第23話 ~鍛冶屋と猫~
「後半に書いてある"トラップ"や"バインダ"はともかくとして、状態異常に関してはちゃんと覚えておいた方がいいよなぁ。
これ絶対、甘く見て勉強しておかなかったら致命的なことになるぞ」
「なんか状態異常攻撃を使えるホムンクルス、すごく多いみたいだもんねぇ」
アキトとヒカリは休憩がてら、グルモワール図書館の読書スペースで並んで座り、買ったばかりの"ヤクモノの手引き"を読んでいた。
一人一冊ずつ購入したようだ。アキトは本を直接読み、ヒカリは読みたい書物の内容をインデックスに表示させ、電子書籍のような読み方をしている。
ライブラリは所有グリモアがインデックスに表示されることからもわかるとおり、インデックスと見えない形で連結している。
ライブラリに入っている書物は、字も絵も含めてその内容を、インデックスに表示させて読むことも出来るそうだ。シショネコが教えてくれたことである。
ライブラリから本を出して読むか、本の内容をインデックスを表示してタップ&スライドで読むかは、その人の好み次第で選べるということだ。
「毒状態になると、時間経過とともにHPが減っていくってさ。
顔色に出るらしいから、見た目にはわかりやすいみたいだけど」
「目眩に近い症状を伴うから、その人の集中力を阻害してINTが下がってしまうとも書いてるね。
これはちゃんとこういうのを読んでないとわかんなかっただろうなぁ」
「丁寧だよな。
"魔法というのは術者の精神力に依存するものだから"っていう注釈もあるし。
毒に侵されて集中力が万全じゃないと、使う魔法の威力も下がるんだな」
"トラップ"や"バインダ"に関しては、第11界層以降にしか登場しないものなので、今のところアキト達は気にかけなくていい概念である。
それより、毒状態一つとっても、状態異常というものの嫌らしいこと。
毒に侵されたままでいるとHPが減っていく、というのはアキトも想像がついていたが、目眩に伴う魔力への影響までは想像がつかなかった。
想像だけで補わず、こうした正しい知識を与えてくれるものから学ばなければ、そんな大事なことにもずっと気付けずにいたかもしれない。
それを身につまされただけでも、この本の価値の高さが知れるというものだ。
1000ジェムという安さも相まってだが、アキトとヒカリはそれぞれ一冊ずつヤクモノの手引きを買っている。
一冊を買って回し読みする選択肢もあったにはあったが、今晩宿で一人になった時、二人ともちょっと勉強しておきたいのである。
内容を忘れたらいつでも読み返せるし、一人一冊持っておくべき迷宮攻略の必需品だと思えば、廉価も手伝い二冊分の費用にも躊躇わなかったのである。
「そんなことよりコレですよ、ええ。
高い買い物になっちゃったけど、これは絶対買っとくべきだったよな」
「アキト君、後で第6界層に生息するホムンクルスのページ写させてよ。
寝る前にちゃんと勉強しておきたいからさ」
そして、アキト達が勝った書物はもう一冊ある。
ホムンクルス図鑑α、お値段なんと3万ジェム。
流石にこれは一人一冊買うには高すぎるとして、アキトとヒカリで半分ずつ出し合って買い、とりあえず今はアキトが持っている。
最初にニケから貰えた5万ジェムと、ホムンクルスを多少仕留めてきて稼いだ少額ジェムが全財産の二人にとって、これは大きな買い物だ。
それでもどうして購入に至ったかと言えば、とにかく内容が充実しているからに他ならない。
1ページに一体のホムンクルスについて詳しく書いてあり、第30界層までは150種以上のホムンクルスがいるため、その時点で情報量は膨大だ。
さらには各界層に生息するホムンクルスの一覧表もあるのだから、索引用のページなども含めて果たして何ページになるか。
捨てるべき所なく、エクリプスの迷宮の最たる障害ホムンクルスの情報をぎし詰めにした一冊、間違いなく必需品の類だろう。
「やっぱりヒカリが毒に侵されたのは、あのムカデに噛まれたからか。
あれセンチペタっていうんだ」
「あの飛んでた蝶、パピヨンがばら撒いてたのも毒鱗粉だったみたいだしね。
