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エクリプスの迷宮(クソゲー)  作者: 日月月明日日月
第一章
18/250

第17話   ~グリモワール図書館と書物~



「では、続いてグリモワール図書館での書物の購入について説明するわ。

 あなた達、治癒魔法のグリモアを引き当てたことはある?

 有り体に言うと、HPを回復させる魔法のことだけど」


「まだです。

 ……っていうか、見たらわかるってさっき言ってたような気も」

「ふふ、私の話をちゃんと聞いて、覚えてくれてるようで何より。

 人の話をちゃんと聞ける子は好きよ」


 アルエッタによるグリモワール図書館についての説明は続く。

 無表情が常のアルエッタだが、ここで少しだけ笑った。すぐ無表情に戻ったが。


「グリモワール図書館の購買カウンター、つまりこの真下の大きなカウンターのことね。

 "シショネコ"や"バイトネコ"が接客しているあの場所に行けば、治癒魔法のグリモアを購入できるわ。

 まだ治癒魔法を習得していないあなたにとっては、悪くない買い物が出来る場所だと思うわよ」

司書猫(シショネコ)?」

「三毛猫模様のバイトネコに混じって、一人だけ青毛の子がいたはずよ。あれがシショネコ。

 だいたいのことはあの子が把握してるから、買い物の際にわからないことがあっても、青毛の猫に聞けばいいわ」


 どうやらブグネコやカンネコをはじめとしたタマネコ族は、一匹二匹ではなく一人二人と数えるようだ。

 あんまりにも動物的な外観ながら二足歩行、人とも匹ともとれそうなところ、これが判明したのは密かな副産物。


「ただし、グリモワール図書館において販売しているグリモアは、魔法習得、および焚書には使えない仕様になっている。

 その一冊を消費して魔法を発動させる、使い捨て魔法用のアイテムだと認識してくれていいわ」

「えっと、つまり……

 治癒魔法の本はその、使い捨てで使用することで治癒魔法が発動できて……

 つまりHPを回復させる傷薬とかポーションとか、そういうのと同じ認識でいいってことですか?」

「そうね。

 他にも、毒に侵された体を癒す魔法のグリモアなんかも売ってるし、それは毒消しアイテムに相当するかしら。

 魔法書売り場と考えるより、アイテム売り場と思ってくれた方がわかりやすいかもね。

 グリモアを消費して使う魔法は、MPそれを消費せずに発動できるし、アイテムだと思って構わないから」


「ちなみに、治癒魔法を習得するグリモアはどうやっても買えない?」

「少なくともこの図書館では売ってないわ。諦めなさい。

 どうしてもと言うなら、そういうグリモアを持って余してる他の誰かに、売ってもらうか譲って貰うかするしかない。

 あるいは、そのグリモアが出るまで根気強く本棚巡りをすることね」


 欲しい魔法の習得には、そのグリモアを引き当てるまで本棚に通う根気が必要ということだ。

 課金がいらないぶん、なんとやらよりある意味では良心的である。引く回数も増やせないから、別の意味ではシビアだが。


「同じ魔法のグリモアでも、迷宮内の本棚から獲得できるものは、習得にも発動にも焚書にも使える。

 グリモワール図書館で購入できるグリモアは、魔法の発動用にしか使えない。

 迷宮探索して得られるグリモアの方が、ここで買うものより概ね上位互換になる。

 ジェムさえ積めば何冊でも買えるグリモアが、探索という手間を挟んで得るグリモアに劣ることには納得することね」


 グリモワール図書館で購入した書物も、ライブラリにはいくらでも入る。

 持ち運びが簡単という面では、瓶入りの薬よりも便利な側面もある。

 グリモワール図書館の購買カウンターで買えるアイテムは、必ず冒険者の助けになるはずだ。




「あとは、そうね。

 図書館内にある書物は、シショネコの所に持っていけば購入できるわ。

 ジェムを支払うことで、その本の"写し"をすぐに作って貰えるから、品切れの心配はしなくていい」

「図書館内にある本を、買い物カウンターに持っていって、そのまま貰う形じゃないんですか?」

「そういう売り方だと在庫切れが生じ得るでしょう?

