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エクリプスの迷宮(クソゲー)  作者: 日月月明日日月
第一章
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第1話    ~イレット~



 異世界召喚。

 それは多くの場合、召喚する側と召喚される側が、事前に疎通を行わない。

 自分達のいる世界とは別の世界から、わざわざ何者かを召喚してまで人材を求める者達にとって、断られる可能性を一厘でも孕む事前交渉は無益だからだ。

 だから召喚する側が、召喚される側を、有無を言わせず一方的に我が世界に連れ込むような形になることが非常に多い。

 違うケースもあるにはあるが、それはまあまあ良心的なやつである。


 日下(くさか) 明人(アキト)、十八歳。

 令和間もない日本に生まれ、一週間後に大学の入学式を控えていた彼は、この日突然異世界に召喚された。

 彼の場合、生まれ育った世界の文化に、漫画やライトノベルといった幻想を描く産物があったおかげで、"召喚"という概念には理解があった方。

 まさか本当にそんなことが自分に起こるとは思っていなかったから、戸惑いこそあったのは確かだが。

 それでもいつの間にか見知らぬ場所にいて、あなたは異世界召喚されました、と告げられた時、マジですかと言うほどには意味をわかっていた。

 そういう意味では、彼は今の状況を夢か何かかと疑う時間こそあれど、短い説明で現状を理解する素地を持っていたと言える。


(わかりました、わかりましたけど……

 だからってこれは、あんまりなんじゃないですかねぇ)

「ヘンな感じだとは思うけど、今はそれで我慢して欲しいな。

 意味があって、あなたにも良いように、そうなってるんだから」


 そこは、色とりどりの花が咲き誇る庭園の真ん中。

 真っ白なガゼボの下、テーブルを挟んで"アキト"の前に座るのは、褐色肌で紫色の長い髪をたなびかせる、二十歳辺りと見える女性だ。

 面積の少ないビキニ姿で裸足、おでこの上にはデフォルメされたドクロのお面。珍妙にして破廉恥な姿である。


 そして、この世界へと召喚されたアキトは、まるで魂だけの存在となった姿で、ちょこんと椅子に乗っかっていた。

 真っ白でつるんつるん、触ればきっともっちりと柔らかそうな、まんまるお餅に短い尻尾をちょろりと生やした魂のような様相だ。

 落書きめいた全容の彼は、抱いて心地いいクッションか枕のようなサイズで、テーブルの向こう側の女性と目線の高さを等しくしている。


(これ、"異世界召喚"なんですよね?

 "異世界転生"じゃないんですよね?)

「うん、別にあなた死んじゃったわけじゃないからね。

 召喚されたことをわかって貰えたなら、今から詳しく事情を話していくよ。

 なるべくあなたにとってわかりやすい言葉を選んで説明するよう頑張るから、とりあえず私の話を聞いてみて欲しいな」


 この世界へ召喚されたアキトが、最初に出会ったこの女性は、柔らかく微笑んでアキトの戸惑いと緊張をほぐそうとする。

 つんつるてんで顔も無い魂の姿のアキトだから、表情から彼の心情を読み取ることは不可能だ。

 口すらない魂の姿であるアキトは、相手に伝えたいことを思念で想えば、この女性は読み取ってくれるようなので、それが二人が疎通する唯一の手段。


「まず、自己紹介するね?