動きも遅かったし魔力の節約で無視するのもありだと思うんだけど、やっぱり侮らずちゃんと撃っておいた方がいいこともありそうだね」
第6界層には全部で六種のホムンクルスが生息している。
偶々ながらアキト達は、短い時間でそれら全てを見たが、そのうち二種が、冒険者達を毒に侵す能力を持っている。
恐らくこの辺りの下知識をしっかり頭に入れていれば、あんなに戸惑わされることもなかっただろう。
「それにマディ、あの泥人形みたいなやつだっけ。
あれってダメージ受けて崩れて消えたように見えたけど、地面に溶け込んで逃げただけだったんだね。
仕留められてないからアレ、アキト君にジェム入ってないんだって」
「あのウッドマンも、攻撃すると自分の体力を回復する吸収能力があるんだってさ。
攻撃を受けるたび相手が回復するから、打ち合いになったら戦闘が長引きそう」
「こんなのちゃんと教えて貰ってないと、見ただけじゃわかんないよねぇ。
ホムンクルスに関しては、ちゃんと勉強していかなきゃダメだなぁ」
観察しただけでは容易に気付けないようなことまで書いてくれているから、迷宮に挑む前には必ず目を通しておくべき図鑑だと切に感じさせられる。
未踏の地への挑戦、別に気を抜いて挑んだわけではなかったにせよ、やはり知識面の準備不足があったと二人も感じている。
実戦舞台という環境上、見て現地で覚える、ばかりでは危険だ。
状態異常はいずれも"治療の本"で治せるらしいので、治癒の本の時のように、アキトもヒカリも持てる限りまで大人買い。
ホムンクルス図鑑をシェアして買ったのと、ヤクモノの手引きの購入一冊ずつで、合わせてまあまあの出費となった。
悪くない買い物ではなかったはずだ。知識にせよ、今後に向けた心構えのきっかけにせよ、学べたことは数多い。
「いきなり再挑戦っていうのもアレだから、一回街に帰ろっか?」
「そうだね。
一回宿に戻って、お昼ご飯でも食べてこようよ」
二人は席を立ち、第1界層ヴィルソールの街への魔法陣へと向かっていく。
今日はまだ早い。ダンジョンへの再挑戦がしたければ、時間もまだまだ沢山ある。
三十日間は無料、食費もタダの宿に恵まれていることもあって、ひとまず腹ごしらえで気分転換というところだ。
「あっ、そうだ」
ライオスじるしの宿の食堂にて、二人で充分お腹いっぱい食べてから、再び街へと歩きだした時のこと。
ヒカリが何かを思い出したようにぽんと手を叩いた。思い付いて、伝えたい内容だから、仕草を挟んでアキトの目を惹く。
「鍛冶屋、行ってみよっか。
武器と防具を強化して貰えるよ。お金はかかるけど」
「あ、それいいな。
案内してよ」
「はいはい~、ご案内します~」
リザードマンやマンティスガールといった、今までで一番強いホムンクルスと戦った経験から、アキトも装備品が強化されるという響きには魅力を感じた。
てっきりアキトは、今まで装備してきたものに不足を感じたら、より強いものに買い替える日もくるのかと想定していたのだが。
そういう施設があり、武器や防具を今より高性能なものに更新していけるのだとすれば、初めての装備品を長く使っていけそうな期待も沸く。
「ヒカリはその鍛冶屋、行ったことあるんだ?」
「うん、何回か。
私はアキト君とは違って戦闘とかヘタだったし、何回も迷宮から逃げ帰ってきて、鍛冶屋に頼って装備品を強化して貰ったよ。
実は一週間しか早く来てない私のステータスがアキト君よりまあまあ高めなのは、鍛冶屋さんに装備品を鍛えて貰ったからだったりする」
「えぇ、ちょっと待って?
だったら未知の第6界層に挑む前に教えておいてくれよ。
そしたら俺だって、装備品を強化してから挑んだのに」
「うっ……じ、実は忘れてて……アキト君、第5界層まで順調だったし……
だから教えなくても大丈夫かな、とかそういうのじゃなくて、私も浮かれて忘れちゃってて」
すごく気まずそうな顔に急変したヒカリが顔を逸らす。
これはだいぶ悪いことをしたと感じた顔である。
「自分が第5界層までで苦労したからって」
「ちがーう!」
「俺にも苦労をさせようと黙ってた説」
「ちがーう! そう言われそうな気がしたから気まずいの!
