第103話 ~第18界層でこんバケは~
「あぁ~、来たら思い出してきた。
ここイヤなんですよ~……」
「なんか寒いし……多分、気分の問題なんだろうけどなぁ」
少し肌寒く感じる暗き第18界層。だが、気温そのものが低いわけではない。
寒色の景観とその暗さ、しっとりとした湿度と薄気味悪さが訪れた者の背筋を寒くさせ、嫌な気分にさせてくれる界層である。
第13界層でパワースポットと呼ばれる界層の危険性を経験した冒険者達だから尚更に、再びのパワースポットで身構えてしまうというのも一因だ。
僅かに青みがかっている黒い岩で、壁面や地面が構成された洞窟を進んでいく第18界層。
異様なほど天井が高く、見上げて見える天井は闇に包まれており、壁面や地面から微かに感じる青みを視認できない。
七人のパーティで進むとて悠々と歩ける道幅続きであり、言い換えれば狭い一本道などは無く、多数の敵が襲い掛かって来ればいつでも包囲され得る環境だ。
広々としたスペースが広大な洞窟を思わせ、ゴールの遠さを冒険者に想像させるところも、この界層を未踏破の冒険者を嫌がらせる要因である。
「アキト達も一回はこの界層に来たことがあるんだっけか」
「ひどい目に遭ってすぐ帰ってきました。
いざ改めて来ると、あの時の恐怖が蘇ってきますね」
「そうか、俺達も一度視察はしてるんだがな。
猿に囲まれてこいつぁヤベぇとすぐ引き返してきたわ」
アキト達もフーヴァル達も、余裕を持って第17界層を回れるようになってから、軽くは第18界層の様子見に訪れている。
両陣営とも、来てすぐに"洗礼"を受けているのだ。怖さは知っている。
あれを何戦もこなしながら、終わりのはっきりしない旅を続けていくなど出来ない。それが先日のアキト達の結論だ。
この総戦力で挑む今回ならば走破は可能か。わからないし、自信も沸かない。
いざこの界層に踏み込んでから、否応なしに気が引き締まる。
所以は恐怖、それもまた正しい防衛本能か。
「さて、さっそく行くかと言いたいところだが。
どうやら初っ端から手厚い歓迎のようで」
「敵ですか……!?」
「敵ではないと思うがね。敵みたいなもんだが」
「がおー! たべちゃうぞー!」
フーヴァルの言葉に過剰反応して剣を力強くアキトだったが、奥行きの暗い道なりの果てから駆けてきたのは、白い布一枚で全身を包んだ変態だった。
迷宮内での遭遇率は非常に低いが、たまに出会えればラッキーと言われる存在だ。
以前の初めて見た時と同じ、ふざけた掛け声を発して駆け寄ってくる"バケバケ"に、アキトもはぁ~っと溜め息だ。びっくりさせないで欲しい。
「久しぶりだな、壺女さんよ」
「違います~! 私はバケバケなのです~!
エアリーフ様ではないのです~!」
「自分に様を付けるのか」
「あの人は偉大な大魔法使いなのですよ~!
私め如きが呼び捨てなんて恐れ多くて出来ないのです~!
あなた達もあの人にナマイキな口利いちゃダメなのですよ~!」
自分のことを大層凄い人みたいに持ち上げる、どこからどう聞いてもエアリーフの声したバケバケである。
まともに話を聞いてもしょうがない。頭のおかしい無敵の人なんだから。
「そんなことよりあなた達はいい子ですか!? 悪い子ですか!?
まあそう尋ねたらみんな自分はいい子って答えるんですけどねっ!
自分がいい子だと思う人は、私に200ジェムちょう~だいっ!」
「はいよ」
「どうぞ」
「お納め下さい」
「200ジェムです」
「わ~い! ジェム貰っちゃった!
