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エクリプスの迷宮(クソゲー)  作者: 日月月明日日月
第一章
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第10話   ~パーティ登録~



「おっ、アキトどの。

 なかなか様になっておるじゃないか。よく似合っておるぞ」

「あはは……ありがとうございます」


「アキト君、照れないの。

 ホントにとっても似合ってるよ?」

「もういいって、わかったよ、嬉しいけど」


 宿で快眠したアキトは翌朝早くから、ヒカリと一緒にニケの居酒屋を訪れていた。

 昨晩は開店していたはずで、朝方なんてニケが寝ていそうな時間帯なのだが、ニケは二人を眠気とは無縁の顔で迎えてくれたものだ。

 こんな時間にいいのかな、と少し考えもしたアキトだが、それは杞憂だった模様。ニケ本人も言っていたが、上手く睡眠時間は取っていると見てよさそうだ。


 元の世界で一度も身に付けたことのない装備品は、アキトの感覚で言えば慣れないコスプレをしている気分。

 似合ってるよ、と嘘偽りない笑顔で言ってくれる、ニケやヒカリの言葉は嬉しいが、やっぱりなんだか気恥ずかしさが残るようだ。

 そのうち慣れていけることだが、初めのうちはこんなものである。


「さてヒカリ。

 さっそくアキトどのと一緒にエクリプスの迷宮へ挑戦かの?」

「うーん、どうしよっかなって思ってるんですよ。

 まだ鍛冶屋とか、案内しておいた方がいい場所もありますよね」

「その辺りはまた今度でいいんじゃないかのう。

 実戦を経験しないまま鍛冶屋に行っても、装備品をどう鍛冶して貰うのかイメージしづらいじゃろ」

「そっか、そう言われてみればそうですね」


「え、いきなりダンジョン行くの?」

「大丈夫大丈夫。

 急だと少し心の準備できてない気持ちになるかもしれないけど、そんなに怖がるほどの場所じゃないから」


 なんだかさっそくエクリプスの迷宮へ、という雰囲気を感じたので、思わずアキトも身構える。

 大丈夫だよとは言ってくれているが、急だと少しびびってしまう。

 自分の力で魔物を、ホムンクルスを退けての冒険なんて、初めての俺に出来るのかなという不安が当然あるからだ。


「ヒカリも最初は腰が引けておったが、今ではもう一人で第5界層まで一人で行けるようになったんじゃろ?」

「あれ? 言いましたっけ?」

「昨日来た時の第一声と顔がそうだったじゃろが」

「あっ、アレちゃんと聞いててくれてたんだ!

