第14話 ~ゲームの主人公って大変そう~
第2界層は視界のいい構造上、離れた位置のホムンクルスも目に入り、向かってくるそれに真正面から応戦する形が殆どだった。
草木の多い第3界層は、比較的近い場所からホムンクルスが襲いかかってくる。
スパイダーやヴァイパーは、その辺りの見える場所をうろついてることもあるが、ふと油断していると草むらから飛び出してくる。
草むらなどを注意して見ていれば、がさがさと草が揺れるのを目視できるため、敵の奇襲を先んじて察知することも出来る。
しかし、意図して待ち伏せ、息をひそめているホムンクルスもいるわけで、必ずしもそれで奇襲を防げるわけではない。
揺れたように見えなかった草むらからホムンクルスが飛び出すこともある。
この界層を進むにあたっては、アキトにもそれなりの緊張感があった。
しかし、そうした経験をただの知識ではなく身で積めば、それはやがて後々の実になるはずだ。
第3界層でそうした経験を積ませてくれるという構成も、ある意味エクリプスの迷宮のご丁寧なところと言えようか。
「あっ、本棚」
「とりあえず地図に、本棚の位置をマークしよ?」
進めばやがて、本棚が見つかる場面もある。
青空の下、緑あふれる大地の上、野外でぽつんと異質に佇む本棚の姿はまあまあシュールである。
「あ、雷撃魔法の書だ。
またダブったけど、ヒカリいる? 俺ばっかり貰ってるし」
「んーん、遠慮しないで。
お姉さん、初冒険の新人君から分け前なんて求めません」
「同い年だよね?」
「どうせそのうち先輩も後輩もなくなりそうだし、今のうちにたくさん先輩面しておきたい」
何気ない場面で二人が言葉を交わすことも多くなった。
冗談口だってある。ゆっくりと親しみつつある。
「ヒカリは……」
「あ、ちょっと待って……てやっ!」
今のグリモアをライブラリに入れていたアキトが、ヒカリの方を振り向いた時、くるりと別方向を向いたヒカリの背中が見えた。
直後、既に二人にかなり接近していたホムンクルスに対し、ヒカリがナイフを振り抜いて撃破する光景が映る。
ヒカリの腰ほどまでぐらいの背丈、キノコに太い足が二本生えたようなホムンクルスは、ヒカリのナイフによる一撃を食らって後方に倒れ、消えていった。
「本棚からグリモアを回収してる時だって、ホムンクルスは遠慮なく襲ってくるからね。
あんまり油断しちゃダメなのです」
「ごめんヒカリ、助かった」
「ちなみに今のは、"シイタマ"っていうホムンクルスだよ。
何気にまあまあ足も速いし、ぺろーんと舌を出しての攻撃は離れてても届くから、スパイダーやヴァイパーよりも嫌なホムンクルスかもしれないね」
時々ヒカリがこうした先輩らしい姿を見せてくれつつ、二人は第3界層を進んでいく。
道中、草陰からスパイダーやヴァイパーが飛び出してきたり、茶色のでっぷりした芋虫めいた姿の"ワーム"がこっそりと物陰から這い寄ってきたり。
シイタマを除き、物陰や草陰に隠れられる、小さなホムンクルスばかりである。なかなか気が抜けない。
この界層に生息するホムンクルスを定めた神がいるなら、奇襲に警戒するよう冒険者に教え込むような、妙なこだわりすら感じる分布である。
「う~ん……」
「なんか憎めないよね、ああいうの見ると」
他と比べれば体が大きく、隠れることには適さないシイタマまで、物陰に隠れてアキト達を待ち伏せているのだ。
しかし、見え見え。木陰に隠れたつもりのシイタマが、傘が木陰からはみ出たまま、じーっとアキト達の接近を待ち構えている。
それを可愛げと取るか、あんなナリでも待ち伏せなんて小賢しい知恵があるんだなと、侮らない見方をするかは人次第。
近付けば、やはりシイタマはぴょこんと木陰から飛び出して駆け寄ってくる。
傘の下に舌を出した口が見えた。アキトの剣の間合いに入るより早く、ぺろーんと舌を伸ばして振り抜いてくる。
鞭のように振り抜かれたそれを、アキトはずばっと剣で斬り落として対応だ。舌による攻撃があると、前知識があったことはありがたかった。
舌を切られて一度あわわと跳ねつつも、すぐに体当たり攻撃に移ってくる姿はやはり油断ならず、アキトも気を抜かず斬りつけて対処した。
この一撃で真っ二つにされたシイタマは、煙となって撃破完了である。
ここまでのところ、いずれのホムンクルスも一撃で仕留めさせてくれる切れ味がアキトの剣にはあり、無傷は未だに続いている。
やがて丘を下りきって平面草地を歩いた末、次の界層への転送魔法陣に到達できた。
アキトとしては気の抜けない道のりだったが、ここまでも順調な運びである。
「あれを上るのかな?」
「けっこう順路がわかりやすくていいよね」
インデックスを開いてみて、自分がLv.3に上がったことを確認するアキト。
わかっていることでも、一度自分の目で確かめておくことは大切だ。
第3界層の走破に伴い、アキトのレベルは上がっていた。