 エクリプスの迷宮に巣食うホムンクルス図鑑、という人気書物もあるんだけど、それが品薄で買えませんってなったら困る人も出るわ。

 誰でも一冊は持っておきたい一冊だからね。

 ちなみに盗みというか、この図書館内にある本を勝手に持ち出そうとしても、他の界層に移った瞬間に手元やライブラリからは消えるので悪しからず」


 写しを売るため在庫切れが生じない。

 その原本は、この界層から持ち出せないから盗難も不可。

 セキュリティと品薄対策を同時に叶えるシステムである。


「すいません、せっかくなので質問いいですか」

「何?」


「買っておいた方がいい、お勧めの本とかってあります?」

「積極的な知識欲を見せる子は嫌いじゃないわ。

 その意気に免じて、まあ教えてあげてもいいわよ」


 表情に出さないが、基本的にアルエッタは知識欲のある者を嫌わない。

 問われたことに答えるかは気分と場合次第だが、無表情ながらもアキトの質問に、気を悪くなどしていない。


「一つは、"ヤクモノの手引き"。

 あなたにわかりやすそうな言葉で言うと、ホムンクルスの数々は、あなたに"状態異常"を付与することがある。

 特にその"状態異常"の解説や、他にも迷宮内に点在する"トラップ"や"バインダ"についての解説が書いてある書物よ。

 廉価だし、購入しておいた方がいいでしょうね」


「バインダ、って何ですか?」

「今はまだわからなくていいわ。

 第11界層以降にしか存在しない概念だから。

 それが何かは、第10界層を通過する頃には知れることになるはずよ」


 自分でそのうちわかるはずのことは、アルエッタはあまり教えてくれない。

 簡単に答えを人に聞くよりも、機会が見えているなら尚のこと、自分で学ぶ方が望ましいというスタンスだ。


「もう一つは、"ホムンクルス図鑑1号"。

 エクリプスの迷宮の、第30界層までに発生するホムンクルス達の特徴や詳細、ならびにそれらが発生する界層分布も網羅した図鑑があるわ。

 そう安いものじゃないけど、ジェムを払って買う価値のあるものだと思うから、手持ちに余裕が出来たら買って損は無いと思うわよ」

「魔物図鑑みたいなものか……覚えときます」

「たった第30界層までだけでも、150種以上のホムンクルスが生息しているからね。

 どいつもこいつも癖のある個性を持ってるから、きっちり信頼できる書物からホムンクルスに対する知識を得てから挑まないと、命取りにもなり得るわよ」

「えぇ……」


 エクリプスの迷宮は、多種に渡るホムンクルスのサファリである。

 やたらと多い。冒険者泣かせもいいところ。


「あの、アルエッタさん。もう一つ聞いてもいいですか?」

「何?」

「ホムンクルスって、全何種類いるんですか?」

「前人未踏扱いの界層も存在する以上、その質問には明確な解答はしかねるわ。

 第100界層までに何種のホムンクルスがいるのかなら教えてあげてもいいけど」

「じゃあそれで」


 すべてを知るというアルエッタも、軽々しく人に教えない要項はいくつか定めているようだ。

 果たして彼女は、エクリプスの迷宮の最深部が第何界層なのかも知っているのだろうか。それも彼女が語らぬ以上、依然謎のままたること。


「ホムンクルスは全100属。スライム属、とか、狼属、とか。

 1属に対し、レベル5までホムンクルスは分かれる。

 例えば狼属のLv.1がウルフ、狼属のLv.2はジャッカルと呼ばれる、狼属のLv.3はヘルハウンドと呼ばれる、というようにね。

 第100界層までの間は一部の例外を除き、レベル5のホムンクルスは自然発生しないはず。

 だから100属×レベル4まで、という計算で、おおよそ第100界層までに生息するホムンクルスの総種類数は計算できるわね」

「うえぇ、400種ですか……?」

「だいたいそんなところね。実際にはもう少しだけ上。

 ゴブリン属を一例に、分岐進化するものもあるから」


「うーん、わかりました……

 いつか買っておきます、ホムンクルス図鑑」

「ええ、賢明。

 私も教えてあげた甲斐があったわ」


 長い間エクリプスの迷宮と付き合っていれば、各種ホムンクルスごとの特徴も頭に入ってくるだろう。これほど多くても。

 しかし、最初のうちは到底覚えきれるものではない。

 多くの冒険者にとって、ホムンクルス図鑑は必須である。


「一応、これも説明しておきましょうか。

 あなたが何らかの書物を作り、それをグリモワール図書館に委託して、販売することも可能よ」

「委託、販売、ですか?」

「まあ具体的に言うと、そうね。

 あなたがそれなりにエクリプスの迷宮の攻略に慣れたとして、ある界層の歩き方の手引きを、あなたなりに記した一冊とか。

 あるいはそうしたこの世界らしいものに限らず、単に小説とか漫画を描いて売るとか。

 グリモワール図書館は、書物を発行して多くの人に読んで貰いたい内容がある、という人を基本的に歓迎するスタンスよ。

 何でもいいけど、書物化して誰かに伝えたい内容があるなら、シショネコに言えばあなたの作った一冊をこの図書館に置いて貰えるわよ、って話」


 いまいちそれのお世話になる予感を得ないアキトだが、覚えておいて損はないかもしれない。

 先のことなんて誰にもわからないものだ。

 今は予定の全くないことも、ふとした時に思い立つこともある。


「シショネコに言えば、"白紙本"を発行して貰えるわ。

