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ここにある彼方から  作者: 暁月暖書
新世界の箱庭
6/21

失くしたもの

 目が覚めるとベッドに横たわっていた。

 ここは冒険者組合内の空き部屋に用意してもらったコナタの部屋だ。


「うーん、疲れた」


 体を起こす気にもならない。

 顔だけを動かして部屋を見渡すが誰もいない。


「どうして私はここにいるんだろう……」


 閉まったドアの向こう側から誰かが近づいてくる足音が聞こえ、そしてドアノブが回った。

 部屋に入ってきたのは冒険者組合店長、バーソロミューだ。


「おっ、目が覚めたか」


 ふいに頭に浮かんできたのはレオナに頼まれた依頼のことだった。イビルドレイクと戦闘になり、そのまま放置してしまった。

 依頼から帰ってこないコナタを心配してレオナが探しにきてくれたのかと思ったが、レオナの姿がない。


「……レオナが運んできてくれたの?」

「違うぞ、俺だ。買い出しの最中であんな騒ぎがあったからな。衛兵と避難誘導をしていたんだが、光の柱が時計塔から伸びたんで様子を見に行ったらお前が倒れてた」


 そう言いながら、バーソロミューは水が入った桶と粗い布を丸椅子の上にドカッと置いた。


「店長……私は生きてる……?」

「……ああ、ちゃんと生きてる」


 これで身体を拭けと濡れた布を手渡され、コナタは腕の汚れを落としながら先程の光景を思い出していた。


(イビルドレイクはそこまで強いモンスターではない。でも、あそこまでのダメージを負うということはゲームのシステムそのものをいじられている可能性が? だとすれば時計塔から伸びた光は……?)


 深く考えようにも上手くまとまらない。

 順を追って浮かんでくる事柄もわからないことばかりだ。


 先の戦いでわかったことは、この世界において『()』という概念はある。と、思う。

 これは感覚的なもので証明できるものはない。

 リアリティを追求した仮想ファンタジーゲームである「新世界の箱庭」ではあるが、痛みや必要以上の触覚や生殖機能はシステムによってロックされている。しかし勘違いしてはならないのがあくまでもそれらは封印(ロック)されているだけで、現在のようにやろうと思えば解除(アンロック)も可能なはずだ。


 今も感じるこの痛みや、死への恐怖は感じたことのない感覚だった。

 アイテムボックスやキャラクター画面のようなゲームシステム的なコマンドは未だに使うことは叶わない。これはシステムが書き換えられていると考える他に現状なかった。

 システムが変わっている以上、復活(リスポーン)という機能が正常に動いているのかも怪しい。ならば、一度きりの命と考えた方が無難だろう。

 

「レオナに話は聞いた。なんであんなこと言ったのか、すまない」

「何を謝っている?」

「レオナがお前に外で依頼をこなしてくるよう頼んだことを、だ。確かに森で木の実を拾ってくるくらいならば出来なくはないと思うがタイミングが悪かったな。あんな邪悪なドレイクが二体も街へやってくるなんて今まで聞いたことがない」

「別に、いい。私も退屈だから外に出たかった」


 バーソロミューは心底ホッとしたように胸を撫で下ろしている。

 本当に彼は心根が優しい人間なのだろう。


「そう言ってもらえるとアイツも救われるよ。レオナは、お前よりもう少し幼い妹がいるんだ。その子が病気で、教会で治療してもらうのに金が必要なんだ。冒険者組合が廃業になっちまうとなると途方に暮れちまうからレオナも必死だったんだろう」