そんなイジワルしませんっ! 忘れてたのはごめんっ!」
もちろん冗談だとお互いわかってるが、そんな邪推だけは心外とばかりに、ヒカリはぷんすかアキトを睨みつける。
それでも謝るのだが。語気が強く、謝るそれではないが。
「ほらっ、着いた着いたっ!
この話終わりっ! すいませんでしたっ!」
「後でもうちょっと詳しく事情聴取したい」
「聞こえませんっ!」
表情豊かに抗議するヒカリに笑わずいられないアキトと、内心ではこのやりとりを楽しんでいるヒカリで、きゃんきゃん騒がしく鍛冶屋に入店。
大きな工房めいた一軒家、看板には"ライオスじるしの鍛冶屋"の字。
ああ、これはネコだ、とアキトも鉄板の予想を立てる。
「おう、いらっしゃい。
初顔のお客さんだニャ」
「でかっ」
「ニャははは、ブグネコやカンネコのようなタマネコ族ばかりじゃねえぞ」
カウンター越しにアキトを迎えたのは、茶毛で皮の腰巻を身に付けたタマネコ族。
アキトよりも頭三つぶんほど大きそうで、でっぷり腹の出た恰幅のいい体系の二足歩行ネコが、どっかとカウンターの向こうにふんぞり座っている。
体格とサイズだけ見て言えば、タマネコ族の親分格にでも見えそうな大きさだ。
「俺ぁ"カジネコ"っつーんだニャ。
お前さんが手前の装備品に愛着を持てるなら、長い付き合いになると思うニャ。
願わくば、今後ともよろしくニャ」
「よ、よろしくお願いします……」
にょーんと伸ばされた"鍛冶猫"の握手の手、腕の長いこと、ぶっといこと。
爪を立てずのその手を握れば、とっても柔らかい肉球感触。
そして性格豪快そうな語り口と太い声にして、語尾にアレ。
強そう? 可愛らしい? 優しそう? なんだか色々盛り込まれ過ぎ。
「うちの店では武器と防具の修理・鍛冶・強化をやってるニャ。
HPがゼロになった防具は、ただの治癒魔法や自然回復では修復できず、通称"蘇生魔法"じゃないと修復できなくなるニャ。
うちに持ってきてくれれば、HPがゼロになった防具を修理してやれるニャ」
「ああ、そうなんだ。
HPが防具によるものだから、鍛冶屋は蘇生を司る教会みたいなものでもあるんですね」
「教会が蘇生を司る、っつーのは俺にはよくわかんねぇけど、そう聞かれたら『そうだ』って答えるようニケさんに教えられてるニャ。
多分、それで合ってんだろうニャ」
ここではない世界の言葉の使い方を熟知してくれているのは、エクリプスの使者の皆さんだけ。タマネコ族には通じない言い回しもあるだろう。
しかし、そういう所まで根回ししてくれているのがニケやアルエッタである。いない所でも良い仕事をしてくれているものだ。
「あとは、ジェムと引き換えに、インデックスに表示されるステータス数字の上昇よろしく、今より強力な武器防具に仕立ててやることが出来るニャ。
あるいは素材を持ってきてくれるなら、状態異常耐性や属性耐性などの付与強化もしてやれるニャ」
「状態異常耐性か……」
ついさっき、状態異常の怖さを感じたばかりのアキトにとっては、そんな響きもなかなか魅力的に聞こえる。
例えば防具に毒耐性などをつけられれば、ホムンクルスの攻撃で毒を受けにくくなったり、受け付けなくなったりするのだろう。
しかし、その説明の頭に、ちょっと聞き慣れない単語も含まれている。
「素材っていうのは何ですか?」
「ホムンクルスを倒して、捌いて得られる素材のことニャ。
まあ別に、どっかで売ってるのを買ってきてもいいけどニャ」
「ホムンクルスから素材が獲れるんですか?
