第12話 ~インデックスを活用しよう~
「アキト君の考えてること、よくわかるよ~。
本棚目指してるでしょ」
「あ、やっぱりわかるんだ。
さてはヒカリも最初自分で潜った時は」
「えへへ、もちろん。
早く魔法を使えるようになってみたかったもん」
最初に出会った分かれ道。
立ち止まって少し考えたアキトは、何かを思い出したように左に進んだ。
ニケと一緒にここへ来た時のことを思い出していたのである。左に進めば何があるのかは、アキトもヒカリも知っているのだ。
やがて間もなく到達するのは、テニスコートサイズの小さな小部屋だ。
部屋の隅にある小さな本棚、そこに置いてある魔法書。
ニケが教えてくれたとおり、日付が変われば新しいグリモアが置かれている。
「あっ、そうだアキト君。
グリモアを取る前に、大事な話があるの忘れてた」
「え?」
「ちょっとインデックスを開いてみてくれない?」
ひとまず本棚の前に行くアキトとヒカリだが、ここでヒカリが新しい話。
早くグリモアというものをゲットしてみたい、魔法を覚えてみたい、という想いで伸びていた手を、アキトは一度引っ込める。
言われたとおりにインデックスを開けば、まず表示されるのはトップページ、アキトの名前やステータスが表示された画面だ。
「地図のページへ、とか思いながら、その画面を横にスライドしてみて。
画面が切り替わるよ」
「わ、ホントだ。
何これ、ここまで歩いてきたルートがマッピングされてる感じ?」
「そうそ……マッピングっていうの?
エクリプスの迷宮では、歩くとその周りが自動でインデックス内の地図ページにインプットされてって、地図を作ってくれるんだってさ」
あまりゲーム用語に詳しくないヒカリの一面が垣間見えたが、未踏の地を行く冒険者は、道に迷わぬよう地図を作るのが基本である。
それをマッピングというわけだが、どうやらヒカリが言うには、インデックスはそのマッピングを自動で行ってくれるようだ。
早い話、一度行った場所までなら、インデックスを見れば地図が作られているということである。
「普通は迷宮の地図なんて、自分で書いて作らなきゃいけないものだと思うんだけどね。
この世界、エクリプスの迷宮では、インデックスが自動で地図を作ってくれるみたい」
「へぇ~、便利だな。
ヒカリは自分でそれに気付いたの?」
「いやいやいや、こんなの自分で気付くわけないよ。
迷宮初挑戦して帰った後、ニケさんに教えて貰った」
やっぱりヒカリはゲーム慣れしたタイプの女の子じゃないんだな、とアキトには思えた。
アキトからすれば、今時のゲームなんてダンジョンを進んでいけば勝手にマッピングぐらいしてくれるのに、ってなものだ。
プレイヤーが鉛筆で、方眼紙にでも地図を作りながらダンジョン攻略しなきゃいけないようなゲームも、確かに昔々はあったのだが。
この世界は、ゲームのような世界とはいえ、ゲームじゃない現実だ。
実際に異世界に来たアキトとしては、ダンジョンの地図が欲しければ、買うか作るかしなければいけないという、レトロな想定だったはず。
ゲーム的な自動マッピングなんてものには期待していなかったのだから、これは望外の朗報である。
ましてその地図が、無くさないインデックスに内包というのが二重にありがたい。
「でね?
そのマップって、指でタップしたりスライドすることで、印をつけたりも出来るんだ。
ここ、本棚のある場所でしょ? そうだとわかるように、なんかそういうマーク付けておくと後からでも来やすいよ」
「なるほど、マッピン……地図作りはインデックスがやってくれるけど、要所のメモは俺達の仕事なんだな」
「マッピングって言ってくれていいよ。
地図作成=マッピング、でしょ? あはは、もう覚えたってば」
そう言って、ヒカリは自分のインデックスを表示させた。
初期設定で薄緑色のアキトのインデックスとは違い、ヒカリのインデックスは薄い桃色だ。
「あれ、俺のインデックスと色が違う」
「私も最初はアキト君とおんなじ色だったよ。
インデックスって自分好みの形や色にカスタマイズできるよ」
「そういえばニケさんのインデックスって巻物状だったな」
「帰ったらカスタマイズしてみる?