 私の名前は"イレット"。

 この世界の主神"エクリプス"に従う使者であり、あなたのようにこの世界に召喚されてきた人に、事情を話す説明係を担う身よ」


 張った胸に五本の指先をあて、イレットと名乗った女性は噛み一つなくはきはきと語り始めた。

 早すぎもせず、遅すぎもせず。

 相手の理解を望んだ説明へと漕ぎ出すイレットを前に、アキトも静かに耳を傾ける構えに入ることが出来たようだった。






 "ルフレヴォーネ"。それがこの世界の名。

 創造神"エクリプス"が創り上げた世界にして、今なお唯一神エクリプスに見守られる、不朽の楽園世界とイレットは語った。


 さて、この唯一神エクリプス様だが、厄介な性分をお持ちである。

 自分の世界がもっと多くの命で溢れ、賑わえば嬉しいと思っているらしいのはまだいい。自分の村の人口が増えれば嬉しいという村長のようで、納得味がある。

 問題はこのエクリプス、そんな動機で異世界から人を召喚してくるのだ。

 要するに、人口増加のために取る手段が人攫い。ひどい話である。

 アキトもまた、そんな理由でエクリプスに、この世界へと連れて来られた身分ということ。

 "エクリプスの使者"の一人であるイレットは、そうしてエクリプスに振り回される形でこの世界に連れ込まれた者達へ、事情を説明する立場というわけだ。


 もっとも、勝手に召喚してくる身勝手さに対し、エクリプスはアキト達のように召喚されてきた者達に、元の世界に帰ることも引き留めない。

 エクリプスの"召喚"は、対象が眠っている間に魂を抜き取って、こちらの世界へと招く形で行う。

 時空の異なるこちらの世界では、どれだけ過ごそうと元の世界に帰れば、召喚されたその時から一秒も経っていない。

 例えばアキトがこちらの世界で五十年過ごし、六十八歳の老人になったとしても、元の世界に帰れば十八歳の大学入学式一週間前の日に目が覚める。

 こちらの世界で得たもの、記憶を含むすべてを失って元の世界で目覚める形になるので、持って帰れるものが一つも無いという忠告は入るのだが。

 とにかく望めば元の世界に帰れるのは確かなようで、とりあえずアキトにしてみれば、もっと悪い想定よりはマシだと思えるものだったようだ。


 この世界に召喚された者達にエクリプスが望むのは、この世界の住人を一人増やす身として自由に過ごしてくれること。

 ただそれだけだ。特別な使命は何一つ求められていない。只この世界にいてくれればいい、本当にそれだけ。

 魔王を倒すための勇者になれだとか、大厄災の予兆があるからそれを防ぐ英雄になれだとか、そんな要求は全く無いわけだ。

 そりゃあアキトも男の子、物語の主人公たる勇者に憧れた頃もあったけど、自分が本当にそれになるというのは怖い怖いとのこと。

 召喚されてきた者の性格にもよる話だが、アキトにとってはその言質を貰えたのは嬉しかった。


 イレットは、唐突な召喚についてはエクリプスに代わってお詫びします、と一言添え、飽きるまではこの世界に留まってみて貰えないかな、と語る。

 望む時ほどの帰り道を約束し、望む限りのほどのこの世界への滞在。

 それが、主神エクリプスとその使者たるイレットが、アキトに求める唯一のことである。






「簡単に言えば、勇者や魔王の登場する活劇ファンタジーなんかじゃなく、平和な世界に召喚されたスローライフファンタジーって感じかな?

 うちの世界、エクリプスが上手くやってるんだろうけど平和だしね。そこは私もエクリプスを評価してる。

 あなたはそういうラノベか漫画の主人公になった気分で、のんびりこの世界で過ごしてくれるだけでいいんだよ」


(あの~、イレットさん。

 所々思ってましたけど、説明のために使う言葉が異世界の人っぽく無さすぎる気がするんですけど。

 いちいち活字のみでよく見た単語が出てきてますし)

「だって私、この世界に召喚されてきた人達への説明係だよ?

 あなた達の世界のことだって、きっちり予習しているんだぞ?