 妹、姉妹。

 ふと、思い出す。明るくて優しい声が。


「それは……レオナは悪くない」

「はは、お前は大人だな。じゃあ、ちょっと離れる。具合が悪くなったら直ぐに呼ぶんだぞ」

「……ありがとう」


 バー店長が部屋を出ることを確認してから目を閉じる。

 疲れた。もう少し眠ろうと思う。


 目を閉じて肩の力が抜けてきた。


「コナタ!」


 バー店長が部屋に飛び込んできた。


「……なに?」

「おまえの! おまえの着ていたローブが無い!」



・・・・・



 レオナは見るからに高級そうなローブを脇に抱えながら、クリプトンの端に自然とできてしまった貧民区画へ足を踏み入れた。

 背中には幼い少女を背負っている。


 貧民区画といえば聞こえはいいが、ゴロツキ共が根城としているこの街の汚点だ。

 貴族が出入りするクリプトンの北側は立ち入りが制限されているのに対して南側は奥へ行けば行くほど劣悪な環境が広がっていく。

 東の門と西の門があるが、中央の大きな商業区画通り〈バーゲン〉からいくつか伸びる細道から入れるのだがそこに住む者以外は近づかない。


「おいレオナ、その抱えてるものなんだ?」

「カッシュ……別になんでもないよ。黒の奴に持っていくだけさ」


 カッシュの顔色が変わり、舌打ちをうつ。


「チッ、そういうことなら大事に持ってくこったな」

「言われなくともそうするわよ」


 窃盗や殺人が常に横行しているが、黒の名を出すだけでこの貧民街では安全が確約される。

 彼の所有物となるであろう物を盗むということは死を意味する。これが貧民街の常識だ。


「よぉ、最近こなかったから死んだのかと思ったぜ」


 また別の男に声をかけられる。


「前に頼んでいた件、何かわかったかしら」

「どんな病気だろうが治るって薬の噂はガセっぽいが、不老不死になる石のことを教会の奴らが笑い種にしてたぜ」

「石……? それって病気も治らないのかしら?」

「さぁな。そんなことよりこれから俺とどうだ、情報の礼として一発ヤらせてくれないか?」

「今は忙しいの。情報はありがとうね」


 本当にここは嘔吐が出るほど気分が悪い場所だ。

 こんなところに妹を寝かせておくのはこれ以上耐えられない。


(でも、もうこんなところには来なくて済むかもしれないわね)