色を変えるだけでも楽しいよ」
「うん、やってみる」
インデックス、つまりステータス画面のカスタマイズという言い方一つとっても、人によってはコンフィグなんて言い方をするかもしれない。
同じもの、同じことに対する言い方でも、その人がどのような生き方をしてきたかでよく変わるものだ。
「でね?
インデックスってセキュリティ機能バッチリっていうか、他の人には中身が閲覧できないようになってるんだ。
見て見てアキト君、私のインデックス何が書いてある?」
「なんにも書い……白紙だな、うん」
自分の目の前に浮いているインデックスを覗くよう、アキトに肩を寄せるヒカリ。
触れてはいないが少し近い。急なことなのでアキトも少し緊張した。びっくりして離れそうになったが、逃げるように離れたら悪い感じなので動けない。
「私の目には、ちゃんとステータスとかが見えてるんだよ?
アキト君のインデックスにもあると思うけど、この左下のチェックボックスをタップする、と」
「あっ、表示された。
あ~なるほど、左下の隅に"閲覧"のチェックボックスがあるんだな」
アキトも自分のインデックスを見て、"閲覧"のチェックボックスがあることを確かめる。
タップすれば、への字を逆さまにしたチェックがつく。
するとページの一番上に、"閲覧可"という文字が出ているので、恐らくこれでヒカリにもアキトのインデックスが見れるようになったと推察できる。
「見ていい?」
「うん」
「アキト君のステータス、ATKがけっこう高いんだね。
やっぱり剣は強いんだな」
「ヒカリはAGIが抜けて大きいんだな。
これ素早さとかそういう数字だよね?」
「うん、身軽な武器と防具にしたらそうなっちゃった。
あはは、人のステータス見るのって楽しいね」
経験の差ゆえか、ヒカリのステータスは全体的にアキトより高めだが、偏りはアキトの目にもわかる。
簡単に言って、アキトのステータスはバランスがいい。攻撃力が少しだけ高めで、魔法を何度使えるかの指針となるMPが少し低いか。
対するヒカリは、身軽さを表す数字が頭ひとつ高く、代わりに攻撃力や守備力を表す数字が低め。
この辺りを見る限り、アキトにはヒカリとパーティを組むにあたっては、自分が前衛でヒカリが後衛向きだと一目でわかる。
今はまだ全数値、ヒカリの方がアキトより高いが、所詮は一週間の先輩だ。アキトもしばらくこの世界にいれば、すぐに平均値が追い付くだろう。
「で、地図のページに移ってみて。
私は自分の地図に、本棚の場所にマークつけてるんだ。
こうやってタップすると、ほら星形のマークがつく」
「ん、こっちは黒丸のマークになった」
「星形を想像しながらタップすれば星形がつくよ。
消したい時は、消したいと思いながらタップするか、こするかすればいいよ」
「そっか。
じゃあ俺も星形にしよっと」
アキトは自分の地図の本棚位置に一度つけた●をこすって消し、★のマークをつけておく。
これで、本棚があった場所として地図に刻んでおくことが出来た。
「他にもインデックスには白紙のページがあって、そこに指でなぞればいくらでもメモが出来るからね。
白紙ページは無限にあるから、インデックスは無限メモ帳としても使えるよ」
「そういえばニケさんも、自分のインデックスに"階層"とか"界層"とか書いてみせてくれたことがあったなぁ。
便利だな、インデックス」
「そうだね。
何回か私も使ってるけど、こっちの世界じゃスマホとおんなじぐらい手放せないよ」
はじめは"ステータス画面"としてアキトの目に映ったインデックスだが、用途はそれ以外にも沢山あるということだ。
"ステータス画面"ではなく"インデックス"と別の呼称が与えられているのは、ただそれだけじゃなかったのだとアキトもここで知ることが出来た。
「さあさあ、ごめんね時間取らせちゃって。
アキト君も、早くグリモアゲットしたいよね?