 そうなんですよ~、やりましたよ~」

「よしよし、よう頑張った頑張った」


 ニケに褒められたヒカリの嬉しそうなこと嬉しそうなこと。

 好きな人、尊敬する人に褒められると嬉しいのは誰でもそうだが、ヒカリは感情がすぐ顔に出るから殊更それが如実である。


「アキトどのも、怖がらずにチャレンジしてみるとよい。

 こんな子でも自分一人の力だけで、第5界層まで行けるようになったのじゃ。

 そなたにだって、すぐ出来るようになるよ」

「あれ、ニケさん。こんな子でも、ってどういう意味?」

「鏡見て自分で考えい」


 チャレンジを促すニケの言葉に、ためらいがちながらもアキトは小さく頷いていた。

 不安はある。しかしいつかは、自分の足で行ってみるべき場所には違いない。


 小さな決意を固めるアキトと、冗談口を交わして笑うヒカリとニケでは、経験者とそうでない者とで少々の熱の差があった。

 言い換えれば、経験者に言わせればそう身構えなくてもいい、という話である。






「よし、この際だから、エクリプスの迷宮の仕組みについて教えておくぞ。

 アキトどの、大事な話だからよく聞いておいてくれな?」

「はい」


 ヒカリはちょっと待っててな、とニケが言い、アキトに向けた大切な話をする前置きを置く。

 大事な話と言う割に、柔らかな表情を崩さないニケは、神妙なことを話す顔をしない。

 空気を重くしないまま、よく聞いてくれと語りかけてくれる、優しい年上女性の態度である。


「エクリプスの迷宮へは、今日も何百人もの冒険者達が挑んでおる。

 所定の本棚に何度も通ってグリモアを集めたい者。

 ホムンクルスとの実戦を経て自身の能力を向上させたい者。

 あるいはそれらの撃破によってお金を稼ぎたい者。

 エクリプスの迷宮が、この世界に住まう者達には、毎日のように通う場所として相応しいのは想像に難くあるまい?」

「なんとなくわかります」


「であれば、どの界層とて冒険者達でいっぱいになり、ぎゅうぎゅうになってしまいそうではないか?

 目当ての本棚を目指して迷宮に潜っても、他の冒険者が本を取っていったカラッポ、なんてことも頻発しそうなものじゃろう」

「あー、言われてみればそんな気がします」


「エクリプスの迷宮は、いずれの界層も独立した空間として成立している。

 インデックスを介しての"パーティ登録"をした者同士でなければ、同じ空間には入れないようになっておる。

 意味はわかるかな?」

「えーと……」

「昨日、わしと一緒に行った第2界層、他には誰も人がおらんかったじゃろ。

 毎日のように冒険者が訪れているエクリプスの迷宮じゃ。

 普通なら、誰かとすれ違ったり、出くわしたりすることの方が多いか、あるいはそれが自然なことだと思わんか?」

「それは、そうかもしれないですね」


「例を出してみよう。

 Aさん、Bさん、Cさん、この3人の冒険者がいるとする。

 これら3人が、お互いパーティ登録をしないまま、みんなで一緒にあの魔法陣の上に乗って、エクリプスの迷宮へ入っていくとする。

 すると、Aさんは"第2界層α"に、Bさんは"第2界層β"に、Cさんは"第2界層γ"に行くことになる。

 いずれも地図や本棚の位置は一緒じゃ。しかし、三人とも迷宮内で会うことはない。

 全く同じ中身の空間にして、別々の空間へと行くことになるのじゃ」


「あー、えぇと……

 要するにエクリプスの迷宮を冒険するにあたって、パーティ登録をしていない人に途中で出会ったりすることは無いってことなんですね?

 邪魔されることもないし、偶然的に出会って助けて貰えることもない、っていうか」

「うむ。

 そなたの世界の言葉で言うところ、ソロで潜りたいと思うならそれも可能、ということじゃ。

 誰ともパーティー登録をしないまま迷宮に挑めば、自分以外の冒険者とは誰とも会わん迷宮に入れるからな」


「一人で魔物のひしめくダンジョンに命懸けで臨むなんて、俺に出来る日が来そうな気はしないけど……」

「冒険慣れした者達には、友人がおっても敢えて一人で迷宮に行く者もいるぞ?

 普段は一緒に冒険している者同士、ある日たまにはパーティー登録を解除して、それぞれ別個で迷宮へと潜ることも珍しくはない。

 こうすれば双方、行く先々の本棚のグリモアを回収できるということじゃからな」

「あ、なるほど。

 一人で行ったらダンジョンで回収できるものは独り占めになるんですもんね」

「複数人数で迷宮に潜れば、助け合えるし安心する一方、グリモアなどの収穫物も相応に分け合う形となろう。

 一方で、一人で潜るならそうした収穫物も総取りじゃ。

 パーティー登録と迷宮の仕組みを上手いこと利用して、より要領よく稼ぎを増やそうとするのも、やがては一考の価値があるのではないかな」


 つまりエクリプスの迷宮は、誰かと一緒に潜ろうと思ったら、一緒に潜る仲間と"パーティ登録"する必要がある。

 そうしないと、同じ場所には行けないのだ。

 この世界唯一かつ、収穫物が約束された無限ダンジョンと呼ばれるエクリプスの迷宮は、そうした仕様でなければ混雑し過ぎるのだろう。


「そなたはまだ、一人で迷宮に挑もうという気分にはなれまい?