 腕の中で擦れる上等な生地の感触に、つい頬が緩む。

 だが、痛々しい呼吸が耳元で聞こえて我に帰る。ここが正念場だ。


「お姉ちゃん頑張るから、もう少し辛抱して」


 あの新人には申し訳ないが、こんな好機は二度と訪れないかもしれない。

 そう思ったら勝手に身体が動いていた。


 黒の盗賊。これから向かうのは、真っ当な場所では売ることができない盗難品だろうと買い取る盗賊団のアジトだ。

 彼らの正式な団員は数名しかいないのだが、この貧民街を支配して貧民街の住人に盗みを働かせている。


 レオナも団員ではないのだが、団員の中に知り合いがいる。この情報も知り合いから聞いたのだが、これから会いに行くのもその知り合いだ。


 貧民街の最奥地。道中とは打って変わった雰囲気であり、非常に静かだ。

 日常的な悲鳴や怒号も聞こえず、陽の光も届かない。


「レオナ、売りか?」

「ええ。このローブを」

「待っていろ、今ボスを連れてくる」


 そう言って、天幕に入っていく知り合いを見つめる。彼と会うのも最後かもしれない。

 一緒にこんなところから抜け出そう。そんな言葉を喉の奥で飲み込む。


「おお、お前がガイの知り合いだったな。そのローブか、ちょっと見せてみろ」

「あっちょっと」


 強引にローブを脇から抜き取られる。こういうところが嫌いなのだ。

 もしものことを考えて妹を壁にもたれかけさせてちょっと距離を離す。

 この大柄な男が、黒の盗賊団の頭にして凶悪な手配犯。自然と眉間に力が入っていることに気が付き、改める。


「よし、なかなか上等じゃねぇか。『鑑定(セット)』……あァ!?」

「ボス、どうした?」


 ガイが、驚くボスに問いかけると直ぐに耳打ちをされる。

 ガイの視線がぶれたように見えた。その仕草は動揺している時に出る彼の癖だとレオナは知っている。


「どれくらいになりそうなの?」


 やはり見た目どおりの高価なものだったのだろう。期待に胸を膨らませる。


「価値はない。だが、貴重なものだから貰ってやるよ」

「……は?」


 何を言っているのだこの男は。


「そんな訳ないでしょ! ちゃんと見てよ。じゃないと」

「じゃないと何だ? あァ?」


 威圧的な声に膝が震える。しかし、このまま泣き寝入りするには失うものは多いと感じた。


「じゃないと……返してよ」

「嫌だ。お前が説得しろガイ」


 ボスが天幕の中へ戻っていこうとしている。妹を助ける為に盗んだものだ。もうあの職場に戻れないことを覚悟して盗んだものだ。


「返して!」


 もう後には戻れない。そう、本当の意味で戻れないことを悟った。


「ボスに触るな」

「いやっ、痛い!」


 腕の関節を捻じ曲げられ、地面に叩きつけられる。


「うぅ……」

「あぁ、そうだガイ。これの出処も聞いておけ。今日は忙しくなるぞ」


 もはや隠す気すらない。

 払う金など最初から無かったのだ。腹が立つ前に胃の奥がキュッとなる焦りが沸き上がってくる。


「お願い、それがないと。金を、妹を!」

「うるせぇなぁ。ガイ、用が済んだら消しておけ。そこのガキもな」

「そんな!」


 ガイは暴れようとするレオナを押さえ付けるように力を入れてくる。苦しくて首を絞められた鳥のような嗚咽が出る。

 まさかと思うが、幼少の頃からの知り合いが。あのガイがそんなことをするはずが。


「わかりました、ボス」


 頭が真っ白になった。なんでそんなことを、ガイは、


(私の――――)


「そこまでだ!」


 レオナが頬に泥をつけた顔をあげると、視界の先に剣を構えた赤い髪の少年が立っていた。


「誰だお前は、見張りはどうした」

「すまないが切り捨てた。お前ら悪党を捕らえる」


 ガイはレオナを抑えたまま固まっている。

 ボスがこめかみに血管を浮き上がらせ、黄色く濁った歯を見せた。


「やってみろよ、クソ野郎」


 赤い髪の少年が大きく踏み出し、迷いなくガイに向けて剣を横に振り抜いた。

 ガイは即座に後ろへ飛び退いてそれを避ける。


「大丈夫ですか? 歩けるようなら早く逃げてください、こいつら仲間が来てしまいます」

「あなたは……いや、あのローブが無いと私は!」

「僕が取り返します。だから、今は」


 ガイがナイフを振り抜き、少年とレオナに飛びかかる。


「早く!」


 レオナは咄嗟にその場を逃げた。後ろを振り返る余裕もなかった。

 狭い通りには何人もが血を流して倒れている。


 走る。走る。走る。

 目から涙が出てくるし、靴は片方脱げてしまった。


 何かを忘れている気がした。何か大事なものを置き去りにしてきたような。

 

「ああああああ!」


 泣きながら、叫びながら転んでしまう。

 妹がいない。あの場に置いてきてしまったのか。

 自分の命可愛さに置いてきたのか。


 ちがう、私は楽になりたかっただけだ。肩の荷を下ろしたいと思ってしまったのだ。


「ああ、なんで、あああ」


 妹を足手まといだと泣いた夜もあった。気が付かなかったわけがない、逃げたのだ。

 あの恐ろしい男にも妹にも。


「違う、違う、違うのよ」


 ボロボロになりながら土を握り締める。悔しい、呪わしい、情けない。

 強く生きたい。妹を助けたい。


 いろんな感情が混ざり合い、深い後悔へと変わっていく。

 今にでも妹は病いで死んでしまうかもしれないのだ。あの赤い髪の少年がいなければレオナも死んでいたかもしれないが、妹がいない世界など生きている価値がない。すべてを失ってしまう。


「あぁ、いやぁ」


 貧民区画に普段聞こえてくる悲鳴が今の私だ。

 泣いても誰も助けてくれないのは今も昔も同じだと知っていたのに。


「誰か、誰か妹を助けて……お願いだから」


 漏れてしまう。切なる願いが。


――――わかった。助けるよ、レオナの妹。


 顔を反射的に持ち上げる。救いはそこにあった。


(コ、ナタ、どうしてここに?)


 口をパクパクと動くだけで言葉にならない。

 レオナは信じられないものを見ている気分になった。コナタが何を考えてそう言ってくれるのか理解できないし、キュウと締め付ける胸が自らの行いをこれでもかと責め続けているがもっと大きな感情がレオナの心に広がっていく。


「ごめんなさい、ごめんなさい、妹を……お願いします」


 レオナは意識を失った。


「待ってて、安心するといい」


 コナタは立ち上がり、手のひらがバチバチと音をたてながら光ったように見えた。


「……私も、よく姉には迷惑をかけさせられたから」

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