ホムンクルスって倒したら、煙になって消えちゃうのに?」
「あー、なるほどニャ。
お前さん達、まだ第10界層をクリアしてないニャ?」
「はい」
「第10界層をクリアすると、"裏エクリプスの迷宮"に行けるようになるニャ。
そっちではホムンクルスを倒しても、ジェムが得られない代わりに倒したホムンクルスが消えずに死体になるニャ。
そいつを捌いて素材をゲットするんだニャ。
自分で行けばタダで採取できるんだから、基本的には誰かから買わずに自分で獲りに行った方が安上がりだニャ」
つまり、今のアキト達にはあまり関係のない、先の話である。
どこかで売っているという素材を買ってきてもいいが、それは割高と。
付与強化とやらは魅力的に聞こえるが、それは後々のお楽しみと考えるべきか。
「ひとまず、単純な性能強化はどうニャ?
そうやって今よりラクに迷宮を攻略できるようになって、付与強化だのは第10界層をクリアしてからじっくり楽しめばいいニャ」
「うーん、なんか我慢だけどそうすることにします」
「武器や防具はわざわざ買い替えなくても、強化すればずっと使えるニャ。
武器や防具の買い替えは、デザインの好みの変遷、あるいは剣から弓への全く違う武器への乗り替わり、って動機が殆どになるニャ。
お前さんが自分の武器防具に愛着を持つなら、強化を繰り返していくことでいつまででも使えるはずニャ」
「なるほど、だから『装備品に愛着を持てるなら長い付き合い』になるんですね」
「武器や防具を愛着を持って大事にする奴ぁ俺も大好きニャ。
最初に選んだ装備品だろ? 可愛がってやってくれニャ」
武器と防具を手にかける職人たる鍛冶屋、装備品という概念に対する想いの入れようが伺える表情である。
アキトも自分の持ち物には愛着を持つタイプなので、ここに関してカジネコとは非常に気が合いそうである。
「とりあえず持ち金いくらニャ?
お前さんを貧乏にしない程度に見繕ってやるニャ。
――ふむふむ、それじゃ予算に見合った程度に強化してやるニャ。
3000ジェム、後悔はさせないから俺に任せてみるニャ」
無理のない金額を要求するカジネコに、アキトは信じて代金を支払う。
続いてアミュレットを出すように言われ、それもカジネコに手渡した。
「よいしょっ、よいしょっと。
――ほいっ、終わったニャ。
インデックスを見て、お前さんのステータス上昇具合を見てみろニャ」
カジネコは受け取ったジェムを、粘土のようにこねこね揉んで変形させると、カジネコはそれをアキトのアミュレットにぽふんと叩きつけた。
これで終わりらしい。早いお仕事ぶりである。
「ヒカリ、お前さんもやっとくニャ?」
「あっ、お願いします。
アキト君とおんなじぐらいで」
「そっか、こいつアキトっていうんだな。覚えたニャ。
それじゃヒカリ、3000ジェムとアミュレット出すニャ」
「うへえええ、すっげーステータス上がってんですけど……!
ヒカリー! これ絶対もっと早く教えといてくれるべきだったってー!」
「ごめんってー! ほんとに忘れてたんだよー!」
カジネコがヒカリに受け取ったジェムを、こねこねしてアミュレットにぽんする間に、自分のインデックスを見たアキトもびっくりだ。
RPGで言うところ、レベル5~7ぐらい上がったんじゃないかってぐらい、攻撃力も守備力もHPも跳ね上がっている。
実戦で使ってみないとどれだけ強くなれたのかわからないが、早くもう一度あの第6界層に行って、それを試してみたくなるほどだ。
わざと怒気を含まない大きな声でヒカリに苦情を出すアキトと、両手をごめんの形に合わせて後ずさるヒカリのじゃれ合いが、カジネコから見て微笑ましい。
「そんだけ強化しとけば第7界層ぐらいまでは楽勝だろ。
もっと強化して欲しくなったらまた来いニャ。
ジェムさえくれればいくらでも強化してやっからよ」
出鼻を挫かれてどう攻略していこうかと悩ましかった第6界層に、にわかに攻略の兆しが見えてきた。
重ね重ね、こんな便利な施設があるなら先に教えてよとヒカリに訴えていたアキトだが、胸の内は先が見えた高揚感でいっぱいだ。
だから、ヒカリとじゃれあう表情も明るい。そんなアキトと冗談口を交わし合うヒカリも同様だ。




