端書
また、導かれてきた。
それは私達にとっては喜ばしいことであるべくして、哀れな魂とそれを抱いていた世界にとっては嘆かわしいこと。
いつも思うことだが、その腕に抱き続けられたはずの魂に拒絶された世界の神々は、どんな想いで己が世界を離れた魂を見送っているのだろう。
『――日下 明人』
ここじゃない彼方から、私の耳を介さずに胸の奥にまで響く、聞き慣れた声。
私達の世界へと導かれてきた魂を目の前に控え、真字を呼ぶその声を、私はどこにいても認識することが出来る。
それゆえに、哀しみに満ちた魂に無感情な声で呼びかける界越者のその声を、私はいつも複雑な想いで耳にする。
私は決して、この現実から目を背けてはならず、背けたくない。
『そなたの世界は、誰にでも優しく、誰にでも厳しいものだったか?』
私達の越導者は必ずそう問いかける。
答えはわかっている。私達の世界に導かれる魂は、それにいいえと答える者達のみ。
形式的な問いかけに過ぎず、しかしその問いに哀しげに即答する魂の嘆きを受け、私達の世界の越導者は頷くのだ。
彼女がその時どんな顔をしているかは目に浮かぶ。私達の越導者は、時々心配になるほど優しいから。
『その言葉、よく聞き受けた。
ならば一度、我々の世界へと招待しよう。
そなたにとっての"異世界"なら、今までのそなたとは違う形の人生が歩めるかもしれぬ』
優しく迎え入れる言葉を発した彼女の一言が、すべてを定めた一事に他ならない。
私達の世界へ、新たなる移住者が招かれてくる。それが決まった。
私達はただ、定められた立ち位置で、彼ら彼女らを迎え入れるのみ。
『歓迎しよう、日下明人。
我々の世界、運命に翻弄されし者達の世界、"ルフレヴォーネ"へ』
私達の世界は、誰にでも優しく、誰にでも厳しい。
生まれ落ちた世界で幸せを享受できず、己が世界を離れたい意志を魂に抱くほど苦しんだ魂を、少しでも幸ある未来へと導きたいけれど。
私は決して、この理に背いてはならない。
何度この言葉を敢えて己に言い聞かせたか、もうわからない。
私は史書を綴りながら見守るのみ。
だけど、あなたがあなた自身の手で未来を切り拓き、あなたの世界で見つけられなかった幸せをこの世界で見つけられるなら。
私はそれを願ってやまないし、きっと、ずっとそう思う。
あなたが幸せになれるなら、それはあなたの手で掴み取ったものだと、必ず胸を張っていい。
日下明人。私はあなたの名前を、決して忘れない。