ごす世界を眺めて回り、それから見えてくるもの、わかってくるものもあるじゃろう」

(お店は大丈夫なんですか?)

「営業時間外じゃ、気にせんでよい。

 イレットもそれを込みで、この世界に召喚されし客人を、日中のうちにわしの所へ連れてくるのじゃ」


 そう言ってニケは、カウンター端まで歩き、アキトが座る客椅子側に回り込む。

 店の出口へ向かい、さぁおいで、とばかりに振り向くニケに、アキトは霊体めいた体を浮かし、ふよふよその方へとついていく。一緒に店を出る。

 ニケが店の玄関戸に、でかでか"不在"と書かれた看板を貼り付けると、街を歩きだしたニケにアキトがついていく流れがそのまま固まった。


「そう緊張するでない。

 わしの隣におれば安心じゃと、ばっちり保証させて貰うぞ」


 ニケとアキトは並び行く形で街を進み、浮遊して進むアキトの速度にニケが足を合わせている。

 案内する側とされる側、ニケが前で先導役をしたがらないのは、その位置関係に立場の上下が漂いかねないからだ。

 聞きたいこと、話したいことがあるならば、案内される側だからと言って遠慮せずに言ってくれてもいい。

 少しでも、そう思って貰いやすいように努めた配慮である。


 無邪気にきょろきょろ、マイペースに街の景観を見回すアキトの動きは、心に余裕が生まれてきた表れだ。

 生まれた世界では絶対に見られなかったファンタジックな光景を、いま改めて見回し楽しむことが出来ているのはそういうこと。

 我が子が旅行先の新鮮な眺めにはしゃぐ姿を喜ぶかのように、優しく見守るニケから漂う風格が、きっとアキトをいっそうリラックスさせていた。

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