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前の方

　うっすらとまわりに煙のように広がる霧。

　近くに来るとその存在を視覚でもよく感じる。

　いずれ親玉のほうまで行くだろうが、その頃には視界がホワイトアウトすることだろう。

　だが、ある程度近くまで来たら、視覚で距離を測った方が楽なので俺はこれらを消すような魔法を周囲に展開するつもりではある。

　そしてだんだんに濃くなっていく霧を見ながら俺は、

「対象物が目で確認できるくらいまで近づいたら、この共有している位置表示の地図（マップ）は消していいから、開いておいてくれ。この状態だともうすぐお互いの位置が目で確認できなくなる」

「……あれ、展開すると変な感じになるのよね」

「なれれば結構使い勝手がいいが、エイダはきついか。……レオノーラもきついか？」

　そう俺が聞くと、レオノーラもそうじゃと答える。

　俺がいた前の世界の人は即座に慣れて使いこなしていたが、やはりあそこにいたのは……ミシェルといい“規格外”のお菓子な人物たちだったので基準にしてはいけないのかもしれない。

　そもそもまだ俺が無力だったころのあの世界の人達を基準に考えるとあのミシェルはどう考えても色々と“おかしい”。

　……あぶないあぶない。

　そこそこ長い期間にああいった人間たちと接触していたからか、俺の“普通”の“基準”がずれているのかもしれない。

　今気づけたのは良かったと思いながら俺は、周りの光景がもう大分白くかすんでいるのに気付く。

　“同期”が感覚的にきついのであれば、と俺は考えて、

「じゃあレオノーラとエイダ、二人の手を引きながら俺が親玉の前までくればいいのか？」

「そ、それは、まあ」

「う、うむ。それでいい」

　と、二人の許可がもらえたので、二人の手を握る。

　女の手は結構柔らかくて小さいと気づく。

　二人が妙に大人しくなってしまったが、どうしたのだろうか。

　そう思っていると視界に“子機”が生み出されるのが見える。

　“同期”を嫌がっていたので今回はレオノーラの力は使えない。

　だから俺が魔法を使う。

　まだあまり敵にも味方にも俺の能力を気づかれたくないのと、俺たちの居場所を敵に知られたくないので、

「“氷の槍”」

　そう呟いて少し離れた場所……“子機”の頭上に転送する。

　何かをひっかくような音が少しするとともに、ガラスの割れるような音がして“子機”の表示が消失した。

　レオノーラが全てを倒してから俺たちがここに来るまで五分弱程度。

　今回の親玉が“子機”を量産する速度だろう。

　だからそれくらいの時間で親玉を破壊できれば、“子機”の生成前に倒せる。

　そう俺が思って、自分の位置を大まかに確認する。

　地図の縮尺を考えて、もうすぐ親玉の目の前に俺たちはやってくるだろう。

「そろそろいいか。“疾駆の風”」

　俺がそう告げ（前の世界の魔法の名前。魔法自体は今のチート能力で作成）、周囲に向かって放つ。

　急激な突風で周りの白い霧が一瞬で吹き飛ばされていく。

　そして現れたその、霧を作り出している親玉はというと、

「前の世界と同じ形か」

　俺は呻くようにそう呟いたのだった。

　元からその予定で霧を晴らした俺。

　視界に現れたのは親玉だ。

　まだ“子機”は作り出せていないのも再度確認する。

　それから目の前に現れた円筒形の巨木のような存在を俺は観察する。

　灰色のそれには赤い模様が描かれている。

　それらは前の世界で見たことがあるものだ。

　魔力をどのように出力するか、どういった構成で実行するか……などが、一本の線上に見せかけて存在しているのだ。

　こういった構造がすぐに読めるようになったのは、必要に応じての部分が多々ある。

　人間頑張れば初めての魔法でも覚えられるものだと俺は、自分たちの可能性について一瞬、逃避した。

　もっともすぐに現実に戻り、目の前の敵について見据える。

　表面に描かれている模様は前の世界と同じだが、

「あの模様に見覚えがあるか？　この世界の魔法として存在しているか？」

　そうエイダとレオノーラに聞くと二人とも、

「知らないわ、少なくともこんなもの見たことがない」

「妾もじゃ。だがこの模様……以前、異界のものがこの世界に落ちてきたやら何やらで見たことがある気がする」

　との事だった。

　この世界に存在せず、異界のものがこの世界にきている……。

　だからあのプロセルピナという女神は俺を選んだのだろうかと邪推したくなる。

　しかもそれが色々な形で俺と関わろうとしているようだ。

　スローライフへの道は遠い……そう俺は思いながらも、表面の赤い部分が所々数度点滅して白い霧状のものが周囲にまき散らされ始める。

　再び視界をふさごうとしているのだろう。

　だがその前にすべてを終わらせる。

　そう思ってカバンから円筒のようなもの……以前エイダを助けた時に使った、イメージの元であるものを取り出す。

　この剣で近づき切り裂くのだ。

　だが近づくのはいいが、ある程度攻撃をしてあの白い霧を吐く余裕がない状態にしておきたい。

　だから俺はエイダとレオノーラに、

「しばらくあの筒に向かった魔法攻撃をしてくれ。その最中に俺が切り込みをかける」

「分かったわ。……気を付けて」

「ああ、ありがとう」

　エイダにそう答え、エイダとレオノーラの魔力の動きを周囲から察するようにしておく。

　間違えて俺に当たるのは……たぶん二人の魔法攻撃なら、後ろから撃たれても大丈夫な自信はあるが、だからと言って女の子に魔法攻撃を延々とされるのは……一瞬、ＳＭプレイのような何かのように感じてしまったが、俺にはそういった趣味はない。

　そう思いながら、いつものようにその円筒形の柄に向かって魔法を使う。

　一方的なせん滅をするにはやはりこれがいい、そう思いながら俺は走り出す。

　もちろん身体能力を強化して、だ。

　この怪物は周囲に刃のようなものを展開するため、一気に移動するのはあまり得策ではない。

　けれど、普通のためには接近戦の方がいいだろうと俺は暗段下。

　どのみちあの刃程度の魔法であれば自動で起動する防御魔法で防げるだろうから問題ない。

　そう思いながら俺は、水や炎といった攻撃がされて、白い霧を呼び出すその怪物の目の前に迫り、下から上に斜めに凪ぐように剣を凪いだのだった。

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