みんないい子ですねっ! お礼にグリモアあげちゃいますっ!」
最初の時より話が早い。ジェムをさっさと要求してくる。
少額あげたらどうなるかわかっているアキト達も渡すのは早い。
ジェムを受け取ってぴょんぴょん喜ぶバケバケは、アキト達一人一人に、一冊ずつのグリモアを手渡してくれた。
一応貰ったそれに目を通してみるアキト達だが、やはりバケバケに貰えるグリモアはとりあえず高品質な内容である。一人頭一冊だけだったが質は良い。
書ではなく本であり、魔法の習得には使えないが、使い捨てで魔法を発動させるアイテムとしてはなかなか魅力的な効果だ。
窮した時には惜しまず使えば、命を救う一因にもなってくれそうである。
「いい子の皆さんは頑張って下さいねっ。
生きて迷宮を進み、エアリーフの待つ第20界層に辿り着いてくれることを心より祈ってますよ~」
「呼び捨てになってますよ」
「あっ、いけない。偉大なるエアリーフ様にはナイショですよ?
知られたら私、挽き肉にされちゃうかもしれないですから」
「あの人そんなに猟奇的なのかぁ」
「いえいえ、基本はお優しい方ですよ~?
海より深い慈愛に満ちた聖女のような人ですから。
バカには厳しいってだけで」
「呼び捨てにされた程度で挽き肉にする人のどこが優しいんですか……」
「こらこら、エアリーフ様を屁理屈でイジめちゃダメですよ。
あんまりしつこいとエアリーフ様のウンコにされますよ」
話せば話すだけ話が通じないことだけわかってくるから嫌。
疲れる相手である。ありがたいグリモアを貰ってるんだから、無碍な態度は取るまいと付き合うアキトが律儀なだけ。
「まあ頑張って下さいませ。応援してるのはホントですよ?
特に第18界層と第19界層は各段に死亡者の多くなる界層ですからねぇ。
よく注意して進んで下さいませ」
「怖がらせてきますね……」
「第13界層はパワースポットと言っても、第10界層の試練を越えてきた能力がある人達なら、賢明に逃げれば死だけは免れるケースも多いんですよ。
この界層には、ここまで来た能力が人なら何とか生き延びられるだろう、っていう根拠が無いですもん。
身の丈わかってなくて深入りして、引き返そうと思った時にはとっくに手遅れな人がたいへん多いのです。
来た道を同じ距離だけ帰るだけでも、消耗した状態で同じ道が歩ききれると過信したら大抵オシマイです」
ホムンクルス図鑑にも書いていたことである。
第18界層は危険な界層であると注釈を書き、その所以として書かれている内容と、今バケバケの言っていることが一致する。
ナメタマがいい例だが、想定を狂わせる苦戦を強いる存在が一体でもいる界層は、帰り道とて事故を起こすから危険だ。
そしてこの界層からは、そんな敵の数が急増するのだから尚更である。
「ま、皆さんは慎重そうですから引き際わかってくれると思いますけど。
まずいと思ったら早めに引き返すぐらいで丁度いいですよ。
臆病であることを恐れて粋がる人って、最後に必ず後悔しますしね。きひひひ♪」
「意地悪そうな笑い方しますね……
でもわかりました、覚えておきます」
「はいはい~、それでは頑張って下さいね~♪
デッソ……さよなら~♪」
エアリーフの口癖を言いそうになって、やめて、ぱたぱた去っていくバケバケ。
隠すつもりがあるんだか無いんだか。何もかも雑なヤツである。
「さて、行くか。
あんなのに毒気抜かれて気を緩めてちゃ笑えねえぞ?」
冗談めいた口ぶりで笑って言ってくれるフーヴァルだが、大事な話である。
気を引き締め直すアキト達。特にヒカリなんて、弱いが自分の頬を両手でぱちっと挟むように叩き、自分に活を入れるほど。
とにかく死にたくはない。バケバケの語り口と声は軽いものだが、内容は肝に銘じるべきほどのものなのだから。
暗い第18界層を歩き始めた、フーヴァルとアキトを先頭とした一行。
それはさながら、冥界の片鱗を覗くためにその淵から足を踏み入れていくような、危険な未知の領域への冒険じみたものである。
一歩踏み入った瞬間からの光景から、広大そうなイメージを持たれる第18界層だが、実際これまでの界層までと比べても一回り広い。
たちの悪いホムンクルスが多数溢れる界層になるに加え、始点から終点までの距離も、分かれ道と行き止まりの数も増えたこの界層。
一度ゴールまでの道を見つけるまでは、迷って迷ってしているうちに、敵との遭遇数も増えるという嫌らしい構造である。
「わちちっ……!
ったく、こいつの悪賢さは扱いづれぇわ……!」
「ごめんなさいフーヴァルさん、行きたいんですけどっ……!」
「にゃろーっ!
