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ここにある彼方から  作者: 暁月暖書
新世界の箱庭
7/21

黒の盗賊団

 コナタは狭い貧民区画の道を疾走する。

 通りがかる住人が邪魔であれば壁を蹴ってそれを避け、身体を捻っては華麗に障害物を躱した。


「――っ!」


 狭い路地でうずくまるように人が倒れている。血を流してはいるが、呻いているので生きているようだ。

 格好からしてマトモな人間には見えないが、レオナが逃げる際に倒していったとは思えない。


「仲間割れ……とは違うみたいだけど」


 奥に進むほど辺りは暗くなっていくが、金属がぶつかり合う高い音が鳴り響いてきている。

 誰かが戦っている。


「チッ、このガキ早く始末しろ!」


 男の怒号が聞こえる。靴を擦らして砂埃が舞う。

 剣先が妖しく光る。


「お前達がどれだけの人を食い物にしてきたか、ここで悔いろ!」

「余計なお世話なんだよぉ!」


 一際大柄な男が天幕の前で指示を出しつつ吠えている。腕には大事そうにコナタのローブを抱えていた。

 三人の下っ端がサーベルを片手に赤い髪の少年を囲うように距離をとっている。


「悲しんでいる人がいる、怒っている人がいる、苦悩に耐え切れず諦めた人がいた。お前達がズルをする度に苦しむ人がいる。ここで終わりにしろ、観念するんだ!」


 赤い髪の少年は何の変哲もない剣で、剣先を突くように放つと下っ端の一人の肩を貫く。

 左足で腹を蹴って、そのままの勢いで剣を肩から引き抜くと背中に斬りかかってきたサーベルを剣の腹で受け止めた。


「もうやめるんだ!」


 剣の腹でサーベルを滑らせて流すと、無防備な男の顎を剣の柄で殴りつけた。

 しかし、もう一人がナイフを投げつけてきて赤い髪の少年の太ももに刺さった。


「ぐっ、うぐぅ」


 膝をついてしまった赤い髪の少年は、剣を地面に突き刺して持ち堪える。

 それを見下ろすようにナイフを構えて隙を見せない下っ端の一人が話し始めた。


「お前が言っていることは綺麗事だ。それを言うならもっとズルをして、他人を踏みにじって生きている奴らがいる。北側に住んでいる偉そうにふんぞり返ってる貴族も、見て見ぬ振りをしているこの街の連中も、誰も俺たちを拾ってはくれなかった。だから俺たちが変えるんだ。だから俺たちが使ってやるんだ。この街を奪い取って俺たちの国をつくる! そして貧しい奴が餓えない国にするんだ!」


 射抜くような眼差しが赤い髪の少年に届き、少年は歯を噛み締めた。


「ああ、そうだガイ。俺たちの国をつくり、餓えて死ぬ弱者を救うんだろ! だからそいつを殺せぇ!」

「……わかってるよ、ボス」


 ガイの返事は先程の声とは打って変わって弱々しいものだった。

 ナイフが振りかざされる。


 赤い髪の少年はナイフで顔を裂かれる光景が脳裏を過ぎり、たまらず目を閉じた。


「ぐわぁ!」


 ガイが手を抑えながらナイフを地面に落とす。その手は痙攣している。


隠蔽(ミラージュ)解除、手を挙げて抵抗しないで。この距離ならアナタを撃ち抜ける」


 コナタの足元には、今にも死にそうで苦しそうな呼吸をしながら少女が寝ている。

 彼らがやり取りをしている最中に状況の把握とレオナの妹と思わしき少女を救出していたのだ。


 全員が無抵抗で終わるのならばそれでいい、そう思っていたのだが。


「次から次へと、馬鹿共が! 俺の邪魔をしやがる……ガイ! 早くその赤いガキを殺せ!」


 ガイは瞬時に動けなかった。何かを迷っている。


「ガイ、あなたには迷いが見える! こんなことはもうやめるんだ。あなたが想う国をつくっても立場が逆転するだけで貧しい人が出てくるってわかるだろう!」

「そんなガキにほだされてんじゃねぇ! 俺を裏切る気か!」


 ガイは腰から新たなナイフを取り出して構えるが、何か様子がおかしい。呼吸は荒いし、何かを思いつめたように暗く不安そうな表情をしている。


「ここまできちまったんだ。今を我慢すればチビ達に腹いっぱい食わせてやれるし、もう死ぬ仲間を見なくてすむんだ。ボスならできるんだ、ボスなら俺たちを救ってくれるんだ!」


