水をうむ
ドアのあたりで棒立ちになっている俺は、そこで自分の存在を中の人物に“発見”されてしまった。
逃げなければ……そう俺が思うのに、あまりにも“漢”な光景に足が動かない。
思考が目の前の光景を拒否していると言っていいだろう。
だが凍り付いた俺を彼らは見た瞬間、そろいも揃って嬉しそうに“にたり”と笑った。
ぞくりと背筋に悪寒が走る。
逃げろ。
今すぐこの場から逃げろ。
逃げなければ、そう俺が思っているとそこで、この中では一番……“いい筋肉”をしている半裸のおじさんがやってきて、
「やあ、ギルドの依頼を見てきてくれたのだね」
「は、はい」
「いや~、今は水不足で魔法で水を呼び出すことしかできなくてね。普段は湖の湧水を採りに行っているのだが、今は制限がかけられているから汲みに行けなくなってしまったのだよ」
「そ、そうなのですか」
「そういった理由で今は水を生み出して格安に販売しているが、何分需要が多くて、その分水属性に適性のある魔法使いが少なくてね。魔力が少しでもたまったら水を呼び出す、そういった状態なんだ」
といった説明を聞いた。
どうやら水不足はそこそこ深刻なようだが……ここで半裸の筋肉ムキムキの人達ばかりがいるのは、絵的に見て、やや“地獄”である。
この人たちなりに頑張っているようなので、偏見を持つべきではないと俺は思った。
そこで、
「隊長、俺たちはそろそろ限界に近いです。新入りの能力を見せていただきましょう」
「うむ」
その俺に説明をしてくれた男性はそう頷く。
だがそこで気になったのは、
「隊長、ですか?」
「ああ、俺はこの隣の都市で騎士団長をしているウェルズというものでな。今は長期休暇中で実家に帰ってきたのだが、町が大変なことになっているので手伝いに来たというわけだ。今回は町の危機なために部下にも手伝ってもらっていた」
との事だった。
どうやらこの町の騎士団長とその部下の人達らしい。
俺だけが場違いな気もしたがとりあえずは、
「で、では、“水を呼び出す魔法”でいいのですね」
「ああ。できればそこの入れ物一杯にして欲しい」
そういって木で作られた大きめの桶を指さす。
大人が何人も足を延ばしては入れるくらいの大きさだ。
それが二つもあり、片方は半分以下に減っていてもう片方が空になっている。
どちらもポンプのようなものがつけられていて、お店の表の方につながっているようだ。
そこは可愛い女の子たちの楽園なんだよなと、むさい男たちに囲まれたこの場で俺は思ったが、とりあえずは仕事は仕事なので魔法を使うことにした。
「“水の滝”」
そう俺は魔法を使う。
適当に前の世界で使ったことのある、大量に飲み水を補給するための魔法を使ってみた。
この世界の魔法についてはまだ詳しくなく、すでに使ったことのある魔法の方がイメージがしやすかったため今回はそれを選択した。
そして、用意されたその入れ物からあふれる寸前まで水を生み出してから俺は、
「あの~、これでよろしいでしょうか」
そう聞いたのだった。
仕事としてやってみたのだがこれでどうだろうと俺が思っていると隊長が、
「す、素晴らしい、なんという魔法力だ!」
「え、えっと、はい、あの……」
「ではそちらの方もいっぱいにしてもらえないか」
そういわれても片方の入れ物を指さされる。
とりあえずは俺は言われたとおりに魔法を使う。
容器一杯に水が満たされる。
「「「おおおおおおおお」」」
「え? いや、あの……」
男たちの歓声を聞きながら俺は、どうしようかと思いながら隊長の方を見ると、隊長が頷き俺の肩をたたいて、
「君、うちの騎士団に入らないか?」
「え? いえ、俺は剣などはそこまで得意では……」
そう俺は返す。
何しろ前の世界には、魔法なんて添え物ですと言わんばかりの騎士がいた。
きっとこの世界にもああった騎士がいるに違いない。
俺はあの人たちに連れていかれてどれだけ大変な思いをしたことか……。
ふと思い出しそうになった悪夢の記憶に俺は、今はもうあの人はいないんだと心の中で呟いた。
彼女はとても美人で強いのだが、俺を振り回しすぎる。
お、俺だって美人は好きだが……もう少し普通の子がいいと俺は思っている。
それに、そもそもいい雰囲気になるようなイベントが前の世界では特になかった。
大変な戦いを共に潜り抜けた盟友といった感じではあった気がする。
今は一体何をしているのか……そう俺が過去に思いをはせていると、
「剣は練習すればいい。これだけの才能を見過ごすわけにはいかない」
「で、ですが俺は、他にしたいことがありますので」
俺は、大変そうなことは嫌だったし、元の世界に戻るためのヒントも差がないといけなかったためお断りをする。
すると隊長が、
「わかった、無理強いはできない。だが、もう少し手伝ってもらっていいだろうか」
「は、はい。仕事なので……」
そう俺は返したのだった。
そのあとは雑談をしつつ、その時に枯れ始めている湖などここ周辺の地理を聞いたり、水を魔法で生み出したりして、その日は終わった。
ギルドにこの紙を持っていくといいと言われて、それを持ってギルドの窓口に行くと賃金が支払われた。
それから隊員? の人達に安いおすすめの宿に案内してもらった。
「ここがいいぞ」
やけに笑顔の隊員。
俺はありがとうございますといってからそこの宿に本日分の料金を前払いする。
そしてまだそこまで日が暮れていない間に、雑貨の店などを見て回り、服や靴などこの世界で必要なものを一通りそろえる。
夕食は適当に入った食事処で揚げ物を食べた。
お肉をパン粉をつけて軽くあげたものを塩で食べたがなかなか美味しくて満足した。
そしてその日は宿に戻り眠り次の日。
つい前の世界の癖で、周りの状況を確認してしまったがために俺は……気づいてしまった。
『あの新人は騎士団に入れたいからここの宿を紹介したんだよな』
『居場所が分かれば勧誘しやすいしな。まだ当分水不足は解消しないから仕事もあるだろうし、誘って俺たちの騎士団に入ってもらおうな』
などと言っているのが聞こえる。
このままでは騎士団入りし、俺のスローライフは……そもそも俺、押しに弱いんだと思いだす。
なし崩しに騎士団入りだ。
それは避けたい。ならば、
「……こうなったら水不足を解消するか。誰にも気づかれずに」
俺はそう決めて、宿の裏口からこっそり外に出て、昨日聞いた情報をもとに湖を目指したのだった。
そんなある意味で必死になりながら湖を目指す霧島颯太。
服を変えているから大丈夫だろうという、颯太の考えは完全に外れていた。
「見つけたわ。昨日の夜にどうにかこの町に着いたけれど、これからギルドに異世界人が来なかったか聞こうと思っていたのだけれど……服を変えた程度で気づかれないと思っているのかしら。やはり私は付いているわね」
そう呟きながら……以前、颯太に助けられた少女は嗤って、彼を追いかけ始めたのだった。
読んでいただきありがとうございます。評価、ブックマークは作者の励みになります。気に入りましたらよろしくお願いします。