 ヒカリと一緒に行ければその方が安心するな?」

「そうですね」


「よし、アキトどのもヒカリも、インデックスを出してみよう。

 お互いを、パーティー登録しよう」

「はいはーい」


 静かに見守っていたヒカリは、話しかけられて元気に返事する。

 アキトもヒカリもインデックスを出して、ニケに言われるまま、互いのウインドウ状のインデックスを手で押し、重ね合わせるようにする。


 インデックスを挟んでとはいえ、所詮それは透過も出来る空中表示物。

 それを挟んで掌を合わせる二人、お互い相手の手肌の感触も温かさも伝わっており、そのせいか二人ともちょっとそわそわしている。


「インデックスのメインページ、そなたの名前やステータスが書かれた画面な。

 そこを見れば、お互いパーティー登録した相手であることが確認できるじゃろ」

「はい。

 "パーティ登録:ヒカリ"って書いてます」

「私のインデックスにも、アキト君とパーティー登録できたことが書いてるよ」


「これでアキトどのとヒカリは、一緒にエクリプスの迷宮へ挑める形になった。

 さてヒカリ、初めて自力でエクリプスの迷宮へ挑む後輩を連れての冒険じゃ。

 ちゃんと案内してやれるよう、よく心がけて頑張ってくれ」

「へへ~、任せて下さいっ!」


「アキトどのもそう不安になることはないぞ。

 エクリプスの迷宮の第2界層から第10界層までの間は、少なくともホムンクルスに怪我させられることもないし、殺されることなんて絶対にあり得ん。

 エクリプスの迷宮の浅い界層は、そういう風に出来ておるからな」

「……それ、どういうことですか?」

「うむ、説明しよう。

 もう一度、インデックスのメインページに注目してくれるかな」


 改めてインデックスのメインページ、自分のステータス画面にアキトは見る。

 実は今朝、装備品を身に着ける際、インデックスを見て気付いたことがある。

 装備品を身に付けて以降なのか、HPやATKといったアキトのステータス値が、今は実数で表されている。

 魂だけだった頃は全てゼロだったのが、今はこうなっていることについて、ニケに聞いてみたいとはアキトも思っていた。




「書いてある項目の意味はだいたい理解できるかな?

 HPは生命力、ATKは攻撃力、VITは守備力、ってな感じで」

「ゲームやってたんでなんとなくは」

「それらの数値は、概ねイメージどおりに捉えてくれて構わん。

 ただ、HPに関してはちょっとそなたが想像するものと違うと思う。

 それは"生命力"ではなく、"防具の耐久度"と考えた方が正しい」


「えーと……つまり、ゼロになったら死ぬとか、そういう数字じゃない?」

「そなたが身に纏うその防具は、その本質は、デザインそのものはあくまでお飾りの、そなたの全身を防御結界で包み込む発生装置のようなものなのじゃ。

 そなたは篭手と草摺で、腰と手首を守る防具を身に付けておるが、頭部は裸同然じゃろ?