 赤い髪の少年はふるえる膝を叩いて立ち上がる。その額には血管を浮き上がらせ怒りを顕にしていた。


「そんな他人に縋った願いで人を傷つけて言い訳ないだろっ!」

「ガァイ!! 早くしろぉ!!」


 ナイフを突きつけ、ガイは叫んだ。


「ああああああああああ」


 その叫びに応えるように赤い髪の少年も叫ぶ。


「ガイーっ!」


 赤い髪の少年は左手でナイフを受け止め、右手を強く握り締めた。


「いったん眠って目を覚ましやがれ!」


 拳が顔面を捉える。鼻が曲がるほどの衝撃を受けて、ガイは仰け反った。

 しかし、ガイは持ち堪えた。そして殴りかかる。


「じゃあ、誰が俺たちを救ってくれるんだあああああああ!!」


 が、その拳は空を切り、赤い髪の少年の頭突きがガイの鼻に叩きこまれる。


「救いたいって思ったのはお前だろう! 小さい子供や餓えて死ぬ仲間を救いたいと思ったのはお前じゃねぇのか! 何、一番最初にお前が諦めてんだバカヤロウ!」


 ガイはその場に倒れ伏せた。


「これでアナタ一人になった。私も見ているだけだったけど、アナタもそうなのね」


 コナタは指を構えていつでも魔法を放てるようにボスを見据える。


「クソ、使えない奴らだ。だがな、これで終わりだと思ってんじゃねぇよな?」

「呆れた、雷銃(ボルトガン)


 いまだ余裕が見えているボスに躊躇なく放った電撃だったが、


「効かねぇ!」


 黒の盗賊団のボスはローブで雷の弾丸を弾いた。


「私のローブ……」

「はっはァー! このローブは雷の耐性もあるようでなァ! 死ねぇい、弾撃(バレット)!」


 勝ち誇ったように高笑いをするボスから放たれた魔法は無属性の物理干渉型の魔法だ。

 圧縮された空気弾が数発放たれるが、一度に放たれる弾の数や弾の大きさは調整できるようだが一般的にはできないとされている。というのも初歩的な魔法のため威力も然程無ければ伸ばしたところで上位互換に相当する魔法が多いためだ。なのでこの弾擊を研究するプレイヤーは少なく、攻略班と呼ばれる魔法専門家が出した情報では最大まで弾擊を進化させると自由に調整できるといった情報しかなかった。


 コナタは跳び上がった。

 空中で三回まわって赤い髪の少年の前に着地する。壁に二つの穴が空き、そこそこの威力があることを確認する。


「そんな魔法当たらない」


 肩を突き出してタックルをしてくるボスの頭を、跳びながら左手でいなして躱す。

 バランスを崩したボスは、赤い髪の少年にもたれかかるように倒れようとしているが、


「おりゃあ!」


 待ち構えていた少年の足裏での蹴りに顎を強打して失神した。


「……あっけない」


 コナタは、座り込む少年まで歩み寄る。


「ああ、ありがとう」


 何を勘違いしたのか、手をこちらへ差し出してきた少年の眉間に指を突きつける。

 起きる手助けをしてもらえるとでも思ったのだろうか。


「あれ?」

「アナタは何者? ここへ何しにきた」

「ちょっとまって! 僕はこの街の宿屋の娘さんが人拐いにあったって聞いたから探しに来たんだ!」


 コナタは膝をついて少年に顔を近づける。突き出したままの指は少年の眉と眉の間に触れる。


「何故この街の衛兵に通報すればいい」

「したよ! でも相手にされなかった。もしかしたら裏でこの組織と衛兵所は繋がっているのかもしれない」


 衛兵所とはいわゆる交番のような街にいくつか設置されている衛兵達の詰め所であり、衛兵は街を守る警察官のような職業のことだ。


「だとしたらアナタがこうして野放しにされていることに説明がつかない。もし本当に裏で繋がっているとするならば、アナタの通報を受けて衛兵所に軟禁するのが適切。私ならそうする」