魔法を習得してみたいよね?」
「昨日出会ったばかりの女の子がグイグイ来る」
「そんなこと言って、魔法使ってみたいんでしょ?
素直になろうぜ~、そういうとこドンドン出していこう」
アキトはヒカリに囃し立てられるまま、本棚に置かれていた一冊のグリモアを手に取った。
黄色いグリモアの表紙には、"雷撃魔法の書"と書いてある。
異世界文字よろしく、くにゃくにゃっとした不思議な形の文字だとアキトの目には映ったが、そこに書いてあることがアキトには解読できた。
なぜ読めるのか、アキトも少し考えたが、そういうものなのだろうと割り切ることに。
わからないことは、ふしぎ、ふしぎ、でいいのである。
「わ、こっからは何?」
「それ以降は、グリモアを魔法書として起動させるための術式文字が延々と書かれてるだけみたいだよ。
読めなくてもいい内容だから気にするなってニケさんに教えてもらった」
意味が解読できたのは最初の見開きページだけ。
それ以降は、最後まで何ページにも渡ってミミズ文字みたいなものがびっしり書かれてるばかりで、書いてある内容は全く理解できない。
素人にはチンプンカンプンの機械語みたいなものだと思えばいい。
「でね。
グリモアから魔法を習得するには、最初のページの"習得"のところを指でなぞるんだ。
やってみて」
「えーと……わっ、何? "習得"の字が光り始めた」
「その状態でグリモアを閉じたら魔法を習得できるよ。
さあ行こう!」
緊張がちに、アキトはグリモアを閉じてみた。
するとグリモアが淡い光を放ち始め、アキトの手元から離れて宙に浮く。
そしてアキトの目線の高さで静止すると、最初のページから最後のページまでをばらららっと自らめくれ、すぐにぱたんと俺の前に背表紙を向けて閉じた形に。
さらにより強い光を放ち、本の姿が光に包まれて見えないようになった数秒を経て、やがて光がゆっくりと消えていった末、グリモアは忽然と姿を消していた。
「これでアキト君は"雷撃魔法"を習得できたはずだよ。
インデックスを開いて、ステータス画面からスライドしていってみて。
覚えた魔法の一覧ページみたいなのがあるから」
言われたとおりにしてみたら、ちゃんとアキトの習得魔法一覧のページのに、"雷撃魔法"と書かれていた。
さらにそのページの一番下には、"雷属性魔法:熟練度1"と書いてあって、その横にゲージめいたバーも表れている。
「このバーは、この属性の魔法を使い続けてたら魔法熟練度が上がるとか、そういう目安?」
「あっ、説明しようと思ってたのに。
アキト君はよくゲームやってた系?」
グリモアは、魔法を習得することが出来るアイテム。
それによって習得した魔法を使えば、その属性の魔法熟練度が上がり、より高度な魔法を行使することが出来るようになる。
そうだと魔法を使わないうちから理解できるのも、インデックスがそれを表示してくれていているからだ。
触れれば触れるほど、このインデックスというものが、いかに冒険者を支えてくれる便利なツールなのか、アキトも実感するばかりである。
「この界層には、あと二つ本棚があるよ。
案内してあげよっか?」
「いいの? 嬉しいんだけど」
「でも前を歩くのはアキト君だよ?
私は道案内だけするから、ホムンクルス相手の実戦経験を積みつつ進んでいこう」
「わかった」
その手で触れて感じたグリモアというものの重要性。
それ以上の便利さと、長い付き合いになっていきそうなインデックス。
アキトの味方はヒカリだけじゃない。頼れるものはこの世界には沢山ある。
少しずつ、この世界での歩き方を知っていくにつれ、アキトの足運びは慣れめいて進みがよくなっていた。