 一人一人相手を見て、ちゃんとその人の世界観でわかりやすい言葉を使って説明してあげるのが私の仕事なのだ。えへん」


 胸を張ってふんすと鼻を鳴らすイレットは、アキトから見て年上らしき風体ながら中身が子供っぽい。

 ここまでの説明の中でも、身振り手振りに交えて表情や声使いもころころ変えていたし、その性格は開放的な風体と似通うものがあると言えるだろうか。

 

「これでも結構大変なんだから。

 あなたは私の話を静かに聞いてくれるけど、私の話も聞かずに怒り出す人も多いんだよ。

 何が異世界召喚だ、何の前置きも無く連れ込みやがって、的な」

(甘んじて受け入れるべき批難な気がしてならない)

「それは正直エクリプスに言って欲しいんだよね。私に言われても。

 そういう人をなだめて、落ち着かせて、帰り道はちゃんとありますよっていう話に辿り着くだけで一苦労、なんて時だって結構あるんだから。

 私もエクリプスに振り回される中間管理職なんだよ。ケッ」


(なんかそう言う割には、イレットさんって神様の? エクリプスに対してずけずけ言いますよね。

 使者なんでしょ? ご主人様みたいなものじゃないんですか?)

「いいのいいの、別に愚痴ってもバチ当たるでもなし。

 ケガしない範囲でなら言いたいこと好きに言うぐらいでないと大人はやっていけないよ」

(俺まだ未成年だからわかんないですけど)

「いいこと教えてあげよっか。

 人生を幸せに生きるために必要なものの一つに、ある程度の図々しさっていうのはあるんだぞ?

 クズ過ぎるのは論外だけど、気に入らないものに許される範囲で毒づくぐらいの厚かましさはあった方が、世の中元気に渡っていけるんだぜぇ?」


 けらけら笑ってぱたぱた手を振るイレットに、初めて聞くような理屈を前にしたアキトはうーんと首をかしげるような仕草。

 ちゃんと魂ボディがちょっとだけ傾いている。可愛い仕草だ。

 彼自身、図々しくあれなんて理屈にすぐ頷くような性格でないはずにして、一応こうして初耳の価値観を反芻する程度には、人の話をよく聞ける性格である。


「なんだか前置きが長くなっちゃったね。

 とりあえず、私達の世界の中心街に一度来てみない?

 あなた十八歳の男の子でしょ? ゲームとか好きでしょ?

 剣と魔法のファンタジーとか好きでしょ? 私達の世界、楽しいよ?」


 概ね説明を理解してくれたアキトを、与太話を振ってくれるその思念(くち)ぶりから感じたイレットが椅子を立つ。

 おいでよ私達の世界へ、と手を差し出すイレットに、アキトもふよふよ身を浮かせて近付く。


 確かに、わくわくする想いはあるようだ。

 物語の中でしか存在し得なかったはずの異世界召喚。

 我が身にそれが起こったことに、言い得ぬ高揚感をアキトが感じ始めていることを、イレットも近付いてくるアキトを見てそう感じる。


(ちなみに、なんか特殊なスキルとか貰えたりします?)

「しません」

(チートとまではいかなくても、俺だけのユニークスキルっていうか……)

「ありません」

(特別なものが貰えるよ的なのは)

「無いです……って、こらっ、どこ行くのっ!」


(やーだー!

 この異世界召喚サービス利いてないー!

 凡人の俺を凡人のままで異世界に放り出そうとしてるー!)


 ちょっと期待せずにいられなかったことを尋ねてみたものの、まぁ夢の無い響きを聞かされたアキトは、そっぽを向いてイレットから逃げ出す動きを見せた。

 どこに行くつもりなのかは不明だが、とりあえず拒絶の表れである。

 イレットも、逃げようとしたアキトの魂を、両手でがっちり抱きしめて捕まえる。

 やわらかアキトの魂ボディは、ぎゅっと抱き締めて捕まえたイレットの両腕に巻き締められ、くびれて瓢箪型になっている。


「なるようになるわよっ!

 この道をー! 迷わず行けよ、行けばわかるさ心配ないさー!」

(やーだー!

 せっかく異世界召喚されたんだったら主人公になりたいー!

 このままじゃ見知らぬ世界でのモブまっしぐらー!)

「あなたの人生の主人公はあなたでしょうがっ!

