乱入シャ
コナタは夜の帳を背景に屋根の上を疾走する。だが、幻想的な光がコナタの周りを飛び交っていた。
「光子――これだけ眩しければ足元を照らすには十分だけど……」
ふと、コナタの足が止まる。
「さすがに目立つよね」
屋根をよじ登ってきた黒いフードを羽織った教会の人間と思わしき男達に囲まれていた。
「そこの子供、大人しく捕まるんだ」
「嫌だと……言ったら?」
男達は渋々と懐からナイフを取り出す。光子を動かすと男達は眩しそうに目を細めるが、その隙にコナタはナイフに特殊な装飾が施されていることを見つける。
(あれはおそらく魔法が施されているのね。雷公青鬼が確かルーンとか言ってたっけ?)
ルーンの魔法は文字を書き込むことで発動する。欠点は文字がかすれたり読めなくなると効果が消えてしまうことだが、魔力さえ注いだペンさえあれば誰でも使えるのが利点だ。
「頼むから大人しくしていてくれ!」
男達が飛びかかってくるが、自前の身体能力で跳躍して屋根から飛び降りる。
慌てて追いかけてくるが彼らにどこか気迫を感じない。まるで指示されたことに納得がいかないまま来ているようだった。
(どうなっているの? 教会も一枚岩じゃないってこと?)
コナタは足を動かしながら光子に指示を出して前方を照らす。
すると高速で何かが動いた。
「っ!?」
それはコナタに向けて突っ込んでくるように上空から飛来すると地面を抉る勢いで着地した。
あまりにも異様な外見をしていた。
黒く照り光っている四肢には人の血液が付着して乾いている。顔はおぞましくも整っていて下から突き出した牙とへこんだ鼻が、それが人間ではないことを悟らせる。
不思議と最後に目に付くのは角だった。二本の額から伸びる角はらせん状にねじ曲がっていて、細くも固い印象を受ける。
「あなたは……誰?」
「亜我羅我?」
何か問い掛けられたが、やはり人の言葉ではない。
「そこをどいて」
しかし、一向にそこを退く気配のない謎の生物は手をこちらへ伸ばそうとしてくる。
距離を取ろうかとも思ったが後ろからは追いかけてくる教会の男達がいる。
「それ以上、近付くようなら攻撃する」
「具我羅具我伽」
やはりこちらの言葉も通じないのか更に近寄ってきたところで教会の男達の足音が聞こえてくる。
「ようやく追いついたぞ、観念して大人し……く……何だ、そいつは!」
「亜我伽亜亜亜亜亜亜亜亜!!!」
教会の男達が魔法の光によって照らされた謎の生物の叫び声にたじろぐ。
謎の生物は背中から凶悪な翼をひり出すと、飛び上がってコナタの後ろにわざわざ着地して教会の男達と対峙した。
「な、なんだ! コイツ、こっちを見てるぞ!?」
コナタはよくわからないがチャンスだと思い、謎の生物を捨て置いて走り始める。
その直後に男達の悲鳴が聞こえるが今はそれどころではない。しかしながらあの怪物を放っておくわけにはいかないと心に留めておく。
(あれが人を襲うモノだとしたら、何故私ではなく後ろにいた教会の人間を襲ったの?)
あのまま放置しておけば街に被害が出てしまう可能性はある。そうすればバーソロミューやレオナ達も襲われる危険性が出てくる。
走り続けるが、その考えがぐるぐる頭の中を回って速度が落ちていく。
(あの人達だって大丈夫だ。もう避難しているのかもしれないし、私も最近知り合ったばかり。そんなに気をかける必要は……)
こんな感情は初めてだった。なんせこの世に産まれてから丸夫以外の研究者とまともに話したことはないし、それ以外の人間なんてゲームの中以外では会ったことすらない。
(これが……人付き合い……?)
記憶が蘇っていく。
・・・・・
「此方くん、君は他の人間に会ってみたいと思うかい?」
「んー、別に」
「そうかぁー。出来ればね、いろんな経験をして貰いたいんだけど」
丸夫が少しだけ寂しそうに視線を落とした。
「人付き合いって奴は面倒だけど心が温かくなるんだ。それにいろんな形がある。僕も何度か人に救われたんだよ」
「別にいらない」
「そっか。でも、僕達がこうしてコミュニケーションを取っていることも人付き合いって奴なんだよ」
「私達は人間じゃない。だから、いらない」
懐かしそうな眼をしながら話しかけてくる丸夫に、どこからか沸き上がる苛立ちから私はそんなことを言ったのだった。
すると、丸夫は座っていたチェアの向きを変えて優しく微笑んだ。
「彼方くんはどう思う? 君は人に会ってみたいかい?」
なんでこんな時に思い出すんだろう。思い出さないようにしていたのに。
「私はね! 会ってみたいな!」
・・・・・
気付けば振り向いていた。
黒いフードの男達は謎の生命体に襲われていた。獰猛な爪で貫かれ、強靭な脚で蹴り殺されている。
「亜伽伽伽伽伽!!」
まるで笑っているようだ。殺しを楽しんでいるようにも見える。
「助けてくれぇー!」
最後まで生き残っている。否、わざと生かされている男が地面を這ってでも逃げようとしているが、そのすぐ後ろを化物は歩いている。
顔は歪んでいるのに邪悪な笑みを浮かべているのがわかってしまう。
「た、助け」
化物が獰猛な爪を持ち上げると、わざと下げたり上げたりしている。
それも逃げる男が気付くように音を立てながら。
「具我伽羅ー!」
そしてとうとう振り下ろされる、その時だった。
「庫罵亜ッ!?」
コナタは謎の生命体に飛び蹴りをぶちかました。
衝撃で化物が後方へ吹き飛ぶと、休む暇を与えずにコナタは雷銃を連続して撃ち込む。
「お嬢ちゃん……只者じゃないとは聞かされていたが。一体、君は何者なんだ……?」
「私は、私の守りたいモノの為に戦うだけ。人付き合いって思ったより大変みたいね」
少し離れたところで化物が呻き声を上げながらヨロヨロと立ち上がる。
「俺のことはいいから逃げなさい。やはりこんなことは間違っていたんだ」
男は地面に拳を叩きつけながら小さな声で言った。
だが、コナタは彼を守るように位置を変えて謎の生命体に向かい合う。
「どうせならアナタから情報を聞き出したい。だから助ける」
男はバッと顔を上げた。
彼の眼にはコナタがどう映ったのだろうか。黒髪をなびかせながら光の球体が周りを飛び交う。
その光りの影響なのか、男は目を輝かせてはふと口に出た言葉があった。
「ああ、天使はここにいたのか……」




