時計塔にやってきた錬金術師
私は逃げるように街を転々としていた。
その訪れた先々で色々なことがあった。人と出会い、別れ、そして対立した。
「私は魔女ではありませんのに」
誰かが言った。
「あの街の時計塔は素晴らしい。でもどうやって造ったんだろうな。さっぱりわからんがあれが芸術だってことは何となくわかるよ」
それを盗み聞きした私は、行き先もなかったので行ってみることにした。
思い返してみれば、芸術なんてものを見ようと思ったのは前の世界にいた時以来だった。
「……ここがクリプトン」
とても盛んな街だと思った。人々は荷物を持って行き交い、市場では活気のある声が飛び交っている。
目当ての時計塔を一目拝んだら、すぐにこの街を出ようと思っていた。そこがダンジョンと呼ばれる誰も侵入が出来ない場所だと知らなかったから。
「はぁ、はぁ、この人形達……無限に出てきますの?」
この世界に来てから多くの仲間達を失って、そして錬金術師と呼ばれるくらいには魔法というものを使えるようになっていた。だからこの時計塔に挑戦しようと思った。
――私はここで終わりでいいのかもしれないわ。
そう思うくらいには生というものに執着が失くなってしまっていた。
「ここが……最上階……」
最上階には何もなかった。時計の針を動かすための歯車がゴウンゴウンと音を立てながら回り続けている。
なんだか拍子抜けだったが、十分に広いスペースがそこにはあった。
私は自身の胸を触った。感触を確かめるように揉む。
この中に「命の核」と名付けた錬金術師の奥義が埋まっている。しかし、これは不完全な代物だ。
永遠の生命を成し得るには腐敗しない身体と永久的に動き続ける心臓が必要だった。
「もう少しですわ……誰にも邪魔をされないこの場所があれば研究を再開させられる。そうすればきっと完成出来るはずですわ」
無尽蔵な心臓はほとんど完成していた。あとは効率的に魔力を生成できて、その上腐敗しない身体だけだった。
「このダンジョンの機械人形達……参考になるかもしれませんわね」
生への執着はなかったのに、どうして私はこんなことをしているのだろうか。
そうか、仲間に死んで欲しくないから。いや、もう仲間はいなくなってしまった。
私は一人。わたくしは独り。
――嫌だ、このまま死にたくない。
時計塔の内部を攻略してからどれくらいの年月が過ぎたのだろうか。
街では私のことが随分と噂になっており、食料を買うにも苦労するようになっていた。
魔女を討伐せよと兵隊から追われることもあったが、そんな時便利だったのが時計塔のダンジョンに逃げ込むことだった。兵達はダンジョンの中までは追っては来ない。
そうしている内に、クリプトンでは時計塔には魔女が住み着いていると子供達に語り継がれるようになっていた。
「あなたは今日からマーズよ! 嬉しいわ!」
機械人形を解体することを続けている内に、構造や動力源について判明していった。
そして私だけの力で機械人形を組み上げることが出来るようになった時、マーズが誕生した。
「…………」
始めの頃は喋ることすら出来なかったマーズだったが、改良を重ねていくごとに色々なことが出来るようになっていき、家事を任せるようになった。
そして、私はジュピターやサターン、家族を増やしていった。
彼らの胸に埋め込んだのは私の胸にある「命の核」の複製品。その「命の核」よりも材料が集まらず更に不完全な心臓となってしまったが、機械人形との相性が良かったようで彼らの中のそれはすっかりと馴染んでしまった。
私は幸せだった。こちらの世界に来て、ようやく掴めた幸せだったのだ。
「貴方達さえいればそう、私は何もいりませんわ」
「……」
「どうかしたの?」
「イ、エ」
あの時の言葉が、彼らにはどのように響いたのかなんて考えもしなかった。
「そうか、貴方達は心配してくれているのね」
顔を上げれば煙が立ち上がる喧騒の中で、心配そうにこちらを覗き込むマーズがいた。
「……? どうかなされましたカ?」
「ううん、なんでもありませんわ。一秒でも早く、ジュピターとサターンを助けませんとね」
クレアモル・バルバボッサは胸に手を当てて、屋根の上で身を潜めながら聖堂を見下ろした。