機械どもはマジ硬くてムカつく奴だなあっ!」
「おぉ気にすんな!
そっちはそっちで集中しろ!」
まず、これまでに遭遇してきたホムンクルス達とて、別の意味で厄介さが増している。
その筆頭がガーゴイルだ。この界層まで意気込んで来る時点で、その冒険者には相応の能力が備わっている。
第17界層までを自信を持って歩ける、ガーゴイルとの一騎打ちが果たせるぐらいの実力者が、パーティに一人はいるだろう。
事実フーヴァルも、近付いて真っ向からの殴り合いに持ち込めさえすれば、今さらガーゴイルに後れを取るようなことはない実力者である。
判断力に秀でるガーゴイルは、真っ向勝負では分の悪い相手を見極めて、例えばフーヴァルに積極的な接近戦など仕掛けてこない。
近付かれても防御に徹し、ダメージを受けつつも少し退がって距離を作り、魔法攻撃に切り替えてくる。
大きな火球を放つ魔法、躱して直撃を避けられても、そばを通過されただけで熱く無傷とはいかない。
かつてより強くなったが故に、相手の出方が変わってしまう現象が、今までよりもガーゴイル一匹仕留めるにも時間がかかるフーヴァルの現実を作り上げる。
この界層にはアルキダケやホースマン、レッサートロールのような"今なら可愛いものだ"というホムンクルスがもういない。
となると代わって、ドラゴンナイトやキラーマシンαとの遭遇率も上がる。
第17界層では頻度の少ない、ガーゴイルとキラーマシンαとドラゴンナイトが同時に襲いかかってくるという事象も、この界層では稀でも何でもない。
むしろこの界層では楽な方の組み合わせということである。
フーヴァルがガーゴイルの撃破に手間取る中、助けに行きたいアキトもアーノも、ドラゴンナイトとキラーマシンαとの交戦で手一杯になっている。
「ええっと……!
サナ、あいつを私達でやるよ!」
「あいっ! ころすっ!」
「イヴェール、あいつら片付けるわよ!
まずくなったら支援もするわ!」
「ぷきゅうっ!」
後衛も楽ではない。
外角の割れ目から二つの目を覗かせる、栗色の大きなイガグリのような風貌のホムンクルスが、跳ねてヒカリ達に迫らんとする。
全身を棘で包むその"チェスナットボム"は、体当たりしか攻撃手段の無いイヴェールにとって分の悪い相手だ。
ヒカリがクナイを投げ付けて一撃を加え、飛んで近付いたサナの粉雪で追撃だ。この連撃で仕留められないタフネスもある。
イヴェールが突き進む敵の一体、下半身が蜘蛛の女性型ホムンクルス"アラクネ"は、第17界層にも出現した敵の一種だ。
迫るイヴェールに下半身を突き出して、先端に麻痺毒を持つ八本の蜘蛛足を突き刺そうとして迎撃する。
回避し、突進力を削がれつつも、蜘蛛の下半身に横っ腹から力強くぶつかるイヴェールだが、彼に横から襲いかかろうとするのがサイレンだ。
既に歌声の呪いは遠距離から発し、アキト達のインデックスを機能不全に陥らせた後。戦闘能力では劣りながらも、こんな嫌な奴は未だ出没するのである。
尖った爪をイヴェールに振り下ろそうとしたサイレンだが、その首をシータの放った風の刃が斬り落とす方が早い。
治癒役に徹したいシータだが、イヴェールが傷を負えば結局魔力を食わざるを得ないのだ。けちな温存をせずイヴェールを守るのも正しい。
助けてくれると信じていたイヴェールは、あれだけ迫られてもサイレンなど初めから相手にしておらず、アラクネにもう一度ぶつかってとどめを刺している。
ご主人の考え方をよくわかっているのだ。小さな体で聡明である。
「サナ! そいつから離れて!」
「えっ!? あいっ!」
思わぬ指示に一瞬動揺しつつも、チェスナットボムのジャンプした体当たりを躱したサナは、指示に従い敵から距離を取る。
サナが自分のそばへ向かってくる姿を確かめるや否や、ヒカリが詠唱なく火球魔法をチェスナットボムへ。
サナの粉雪をもう一度受け、弱ったそいつにとどめを刺すための一撃だ。
致命の一撃を受けた瞬間、チェスナットボムは一瞬の間を置いて、消えるのではなく破裂した。
死に際に破裂して針をばら撒くこのタチの悪さは、前知識が無く接近戦のまま仕留めていたら痛い目を見る能力だ。
やや離れた位置のヒカリの肌にも、ちくちく数本の針を届けてくるその破裂に、ヒカリは痛み以上にぞっとする。
サナがあいつから離れるよう指示していなかったら、至近距離で破裂されたサナはこの針何本を受けていたことか。
「よしっ……!
