激突
聖堂の大広間に月明かりが差し込む。
しかし、大広間の全てを照らすことはなく所々に闇が残っていた。
「手こずらせやがって、この機械人形風情が」
「…………」
大広間の中央に磔にされた機械人形が二体、完全に沈黙している。もはや動く気配もなく、力無く手足を重力のままに落とす。
セレス教会差別派司教であるアモス=ロックウェルは、手に輝く二つの宝玉を見ながらほくそ笑む。
「これで俺も永遠の命が……そうだ、教祖と同じ壇上へ上がれるのだな」
二つの宝玉の中で煙のようなものが揺蕩う。まるでそれは魂のようで、それでいてスノードームのように切なさを感じさせる。
アモスはその宝玉をどう扱えばいいかと思案しつつ、唐突に声を張り上げる。
「まだ魔女は捕まらんのか!」
魔女とはあの時計塔に勝手に住み着いた長寿の怪物のことだ。街の年寄りから聞いた話では百年以上前から姿形が変わっていないという。
そんな魔女が作ったこの機械人形達は心を持っている。無機物に生命を宿す禁術をいとも簡単にやってのける魔女の才能を、アモスは妬ましく思う。そして彼女自身の永遠の命としか考えられない寿命は何としてでも手に入れたい。
「この宝玉をあのガラクタ達から抜き取ったところで、使い方を知らなければ意味がないんだよ!」
あの魔女を殺すのは勿体無い。とは思うが、従わないのならば死の寸前まで拷問をしてでも吐かせてみせる。
どうせ永遠の命を持っているくらいだ。きっと頑丈なのだろう。
アモスは一人で騒ぎ立てるが、大広間に人の姿はない。だが微かに何者かが闇の中で動く気配はする。
司教には聖堂と呼ばれる祈りを捧げる祭壇を管理する権限を与えられる。司祭は司教をサポートし、彼らを守る為の戦闘部隊を率いているのだ。
しかしながらこのクリプトンでは司祭にほとんど権限は与えられず、このアモス司教が全ての実権を握っていた。
「司祭は何をしているのだ! あのノロマめ、使えん奴だ!」
司祭であるアーマンを大魔導図書館へ送りだしてから随分と時間が経つが一向に戻ってくる様子がない。この場にいるのはセレス教会本部から貸し出されている戦闘部隊のみ。
(奴らを送り出してしまってはここの守りが薄くなる……。街の捜索に他の人員を割いてしまったのは失敗だったか?)
アモスは爪を噛むほどの苛立ちから、足音が次第に大きくなっていく。
アモスがこの場を離れないのはここに機械人形を飾っておけば、あの魔女は必ず取り返しにやってくると踏んでいるからだ。
被害は既に甚大で、この街の教会への信用は急降下の一途だろうがそんなことはアモスには関係なかった。
「司教様、標的がこちらに向かっているとのことです」
「なに? そうかそうか」
さすがは本部の戦闘部隊。敵を既に見つけ出しては後を尾けているようだ。
であれば、こちらも準備をするまでとアモスは扉に向かって命令する。
「生け贄を用意しろ。鎖を使う」
扉が開くとボロボロの薄汚れた少年少女が五人、鎖に繋がれたまま部屋に入ってくる。
彼らの瞳は濁っていて生気が無い。
「鎖よ。生き血を吸い、敵を討つ剣と成れ」
少年少女に繋がれた鎖がガチガチと音を鳴らすと赤黒い液体が零れ落ちる。
身体を貫かれた少年少女の亡骸と引き換えに、鎖はアモスの周辺にまるで生きている蟲のように蠢いている。
これで準備は出来たとばかりにアモスは戦闘部隊に指示を出す。魔女と機械人形以外は殺せと。
「司教様、標的が部屋に入ってきます」
亡骸となった少年少女が入ってきた扉とは違う、正面の大きな扉から念願の待ち人はノコノコとやってきた。
「ようこそ、我が聖堂へ。ようやく落ち着いた場所で顔を合わせることができましたな、魔女殿」
「……私の家族を返していただきますわ」
アモスは待望の魔女の姿を見て興奮を隠しきれなかった。つい鼻息が荒くなってしまうほどだ。
そして驚くことに魔女は一人で姿を見せた。
これ幸いとアモスは戦闘部隊に捕らえるよう命令を下そうとしたその時だった。
「手伝う、クレア」
クレアの後ろからもう一人の少女が現れた。
黒髪で幼さを感じさせる背丈ながらも、冷たく大人びた表情を顔にまるで張り付けたかのような少女。
「魔女殿は鼠を飼われているのですかな? 変わった趣味をお持ちのようだ」
だがこれくらいのことではアモスは動じないほどの余裕を今は持ち合わせていた。
戦闘部隊は既に彼女らの周囲を取り囲んでおり、鎖は四つも出しているのだ。これで失敗するはずがない。
魔女は後ろで磔にしている機械人形に視線が動くと、険しい顔付きになる。その顔が見たかったのだ。
「サターン、ジュピター……もう少しだけ我慢なさい。私がこの豚の腹を引き裂いてやりますわ」
「ふん、そんな減らず口が出るのも今だけだ。やれ、奴らを捕らえるのだ!」
アモスは戦闘部隊に指示を飛ばした。即座に影から姿を現した全身を黒装束で覆った者達が短剣を片手に飛びかかる。
「照準、複数標的、捕捉」
黒髪の少女は何やらぶつぶつと呟いているがもう遅い。戦闘部隊の短剣が少女の胸を貫く方が先だ。
アモスから見て戦闘部隊の影と黒髪の少女が重なった瞬間だった。
「雷銃三連射」
少女の構えた右腕が高速で左右に振れた。瞬く間に両の目に入り込んだ光が眩しい。
「な、なにが起こった!?」
一瞬眩んだ視界が戻る頃には戦闘部隊の影達が腕や脚を震わせながら膝をついて床に滲んでいった。それは泥のように。
「くそ、鎖よ奴らを縛り上げろ!」
司教の周りで蠢いていた鎖が一斉に少女達へ襲いかかるが、突如現れた赤い機械人形が横から鎖を叩き落とす。
「どこから現れた!?」
戦闘部隊が絶え間無く短剣を片手に突撃していくが、黒髪の少女の放つ魔法によって床に沈んでいく。
この戦闘部隊は、部隊とは呼ぶものの「無間影」というモンスターの一種であり、教会本部によって調教された個体だ。影を無尽蔵に生成し、本体を撃破するまで攻撃し続けるという特性を持っている。
よって戦闘員として教会では扱っており、アモスの切り札の一つだったのだが。
「くそぉ! もっと頭を使って奴らを殺せぇ!」
あくまでも調教されたモンスターである無間影が人間のように知性や戦略をもって攻撃をすることは期待出来なかった。
「さあ、私の家族を返しなさい!」
「勝った気でいるのか、この程度で。図に乗るなよ、この俺を誰だと思っている!」
こめかみに血管を浮き上がらせながら、機械人形と遊んでいる鎖を手元へと呼び戻した。グルグルと足元に螺旋状に下りていくと鎖は伸び続けてアモスを完全に覆ってしまった。
アモスは鎖の渦の中で静かに笑う。