 それに文章なり絵なりを書いて一冊の本として出来上げ、シショネコの所に持っていけば、このグリモワール図書館にその書籍を置いて貰えるわよ。

 それを誰かが気に入れば買って貰えるし、その購入ジェムはあなたの手元に入るようになってるわ。

 価格設定も内容も自由、適当にどうぞ」

「いや~、そんなイメージは無いですけど……」

「あなたもいつか、もっとジェムが欲しいなって思うことがあるかもしれないじゃない。

 特にこれを活用しろとは言わないけど、お小遣い稼ぎしたい時には選択肢の一つ、という話よ。

 ま、創作に興味がないなら忘れて頂戴」


 あくまで、ついでの知識として。

 頭には入れるが、アキトにとって今の話はそんなところだった。






「グリモワール図書館で出来ることは以上よ。

 余剰グリモアの焚書。

 使い捨てグリモアの購入。

 図書館内に置かれた書物の購入。

 創作した書物の販売委託。

 以上、四つ。理解して貰えたかしら?」

「はい、大丈夫です」

「忘れたら、さっき渡したマニュアルを読むか、シショネコ辺りにでも尋ねなさい」


 説明はここまで。

 出来ることの多いグリモワール図書館だが、ことグリモアの焚書が出来るという一事のみでも、ここは多くの冒険者が通う場所である。


「私の位置から見て右後方、あなた達から見て左奥に焚書場への転送魔法陣がある。

 その逆、あなた達から見て右奥には第6界層へと向かうための転送魔法陣がある。

 あとは好きにしてくれればいいけど、第6界層に挑む前に、一度ニケの所に戻ることを勧めておくわ。

 あの人、新人冒険者にいきなり多くの情報を詰めることを好まないから、あなた達にまだ説明していないことも多いはずよ。

 例えばHPやMPがゼロになったらどうなるかも、あなたはニケからまだ聞かされてないんじゃない?」

「HPについては聞きましたけど、MPについてはそんなに」

「ふぅん、ニケにしては結構詰め込んだのね。

 さておいて、実際に装備品を身に着けて迷宮内を歩く、そうした経験を踏んで貰ってからあなた達に教えようとしていることが、ニケにもあるはずだから。

 来訪者との親睦を優先した対話を好むイレットとは違い、説明係としてのニケの話は、必要な情報をしっかりくれるからよく聞いておいた方がいいわ。

 第6界層以降に進む前には、必ずニケの所に一度戻るのが得策よ」


 ニケのことは"あの人"と呼ぶ。

 "あの子達"というのは、イレットのことは"あの子"と呼ぶことの表れで、ニケに対しては別物のようだ。

 アキトから見ても、アルエッタのニケやイレットに対するスタンスの違い、人となりを感じられる。


「ここ第5界層、グリモワール図書館は、第1界層からエクリプスの迷宮に入るあの魔法陣と直接繋がっている。

 一度でもこの界層に足を踏み入れた者は、望むなら第2~4界層をスキップして、第1界層からここへ直接来ることが出来るようになっているわ。

 逆も然りよ。この界層からゲートを介し、第1界層まで最短で帰ることも可能。

 グリモワール図書館にご入用の際は、その特異性を存分に活かしてどうぞ」

「ポータル?

 マップジャンプ?」

「どっちでもいいけどだいたい合ってるわ。

 第1界層と第5界層は直接の往来が可」


 つまり一度でもこの界層に来れば、道中の迷宮を通らずに、一足でここへ来れるようになっている。

 冒険者にとって有用な界層、施設ゆえ、通いやすい仕様になっているのだ。


「すぐに帰れば、まだニケも開店前の時間帯のはずよ。

 寄り道せずに、まずはあの人の所へ一度戻ることを推奨するわ」

「わかりました、そうします」

「じゃ、さよなら」


 そう言ってアルエッタ、膝元の本を開いて目を落とし、アキト達から目を切った。

 急に話が終わった。態度も見るからに、私は本を読みたいからもう話しかけないで、と言わんばかり。

 エクリプスの使者として、グリモワール図書館について説明するという仕事を終えれば、素の素っ気ない彼女にあっさり戻ってしまった。

 仕事とプライベートのオンオフを、極端なほど割り切るアルエッタだ。


「アキト君、行こ。

 読書中のアルエッタさん、話しかけても睨みつけてくるだけだよ」

「ヒカリ超びびってない?」

「なんかアルエッタさん怖いんだもん~。

 何かされたとかじゃないけど、無言の迫力みたいなのない?」

「それはあるけど」


 アキトのシャツのすそをつまんでくいくい引き、ひそひそ声で早く行こうと訴えるヒカリの態度は、どうもアルエッタを苦手としている。

 気持ちはアキトにもちょっとわかる。アキトは一応アルエッタに小さく会釈して、そそくさとその場を離れようとする。

 何の反応もされなかった。もう二人のことなんか完全無視である。

 位置が離れてから、一度だけちらっとアルエッタの方を見ても、黙々と読書に耽るアルエッタは、今や二人にはまるで無関心という風だった。


 ともかく推奨されたとおり、グリモワール図書館の玄関口の魔法陣に乗り、第1界層へ行くことを意識する。

 おっしゃられた通り、あの祭壇の上へと直通で帰れた。第4界層から第2界層をスキップしてだ。

 まだ日は高い。開店前のニケの居酒屋に向け、アキトとヒカリは歩き始めた。

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