フーヴァルさ……」
「まだだぞアキト!
次が来てやがる!」
「っ……ちくしょう……!」
「問題ねぇ! 俺一人で充分だ!
あれぐらい仕留められねぇで前衛は務まらねえよ!」
ドラゴンナイトとキラーマシンαを片付けたアキト達、フーヴァルの方へ駆け付けたい。
しかし新たに現れたもう一体のドラゴンナイト、加えてポンコツファイターとプディングの一団がそれを許してくれない。
フーヴァルとてほぼ同時にガーゴイルは仕留めきっている。しかし彼の方にも、前方から現れたもう一体の敵が迫っているのだ。
緑の服で鉈を手に、白面に目の穴だけを開けた仮面を装備した人型のホムンクルス、"バーサーカー"だ。
下位種のクレイジアとは異なり、その白面には血が流れ落ちたような赤い塗り、尚のこと不気味さを増している。
はっきりとキラーマシンαやドラゴンナイトを凌駕する腕力の持ち主ながら、フーヴァルは助けを求めず一対一に固執する。
蛮勇に見えて正しい判断である。前衛のフーヴァルが一対一でこれを仕留められぬようでは、はなから第18界層の走破に挑むなど役不足なのだ。
「さっさとコイツら片付けるぞ、アキト!
ワンコの兄さんも心配だけどな!」
「ああ、そうだな……!」
「サナ行くよ!
アキト君達を助けなきゃ!」
「たすけるっ! ころすっ!」
「イヴェール、私達も!」
「ぷきゅうっ!」
ほぼ同時に腹を括り、自分達に迫る敵に集中するアキトとアーノ。
あるべき行動を言葉にしてくれるアーノがもたらす、連帯感あるいは一体感もまた良き鼓舞だ。
敵を片付けたヒカリ達もそこへ駆け付け、総力を上げて三体のホムンクルスを、一秒でも早く仕留める戦いの始まりだ。
プディングをまずヒカリが魔法攻撃で焼き。
ドラゴンナイトに剣を振り抜くアキトが自らに引き付け、アーノが体当たりしてふらつかせたポンコツファイターには、イヴェールが横殴り気味に突進だ。
がつんがつんと剣を鳴らし合うアキトとドラゴンナイト、他の二体を始末するまでその状態を引っ張る戦術を、アキトは意図して選べている。
味方のいなくなったドラゴンナイトに、ヒカリの投げたクナイ、アーノとイヴェールの体当たりが続けざまに降りかかれば勝負ありだ。
最初のクナイを盾で防いでしまったが最後、ぼこん、がすんと二発の強烈な体当たりを受けたドラゴンナイトは、アキトのとどめも要らぬまま絶命する。
イヴェールの突撃力が高いのだ。頼もしいのはフーヴァルとシータだけではない。
「グゲ……!?」
「ったく、俺もまだまだだな……!」
素早く力強い鉈の振り回しに手を焼いていたフーヴァルだが、バーサーカーの鉈を持つ腕が突如として斬り落とされた。
シータの放った風の刃だ。フーヴァルの動きをよく見切り、交戦中の味方に当てず、しっかり敵に致命的なダメージをもたらしている。
既に二発を当て、勝ちが見えていたフーヴァルだが、これには感謝と自責を胸に抱きつつ、怯んだバーサーカーに正拳突きをぶちかます。
吹っ飛ばされたバーサーカーが倒れて消えていくことで、ようやく周囲のホムンクルス達がすべて片付いた。
「一人でやるって言ったんだがな」
「あんたが落ちたらみんなが困るのよ。
感謝しろとは言わないわ、責めないで」
「なじっちゃいねえよ。ありがとな」
「はたらきで返してくれればいいわ」
一度一団に集う形で、ちょうど中心位置にあるアキトの方へとフーヴァルが戻ってくる。
つんけんとした言葉遣いだが声色に棘のないシータ、口ぶりこそいつも通りのようでいながら、心も繊細になる戦場下の心持ちを無自覚に
醸している。
回復役が攻撃に転じたことをシータは難しく気にしているようだが、フーヴァルだってそこに細かい口出しなどしない。
ひとえに現場の判断だ。自分が助けられたことをまったく加味しなかったとしても、尊重すべき理念があったと信頼できる相手の決断である。
「みんな大丈夫?