「いや、実のところ衛兵に急に捕まりそうになって追われてたんだ。道中、街の人達が逃がしてくれてここまでたどり着いたんだよ」

「作り話かも」

「違う本当だ! 信じてくれ!」


 少年の目はうるうるとしている。さっきまでの説教臭い彼はどこへ行ったのやら。


「わかった。私も時間がない」


 コナタは少年から離れ、落ちているローブを拾い上げ、土を払った。

 少年は安堵のため息を吐くと、人懐っこい笑みで自己紹介を始めた。


「僕はアカって言うんだ。実のところ記憶がなくって、この髪の色からアカって呼ばれてるんだ」

「あっそ」


 コナタは冒険者組合の制服の上からローブを着る。首を通す際にちょっと詰まって、着替えている様は少し滑稽に映った。


「君の名前は?」

「私は急いでると言った」


 アカは不満気な顔で何の変哲もない剣を拾い上げる。

 コナタはゆっくりとレオナの妹を背負うと、その場を後にしようとする。


「そこの天幕の中、まだ人の気配がする。襲ってこないところを見るとこいつらの仲間では無さそうだけど……」

「わかってる。僕は中を調べてくる。君とはまた会う気がするよ」

「……ありがとう」

「え? なんて?」


 コナタは時間を稼いでくれたことに感謝を告げて走り出した。

 ここはアカに任せて、早々にこの子の治療をした方が良い。どことなくレオナに似ている少女は額にいっぱいの汗を噴き出して色は真っ青だ。


(教会……場所がわからない。まずは冒険者組合まで戻るしかないか)


 コナタは全速力で貧民区画の路地を駆け抜けた。



・・・・・



 時計塔の中は意外と広い。

 下の階層ではガチャガチャと歩き回るマネキン達がうるさいが、ここの最上階ともなればカチコチと時計が動く音だけで紅茶があればとても優雅な空間だ。


「イビルドレイク……誰の差し金か突き止めなければ」

「発言致しマス。クレア様、ワタシを調査へお出し下サイ」


 機械人形(マシンドール)は、クレアの前で膝をついている。横には同僚の機械人形が三機、同じように並んでいる。


「それには及ばないわ。今はこの街の守りを固めましょう。あなた達を万が一にでも失ったら一大事だわ」

「ですが、このままでは敵の後手に回るのデハ?」

「駒が必要ね、失っても問題ない駒が」


 唐突な沈黙に、部屋の中では大きな時計の振り子が鳴らす音だけが響く。


「……そもそもイビルドレイクは二体いた。一体は私が仕留めたけど、もう一体は誰が……いや、十中八九プレイヤーでしょうね。このプレイヤーとイビルドレイクの関係は現状わからない訳だし、どちらかというと敵対していると見ていいのかしら」

「クレア様、ワタシ達をお使い下サイ」

「マーズ、ジュピター、マーキュリー、ビーナス。あなた達を失うことは先程も言ったけど私自身の敗北を意味するわ。慎重に行動できる?」

「お任せ下サイ」


 機械人形達は全員がまったく同じタイミングで立ち上がった。


「ふぅ、まぁ、そろそろマーズに買い出しに行ってもらう予定だったし、そのプレイヤーについては同じ街にいるんだから放置するのは悪手よね。わかったわ、じゃあ今回は様子を見に行くだけで決して戦闘は避けなさい」

「了解」

「それと二人でペアを組み、二手に分かれて行動なさい。マーズとマーキュリーにそれぞれ指揮権を持たせるわ」

「了解」

「マーズは買い出しを。マーキュリーはプレイヤーの調査を優先。では気をつけて行ってらっしゃい」


 それぞれが時計塔の窓から飛び降りていった。この時計塔は地上に一つしか入口がなく、ダンジョンを踏破しなければこの最上階にはたどり着かない。


「だというのに、この時計塔をよじ登ろうとしてきた少女がいた……」


 イビルドレイクが襲撃してきた時、クレアは寝ていた。

 時計塔周辺を監視させているサターンから叩き起こされた時は心臓が飛び出るかと思った。ブロンドの髪をボサボサにしたまま話しを聞くと、「時計塔を外から侵入しようとしている人間を確認しました」と言うのだから耳を疑ったものだ。

 そして、イビルドレイクの襲撃。その少女を狙ったのか、それとも時計塔にいるクレアが狙いだったのか。


「この世界に流れ着いて三年。クリプトンを守り続けてきたけど、それまで襲撃クエストなんてなかった。あったのは凄惨なプレイヤー同士の殺し合い」


 冷えた紅茶を飲み干した。


「まさか、三度目の……いやそれはないのよ。彼らは間に合わなかったの……」


 クレアは嫌なことを思い出してしまった。気持ちを振り払う為、首を横に振った。

 そしてそのまま寝室に移動すると、マーズに用意させた大きいベッドに体を預けた。


「もうあんなことは懲り懲りよ。教会も、プレイヤーも、みんな敵なのよ……」


 クレアは目を閉じた。機械人形達の報告を待つまでの間、軽く休息を取るために。

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