第4界層は、前方少し進んだ場所に小高い丘があり、それを上っていくための螺旋道が目の前に続いている。
丘の上を出発点に、それを下って進んでいった第3界層とは逆である。
ご丁寧に、他の方へと進もうとしても、やたら高い草や木々が阻んでいて、こっちじゃないよと言わんばかりのフィールドである。
「この界層は、空から襲ってくるホムンクルスもいるよ」
「もしかして、あれがそう?」
「うん。
あっちが"レイヴン"、あっちが"ミニバット"だよ」
丘の中腹あたりの近空を、旋回するように飛んでいる影が見えた。
あれがこの界層に棲むホムンクルスの一部のようだ。
黒い鳥でカラスのような外見なのがレイヴン、灰色のコウモリがミニバットだと、ヒカリが教えてくれる。
「あの下あたりを通過したら襲ってくるし、離れた場所でも向こうの気まぐれ次第で急に襲ってきたりもするからね。
見えてるホムンクルスには、離れていても注意しておいた方がいいよ」
「今度は空からの敵もいるのか……けっこう大変そうだな」
抜いて握りっぱなしの剣を改めてぎゅっぎゅっと握り、思わぬ角度から怪我をさせられないよう、アキトは気を引き締める想い。
進んでいけば、地上のホムンクルスに遭遇することだってあるだろう。
地上にも空にも注意して、敵の接近に気付きが遅れないよう気を付けなきゃいけない、という意識を持つ。
丘に向かって進み始めるアキトだが、その足運びは先の界層を歩いていた時と比べ、ややゆっくりとしたものである。
いざとなっても後ろのヒカリが助けてくれるかもしれないが、視野を上下に広く持つよう意識すれば、ただ進むだけでも結構どきどきするものだ。
「来たよ、アキト君!」
「うん……!」
丘を上がる坂道の入り口に差し掛かった時、カラスのような風貌のレイヴンがアキトに目をつけた。
空から尖った爪のついた足をこちらに向け、空から降りてくるレイヴンを、アキトはよく見て剣の射程圏内に入った瞬間、ばっさりと切り裂く。
初めて戦うホムンクルスと戦うたび、アキトはそれを一撃で仕留めても、やはり本当に終わったのか確かめるため、消え行く煙を目で追いがちだ。
「アキト君、右見て!
"スラグ"がいるよ!」
「え、うわっ!?」
ヒカリの声に反応して、思わず右を向いたアキトだが、敵の姿はすぐに見つけられなかった。
しかし、ぴしゅっと低い位置から唾のような液体の塊が飛んできたので、慌てて避けるように身をひねる。
そこで初めて、草陰から出てきたばかりと見える、ネズミぐらいの大きさのナメクジのような、そんなの姿を見つけられた。
どうやら今飛んできた液体は、これが吐き出したもののようだ。
そうアキトが悟ると同時、スラグと呼ばれたホムンクルスは、ぴゅっとアキトに向けて粘性の強そうな液体を吐いてくる。
「触ると熱いよ!
そうそう、避けて避けて!」
「消化液……?」
避けられないほどのものではなく、発射地点が見えていれば避けるのは簡単だ。
唾のようなもの、消化液を吐いたら三秒休んでまた吐く、連射性のないその発射は脅威的ではない。
何度か吐かれる消化液を観察しつつそう確信し、四発目の消化液吐きをかわしたアキトは、スラグに駆け寄り剣を振り下ろす。
これも一撃で仕留められた。まだまだアキトの剣の快進撃は続いている。
「まだまだ!
油断しちゃダメ、だよっ!」
「え……」
スラグを仕留めてほっとしかけたアキトだが、そんな彼に上空から襲いかかっていたのはミニバット。
危険を察したヒカリがアキトのそばへ駆け寄り、口を開いて迫っていたミニバットをナイフで仕留めてくれた。
危ないところだ。スラグにばかり気を取られて、アキトは上まで注意が届いていなかったのである。
ヒカリが仕留めてくれてなかったら噛みつかれていた、そんな場面からアキトを救ったヒカリは、なんだか得意げに笑って胸を張っている。
「一体のホムンクルスとの戦いに集中し過ぎてると奇襲されちゃうよ。
複数のホムンクルスに目をつけられてる場面だってあるから、気を付けてね」
「ヒカリ、ほんと頼もしいなぁ」
「あははは、偉そうなこと言ってるけど私だって最初はアキト君と一緒だったよ。
スラグに吐かれる消化液から後ずさってる間に、空から近付いてくるレイヴンに気付かず引っかかれたり、そんなの一度や二度じゃなかったもん」
自分の失敗談をこうして明かしつつも、アキトがその二の舞にならないよう、怪我しないよう指導してくれているヒカリ。
まだまだ立派に先輩である。ヒカリも思っているであろうとおり、そんな大それたものではないが、やはり初心者のアキトには頼もしく映る。
その一方で、褒めて貰えたら嬉しいなぁと、無邪気に顔を綻ばせるヒカリは、あくまで同い年に過ぎない一面も垣間見せている。
どこかやはり、垢抜けていない。無垢な子供っぽさを残した笑顔が似合うヒカリは、そんな所もアキトから見て魅力的だ。
「さあ、頑張ってみよう!
