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ここにある彼方から  作者: 暁月暖書
新世界の箱庭
8/21

機械人形

 疲れた表情でコナタは冒険者組合に着くと、レオナとバーソロミューがカウンター前でそわそわと待っているところであった。


「帰ってきたか!」

「この子の容態がよくない」


 苦しそうな少女をソファに寝かせると、レオナが涙を流しながら駆け寄った。この少女がレオナの妹で間違いないようだ。


「早く治療を」

「教会にはさっき行ってきて、こっちへ来てもらうように話はつけてある。もうすぐ司教様が来てくれるはずだ」

「そう、早く来るといいけど……」


 窓から落ちてくる月の光が静寂を演出している。


「ここでしょうか、患者がいる場所は!」


 入ってきたのは修道女の格好をした女だ。

 しかし、彼女は一人であり、司教の姿はなかった。


「あの、司教様は?」

「すみません。司教様は大事な儀式があるとのことで私が遣わされました。尽力は致しますのであなた達も手伝ってくださいますか?」

「え、ええ」


 レオナとバーソロミューは顔を見合わせて怪訝な顔をつくる。司教様という人物が来なかったことがそれほどまでに不可思議なことなのだろうか。


「では、まずは水を汲んだ桶と手拭いを持ってきてください。儀式の準備をします、あなたはそこをきれいに掃いて下さい」


 修道女はテキパキと指示を出しつつレオナの妹を掃かれて綺麗になった床に寝かせた。服を脱がせ始めると、バーソロミューが持ってきた桶で手拭いを濡らしてレオナの妹を清めていった。

 また、追加で用意させたキャンドルを三角形で少女を囲むように置けと指示される。


「これより黒霧病(こくむびょう)の治療儀式を行います。精霊を呼び出し、魔の力を祓うのです」

「……黒霧病?」


 黒霧病とは聞いたことのない病名であった。そもそもゲームの世界に病気という概念があること自体に違和感がある。


「光の精霊よ。我ら従順な信徒の呼びかけにお応え下さい。ここに苦しむ者在り、消えゆく命に慈しみを与え、全ての罪を御許し下さい」


 修道女の周囲に光が帯びる。薄っすらとした白い光だが、胸に重ねた手を中心に濃くなっていく。

 目を閉じながら祈り続ける修道女が、掌をレオナの妹にかざす。


「うう、うああ」


 呻くレオナの妹に変化が起きる。黒いもやのような霧が発生したのだ。


「頑張れ! アン!」


 堪らずレオナは妹へ声をかける。


「気が散ります!」


 しかし、修道女に一喝されてしまう。

 修道女の額には大粒の汗が噴き出し、表情はかなり切迫したものだ。

 この白い光は回復系の解毒(キュアー)に似ているように見えるが、ゲームの中での解毒はここまで大掛かりで儀式じみたことをする必要はない。


「魔よ、この者を解放しなさい。精霊の加護に導かれるのです」


 白い光で照らされた肌から、黒いもやは段々と薄く消えていく。


(これは……メーテルの精霊魔法に似ている……?)


 ほとんど黒いもやが見えなくなったところで修道女は汗を裾で拭った。


「一命は取り留めました。暫くは安静、あと水をよく飲ませるようにすれば元気になると思いますよ」

「ああ、ありが、ありがとうございます!」


 レオナは再び涙した。目の周りを真っ赤に腫らしているため、見ていて痛々しくすら思える。


「今のは魔法なの?」

「魔法ではありません。精霊の御技になります。母親に習いませんでしたか?」


 修道女に悪気は無いのだろうが、鼻につく言い方だった。


 しかし、精霊の御技など聞いたことがない。

 魔法とはどんな違いがあるのか、またどのような条件を満たせば使えるのか気になり、訊ねようとするが修道女はさっさと帰りの支度をすませてしまう。


「では献金を」


 修道女は丁寧に編まれた小袋を取り出すと口を開けて差し出してくる。

 そこへバーソロミューが予め用意していたと思われるこの街で使われている硬貨を数枚入れると修道女は口を閉めた。


「……まぁいいでしょう。ではまた会いましょう」

「ありがとうございました」


 バーソロミューとレオナは感謝を表す『膝をついて眉間に握りこぶしを置いて目を閉じる』をしながら修道女を見送った。


 コナタは唇に手を当てた。この修道女、どこかひっかかるところがある。

 最後に言っていた「また会いましょう」という言葉。あたかもまたあの症状が近いうちに再発することを予見しているようだった。


「その、さっきの黒いもや……黒霧病? について聞いてもいい?」

「どうしたんだコナタ? ああ、黒霧病っていうのは昔からこの国を騒がしている流行り病いで、症状はさっき見た通りだ。とても苦しく、そして内側から焼けるような感覚があるそうだ」