 スキルなんて無くたって、あなたは常に主人公ですっ!

 ああんもう、汗で滑るっ! 暴れないのっ!」


 魂だけの姿になっているアキトだが、汗はじんわり出ているらしい。

 必死さが魂に表す本能の分泌物だろうか。霊魂とは神秘的である。

 とにかくそんな条件で異世界に放り出されたくないという意を露骨に、じたばたびちびちアキトはイレットの腕から抜け出そうと必死。


「も~、しょうがないなっ!

 前倒しになるけど、イレットお姉さんから素敵なプレゼントだっ!

 むちゅ~!」


(はわぇっ!?!?)

「むちゅ~♪」


 そんなアキトの頭の後ろ(?)にイレットがキス。

 概ねアキトにとってはうなじに感じられるであろう場所だ。

 そこにイレットは舌を押し付け、痛くないよう首の後ろに穴を開け、そこから温かいものを脳髄まで流し込むようなことをする。

 アキトは今、目の前に火花が散って、視界が真っ白になり、頭が蕩けそうな心地になっているはずだ。

 俗にいうこれ、だめなやつ。成仏、昇天させられそうなやつ。


 しばらくそうされ、イレットの腕から解放されたアキトだが、暴れる力を奪い取られた彼はは、ひくひく痙攣するようにして浮くことしか出来ない。

 すっかり骨抜きにされたようだ。相当刺激的だったらしい。


「えへへ~、どう?

 素敵なプレゼントだったでしょ? 気持ちよかったでしょ?」

(く、悔しいっ……でも感じちゃ……)

「とりあえずさ、『インデックス、出てこい』とでも頭の中で念じてみてくれない?」

(ハイ)


 今の気持ちを思いつくままの言葉で表そうとしたアキトだが、イレットは斬り捨てるようにスルーした。

 説明係に専念している。アキトも冷めて、言われるまま従う。


「いわゆるステータス画面ってやつですよ~。

 特別用語なんだけど、それ"インデックス"って言うの。覚えておいてね」


 アキトの前に、少し透けた薄緑色のウインドウ状のものが宙に表れた。

 小中高とゲームしてきた彼に言わせれば、見慣れたものによく似ている。

 能力値と数値が表示されたそれを、ステータス画面と表現するイレットの言葉は、アキトにとってわかりやすい説明言葉の一つであったはず。 


(パラメーター全部ゼロなんですけど。

 HPゼロ、STRゼロ、INTゼロって俺、死体で虚弱でパッパラパー扱いですか)

「それは初期値だから。肉体得たらちゃんと実数出るから。

 今のところは、あなたもそういうの出せるようになったんだってことだけわかっといて」

(無理無理、これ詰んだ。

 異世界人生クソゲーまっしぐらな予感)


 せっかく自分のステータスとやらの情報を与えられても、実態なんて全く見えやしない。

 意味がわかればわかるほど、全数値ゼロという響きはたいそう絶望的。

 今のところは、という文言を無視するわけではないけれど、現状この世界にネガティブな印象を持つ側からすれば、もう充分イヤ要素に感じられても仕方ない。


「他にも色々プレゼントしたものはあるんだけど、それはまた後で説明してあげる。

 とりあえず私達の世界に行こう?

 ここは召喚されてきた人に、ご挨拶するだけの場所だから」

(帰りたいんですけど)

「まだ早い!

 さあ行くぞー、私達の世界の中心街、"ヴィルソール"へー!!」


 イレットはアキト(の魂)を腋にをがっしり抱え、上に拳を突き上げるような仕草を見せた。

 いくぜぇ~、という仕草に伴って、彼女の全身を包み込む眩しい光。

 ここではない場所へ、自らとアキトを転送する魔法の行使であると、アキトもまたファンタジー脳で補ってなんとか理解できたようである。


 たいそう先行き不安な異世界旅行。

 少なくともアキトは、そう感じずにはいられなかったようである。

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