 例えば、例えばの話。襲いかかる狼の姿をしたホムンクルスが、そなたの喉元に噛みついたら大惨事の予感がせんか?」

「ん~、ぞっとする」

「実際、噛まれたら相応の痛みを感じるはずじゃ。

 しかし、言わばその防具が発する結界は、たとえ防具に包まれておらぬ場所を攻撃されても、そこを無傷で守ってくれるようになっておる。

 そのぶん、受けたダメージぶんだけ結界が弱り、防具の耐久度、つまりHPが減少する形でインデックスに表示されるのじゃ」


「あー、なるほど。

 どんな攻撃を受けても、痛いだけで無傷に済ませてくれるけど、代わりにHPが減るんですね」

「そのとおり。

 だから仮に、鳥のホムンクルスの奇襲に逢い、最悪目をブスッとやられたとしても、失明したりすることはないのじゃ。

 防具が守っているその場所だけでなく、全身すべてをその防具は守ってくれるということじゃ」

「ってことは、HPがゼロになったらどうなるんですか?」


「そうなると、防具が壊れる。

 "アーマーブレイク"と俗に呼ばれる状態じゃな。

 こうなると、そなたは防具の庇護を失って、ホムンクルスに攻撃された時は生身の体でそれを受けねばならぬ。

 かなり危険な状態なのは想像に難くないのではないかな」

「うわぁ、ヤバそう。

 ウルフの牙でも、もこもこネズミに噛まれただけでもヤバそうだし……もっとヤバいホムンクルスは、先に進めばいっぱいいるんでしょ?」

「うむ。

 前向きに捉えるなら、HPが1でも残っているうちは、まずエクリプスの迷宮内でも命が保証されているとも言える。

 しかし、ゼロになった瞬間から絶体絶命じゃ。注意して管理すべき数値じゃな」


 元々アキトが想像していた、HPがゼロになると死ぬ、という事象とは少し違う。

 しかし、どのみちゼロにしては危ない数値には変わりない。

 重ね重ねで同じことを繰り返すニケの言葉を、アキトは肝に銘じる想いだった。




「さて、とは言っても。

 第2界層から第9界層までの間は、ちょっと特殊な環境になっておる。

 HPがゼロになるとアーマーブレイク、ここまではわかったな?」

「はい」


「第2界層から第9界層までの間でアーマーブレイクするとな。

 どこからともなく、その冒険者を保護する連中が駆け付けてきよる。

 あとはそいつらが、その者を迷宮の外まで運んでくれるようになっておるのじゃ」

「???」

「イメージしづらいかのう?

 まあ、実際にHPをゼロにしてみればわかるよ。ちょっと面白い」


 急に頓珍漢な内容になった。

 ちょっと面白い、なんて言い方をしている時点で、意図してシリアスな話であった空気を壊している。

 くすくす笑うような仕草を見せるニケからも、だから安心していいんだよという示唆をアキトも感じるのだが。


「ヒカリは経験ある?」

「ないからわかんない。

 気にはなるけど、痛い目してまでわざわざHPをゼロにしたくないしさ」


「まあ、大丈夫ということだけわかってくれればよい。

 この世界に召喚されてきた皆様が、必ずしも武器を手に取ることに慣れてはいない、という話はしたと思う。

 だからそれに安全に慣れていってもらうため、その辺りの浅い界層においては、冒険者の不意の死も防ぐ造りになっているんじゃないかな」


 憶測の域を出ない話だが、そう言われてみればそんな気もする話。

 元々武器や防具、宿の無料提供など、この世界は召喚されてきた者達への、最初の待遇は丁重だ。

 エクリプスの迷宮にすら、そんな丁重さの一端があるなら、それはアキト達にとっても願ってもない話には違いない。


「そなたには、ヒカリもついてくれておる。

 思い切って、頑張っておいで」


 勇気づけるように笑いかけるニケに、疑問は残れどアキトも気持ちを切り替える。

 諸々は頭の隅にどけ、まずはこの身でダンジョンへのチャレンジはしてみたい。

 聞いた話は少なくともいい話だったし、怖がらずにやってみなさい、という含みも込めたニケの語り口には、前向きな感情も生まれてくる。


 ヒカリとともにニケの居酒屋を出て、アキトはエクリプスの迷宮の入り口である祭壇に向かっていく。

 金属ブーツの音、一つ一つが耳に残る、緊張感のある前進だった。

 頑張ろうね、と声をかけてくれるヒカリの存在は、アキトにとって嬉しい仲間の姿に見えたに違いない。

 いよいよ、エクリプスの迷宮への挑戦だ。

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