 バーソロミューは少し考える素振りを見せると喩えを口に出してしまう。


「まるで何かの呪いだな」

「店長! アンが誰かに呪われたって言いたいの!?」

「いや、違う! 物の例えだったんだが、すまない」


 レオナの気に触ったようで、バーソロミューは素直に失言を詫びた。

 空気が悪くなってしまい、余計な事を言ったバーソロミューをフォローする為にコナタは次の質問を投げかける。


「それは完治しないの?」

「ああ、しないみたいだ。教会の人がああやって精霊を呼び出すことで一旦は治まるんだが、暫くすると黒いもやが濃くなっていく」

「……そう」


 この世界についてまだわからないことだらけだ。

 黒霧病のようなゲームに関係しない要素がこの世界から既に幾つか確認してしている以上、常に警戒していた方がよいだろう。

 しかしながら、ゲームの頃とはまったく違っている訳ではない。このクリプトンの街並みは覚えている限りでは違和感がない。

 どちらかというと『その世界観に様々な事柄を付け足して創った』かのような気さえしてくる。


 やはり情報を集めなければならない。次に調査すべきはこの街にある大魔導図書館(グリモワール)か、謎の光の柱がイビルドレイクを貫いた時計塔か。

 明日はバーソロミューが一人で店番すると名乗り出てくれた。おそらく気疲れしている受付嬢二人を気遣ってくれたのだろう。


(ふわぁ、疲れた……眠い……)


 寝る前にどちらかの調査をしようと方針を決めようと、コナタは二階にある自室へ階段を登るのだった。



・・・・・



 コナタは服屋に来ていた。

 まずは時計塔の調査をと考えたのだが、この世界に自分の私服が用意されていないことを失念していた。

 出掛ける用の服を買いに行くために出掛けると、なんとも間抜けなことだが、コナタは初の給料が入った小袋を握り締めて服屋に足を一歩踏み入れたのだった。


「あら、いらっしゃい。って子供かい」


 コナタを一目見た瞬間からあからさまに態度を変える店員だった。


「お金ならあるよ」


 店員が怪しむ目で見てきたので、小袋を揺らして硬貨同士が擦れる音を聴かせて黙らせる。

 口を尖らせた失礼な接客態度のふくよかな女性の店員は服をたたみ始めた。本当にいい度胸をした店員だ。


(でも活気があり過ぎて、どこの店を見ればいいのかわからない)


 ここは商業区画通り、通称バーゲンと呼ばれている大通りの一角にある服屋ギルドの一店舗だ。

 この街における()()()とはいわゆる同職ギルドのことを主に指しているのだが、大まかに言ってしまえば職人や商人、手工業者達が同じ職種で組合組織を形成している形態のことである。


 そんなギルドがこぞって店を出しているバーゲンは、貴族もこっそりとお忍びで足を運ぶほどに活気に満ちている。

 コナタにはすべてが眩しく見えたが、その中でもあまり人気がなくひっそりとしている服屋を選んで入ったのだった。


「同じ服ばっかり……」


 コナタは店員の女性に聞こえないように呟いたが、店内を見回してもチェニックや後のジャケットであるコタルディという衣装ばかりで色合いも似通っている。確かに外を歩く人々は大体がチェニックのような格好をしていたような気がする。

 何も買う素振りを見せないコナタに痺れを切らした店員が急かしてきた。


「で、どれを買うんです?」


 店内をもう一度丁寧に見回していくがそこまで広い店舗ではないのですぐに見終わってしまう。


「動きやすい服ってないの?」

「動きやすい? 男でもないのに……あるにはあるけど、これだよ」


 そう言って女性が出してきたのがズボンだった。良い生地で作られていて丈夫そうだ。


「これ貰う」

「ええ、そんな野蛮なのやめときなって。こっちのとか値段は結構するけど今流行りの服で」

「いい、これを買う」

「……はいよ、ったく人の忠告を何だと思ってるんだい」


 ズボンの他に、適当なチェニックを買うとコナタは店を出た。


「むふー、初めての買い物……」


 謎の達成感がこみ上げてきていた。

 昔から映画を丸夫と一緒に観ていたので、そこで学べる範囲の一般教養は身についている。

 実際に『買い物』という行為を元の世界ではしたことがなかったが、こうしてやればできるのだ。


「きっと丸夫はしたことがないはず……勝った! 買っただけに、ぷふふ」


 ふと、向かいの店を見ると修道服を着た集団が店から出てくるところだった。よく見ると、昨日に会ったレオナの妹であるアンを救ってくれた修道女も一番後ろについて歩いているようだ。