今度は私も、あんまり手助けしないスタンスにしてみようかな。
アキト君が一人でどこまで頑張れるか、見届けさせて貰おうじゃないかっ!」
「あはは、見守っていて下さい、先輩」
「うむうむ、任せたまえ!」
ちょっとよいしょするようなことも言ってみたら、気分を良くしたようにヒカリも笑ってくれて、楽しい。
遠足気分でいられる環境でないことはアキトもわかっているが、心に余裕が生まれてくれば、張り詰め過ぎずに軽い口も叩ける。
一定の緊張感は必要だが、時にはそれを緩和させるセルフコントロール能力というのも無ければ、長い迷宮攻略は果たしづらい。心が先に擦り切れる。
アキトがそれが出来る足がかり足がかりを作れているヒカリと、自然にそれが出来ているアキト、二人の相性はきっと良いのだろう。
丘を上る道をしばらく歩いて進んでみたところ、この界層には、前と前々の界層で見たホムンクルスを見かけない。
今のところ空のレイヴンとミニバット、そして地上のスラグのみ。これが、アキトにとっては微妙にやりづらかった。
スラグは草陰にも隠れられるような小さな体で、よく注意して歩かないと気付かないうちに近付かれそうな怖さがある。
地上の低いところによく警戒して歩かなきゃいけない中で、この界層には空を舞うホムンクルスが明確に存在する。
レイヴンとミニバットの場所は非常に高く、逆に地を這うスラグの位置は低すぎる。上を見ていたら視界外だ。
上への注意を切れない中、地上の最も低いところにも警戒しなくてはならず、目線を上と下に振り回されながら歩くことを余儀なくされるのだ。
「あ~、神経遣うなぁ。
漫画の主人公とか、こんな感覚で冒険してんのかな」
「ねぇ、ほんと大変だよ。
三百六十度、上も下も気をつけながら歩くのって、私も未だに慣れないよ」
RPGの主人公やプレイアブルキャラは、空の敵も地上の敵も一括りにして応戦してるいるものである。
3Dアクションゲームですら、前方光景は少し引いた目線から広く取られているもので、敵の接近はよく見える。
そんな感覚をゲームで知るアキトをして、自分の目だけで周囲を把握しなくてはいけない大変さは、カルチャーショック的ですらある。
頭でわかっていることも、我が身で経験すれば違うもの。これに限った話ではないが、痛烈に感じるものだ。
ゲームの主人公になったような、そんな感覚に伴って、あぁファンタジーの主人公も大変なんだなぁとアキトは思ったりもする。
道中に本棚を見つけて、注意に気を配りつつ、グリモアを回収して、インデックスの地図にマーキングをして。
そんな視界の端、アキトを見守りつつも周囲に目を配ってくれるヒカリを頼もしく感じつつ、アキトは丘を登っていく。
当人は大変だが、学んだことを出来るようになってきているその姿は、確かな彼の成長を表していた。
「……あっ。
もしかしてあれがボス?」
「いや、そういうわけじゃ……そういえば今回は初めて見るホムンクルスだね。
あれも普通にこの界層じゃ現れるホムンクルスだけど、ここまでたまたま見かけなかっただけ」
やがて丘の頂上手前に到達した二人。
やや広め、かつ平たい丘の頂上の真ん中には、次の界層へと向かうためのゲートがある。
そのそばには、人と同じで二足歩行で四肢を持ちつつ、茶色の体毛で全身ふさふさのホムンクルスが一体いる。
頭部は犬で、まさしく犬の獣人といった風体だ。
筋肉が詰まっていそうな裸体であり、目つき悪く徘徊する姿は、なんだかこれまでに遭遇したホムンクルスとは違う風格を持っていた。
ヒカリいわく、この界層のボスというわけではないそうだが、きっと今までに見た奴らの中じゃ一番強いだろう、とアキトも感じている。
元々あった緊張感がいっそう高まる実感を、アキトは剣を握る手が汗ばむ手応えと一緒に感じていた。




