セレス教会差別派司祭
司祭という肩書きは僕としては正直重かった。
クリプトンに配属されてからというもの、あの偉そうな豚司教が指図しては怒鳴る。
「おい、アーマン。貴様に重要な命令をやろう」
闇の祭場。それは普段と変わらない豚の鳴き声だと思った。
しかし、その思い込みは違ったのだ。
ヤケにその日は機嫌が良さそうだったことを覚えている。
「なんでしょうか、司教」
「贄を五十人ほど連れて大魔導図書館へ迎え。貴様の大砲を使って時計塔を破壊するのだ」
時計塔の破壊。そんなこと出来るはずがない。
「贄を五十人も使うのだ。更にはこの石をやろう」
そう言って手渡されたのは紫色に不気味に光る拳程の大きさの石であった。
手に取ると僅かに石の中の光が揺れた気がした。
「これは……?」
「魔法使いの魂だ。詳しくは知らんが同体派の研究成果らしい。なんでも街一つを消し飛ばすほどの魔力を有しているそうだが、それを使って時計塔を破壊しろ」
「お言葉ですが司教! そんなことをすれば街への被害はどうなるのです!?」
豚が、鼻で笑った。
「知ったことではない。早くこの街から魔女を駆除する。それがこの街の為にもなるのだ」
僕は嫌いだ。この街も、この豚野郎も、そして僕自身も。
「……神がそう告げられたのですか?」
「あー? あぁ、そうだ。くだらんことを聞くんじゃない」
「……わかり、ました」
そうして僕は五十人の贄を連れて大魔導図書館の屋上へと訪れた。
念じれば巨大な大砲が目の前で発現する。教祖――否、我らが神が与え給もうたこの権能は、司祭以上の選ばれた者にのみ発現する資格だ。
五十人の贄に指示を出して特殊な配置で立たせる。贄と呼ばれている彼らはただの人間だ。
「この気持ちは差し引くべきだ。今更、引き返せないし」
胸の奥底から燻るような嫌悪感を殺す。差別派の教えは「人類の進化には犠牲が必要。差別的行為こそ進化を促し、人類を強くする」なのだ。
この贄達の魔力をすべて僕の権能に乗せて、更にはこの魔法使いの魂を核とした砲弾を撃ち込めば時計塔は崩壊する。
「装填準備」
贄の数人が大砲に弾を込める。目を瞑る。呼吸を安定させようとすればするほど胸の音がうるさく感じる。
これは人類の進化に必要なことなのだ。
「魔力を注げ」
贄達の眼には光が無い。隣合う者同士が手をつなぎ合い、大きな円が出来上がる。
僕はなんとなく顔を天へ向けた。それはまるで許しを乞うように。
「発射」
耳を劈くような轟音が鳴り、弾は打ち出されたように思えた。
「な、なにが起きた!?」
贄達は使命を全うし、その場で崩れていく。確かにその場を満たすほどの魔力が消失した。
しかし、その力はすべて弾に吸収されたのだ。
打ち出されなかった砲弾は大砲を食い破って外へ出てきた。
毒々しい色合いになり、脈打つ血管のような管が浮き出している。
「同体派めっ! 何を企んでいる!」
その不気味な球体はボコボコと膨れ上がると破裂した。
ビチャビチャと紫色の液体を撒き散らす。不気味な球体からそれは産まれた。
「御雄雄雄雄雄雄雄雄」
奇怪な呻き声をあげるとそれは翼を生やした。
「気味が悪い、何だアレは……」
型がまだ定まっていないのか身体がグヨグヨ揺れながらそれは翼を大きくはためかせて飛んでいった。
呆然とするしかなかった。時計塔は壊すことが叶わず、贄を五十人も消費した。
「…………」
食い破られた大砲を触ると熱を持っていた。ますますアレの正体がわからない。
「そこのお前!」
曇り始めた空をぼんやりと眺めていると、背中に声がかかる。
「この倒れている人達はなんだ? お前は何者だ!」
僕はセレス教会差別派司祭、アーマン=ディズレーリ。
なのだが、名乗る気がしなかった。
「君はさっき空へ飛んでいった不気味な奴を見たかい?」
「不気味な奴? いや、そんなものは見てないけど」
「そうか、ならきっとあれは僕だけに見えた幻なんだ。それはそうと何か用かい?」
「アンタは教会の人間だな! 時計塔を壊させないぞ!」
「なるほど、そういうことか。ならせめて君を拘束すればぶ……司教からの罰も軽くなるかもしれないな」
指を鳴らすと大魔導図書館中に配置していた贄とは別の精鋭部隊が姿を現す。
魔法を扱える信徒のみで結成された二つの部隊の一つだ。
「アカ、なんで先に行っちゃうの!」
もうひとり、可憐な少女が現れる。おかしい、配置していた部隊は何をしていたのだ。
「今は虫の居所が悪いんだ。少々手荒になるよ」
それから、二人を取り逃がしてしまった僕は聖堂へ帰ることもせずにこの街から立ち去ることを決めた。
この居場所は自分には合わないと直感的に感じ取ったのだ。
「……豚野郎に神の裁きを」
我らが神はとても尊大で人類をこれから先の未来へ導いてくれる。あんな豚が上司という時点で気に食わなかったのだ。
これからは宗派をかえて、イチからやり直すのもいい。
荷物をまとめて街の外へ踏み出した時だった。
クリプトンはかつて魔物から街を守るために壁に囲んだ。だが、今はそんな魔物も数を減らして街へ来るようなこともなかったはずなのだが。
「コイツ、あの時の」
身体は完全に乾いており、人型だが禍々しい角が幾つも生えた魔物がそこにいた。
殺意を感じる。この魔物は危険だ。
「大砲よ、顕現し砲弾を――」
「亜我我我伽」
その獰猛な爪が振り抜かれた。そこから先は暗闇だ。
ただの暗闇だ。