 何故こんなところにいるのかと疑問に思ったが、そこまで興味もないのでコナタはあまり気にしないことにした。


 そして、コナタは一旦冒険者組合へと戻って着替えた。


「おお、似合っているじゃないか」

「ありがと、店長」


 買ったばかりのズボンとチェニックを自慢気に着る。装備のローブはバーソロミューに預けておく。


「今日は図書館に行くんだったか? お前は意外と常識ありそうで何も知らないからな」

「余分なこと言わなくていい。じゃあ行ってくるね」

「気をつけてな。さてと、俺も薪でも割ってくるか」


 バーソロミューが店の奥へ姿を消すと、フロアで一人になったはずなのに気配を感じた。

 実のところを言うと、街で買い物をしているときから何となく見られていると気付いていた。だが、その場では人が多かったのもあって泳がせていたのだ。

 すぐには襲ってくる様子でもないが、気味が悪いし不快だ。


「誰……? 何が目的?」

「…………」


 返答はない。


「これ以上、私に付き纏うのであればこちらにも考えがある」


 丸夫と観た映画での台詞だ。一回使ってみたかった気持ちはあった。

 やはりこの台詞には効果があるのか、見られている気配は消えてなくなった。


「なんだったの……今のは」


 しかし、このまま逃がすのは少々勿体無い。

 追跡しようとするが、先程買ったズボンとチェニックを着ている。ちゃんとした装備で追った方が良いことは火を見るより明らかなのだが、悠長に着替えている時間がないのでそのまま冒険者組合を飛び出す。

 というのも今日のコナタは浮かれているのだ。街の活気に当てられたり、初めての体験をしたりしたものだから気分が上がっている。


「逃がさない」


 イビルドレイクの時にもしていたということもあって、少し大胆になったコナタは一息で屋根に跳び移る。

 すると、遠く家の屋根から何かが飛び降りる影を見つけた。


「そっちか」


 屋根をかける少女となったコナタは尋常じゃない速さで街を横断する。

 だがしかし、入り組んだ細道が多いクリプトンは逃げる側へ優位に働いた。


 しばらく追いかけたがとうとう見失ってしまい肩を落とした。

 そこまで疲れてはいないが息を整えてから街を見渡すと、あることに気づく。追っている内に時計塔の近くまで来ていたのだ。


 先日のイビルドレイクで被害にあった家が瓦礫となっている。


「まさか……」


 コナタは時計塔を見上げる。

 すると背後からカツンと音がする。


「貴様が我が主の言ってイタ、プレイヤーカ?」


 プレイヤーという単語が出てきた。


「……っ!?」


 コナタは口の端が弛みそうになるのを堪える。

 やっと一歩、話しが進んだような気がしたのだ。


「あなたは機械人形(オートマトン)? なぜここにモンスターの機械人形が」

「やはり貴様はプレイヤーで間違いないようだナ。サターンが、お前ヲ排除スル」


 機械人形の左腕が六つに裂けて内側にギザギザとした刃が光った。

 右手も変形してナイフの形状になると容赦なく斬りかかってくる。


雷銃(ボルトガン)!」


 電撃の銃弾が機械人形の胸に当たるが大したダメージもなく突っ込んでくる。


(電撃耐性!?)


 手でナイフを受け流すが、左腕がコナタを食いちぎろうと伸びてくる。

 しゃがんで避けるとコナタの頭があった場所で六つに裂けた腕が閉じてカシャンと鋭い音を出す。


「嫌な趣味してる」

「黙って殺サレロ!」


 機械人形がナイフを大ぶりに横に振り、隙が出来た腹にコナタは蹴りを叩き込む。


(こんなことなら美鈴に近接戦闘を習っとくんだった)


 少し距離が空き、両者とも相手の様子を見る。

 足の裏に力を入れ、コナタが踏み出そうとしたとき、状況が大きく変わった。


 屋根に登ってくる手があるのだ。人間の手ではなく、機械人形の手だ。


「マーズ、カ。手を貸せ、一気に仕留めるゾ」

「サターン、勝手なことヲ……」


 マーズと呼ばれた機械人形は、屋根に上がりきるが戦闘態勢を取らない。どうやら戦意は無いようだ。


「排除するのが主の為にナル、早く手伝エ」

「ク……主様はプレイヤーについてまずは調査をするようにと仰られたのデス。まだ戦うときではありまセン」


 コナタは構えていた腕を下ろす。


「さっきからあなた達の言っている()()()()って誰?」

「……コホン、同僚が失礼致しマシタ。我らの主様があなたをお呼びデス。おとなしく付いてきて下さいマスカ?」


 サターンと呼ばれた紫色の機械人形はまだこちらを睨んでいるが、マーズという赤い機械人形は丁寧な口調で話しかけてくる。

 コナタは危機を乗り越えたことに安堵のため息をこぼした。


「それでは、時計塔へ向かいマショウ」


 マーズは片腕を挙げて時計塔を指し示した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第1話から第10話までの感想という意味で書かせていただきます。 淡々と話し淡々と行動するコナタがこの先強い感情を表すようになるのか、それとも淡々とした中に熱いものを宿らせていくのか、非常に…
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