治癒魔法が必要な人は……っ、が!?」
だが、常に脅威と隣り合わせのパワースポットだ。
一つの戦闘を終え、ほんの僅かに気の緩んだ一団の中、シータがみんなに治癒魔法をかけようとしたその瞬間のこと。
突然どこからともなく飛来した岩石が、横からシータの二の腕に直撃して砕け、倒れそうなほど身の流れたシータが腰を下げて辛うじて踏ん張った。
「シータさん!?」
「キィーッ! キキーッ!」
「キキッキー! キィーッ!」
所詮これまでの界層で見たホムンクルス達など、パワースポットでは雑兵だ。
チェスナットボムやバーサーカーとて、真に恐ろしき第18界層の難敵らと比べれば、その脅威度は一枚も二枚も劣る。
膝をついて歯を食いしばるシータを嗤うように、甲高い声で騒ぐ性悪のそれらこそ、この界層をパワースポットたらしめる最右翼だ。
茶の体毛にして成人男性ほどの体格を持つ猿、悪名高き"アバレザル"。
一匹は地面に足を着け、もう一匹は壁面の凹凸に足をかけてしがみつき、悪辣な笑みを浮かべてアキト達に近付いてこない。
こいつらの存在こそが、第18界層の死者が絶えない最たる要因と語られてやまぬ、極めて悪質なホムンクルスである。
「あいつら……っ!」
「アキト……!
奴らもムカつくが、こっちも真打ち登場だぜ……!」
シータを傷つけたアバレザルへの怒りはアキトも抱いたが、フーヴァルの怒りはそれ以上のものだろう。
そんなフーヴァルが猿どもに気を取られるなという訴えを耳に、アキトが振り返ってみれば納得の光景があった。
そうだ、これだ。この展開を、心のどこかでずっと恐れていた。
暗き道の先から姿を現した、巨躯の人型の怪物の姿があった。
かつて死に物狂いで撃破したギガースとて、もうこの界層ではいくらでも遭遇する敵。わかっていたことだけど。
それが重い足音とともに姿を見せた光景には、己とフーヴァルの全力で以って迎え撃たねばならぬ現実を受け入れざるを得ない。
それほどの相手だと、今でも体が覚えている。
「――アーノ! アバレザルは任せるぞ!
頼む、頑張ってくれ……!」
「なん……っ、いや、仕方ねぇか……!
わかった、ヒカリやシータは俺が守る! お前も死ぬなよ!」
「ありがとう……!」
「っ……サナ、行くよ!」
「あいっ! ぜったいころす……!」
「イヴェール、っ……!
アバレザルを仕留めるわよ……!」
「ぷぎゅうっ!」
ギガースに立ち向かう決意を固めたアキト。
少ない人数でギガースに挑まんとするアキトが心配ながら、ヒカリ達をこそ猿どもから守らなくてはならぬ使命を理解して、苦くも頼みを呑むアーノ。
シータを傷つけられた怒りに燃えるサナとイヴェール。
痛みに歯を食いしばるシータと、彼女が気がかりでならぬ中でも戦況に殉じた行動に徹さんとするヒカリ。
そして、猿どもへ抱く復讐心にすら近い憤怒を努めて抑え、その激情の矛先をギガースに移し替えて血走った目と化すフーヴァル。
たった三体の敵。アキト達の頭数の半分以下。
それが、これほどまでに七人の冒険者の心を纏めてかき乱す。
先の苦戦など序の口だったということだ。しばしおとなしかったパワースポットが、いよいよアキト達に牙を剥き始めている。
「行くぞアキト! ついて来いよ!
八つ裂きにしてやる!」
「はいっ……!」
爪を尖らせた手を開き、ギガースへと駆け迫るフーヴァルにアキトが追従する。
負けられない戦いの始まりだ。確かにこの戦いは、そうだった。




